レビューではないけど、前にレビューした『すべては敬愛するエリオのために』の主役、グレイシー柔術の創始者であるエリオ・グレイシーの訃報が届いた。息子のホイスが Tatame.com に以下のようなオープン・レターを送り、その心境を明かしている。
レビューではないけど、前にレビューした『すべては敬愛するエリオのために』の主役、グレイシー柔術の創始者であるエリオ・グレイシーの訃報が届いた。
本作の主役はイラ・J(ILLA J)ことジョン・ヤンシー。このファミリー・ネームでピンとくる人も多いはず。
これまでにも『iPhone ショック』や『アップルとグーグル』を取り上げたことのある、マック系のライターの林氏が『MACPOWER』誌で連載していたモノをまとめた著作。B4 型(になるのかな? 長辺が 27cm で、A4 よりもちょっと小さい)っていう大型の版型で、写真を大きく扱ってるヴィジュアル・ブック的な装丁が特徴になってる。これは、われわれがリベラル・アートとテクノロジーの接点に立つ企業で、それらふたつを、他の誰もマネできないくらいうまく融合できることを示している。
たまにはちょっと趣向を変えて、手前味噌なモノを。我ながら、わりといい出来なんじゃないかと思うので。だって、まず何より、自分でよく聴いてるから。これは NIKE+ 用の日本独自コンテンツのひとつとして選曲した iMix で、朝用のセットとして選んだモノ。ある意味、セルフ・レビューってことになるのかな。
"Keepintime" や "Brasilintime" にも参加してるブラジル人ヒップホップ DJ / ターンテーブリスト、DJ ナッツがモチーラ(Mochilla)から 2008 年にリリースしたミックス CD。さすがにモチーラだけあって、アートワークのカバー写真も超クール。
ウォズ(スティーヴ・ウォズニアック)の『アップルを創った怪物』のレビューの中で、「特に最近はピクサー〜 iPod / iPhone の成功もあって、時代の寵児として派手に表舞台で紹介されることの多いジョブズ」って書いたけど、まさにそんな内容の一冊で、原書は 2008 年に出版された "Inside Steve's Brain"。最近はスティーヴ・ジョブズ / アップル絡みの本はハズレも多いんだけど、本書の著者は "The Cult of Mac" などでも知られる wired.com のエディターで、10 年以上アップルを取材してきてるだけあって、さすがにそういったものとは一線を画してて、なかなか読み応えがあった。自らの個性を事業哲学にまで高めた男がここにいる。
僕はひたすら「ともかく胸キュンの曲、悲しい曲を書いてよね」って言ってた。(中略)どうして「胸キュン」にこだわったかと言うと、やっぱりヒットする曲の 要素って 2 つしかないという思いが僕にはあった。聴いてハッピーになるか、聴いて胸がキュンとなるか、そのどちらか。もちろんそれ以外だってあるんだと思うけど、常にヒットの王道はその 2 つ。これは朝妻氏が、大滝詠一の名盤 "A LONG VACATION" の原盤制作に携わっていたときに、大滝氏に対して出したリクエスト。"A LONG VACATION" と一連のナイアガラ関連の作品は朝妻氏の携わった仕事の中でもマスターピースのひとつであるだけじゃなく、日本のポップ・ミュージック史の中でも燦然と輝く金字塔だと思うし、この辺りが個人的にはこの本のクライマックスだったりするんだけど、このセリフが朝妻氏の音楽の嗜好と音楽出版社の人間としてのスタンスが如実に表れている気がする。
"Renaissance The Masters Series"
"RenaissanceThe Masters Series Part 9"
"Renaissance The Master Series" をレビューするのを機会に、富家哲がルネッサンスからリリースした他の作品も聴き直してみたので、合わせてレビューを(次のエントリーも同様)。
オリジナル・アルバムとしては 2002 年の "In Between" 以来と、キャリアや知名度のわりに実はアルバムが少ない(コンピレーションやリミックス等は異常に多い)ジャザノヴァのセカンド・アルバムで、ジャズの名門・ヴァーヴからの 2008 年・秋のリリース。
"Dreamtalk"
2007 年に 3 週間、ブラジルのレシフェを旅して掘りまくってきたマッドリブによるミックス・シリーズの第 1 弾(相当掘りまくってきたらしく、全 6 枚になるんだとか)が年末に到着。リリースは "Keepintime" や "Brasilintime" でお馴染みの B+ とエリック・コールマン主宰のモチーラ(Mochilla)ってことで、アートワークも問題なくメチャメチャクール。マッドリブ+モチーラ+ブラジルって情報だけで期待は高まるし、クオリティは想像できちゃうと思うけど、その期待を裏切らない、想像通りの出来映え。
ニュー・ヨーク・タイムズ紙のコラム等で知られるランダル・ストロスが、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してきた、でも、最近はちょっとスロー・ダウンしてる感もあるグーグルの最初の 10 年についてまとめた著作で、珍しく(そして、ありがたいことに)日米同時発売(原著は "Planet Google")。
2009 年 1 月 6 日にサン・フランシスコで開催されたマックワールド & エクスポ 2009 で行われたアップルによるキーノート・アドレス。結局のところ、私が報道官の職を引き受けたのは、ブッシュが個人的に好きだったからであり、公共に仕えたいという強い気持ちがあったからであり、これは一生に一度の大チャンスだと考えたからだ。前任者の辞任を受けて副報道官から報道官に就任するときの心境をこう語っているように、マクレラン自身はブッシュに心酔していた。それは、テキサス州知事としてのブッシュに、そして、テキサス時代からよく知るひとりの人間としてのブッシュのキャラクター(人柄)に、だった。だから、難しい時期に、この上なくハードな職であることを知っていながら、報道官の職を引き受けた。ただ、大統領としてのブッシュは、決して彼が知っていたブッシュ、彼が心酔していたブッシュではなく、だからこそ、耐え切れなくなったんだし、職を辞し、まだ政権存続中にあえてこの本を発表した、ということだ。
ブッシュ大統領のそばで働くようになってから、彼は自分に都合の良いように物事を解釈しているのではないかと思い始めた。要するに、リーダーとして、特にアメリカ大統領としては思い込みが激しすぎたし短絡的すぎたってことなのかな。だからこそ、そこに付け入る隙があったし、実際に付け入ったヤツらがいた、と。まぁ、具体的にはチェイニー副大統領であり、ラムズフェルド国防長官であり、ウォルフォウィッツ国防副長官であり、カール・ローヴ政策担当次席補佐官であり、ってことなんだけど。また、「自分の手を汚さない」「自分の評判を守り抜こうとする手際がいい」というライス国務長官を重用したり、逆に孤立も厭わず自分の意見を直言したパウエル国務長官を外したり、そういう部分も含めて、ブッシュ政権がどんな政権だったのかがよくわかる。
ブッシュ大統領は、一貫して知的なリーダーというよりも直感的なリーダーだった。政策のあらゆる選択肢を徹底的に吟味してから決断を下すというタイプではない。むしろ本能と信念に基づいて決断する。イラクの場合もそうだった。
ブッシュを戦争へと駆り立てた最大の動機は、自由を広めることで中東を変革するという、ポスト 9.11 的な遠大な理想主義だった。この理想主義の基盤にあるのは、強制的な民主主義という考え方だ。
大統領ならだれでも、何か偉大なことを達成したいと願うものだ。しかし、実際に達成できる人はほとんどいない。戦時の大統領だけが偉大なことを達成できる。ブッシュがそう言うのを、私は聞いたことがある。
私は大統領を個人的によく知っているので、こう断言できる。もし大統領が、あの時点で戦争のコストを正確に予言する水晶玉を持っていたら、4000 人以上のアメリカ兵が戦死し、30000 人が負傷し、数えきれないほどのイラク国民が犠牲になるとわかっていたら、侵攻の決断を絶対に下さなかっただろう。
ブッシュ政権には本当の意味での説明責任が欠けていたが、その主な理由は、ブッシュ自身が率直さを嫌い、政権を白日の下に晒すことを好まなかったことだ。論争が高まり混乱が起こると、秘密主義と情報の細分化を好むブッシュの性向は強まった。まぁ、もちろん究極的には、一番の責任者はブッシュってことにはなるんだけど、まぁ、そんな風に問題を単純化しちゃうと、いろいろと見えてこない(隠れちゃう)問題が多いのも確かってことなんだろう。
チェイニー副大統領とブッシュ大統領の関係は、一貫してどこか謎に包まれていた。しかし、かなり親密な関係であったことは確かだ。二人だけのミーティングで膨大な時間を過ごし、そこで話された内容はだいたい二人だけの秘密だった。
歴史的には、ほとんどのアメリカ人が、イラク侵攻の決断は最悪の戦略的失敗だったという判断をしたことになっているようだ。数十年後、この戦争がどのように評価されているかは、私を含めて誰にもわからない。ただはっきりしているのは、戦 争は必然性があるときに遂行されるべきであり、そしてイラク戦争に必然性はなかったという事実だけである。マクレランはこんなことも語っている。マクレラン自身、決して悪いヤツではないんだろうし、ある程度の正義感を持ってるからこそこんな本をこんな時期に書いたんだとは思う。でも、「必然性がある戦争」なんて、基準がありそうで、実はかなり危ういモノを無条件で肯定してる感じとか、すごくアメリカ人っぽくて好きじゃなかったりもする。ただ、こういう本が政権存続中に出版されちゃう辺りは、さすがにアメリカのジャーナリズムも捨てたもんじゃないというか、やってることはいろいろ問題だらけなんだけど、それでも日本のことを考えたら恥ずかしくなってくるし、それに比べるとまだマシなのかな、とも思えたりもする。かなり低次元の争いだけど。
前にレビューした美術展、「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」の公式カタログ。
"As I Am (The Super Edition)"