『「美の国」日本をつくる ー 水と緑の文明論』
. :川勝 平太 著(日本経済新聞出版社) ★★★★☆
前にレビューした『智慧の実を食べよう 学問は驚きだ。』にも出てる川勝平太氏の 2006 年の著作。別に最近読んだわけじゃなくて、発売時に読んでたんだけど、今、ちょっとした話題の人になってるんで、このタイミングで紹介しない手はないな、と。
その話題っていうのは、なんと川勝氏が今週末に投票を控えてる静岡県知事選挙に出馬してて、しかも有力候補のひとりだってこと。まぁ、わりと最近まで知らなかったんだけど、ちょっと前に Google Alert で来たメールを見たらオフィシャル・サイトができたってニュースで、サイトを見てみたら県知事選に出馬してた、と。しかも静岡ってのもすごく興味深い。
川勝氏は歴史学者・経済学者で、文明論とか地方分権論とか、なかなか斬新で大胆なアイデアが個人的にはけっこうツボな学者。最近まで静岡文化芸術大学の学長を務めてたんだけど、今回の出馬に際して辞任したらしい。著書も多くて、『文明の海洋史観』とか『富国有徳論』とか『敵を作る文明 和をなす文明』(安田喜憲氏との共著)とか『「美の文明」をつくる ー「力の文明」を超えて』とか、主なモノはなるべく読むようにしてるんだけど、どれもなかなか面白くて。最近のモノで、あまり学術書っぽくなくて、わりとこれまで述べられてきたことが包括的にまとまってるのは同じく 2006 年の『文化力 ー 日本の底力』か、この『「美の国」日本をつくる』だと思うんだけど、いろんな意味でより手に取りやすいのは文庫本の『「美の国」日本をつくる』かな、と。もちろん、『智慧の実を食べよう 学問は驚きだ。』もすごく解りやすいけど、さすがにちょっと情報が足りない気もするんで。
まぁ、学者の書いた本なんで「手に取りやすい」とは言っても限界があるっていうか、それほど柔らかいってわけじゃないんだけど、でも言ってることはなかなか面白い。例えば、大国ではなく中規模の先進国並みの、地域特性を活かした地方分権=道州制のハナシ(日本は 4 〜 5 地域くらいに分割しても、それぞれがカナダやオランダといった国くらいの GDP 規模になる)のハナシとかは、わりとタイムリーな、そして、たぶん、今回の出馬とかにもつながってくる部分なのかなと思うけど、他にも、少子化問題(個人的には「少子化問題」問題だと思ってるけど)とか、自然との関わりとか、いろんなテーマについてのヴィジョンが述べられてる。
個人的には、全体(もちろん他の著書も含めて)から感じられる「量」より「質」に重きを置くような感じにすごくシンパシーを感じてるというか、シックリきてる。最近、「数値化できない価値」みたいのにすごく魅かれてるというか、いや、違うな、「数値化できること」にしか価値を見出せない無粋でつまんねぇヤツらが多すぎるってすごく感じてて、そういう感覚と、川勝氏の言ってることがちょっとシンクロするというか、わりとシックリくることが多くて。「美」なんてその最たるもんだけど、他にも右肩上がり至上主義ではない経済とか、「力」を軸にしない考え方とか、なかなか興味深いアイデアが多い。
まぁ、もちろん、全部がシックリくるわけじゃないんだけど。具体的には、言葉のセンスとか、かなり違和感があって。違和感というか、「せっかく面白いことを言ってるのにもったいないなぁ」って感じなんだけど。すごく大きな意味で、「内容がいいのにデザイン(もちろん、見た目だけの意味じゃない)が伴ってないがために伝わらない」っていう、まぁ、いろんなところでよく目にする(そして、ちょっと悲しくなる)ケースの典型って感じなんだけど。「富国有徳論」とか、キャッチーじゃなさ過ぎだし。まぁ、選挙とか政治とかの場ではカタイくらいのほうがいいのかもしれないけど、やっぱりちょっともったいないよなぁ、と。
まぁ、ともあれ、Google Alert に登録してるくらいなんで前からずごく興味があった人なんだけど、まさか、フツーにニュースとかで名前を耳にするとちょっと不思議な感じがしたりもする(まぁ、選挙自体とかヴィジョン・政策なんかはまったく語られず、専ら政局絡みの話の中で出てくるだけなのが悲しいやら、呆れるやらって感じだけど)。しかも、静岡ってのも、なんかいいし。ちょっと前から、わりと真剣に東京(≒都市部)を離れることを考えたりしてるんだけど、住んでみたいって思えるところのひとつ、しかもランキングのかなり上位にくるのが静岡だったりしたんで。海があって、山があって、暖かくて、関東にも関西にも同じくらいの距離で、魚も美味いし、お茶も美味いし、温泉もあるし、富士山まであるし、と。いいことずくめじゃん、って。地震さえなければかなりいいところだなぁ、と。まぁ、そう思ってた場所の知事に前から興味があった人がなったりしたら、それはそれで面白いことだなぁ、なんて思ったり。首相のダメダメっぷりもあって、なんか微妙に全国的な注目を集めてるっぽい(とは言っても、内容に関しては案の定、全然触れられてないけど)んで、選挙の結果にも注目しつつも(残念ながら選挙権はないで)、まぁ、選挙なんて水モノというか、勢いに左右されるイベントでしかないと思うんで、もちろん勝ったら素晴らしいとは思うけど、勝っても負けてもどっちでもいいっつうか、結果だけじゃない部分、本質の部分をしっかりと見て、考えていかないとな、と。それが一番大事なことだと思うんで。
Jun 30, 2009
For beautiful human life.
Jun 29, 2009
Funky Brazilian songbook.
"Tudo Ben: Jorge Ben Covered"
.VARIOUS ARTISTS(Mr. Bongo) ★★★★☆
サブ・タイトルに 'Jorge Ben Covered' ってある通り、ファンキーなサウンドでお馴染みの、ブラジル音楽を代表するアーティスト、ジョルジ・ベンの書いた楽曲をいろんなアーティストがプレイしてる音源を集めたコンピレーション。企画もいいし、アートワークもシンプルでいいなぁ、と思ったらやっぱりイギリス人の仕事だった。Mr. ボンゴのリリース。やっぱり、こういうのを作らせたらイギリス人はピカイチだな、と。
'tudo bem' っていえば、ブラジルに行ったときにたぶん一番よく使ったポルトガル語なんじゃないかって思うような言葉で 'Tudo bem?' は 'How are you?' みたいな意味。'Tudo bem.' って応えると 'Alright.' みたいな意味になるっていう便利な単語(たぶん)。まぁ、よくわかってないで使ってたけど、問題なかったっぽいからそれほど間違いではなかったんじゃないかな、と。
原題の "Tudo Ben" は、'tudo bem' と名前の 'Ben' を引っ掛けた、一歩間違えると駄洒落になりかねないタイトルだけど、解りやすいし、すごくいいタイトル。イギリスの雑誌の見出しとかにもこういうのがけっこうあるけど、上手いよね、こういうことするの。ちょっと洒落てて。日本語でこういうニュアンスを表現するのってわかなか難しい。ちなみに、邦題は「ジョルジ・ベンのイイ仕事」。ムリに直訳せずに、でも解りやすいタイトルで、これもなかなかいい感じ。
収録曲的にも、"Mas Que Nada" とか "Carolina Carol Bela" のような代表曲をキチンと押さえた全 26 曲と、なかなか聴き応えのある内容で、ジョルジ・ベンは本人自体もすごくカッコイイんで、わりと本人の演奏で聴いてることが多いけど、こうやって本人以外の演奏であらためて聴くと、彼のソングライターとしての非凡さがあらためて感じられたりもする。
ELZA SOARES "Mas Que Nada" (From "Tudo Ben: Jorge Ben Covered")
Jun 28, 2009
A whole new world.
Barack Obama’s Speech in Cairo: A New Beginning (on June 4th, 2009)(BarackObama.com) ★★★★★
ちょっと前のエントリーの WWDC 2009 のキーノート・アドレスに続いて、だいぶ時間が経っちゃったけど、やっぱり無視できないっていうか、個人的には衝撃的で、感動的でもあるような、歴史的な演説だと思うんで、備忘も兼ねて(時系列的には順番が前後しちゃってるけど)。なんか、聞けば聞くほど(観れば観るほど / 読めば読むほど)、そして考えれば考えるほど、いろいろなことが絡んでるように思えてきて、時間がかかっちゃったけど。
これは第 44 代アメリカ大統領、バラク・フセイン・オバマが 6 月 4 日にエジプトのカイロ大学で学生たちを前に、広くイスラム世界に向けて行った演説。映像は www.barackobama.com に(映像自体は YouTube 内のホワイト・ハウスのオフィシャル・チャンネルにあって、アラビア語の字幕付きもある。ホワイト・ハウスのオフィシャル・チャンネルの URL が http://www.youtube.com/user/whitehouse って、ちょっとスゴイね。当たり前なんだけど)、テキストはホワイト・ハウスのサイトに公開されてる。
全篇で 1 時間弱のわりと長いスピーチなんだけど、まず最初の印象として、やっぱりスピーチ自体がメチャメチャ上手い。それでいて、なおかつ興味深い内容なもんだから、全然「聞けちゃう」。あと、こういう情報がキチンと、TV みたいにほんの一部を取り上げるんじゃなく、全篇キチンと見れる(読める)って、やっぱりスゴイ時代だなぁ、とあらためて感じるし、ニュース等で観るのとはだいぶ印象が違うことにビックリしたりもする。まぁ、それを活かすかどうかは個人の問題なんだけど。
'A New Beginning' ってタイトルがついてる通り、アメリカとイスラム世界の新しい関係について、かなり大胆で野心的なヴィジョンを高らかに掲げた演説で、そのメッセージはアルジャジーラをはじめ世界各国のメディアを通じて、世界のイスラム圏の人々に向けて発せられた(YouTube の映像にもいろんな言語の字幕が付いてる。YouTube はそんなこともできるようになったらしい)んだけど、まずビックリしたのは冒頭の部分で 'Assalaamu alaykum' ってアラビア語であいさつをしたこと。アメリカの大統領がオフィシャルな場で(しかも、アルジャジーラ等のメディアも含む、世界中のメディアに放映されてる中で)、こういうことをしたのってあまり記憶にないっていうか、画期的なんじゃないかな、と。演説内でも随所にコーランの引用を散りばめてたりしたりするし。
画期的と言えば、実はけっこう画期的なことばかりの演説だったというか、「そこまで言っちゃうか」って思うことが何度もあったほど、率直というか、言いにくいであろうこともストレートに語ってたことに驚いた。その中でも一番インパクトが強かったのは、やっぱりイスラエルに関して。歴史・文化に根ざしたアメリカとイスラエルの結び付きの強さやユダヤ人の歴史、特にホロコーストに関しては、そこで犠牲になった 600 万人というのは現在のイスラエルのユダヤ人の人口より多いことに触れながら、その存在自体はキチンと肯定しつつ、でも、同時に、ムスリムだけではなくキリスト教徒も含むパレスチナ人の存在も肯定し、その現状は耐え難いものだっていう事実を強調して、イスラエルのパレスチナ政策をやんわりと、でも明確に非難してて。どちらに対してもすごくフェアな立ち位置で、これまでのアメリカ政府の過剰に感じられるほどの親イスラエルな政策を考えると、かなり画期的なんじゃないかな、と。まぁ、事前にイスラエルのネタニヤフ首相にも会ってるんで、キチンと事前説明(というか根回し)はしてたんだろうけど。
あと、印象的だったのは、イスラエルのことに限らず、イスラム文化が人類史で果たしてきた役割や、中東地域・イスラム社会と西欧、特にアメリカとの関係・歴史についてもキチンとフェアに語ったこと。帝国主義や冷戦、さらにはグローバリゼーションが相互不信や紛争を招いてきたこと、そして「アメリカ人がイスラムの人々をステレオタイプ的に見ているが、同時に、イスラムの人々もアメリカを '独善の帝国' というステレオタイプで見ているんじゃないか」ってことも率直に語ってる。そして、それを示した上で、アメリカ人のステレオタイプ的なイスラム観に対比させるように、アメリカとムスリムの本当の関係を、アメリカの独立を最初に承認したのはイスラム国のモロッコだったことやムスリムの各界での活躍ぶり、現在アメリカには 700 万人のムスリムがいることなどを例に挙げて「イスラム文化はアメリカの一部」であると語る。同時に世界のさまざまな文化の基でアメリカという国が形作られ、近代史の中で世界の発展に大きく寄与してきたという点も、そのひとつの実例として「バラク・フセイン・オバマというアフリカン・アメリカンを大統領に選出した」ことを挙げながら述べ、その上で「アメリカ大統領としての責任において、さまざまなカタチで表れるイスラムに対するネガティヴなステレオタイプを断固戦う」って明言してるんだけど、こういう表現でアメリカの大統領がオフィシャルにイスラムについて語るのは異例だと思うし、すごく新鮮な感じ。
具体的に挙げたポイントはは「テロリズム」「イスラエル / パレスチナ問題」「核兵器」「民主主義」「信仰の自由」「女性の権利」「経済」の 7 点なんだけど、やっぱりこのスピーチのキモはアメリカとイスラム文化の「相互理解」の重要性をあらためて、明確に説いたことに尽きる。お互いイーヴンな関係で、それぞれの違いを尊重し、相互理解を深めた上で、和解して新しい関係を築こう、と。まぁ、こうやって書くと、当たり前すぎるくらい当たり前な、2 者の関係を築く上での基本中の基本とも言えるようなことなんだけど、わざわざそんなことを改めて言う必要があって、しかもそれが大きなニュースになるってことは、そんな当たり前の基本に則った関係を築けてなかったってこと、誰もそれができなかったことの証明以外の何物でもないわけで。
こんなことをイスラム社会に向けてオフィシャルな場でキチンと語れるってだけでも十分衝撃的というか、画期的なことだと思うんだけど、それだけじゃなくて、すごくいろんな背景事情というか、「含み」というか、配慮と意思表明が随所に、綿密に盛り込まれてて。だからこそ、演説自体にも説得力をもたらすし、それも含めてスゲェなぁ、と。
まず、このスピーチがエジプトのカイロで行われたのは 6 月 4 日なんだけど、翌 6 月 5 日にはドイツで強制収容所跡を、その翌日の 6 月 6 日、第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦が決行された通称「D・デイ」にノルマンディを訪れてる点。各方面への配慮が伺える。しかも、翌週の 12 日にはイランの大統領選挙もあって、この大統領選挙戦は過去に例を見ないほどの盛り上がりを見せてた(そして、今もイザコザが続いてる)わけで、まさにその最中で行ったスピーチだったって点も見逃せない。あと、6 月 4 日が天安門事件から 20 年だった点にも、当然、世界的にはこのスピーチのニュースで天安門事件から 20 年って報道が減ることは予想されるんで、直接関係はないかもしれないけど、中国に対する何らかの配慮がありそう。
さらに、オバマ自身のパーソナル・ストーリーも忘れちゃいけない。大統領選挙戦の期間中に共和党から意味不明な揶揄(≠誹謗中傷)されたりもしてたんでよく知られてることだけど、今回の演説でも自ら触れてる通り、オバマの父親はケニア出身で、何代も続くイスラム教徒の家の生まれ。オバマ自身もイスラム教国のインドネシアで少年時代を過ごしてて、イスラム教徒の生活を自然に見て育ってて、シカゴではムスリムのコミュニティ活動にも接してる。それに、ネイション・オブ・イスラムの例を出すまでもなく、アフロ・アメリカン・コミュニティの中で支持されるってことは、アフロ・アメリカン・コミュニティに一定数、確実に存在してるムスリムからも支持されなきゃいけないってことだと思うし。
あと、今回の演説絡みで初めて知ったんだけど、オバマの大叔父(母方の祖父の弟)は、今回、オバマが訪れたブーヘンワルトの収容所を 1945 年に解放したアメリカ兵のひとりで、その時にそこで目撃した状況に大きなショックを受けて、今でも PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでるんだとか。オバマはこの大叔父にたびたび第二次大戦の話を聞かされてて、56000 人のユダヤ人が犠牲となったブーヘンワルトの話のインパクトは相当強かったらしく、だからこそ、D・デイの追悼に合わせて、その前にブーヘンワルトをぜひとも訪れておきたかったんだとか。
カイロでイスラエルに対して厳しいことを言ったかと思うと、直後にホロコーストの犠牲者に慰霊を行う。やもすると露骨なバランス取りに見えちゃいかねないところに、パーソナルな体験を交えることで必然性と説得力を与えつつ。しかも、ホロコーストでの慰霊は「ホロコーストはなかった」発言(暴言)で波紋を起こしたアフマディネジャドに対する皮肉と牽制の意味もあると思うし。なかなか巧妙で強かな戦略だな、と。
単に「知識」として認識してるってだけじゃなくて、自分のパーソナルな体験を交えることで親近感とリアリティと説得力を加えつつ、すでに知っている(けど、忘れちゃいがちな)人にはあらためて確認を、知らなかった人(主に若い人)には解りやすく説明する意味も含めてキチンと過去と現状を整理した上で、イスラエルに対しても、イスラム社会に対しても、そして世界のその他の人に対しても一定の配慮とともに明確な態度を示す。それは、特定の誰かだけに与することは決してしないし、誰とでもオープンに、フェアに対する、そうすることで新しい未来を作っていこうっていうメッセージ。すごくシンプルで、ストレートで、フェアで、この上なく力強いし、やっぱり画期的なんじゃないかな、と。
実際に話した内容はかなりシリアスで、決して簡単なハナシじゃないことばかり。それに、本人もこのスピーチで語ってるように、言葉はあくまでも言葉でしかない。でも、意志の込められた言葉には人を動かすパワーがあるし、それこそがまさに 'HOPE' になるんだと思うし。
これまでにも、オバマの演説はプラハでの核に関する演説、大統領就任演説、大統領選挙の勝利演説、さらにニュー・ハンプシャーでの演説をベースにした "Yes We Can" をレビューしてきてるんだけど、実はこの演説が一番重要なんじゃないかなんて思ったりもする。プラハでの演説も確かにインパクトがあったけど、イスラエル / イスラムに絡む問題ってやっぱ一番タブーだった部分だと思うし、ここに明確な意志を示すってすごく勇気が要ることだったと思うし、誰もが気にしていながら、みんな避けてきた問題だし。イランでの大統領選挙以降の一連のデモ・暴動とか、イラン代表のサッカー選手が代表から追放される(された?)ってニュースとか、なかなか一筋縄ではいかない問題だけど、それでも適当にやり過ごすんじゃなくて、真っ正面からキチンと向き合って、一歩踏み出そう、と。その姿勢はやっぱりすごく大事だと思うし、伊達に 'CHANGE' と 'HOPE' を公約に出てきた大統領じゃないなって感心するし、何よりも「本気度」みたいなモノがビンビンと伝わってくる。もちろん、伝えるべきことを適切なタイミングで、適切な表現で伝えられる能力ももちろんスゴイけど、実は、こういう「本気度」を伝えられることこそが一番大事で、オバマの最大の功績なんじゃないかって思ったりもする。
SAM COOK "A Change Is Gonna Come" (From "Otis Blue: Otis Redding Sings Soul")
Jun 27, 2009
Never can say goodbye.
Michael Jackson (1958 – 2009)
あらためて想いを馳せてみると、マイケル・ジャクソンに対して、個人的に特別な思い入れはほとんどないってことに気が付いた。
世の中的には「キング・オブ・ポップ」なんだろうし、いろいろなスキャンダルでもメディア賑わせてきたから、すごくポップな存在みたいで、そういうカタチの報道が続いてるけど、そういう報道を見れば見るほど違和感を感じたりして。
個人的には、やっぱりマイケル・ジャクソンってミュージシャン、もっというとソウル / R&B のシンガー・ソングライター以外の何者でもなくて、それは、すなわちジャクソン 5 〜ソロ初期ってこと。あらためてディスコグラフィを見返してみると、わりと熱心に聴いたのは "Off the Wall" 以前だったりする。
もちろん、クインシー・ジョーンズ・プロデュースの "Off the Wall" はキャリアを代表する名盤だと思うし、ソウル / R&B のシンガーからポップ・ミュージックのアイコンになったって意味でも、モータウンのヒット量産システムの中で活躍するモータウン・アーティストから、ひとりの自立したアーティストになったって意味でもターニング・ポイントになったアルバムであることは確か。実際、"Rock With You" とか好きだし。でも、それほど熱心に聴いたかっていうと、そういう記憶はなくて。まぁ、個人的にクインシー・ジョーンズのスキがなさ過ぎるプロダクションが得意じゃないってのもあるし、あの時代特有のサウンドがそれほど得意じゃないってのもあるんだけど。
その後の "Thriller" とかになると、もちろん、"Thriller" も "Billie Jean" も "Beat It" もフツーに聴いてはいたけど、別に好きだったかっていうとそんなこともないし、むしろ、ちょっとカッコ悪いって思ってたし。まぁ、これは個人的なタイミング的なことが原因だったりするんだけど。"Thriller" がリリースされた 1982 年ってのは 10 歳の時なんだけど、まぁ、フツーに学校の廊下でムーンウォークのマネとかしてたってレベルでは話題になってたけど、キチンと音楽をマトモに聴くようになるにはもう 3 〜 4 年必要になるわけで。つまり、リアルタイムでマトモにマイケルの音楽を聴くようになったのは 1987 年リリースの "Bad" 以降ってことになるんだけど、その時期にリアルタイムの音楽で熱心に聴いてたのは主にイギリスのロック、つまりパンク〜ニュー・ウェーヴだったりするんで、モッズ〜ネオ・モッズのルーツとしてモータウンは後追いで聴いてたりはしたけど、同じ時期のアメリカのブラック・ミュージック、つまりディスコ〜ブラック・コンテンポラリー的なサウンドはもっとも毛嫌いすべきモノだったし、MTV に代表されるアメリカのメインストリーム・ポップ・ミュージックみたいのも忌み嫌ってたりしたんで。だから "Bad" 以降のマイケルなんてまったく興味がなかったし、もちろんイヤでも耳には入ってきたけど、その印象はその後も基本的には変わってない。あの時期に、MTV 的なメインストリーム・ポップ・ミュージックみたいのにハマってたら印象は違ってたんだろうけど、幸か不幸かそうはならなかったんで。
だから、"Off the Wall" も後追いで聴いてて、まぁ、キライではないもののそれほどハマったわけじゃなくて、やっぱり個人的にはジャクソン 5 〜 "Off the Wall" 以前の「瑞々しく、溌剌とした歌声のモータウン・アーティスト / シンガー」としてのマイケル、具体的には "Got to Be There" とか、その辺りが一番好きってことになるんだけど、じゃあ、どのアルバムだって言われると、実はあまりないというか、典型的なモータウンのアルバムって、アルバムとしてシッカリ作り込むような感じもなかったし、フツーにベスト盤的なコンピレーションで十分だったりして、実は "Free Soul: Jackson 5" とかが一番好きだったりして。やっぱりキチンとツボを押さえてて。
まぁ、ポップ / ショウビズ・アイコンとしてのマイケルには興味がないんで、スキャンダルのこととかはどうでもいいんだけど、やっぱりシンガーとしては抜群だし特別。ラヴリィすぎるこどもの頃ももちろんそうだけど、ちょっと大人になってきた時期の、少年と大人の境目のすごく微妙な時期にしか出せないような切なさを感じさせるヴォーカルもスゴイ味があって。今、あらためて聴き直してみると、幼い頃のほうが年齢なりのソウルフルさが感じられて、キャリアを経るごとにどんどんソウル・シンガーではない「何か」になっていったんだなぁ、なんて思ったり。
享年 50 歳。キャリアのスタートが異常に早いから、ちょっと変な感じがするけどまだ 50 歳だったんだなぁ。っていうか、大人になって以降のマイケルはどんな手段を使っても、それこそ機械の身体を手に入れてでもずっと生きてるようなイメージすらあったんで、ある意味ですごく人間臭い「死」ってイメージとなかなか結び付かなくて、今でも、なんか、リアリティが感じられなかったりするんだけど。 ー R. I. P.
"Michael Jackson: The Soulful Years" (Mixed by DJ JAYCEE From Mic Check)
Jun 15, 2009
Not only 'speed' but also 'something special'.
Apple WWDC 2009 Keynote Address
(Apple Inc.) ★★★★☆
2009 年 6 月 8 日(日本時間では 6 月 9 日の未明)にサン・フランシスコで行われた WWDC 2009 でのキーノート・アドレス。今回のテーマは 'One year later, light-years ahead.' だとか。これまでにもアップルのキーノート・アドレスはエントリーしてるけど、今回もいつものようにオフィシャル・サイトでのストリーミング配信と iTunes で Apple Keynotes を登録しておくとポッドキャストで配信されるカタチで公開されてる。ちょっと時間が経っちゃったけど、やっぱり触れといたほうがいいと思うので。
既にオフィシャル・サイトでも発表されてるように、3 代目の iPhone、'S' が付いた「シャア専用」こと iPhone 3G S が発表されて、すっかりそのインパクトで他の発表のことを忘れちゃいがちなんだけど、実は他にも、MacBook Pro、Safari 4、OS X Snow Leopard、iPhone OS 3.0 等、無視できない発表は相次いだ。そうは言っても、内容は既に報じられてるし、実際に触ったわけでもないので、発表内容には気になる部分だけある程度は触れつつも、ここではいつも通り、キーノート・アドレスを「ライヴ」のようなエンターテインメントとしてレビューを。
まず、療養中の御大、スティーヴ・ジョブズは今回も不在。メインはシニア・バイス・プレジデントのフィル・シラーが担当しつつ、詳細に関してはそれぞれ担当者に任せるカタチで分担して進行された。まぁ、WWDC は 'Worldwide Developers Conference' なわけで、相手は世界中の開発者なわけだから、当然、内容は専門的になるんで、詳しいことはそれぞれの担当者がって側面もあるんだろうけど。それぞれ、ソツなくはこなしてたけど、まぁ、スティーヴと比べちゃうと、さすがに見劣り感は否めない。まぁ、スティーヴに匹敵するプレゼンテーターなんて世界を見渡してもそんなにいないんだけど。
フィルはジョブズのキーノート・アドレスでも、主にデモでのボケ担当として頻繁に登場してて、ユーモラスで憎めないキャラを発揮してたんだけど、さすがにメインは荷が重いのか、スティーヴの不在時は緊張気味で、なんとなく硬さの残る感じ。フィルがまず紹介したのは新しい MacBook Pro。まずは、バッテリーがビルト・インになったけど性能が向上してるから多くのユーザーはバッテリーについて気にする必要がなくなる、と。これはなかなか大胆で、賛否がありそうなところ。ヘヴィーなノートブック・ユーザーとしては、バッテリーの買い替えってわりと経験することなんで、自分で交換できないのはビミョーっぽいけど、それだけ性能が向上すれば確かに要らないような気もするし。SD カード・スロットの搭載は個人的には嬉しいかな。ノートブックをメイン・マシンとして使ってると USB ポートは足りなくなりがちなんで。まぁ、他にも CPU が速くなったりメモリとドライブの容量が増えたりしてるけど、何が驚いたかっていうと、MacBook がなくなっちゃったこと。まぁ、厳密に言うとなくなってはないんだけど。ハナシの流れとしては、まず、15" と 17" の MacBook Pro のアップ・グレードの説明をして、同じ内容のアップ・グレードを MacBook 13" に施して、もう、これは 13" の MacBook Pro だからそう呼ぶことにしたよ、と。まぁ、去年の 10 月に発表されたユニボディの MacBook 13" はすごく完成度が高くて、初代 MacBook Pro 15" ユーザーとしても「次に買うのはこれでいいんじゃね?」って思わせるようなマシンで、その時点で限りなく Pro に近いスペックだったんだんで、そういう意味では驚きじゃないというか、むしろ当然というか、わかりやすくスッキリした感があるんだけど、ホントにやっちゃうのか? って意味ではちょっとビックリかな、と。一応、白いボディの古い MacBook は廉価版として残ってるけど、まぁ、なくなるのも時間の問題だろうし。製品構成的には「デスクトップ:iMac - Mac Pro / ノートブック:MacBook - MacBook Pro」って基本構成は変わらないだろうから、当然、MacBook の部分には、今後、今のラインナップにはない機体が投入されるんじゃないかな、なんてついつい想像したくなっちゃう。タブレット的なモノなのか、日本人だけがやけに欲しがるネット・ブック的なモノなのか、それともそのどちらでもないような別のモノなのか。まぁ、スティーヴがプレゼンテーターだったらその辺の含みみたいのをもうちょっと持たせたかも、なんて思ったりもするけど、フィルはそれはあえて避けたのか、緊張してそれどころじゃなかったのか、そんな権限はないのか、特にそこには触れずにツルッと進めてたけど、エンターテインメントとしてはちょっと物足りなかったりするかな。
バートランド・サーレイ(カタカナ表記はこれでいいのかな? そういう風に聞こえるんだけど。アルファベット表記は 'Bertrand Serlet')が登場して紹介したのは Snow Leopard。経歴をちょっと調べてみた限りではフランス人なのかな? 英語の発音がちょっと独特で馴れないと聞き取りにくい。Windows を茶化す掴みで始まった Snow Leopard のハナシはわりと地味目だったかな。一言でいうと 'A better Loepard' だ、と。まぁ、大幅なリファインの結果、インストールが 45% くらい速くなったとか、ディスク・スペースが 6GB くらい空くとか、わりと良心的な内容ではあるけど。既に配付されてる Safari 4 もいいし。Leopard と Tiger だけじゃなくて Windows の XP と Vista のヴァージョンもある。特徴はこんなにあるらしいんだけど、プラグ・インの読み込みによるクラッシュを防ぐクラッシュ・レジスタンスとか、よく見るサイトと略歴の表示も今まで不満だったところだったりするんで。Safari 4 を含む Snow Leopard のデモはクレイグ・フェデリギ(Craig Federighi)ってヤツがやってたんだけど、なかなか上手。早口なわりにハナシも聞き取りやすいし、スティーヴばりの "Boom!" も使ってたし。まぁ、iPhone 発売後、OS X のアクティヴユーザーは 3 倍に増加してるらしいし、Leopard 自体、かなり快適な OS だと思うんで、'A better Loepard' って豪語してる Snow Leopard はすごく楽しみかな。まぁ、Exchange のサポートはどうでもいいけど(でも、特にアメリカでは需要がありそう)。リリースは 9 月。
続いて登場したのは、もう最近はすっかりお馴染みになってる iPhone ソフトウェア担当のスコット・フォーストール(Scott Forstall)。いい意味で、なかなか胡散臭い雰囲気が好きなんだけど、このスコットとバートランドはスティーヴが NeXT から連れて来たソフトウェア・グルなんだとか。今の、そしてこれからのアップルを支えてくキー・パーソンってことなのかな。スコットは、プレゼンテーションも適度にフレンドリー且つフランクで、でも媚びてる感じはなくてなかなか上手いプレゼンテーター。言いにくいこととか皮肉とかもツルッと言いやがるし(「MMS はキャリア側の都合もあるんだけど、アメリカで AT&T は夏の終わり頃に対応する予定だよ」とか言ってたり)。
内容的には 3 月のイベントでやった iPhone OS 3.0 のスニーク・ピークとカブってる部分も多いんだけど(「カット & コピー & ペースト」とか In App Purchase とか)、いくつか、その時には発表されてない、でもすごく大事なポイントが含まれてた。個人的にツボなのは、MMS とインターネットテザリングかな。MMS は SMS でビデオ・写真・オーディオ・連絡先情報等が送れるようになった機能なんだけど、SMS は思いの外、よく使ってる(iPhone 同士のコミュニケーションで一番使ってるかも?)んで嬉しい限り。ロケーション・データが送れるようになったのがデカイかな。これで「今、どこにいるの?」問題(世の中には「自分が今いる場所を言葉で説明できない人がいる」って問題。これは、能力の問題ではなく特性の問題らしい)が解決されるかも。
個人的に一番気になるのはインターネットテザリング。これは、前に一瞬だけ App Store で公開されてすぐに消えた NetShare ってアプリケーションみたいなモノで、よく「iPhone をモデム化する」みたいな説明がされてた(アップルのサイトにも「iPhone をモデム代わりに使えます」って書いてある)けど、この説明はイマイチ何だそれ? って感じがする。まぁ、要するに「iPhone の 3G ネットワークを PC で使う」こと。つまり、外出時で、インターネット接続(有線または Wi-Fi)がないときに、iPhone 経由で PC をインターネット接続できる、と。これはモバイラーにはなかなか嬉しいハナシで、個人的にはウィルコムの 9 + DD + W-SIM / RX420AL から iPhone に乗り換えて唯一不満だったというか、「今までで出来てたのにできなくなったこと」だったんで。そういう人間はけっこう多かったのか、NetShare が出たときも一部ではすごく話題になってて、「法的に問題があったんじゃないか」とか「トラフィックが異常に増加するから NG なんじゃないか」とか、いろいろつまんねぇ正論を言うヤツが多かったけど、個人的にはその頃から「いや、絶対アリでしょ。それなりに需要はあるし(でも、絶対的な需要じゃない)。キャリア側に無許可っていうのは問題ありそうだけど、っつうか、こんなの、オフィシャルでできるし、やるべきだし、っつうか、やれよ」って思ってたんで。実際、アップルのサイトでもそれほど大きな扱いじゃないことからもわかるように、それほど需要がある機能だとは思えないし。だって、ノート・パソコンを持ち運ぶユーザー以外にはどうでもいいハナシだから。しかも、iPhone がもたらした大きな変化は(少なくとも個人的には)「今までかなりの頻度で MacBook Pro を持ち運んでたのに、その回数が著しく減った」ってことだし。つまり、「限られたユーザーの、限られた状況でしか役立たないけど、でも、あるとすごく助かる(ことが、たまにある)機能」だってこと。まぁ、実際、トラフィックに大きな影響を与えるほど多くのユーザーが頻繁に使うとは思えないし。家のプロバイダーを解約しちゃって、パソコンのインターネット接続も全部 iPhone 経由にしちゃうなんて荒技もできなくはないけど、そうすると電話としての機能を制約しそうだから、やっぱり、現状では現実的ではないと思うし。引っ越しとか旅行とか、一時的には十分役立ちそうだけど。あと、USB 接続だけじゃなく Bluetooth でも接続できるのもすごくいいし。まぁ、これも MMS と同様、キャリア側の都合があるハナシで、iPhone OS 3.0 の公開時に即時対応する 42 カ国の 22 キャリアにソフトバンクが入ってないのが気になるところだけど、アップル・ジャパンのサイトにも載ってるし、対応しないってことはないだろ、と。とっとと対応してもらわないと。
あと、MobileMe ユーザー限定だけど、Find My iPhone(日本では「iPhoneを探す」)もいい機能。名前の通り、iPhone を紛失したときにパソコンからアクセスして音を鳴らしたりメッセージを表示したりデータを消したりできる機能で、個人的にはこれが必要なケースに遭遇したことは(幸運にも)ないけど、これって普通、キャリアに連絡して…みたいな煩わしい手続きをしなきゃいけなかったわけで、それ自分ですぐにいつでもできちゃうのはすごくいいな、と。キャリア側にとっても煩わしかっただろうし、番号を止めるような大袈裟な手続きの前にとりあえず探すって面でも便利かな、と。
それから、いつも通り、いくつかのデヴェロッパーが登場して iPhone OS 3.0 の SDK を使ったソフトウェアのデモを演ったんだけど、その中でスコットがボケキャラとして登場したり。トラブルがあって不発に終わったけど、そういうキャラだったんだぁ、なんてちょっと思ったりして。個人的にはゲーム系にはあまり興味がないだけど、そこでのデモの中で紹介されてたエアストリップ・テクノロジーって会社の医療用のアプリケーションの UI がすごくカッコよかったのがすごく印象的だった。こういう堅めなモノの UI がカッコイイとか、見落とされがちだけどすごく大事。超大事。もっとみんな気を配るべき。そして、こういう部分こそ、実はすごく iPhone っぽいところでもあるし。
実は、相変わらず、Google Maps のログ・インの問題(マイ・マップを使いたい)とか、未だに未対応の Flash の問題とか、まだまだいろいろ不満というか、希望もないことはないんだけど、そういうことを感じさせない(忘れさせちゃう?)のもさすがって感じなのかな。
最後は再びフィルに戻って iPhone の第 3 世代モデル、iPhone 3G S の発表。まずは、それまでのケータイを「ゴミみたいなデヴァイス」なんて呼んだり、アプリケーションの数をグラフで比較して、iPhone の 50000 に対して 18 しかない Palm を「少なすぎて見えない」とか言ってみたり(実際にグラフは見えない)、ちょこちょことキャラに似合わぬ毒舌を混ぜつつ iPhone の現状を紹介したりしつつ、わりとサクッとハナシは iPhone 3G S へ。スペックの比較はこれがわかりやすいけど、'S' は 'speed' の 'S' だってことで、シャア専用よろしくまずは「速い」と。これはシンプルで、でもすごく大事なこと。あとは、カメラの性能がアップしたこと(特に 'tap to focus' とマクロは良さそう)とか、動画が撮れる(エディットもできる)ようになったこととか、コンパスが付いたこと辺りが話題なのかな。ヴォイス・コントロールもあるけど、これは、正直、使うのか? って気がするし。外人は好きだけどね、こういうの。音声認識技術は英語のほうが進んでるっぽいし。個人的には NIKE+ に対応したことが嬉しいかな。iPod touch に既に搭載されてたから時間の問題だとは思ってたけど。あとは、やっぱりバッテリー。これは良くなりすぎることはないから。まぁ、実際にすぐに買い替えるかはわかんないけど。すぐに手に入るのかにもよるし、料金体系も相変わらずよくわかんない(2 年縛りとの絡みもあるし)けど、十分魅力的なアップデートではあることは間違いないし、'S' は 'speed' だけじゃなく、同時に 'special' でもあるような、そんな感じも抱かせる。
今回は 2 時間オーバーっていうかなり長めのキーノート・アドレスで、内容的にもかなり盛りだくさんだったけど、'One year later, light-years ahead.' って言葉の通り、OS X にしても iPhone にしてもかなり世の中の先を行ってる内容で、すごくアップルらしい充実した内容だった。しかも、それをスティーヴ不在でこのキーノート・アドレスをやれちゃったことも、これからのアップルにとっては大きかったかな、って気もするし。もちろん、スティーヴは唯一無二のカリスマで、こんなキャラクターは今後もそうそう出てこないと思われるだけに。そういう意味でもすごく観応えのあるキーノート・アドレスだったかな、と。
まぁ、とりあえずは iPhone 3G S を買うか迷いつつ(国内発売は 26 日)、今週 18 日から使える iPhone OS 3.0 を使い倒しつつ、っていうか、MacBook Pro 13" もかなり迷うところだったりして。
Jun 14, 2009
Vinte anos depois.
"Dez Anos Depois"
.NARA LEÃO(Universal) ★★★☆☆
雨のパリの街にたたずむモノクロのアートワークが印象的なナラ・レオンの 1971 年リリースのアルバム。「美しきボサノヴァのミューズ」というステキな邦題が付いてて、収録曲もボサ・ノヴァのスタンダードばかりってことで、多作なナラのディスコグラフィの中でも評価が高いというか、人気のある作品だし、ボサ・ノヴァを代表する 1 枚だと思うけど、まぁ、ご多分に漏れずわりと好きなアルバムだったりする。最近、ちょうどいろいろとボサ・ノヴァについてあらためて勉強してみたりしてるんだけど、偶然か必然か、こないだ、宮沢和史さんの『BRASIL SICK』のレヴューでもちょこっとだけ触れた中原仁さんのブログで 6 月 7 日がナラの 20 周忌だったことを知ったので、あらためて取り上げてみようかな、と(そういえば、その 3 日前の 6 月 4 日は天安門事件から 20 年。全然関係ないけど)。ナラはすごく多作だし、日本でもいいコンピレーションがたくさん作られてるし、「ボサ・ノヴァのミューズ」と呼ばれながら、実はボサ・ノヴァと距離を置いて作ったボサ・ノヴァ以外の作品も多いから、どれにしようか悩んだけど、やっぱりというか、あえてというかわかんないけど、これかな、と。
英語で言うと 'ten years after' って意味のタイトルが付けられたこのアルバムは、アートワークの写真の撮影と同様に、レコーディングも当時滞在してたパリで行われてて、アートワークのイメージ通り、「明るくて爽やか」なボサ・ノヴァのステロタイプなイメージとはちょっと一線を画した 1 枚。まぁ、簡単に言っちゃうと、「明るくない」ってことなんだけど。でも、実はボサ・ノヴァって、一般的なステロタイプのイメージ(「オシャレなカフェ・ミュージック」みたいなヤツね)とは違って、「明るくない」って側面も内包してると思ってて(この辺の「ボサ・ノヴァ観」みたいのをキチンと整理したくて、最近、あらためて勉強してみたりしてるんだけど)、そういう、本来、ボサ・ノヴァが持ってる特徴のひとつがわりと顕著に、とても美しいカタチで表れたアルバムかな、と。ほぼギター(と一部、ピアノ)とヴォーカルだけのミニマルなサウンドで、爽やかでありながら、同時にしっとりしてて、クールさと陰鬱さを併せ持ってて、なかなか味わい深い。まぁ、ちょっとメランコリックすぎるところも感じなくはないけど、ボサ・ノヴァってアート・フォームが持ってる美しさと同時に、リスナーに安易に媚びないような、一本芯が通ったような彼女のヴォーカルの魅力を堪能できる 1 枚かな、と。
それにしても、ナラ・レオンって、決してメチャメチャ美人ってわけではないと思うけど、なんか可愛らしいアートワークが多くて不思議なアーティスト。アートワーク映えするっていうか、フォトジェニックというか、すごく不思議なキャラクターだなぁ、なんて思ったりもする。
ともあれ、冥福を祈りつつ。
NARA LEÃO "Garota de Ipanema" (From "Dez Anos Depois")
Jun 13, 2009
Camera talk.
『BRUTUS 2009/6/15 号 写真がどんどん上手くなる』
.(マガジンハウス) ★★★☆☆
『BRUTUS』の最新号の特集は「写真」で、表紙に '…必要なのは「ルール」設定でした。' ってある通り、著名なフォトグラファーたちの「ルール設定」から学ぶ、みたいな内容。まぁ、写真好きとしては、ちょっと気になる内容ではある。
例えば、ライヴ写真でお馴染みのクボケンさんこと久保憲司さんの「ミュージシャンは売れる前に撮れ」とか、若木信吾さんの「人がいないと成り立たない風景を探す」とか、どれもなかなか興味深いし、石川直樹くんの「タテ位置・真っ正面」とか、簡単そうで実は相当勇気が要るし。ヒラ・ベッヒャーの「曇りの日に撮る」もすごくいいし。「露出がウンヌン」「絞りがウンヌン」「シャッタースピードがウンヌン」みたいなハナシになってないところが個人的には気に入ってる。もちろん、基礎知識とかスキルはないよりあったほうがいいけど、やっぱ大事なのはアイデアと実行力だろ、と。究極的には、「その時、その場にカメラを持っていること」だと思うし、一番大事なのは。その時、その場にいられることも立派な能力だし。
我らがペンタックスも遂に K-7 なんてのが発売間近で、デジタル一眼もすっかり動画アリの世の中になってて、ますますいろんなことが出来るようになってるけど、まぁ、やっぱり大事なのはアイデアの部分と、あとはそのアイデアを実現するためのバカっぽいムダな労力を惜しまないことだな、なんて思ったり。バカっぽいことのほうが楽しいし。そういう意味では、バカっぽい、でも大事なアイデアがいくつも載ってて、なかなか参考になるというか、インスパイアされる。特集タイトルは「写真がどんどん上手くなる」より「写真がどんどん楽しくなる」のほうが相応しいような気がするかな。
Jun 12, 2009
To be ecstatic, gifted and black.
"The Ecstatic"
.MOS DEF(Downtown) ★★★☆☆
ちょっと前にレビューしたジャズ・リベレーターズの "Fruit Of The Past" のエントリーの中でも必要以上に触れてたモス・デフのニュー・アルバムが遂にドロップ。先行して公開されてたバンダ・ブラック・リオの "Casa Forte"(アルバム "Maria Fumaca" 収録)ネタの "Casa Bey" と、"Words" と "Flowers" って 2 本の超ショート・ヴィデオでかなり期待を煽られてたんで、ワクワクしながら聴いてみた。
結論から言うと、決して悪くはないんだけど、期待したほどじゃなかったかな、アルバム全体の出来としては。期待しすぎだったのかもしれないけど。一応、ディスコグラフィ的には 4 枚目のソロ・アルバムで、"True Magic" 以来、約 3 年ぶりのリリース。まぁ、それだけ聞くとかなり久々な感じもするけど、その間にも客演とかは多かったし、日本にいるとあまり気付かないけど俳優としての活動もけっこう積極的にやってたりもするんで、たぶん、別にブランクがあった感じではないのかな。
まぁ、わりと派手な(バカっぽい?)トラックが多いのが、個人的にあまり好みじゃないってハナシなんだけど。ショウビズの世界でも活躍する今のモス・デフにもっては、そのくらいのほうが自然なのかもしれないけど。ビートを提供してるプロデューサーはマッドリブ、マッドリブの弟のオー・ノー、ネプチューンズ / N*E*R*D のチャド・ヒューゴ等。さらに J・ディラの トラックではブラック・スターの朋友、タリブ・クウェリと共演してたり、スリック・リックもゲスト参加してたりして、話題性はわりと十分なんだけど、個人的には誰だかわかんないプリザベーションってヤツのビートが一番好きだったりして("Casa Bey" もそうだし)。
まぁ、そうは言っても別に出来が悪いわけではなくて、ラップして良し歌って良しの変幻自在なモス・デフ節は健在で、ラテン・ネタの "No Hay Nada Mas" とかレゲエっぽいネタの "Workers Comp." とか、それぞれのトラックはなかなか楽しめる仕上がりではあるんだけど。でも、期待が大きかったもんで、ついつい辛めの評価になっちゃいがちだったりはする。個人的には、やっぱり "Black on Both Sides" と "MOS DEF & TALIB KWELI Are Black Star" が未だにベストだったりするし。
MOS DEF "History (feat. TALIB KWELI)" (From "The Ecstatic")
Jun 9, 2009
Dark side of the moon.
『MOONLIGHT MILE 18 巻』
. :太田垣 康男 著 (小学館) ★★★★☆
前にも 16 巻・17 巻をレヴューした『MOONLIGHT MILE』の最新刊。ここのところ、すっかり半年に一冊くらいのペースになってて、さすがに久々な感は否めない。まぁ、オトナ向けのコミックとしてはアリなペースではあるけど、年に 3 冊くらい読みたい感じはしちゃう。
今、あらためて 16 巻と 17 巻のレヴューを見直したら、『MOONLIGHT MILE』自体の説明をキチンとしてなかったことに今さらながら気付いたので、一応触れておくと、舞台はアポロから数十年の時を経て、枯渇しつつある石油の代替エネルギーとしてのヘリウム 3 開発のために再び月を目指す時代。つまり、『プラネテス』より近くて『宇宙兄弟』よりはちょっと先の未来ってこと。主人公はクライマーとして名を馳せた日本人で、ザイル・パートナーとして地球上の極地を共に制覇してきたアメリカ人クライマーの友人と、お互いに違うルートでさらなる「極地」である宇宙、そして月を目指す。そこには次世代エネルギーの独占をもくろむアメリカの思惑や、それに対抗するもうひとつの大国・中国の台頭、イスラム圏の独自の動き、テロリズム、インドやパキスタンを含む核の問題等、ついつい現実社会と混同しちゃいそうになるような政治・経済・軍事の大きな力学が渦巻いてて、そんな状況の中で、魅力溢れるキャラクターたちが夢や野望や国益など、いろいろな「十字架」を背負いながらも宇宙という未踏の「極地」を切り開いていく。そんなストーリーがリアル且つダイナミックに展開されてるのが最大の特徴で、あくまでもリアリティに重点を置くことで、「宇宙とは?」「人間とは?」的な、SF / 宇宙モノでは避けては通れない、でも深入りしすぎるとドツボにハマる危険性を上手く回避しながら、エンターテインメントととして上手く成り立たせてて、読み応えは十分な作品。
現実社会の動きを鑑みつつ、現実社会の動向(さらに言えば、読者のリアクションも)と同時進行的に創作し、物語を進行していくという創作の方法は、たぶん連載で発表されるマンガ(もしかしたら小説も)ならではの制約であり、面白さでもあるわけで、特にある程度リアリティを感じさせる「ドラマ」を描く場合、決して簡単な制約ではないはずだけど、この作品はその点にとても自覚的で、しかもとても上手く活かすことができてる(作者もそうのようなことをトーク・ショーで言ってた)。だからこそ、読んでいて「ついつい現実社会と混同しちゃいそうになる」ようなリアリティを感じさせるんだし、同時に(決して作者の独りよがりではない)エンターテインメントとして成立してるんだ、と。
ちなみに、現在は第 2 部に突入してて、月面で生まれた「ムーンチャイルド」が幼少期を終えて少年期を迎えてるって時代。この 18 巻 でも主人公はすっかりムーンチャイルドの世代になってて、そんな時代の月の世界の闇の部分が垣間見える内容になってる。第 2 部に入ってからあまり描かれてなかった地球の状況とか、第 1 部主要な登場人物のその後なんかもチラ見せしつつ、いろんな意味で、どちらにとっても、待ったナシの相変わらず予断を許さない展開で、一気に読ませてくれるあたりはさすがかな、と。
*既発巻:
『MOONLIGHT MILE 1 巻』
『MOONLIGHT MILE 2 巻』
『MOONLIGHT MILE 3 巻』
『MOONLIGHT MILE 4 巻』
『MOONLIGHT MILE 5 巻』
『MOONLIGHT MILE 6 巻』
『MOONLIGHT MILE 7 巻』
『MOONLIGHT MILE 8 巻』
『MOONLIGHT MILE 9 巻』
『MOONLIGHT MILE 10 巻』
『MOONLIGHT MILE 11 巻』
『MOONLIGHT MILE 12 巻』
『MOONLIGHT MILE 13 巻』
『MOONLIGHT MILE 14 巻』
『MOONLIGHT MILE 15 巻』
『MOONLIGHT MILE 16 巻』
『MOONLIGHT MILE 17 巻』
Jun 7, 2009
Hip hop sambista.
"A Procura da Batida Perfeita"
.MARCELO D2(Sony / BMG Brazil) ★★★★☆
最近、にわかにブラジルなエントリーが続いてるけど、これもやっぱり「ブラジル・シック」な BGM。別に新譜じゃないんだけど。
ブラジルのヒップ・ホップ・シーンをレペゼンするリオ・デ・ジャネイロの MC、マルセロ D2 が 2003 年にリリースしたセカンド・アルバム。もともとはプラネット・ヘンプってハードコアなグループで活動してたらしく、その頃はわりとサグな感じというか、アメリカのギャングスタ系っぽい感じとパンク / スケーター系っぽい感じのミクスチャーだったらしいんだけど、ソロになってからはわりとサンバ色の濃いオリジナルなヒップ・ホップを演ってて、なかなか面白い。セルジオ・メンデスの 2006 年の大ヒット・アルバム "Timeless" にも 2 曲参加してるんで、これが一般的には一番知られてるのかも。
去年、4 作目の "A Arte Do Barulho" をリリースしてて、一応、アルバムは全部聴いてるんだけど、個人的にはこの "A Procura da Batida Perfeita" が出色の出来かな、と。タイトルはポルトガル語で 'looking for the perfect beat' って意味なんで、もちろんアフリカ・バンバータのことを思い出さざるを得ないんだけど、そのタイトルに恥じないなかなかゴキゲンな 1 枚。プロデュースはビースティ・ボーイズとの仕事で知られるブラジル人プロデューサーのマリオ・C だったりして。サウンドは、サンバ色を前面に出したアコースティックでパーカッシブな感じもありつつも、どこかオールド・スクール感覚も感じさせるようなグルーヴで、マルセロの歌うようなポルトガル語のフロウもなかなか気持ちいい。
実はこのアルバムはブラジルに行ったときに向こうで会った友達に教えてもらったモノだったりもするんで、その分、「ブラジル・シック」な感覚が追加されてたりはするんだけど、それを差し引いてもなかなかの意欲作だし、ブラジリアン・ヒップ・ホップを代表する 1 枚と言っていいアルバムなんじゃないかな、と。個人的にも、DJ ナッツと並んでチェックを欠かせないアーティストだし。
ちなみに このアルバムから派生したと思われる MTV のアンプラグド盤、"Acústico MTV" もリリースされてる。MTV のアンプラグドでヒップ・ホップのアーティストっていうと、ジェイ Z とかアレステッド・デヴェロップメントのヤツが印象深い(っつうか、それくらいしか覚えてない)けど、これもなかなかの出来映え。この "A Procura da Batida Perfeita" のトラックを、アルバムのアレンジにわりと忠実に再現しつつ、ライヴ・インストゥルメンツのアンプラグド感とライヴ感を追加した、とても幸福なヒップ・ホップとアンプラグドとブラジルの出会いって感じで。
MARCELO D2 "Pilotando o Bonde da Excursão" (From "A Procura da Batida Perfeita")
Jun 6, 2009
Roots sounds.
"Recycle 2009: DJ ROOTS Studio Mix"
.(DJ ROOTS) ★★★★☆
昨日のエントリーでレヴューした DJ AKi くんの "mimo" シリーズの影の主役と呼んでも過言じゃない(と勝手に思ってる)サルヴァドールのドラムンベース DJ / プロデューサーの DJ ルーツが今年の 1 月にウェブ上で公開したスタジオ・ミックス。けっこう早い時期に発見してて、それ以来、愛聴してたんだけど、昨日のエントリーを書いてて思い出したので。
昨日のエントリーでもちょっと触れた通り、DJ ルーツはブラジルの古都・バイーア州サルヴァドールを拠点とするドラムンベース DJ / プロデューサー。2006 年に DJ AKi くんたちとブラジルに行ったときにサルヴァドールで出会ったアーティストで、その時に何曲かトラックを聴かせてもらったんだけど、そのクオリティの高さにみんなでブッ飛んじゃったっていう、なかなか思い出深いアーティストだったりする。しかも、大都会のサン・パウロじゃなくて、より北(南半球なので赤道に近付くってこと)の、ブラジルでも最も黒くてカポエイラを生んだ街、サルヴァドールだったってのも感慨深いし。まぁ、本人はアフロ・ブラジリアンじゃないっぽいけど(ブラジルは混血の進みっぷりがハンパじゃないんで、厳密にはもちろんわかんないけど)。
トラックの印象は生楽器とヴォーカルの使い方が見事で、爽やかな疾走感があって、すごく音楽的で、ラテンなフレイヴァー(ブラジルだけじゃなく広くラテン・アメリカを感じさせる)の活かし方がすごくオリジナルなドラムンベースで、DJ セットでも冴えるけどフロアじゃなくても OK なサウンドって感じ。特に「爽やかな疾走感」ってのがポイントかな。こういう感じって、ありそうでなかなかなかったから。まぁ、それ以来、チェックしてるアーティストなんだけど、その後も DJ AKi くんの "mimo" だけじゃなく、 DJ マーキーが主宰するインナーグラウンドから "Sorriso De Flor" がリリースされたりもしてて、着実に活躍中らしい。
実はクラブでの DJ プレイは聴いたことないんで、個人的な印象としては DJ というよりもプロデューサーって感じなんだけど、このミックスは、もちろん自身のトラックだけじゃないんで(トラックリストはリンク先、もしくは画像を拡大すると確認できる)、プロデューサーとしてというよりも DJ としての側面をプレゼンテーションしてる感じなのかな。それでももちろん、プロデューサーとしての彼の世界観みたいなモノは十分感じられるけど。
まぁ、法律的なこととかいろいろ考えるとゴニョゴニョした部分もないことはないけど、まぁそんなに堅いことを言わずに素直に楽しんじゃえばいいんじゃないかな、と。
一応、リンク先は本人の MySpace 内のブログのページ。ホントは MySpace ってキライなんでリンクを貼りたくないんだけど、www.djroots.com は死んでるっぽいんで仕方なく。それにしても、なんでみんな、MySpace のガタガタにレイアウトが崩れた感じとか、ムヤミにいろんなモノが動いたりチカチカ光ったり、やたらと読み込むのに時間がかかるようなウザイ感じとか耐えられるんだろう? 個人的にはガマンできないっつうか、ありえない。アーティスト本人と直接つながって、コミュニケーションが取れる仕組みとしては、ちょっと昔のこととか考えるとメチャメチャ画期的だってことは認めるけど、それにしても美しくなさすぎ。たぶん、精神衛生上も教育上も良くないね、きっと。
Jun 5, 2009
In a 'mimo' mood.
"mimo 2 mixed by DJ AKi"
. VARIOUS ARTISTS(Music Mine) ★★★★☆
こないだ宮沢和史さんの『ブラジル・シック』を読んじゃって以来、すっかり、「ブラジル・シック」状態(ホームシックのブラジル版みたいな感じ)なんだけど、DJ AKi くんのミックス CD、"mimo" もそんな気分にピッタリな 1 枚。リリースは何年か前なんだけど、別に今聴いても全然楽しめるんで。
'mimo' ってのは、IT / 技術用語の 'multiple input multiple output' のことではもちろんなくて、たしかポルトガル語で「優しく抱擁する」ってニュアンスの意味だったかな? すごくラヴリィな響きの言葉。ここでは、DJ AKi くんと 06S クルーがブラジルへの旅で得たエモーショナルなフィーリングとかグルーヴを表現するコンセプトとして使われてて、サウンド的には DJ マーキーや DJ パチーフ(カタカナで書くと何か変な感じ)に代表されるブラジリアン・ドラムンベースを中心とした、ヴォーカル・トラックが多めのメロウでソウルフルなドラムンベース・スタイルで、そんなサウンドの風景とか空気感みたいなモノを DJ AKi くんがミックスしたのが "mimo" だ、と。
タイトルが "mimo 2" ってなってることからもわかる通り、"mimo" は 2 枚あって、1 枚目は 2006 年 1 月にブラジルで行ったツアーを受けて制作され、そのツアーをサポートしてたブランド、ガルシア・マルケスのショップで 2006 年の夏にユーザー向けに配付された非売品のミックス(トラックリストとかコンセプトとかイメージとか、詳細はここに載ってる)。たしか、ガルシア・マルケスも 'mimo' ってブランドというか、'mimo' をコンセプトにしたプロダクト・ラインを展開してた気がする。収録曲は、DJ パチーフがクリーヴランド・ワトキスをフィーチャーしてスティーヴィー・ワンダーのクラシックをカヴァーした大ヒット・チューン、"Overjoyed" のマコトによるリミックスをはじめとして、ソウルフルで心地いいグルーヴで気持ちよくまとまってる。
実は、2006 年 1 月のブラジル・ツアーには一緒に現地に行ってたもんで、その時の体験というか、見たこと、聴いたモノ、感じたことなんかがカタチになってるようで、すごく印象が強いというか、思い入れが強かったりする。それこそ、バイーアで会った DJ ルーツとか、その時に聴かせてくれたトラックが収録されてたりするし。まぁ、そういう意味ではすごくパーソナルな思い出と結び付いてたりするんだけど、でも、そういう個人的な思い入れを抜きにしても、今聴いてもいい意味で純粋に作品としてすごく普通に楽しめるし、その時に感じたフィーリングとかグルーヴとかイメージみたいなモノ、この作品に詰め込みたかったモノは感じられるんじゃないかな、と。ある特定の時期に感じたフィーリングとか見えたイメージをパッケージのカタチに封じ込めるってのも作品の大事なファンクションのひとつだと思うけど、まさにそういう感じで。それに、それこそこれからの時期にはピッタリだし、サウンドとして。クラブ・ミュージックは流行の移り変わりが激しくて、どうしてもどんどん新しいモノを求めていくし、ちょっと前のモノが忘れ去られちゃいがちな傾向が強くて、逆にシーンの側も、新しいことありきというか、必ずしも作品としてのクオリティよりも目先の新しさとか面白さみたいなモノを重視しがちなところがあって、結果として消費物みたいになっちゃうモノも少なくないけど、こうやってリリースから何年か経った後でもキチンと作品として成立してるってのは、すごく大切なことだな、って思ったりもして。
"mimo 2" は、1 枚目が好評だったことを受けて制作された続編で、翌 2007 年に普通に CD ショップで販売されたモノなんで、今でも普通に手に入れられる(はず)。"mimo" シリーズの影の主役とも言える DJ ルーツはもちろん、DJ マーキーとマコトの共作曲とか、DJ AKi くんとタケオくんのプロダクション・ユニット、ES9 がクリーヴランド・ワトキスをフィーチャーした "Adeus" とか、なかなか充実した内容で、コンセプトは 1 枚目から維持しつつ、よりアップデートされたような感じなのかな。作品の詳細はここに載ってて、収録曲は iTunes Store で聴くことができる(もちろん、買うこともできる)。
思えば、ブラジリアン・ドラムンベースを知ったキッカケは、たぶん DJ マーキーのミックス CD、 "Movement: The Brazilian Job" とそこに収録されてたジョルジ・ベンの "Carolina Carol Bela" 使いの "LK" あたりだったので、2001 年とかその辺り。同じ頃にDJ パチーフの "Sounds of Drum'n'bass" とか "Cool Steps: Drum 'N' Bass Grooves"、クリーヴランド・ワトキスの "Torch Of Freedom" の DJ パチーフ・リミックス(日本盤のアルバム "Victory's Happy Songbook" にボーナス・トラックとして入ってる)なんかも聴いてたかな。2002 年のワールド・カップの時期には DJ マーキーが来日もしてたし。その辺のことは、当事者である DJ AKi くんが昨日、ブログにも書いてたけど、ブラジリアン・ドラムンベースを知ったキッカケになった DJ マーキーが明日、06S @ WOMB でプレイするし、なんか、いろいろと感慨深いなぁ、なんて思ったりもして。
まぁ、感慨深いと言えば、DJ AKi くんって、実はアニキの高校の同級生で、軽く 20 年以上のつきあいだったりするんで、それこそ感慨深いというか、メチャメチャ不思議な感じなんだけど(だから「DJ AKi くん」ってちょっと馴れ馴れしい呼び方をしてる)。中学のときにアニキの友達の Y くんだったのが、10 年くらい後にレコード会社でドラムンベースの仕事をしてたときに出張先の NYC で久々に会ったら「ドラムンベース DJ の DJ AKi」になってて。その後、DJ AKi くんは帰国して WOMB で 06S を始めて今に至ってるわけだけど、個人的にはその後もちょこちょこと手伝いをしたり遊んだりしてて、そんな流れでブラジルでも一緒だったんだけど、アニキはスッカリ+ガッチリ 06S クルーだし、その 06S も明日で 100 回目だっていうし(100 回ってスゴイね。純粋に。ただただリスペクト)、しかも DJ マーキーだし、なんか、いろいろと、メチャメチャ感慨深いんだけど。
試聴用のサンプルを貼りたかったんだけどミックス CD は貼りにくいんで、試聴は iTunes Store でってことで。
Jun 4, 2009
Saudade do Brasil.
"The Life Aquatic Studio Sessions"
.SEU JORGE(Hollywood Records) ★★★★☆
昨日のエントリーとは直接関係ないけど、個人的にメチャメチャ「ブラジル・シック」な BGM を。別に新譜じゃないんだけど。
ブラジルのシンガー・ソングライター、セウ・ジョルジが 2005 年にリリースしたアルバムで、デヴィッド・ボウイの曲をポルトガル語でアコースティックにカヴァーしたモノを集めたアルバム(1 曲だけオリジナル曲も収録)。もともとは、『ライフ・アクアティック』って映画のサウンドトラックに 5 曲収録されてて、それにさらに追加してアルバムにした、と。まぁ、映画自体には全然興味もないし、よく知らないんだけど。
"Rebel Rebel"・"Life on Mars?"・"Lady Stardust"・"Ziggy Stardust"・"Changes"・"Rock N' Roll Suicide" 等、言わずと知れたデヴィッド・ボウイ・クラシックがカヴァーされてて、もちろんどれも名曲なんだけど、何とも言えないレイジーな感じと、ポルトガル語のちょっと丸い感じの響きが、デヴィッド・ボウイの曲といい感じにミスマッチというか、ちょっと予想してなかった感じの、いい意味で期待を裏切る仕上がりで。ちなみに、歌詞は直訳じゃなくて、かなりオリジナリティ溢れるポルトガル語詞になってるらしい。
リリースは 2005 年末だったんだけど、ちょうど 2006 年の 1 月にブラジルに行ってて、向こうにいるときにメチャメチャよく聴いてたんで、そういう意味で、個人的にメチャメチャ「ブラジル・シック」な 1 枚。特に夕暮れ時とかピッタリで、聴くたびに「ブラジル・シック」を再発させちゃう危険なんだけど、そういう個人的な思い入れを抜きにしても、なかなか面白い趣向のアルバムでもあるし。あと、アートワークもすごくいいね。黄色の背景に水色のポロシャツ+赤のビーニー+アコースティック・ギターって、なかなかマネできない。
SEU JORGE "Lady Stardust" (From "The Life Aquatic Studio Sessions")
Jun 3, 2009
Quebra galho.
『BRASIL SICK』
. :宮沢 和史 著 (双葉社) ★★★★☆
これまでにも、自ら責任編集した『COURRiER Japon』のブラジル特集号とか、日伯移民 100 周年音楽事業テーマソングとしてリリースされたガンガ・ズンバの "足跡のない道" をレビューしたザ・ブームの宮沢和史がブラジルへの想いをまとめた書籍で、これも日伯移民 100 周年だった去年発売された。帯には「ブラジル愛、ブラジル熱病(シック)」なんて書いてあるんだけど、タイトルの「ブラジル・シック」ってのは「ホームシック」のブラジル版みたいな感じなのかな。ブラジルが恋しくて仕方がない、みたいな。その感覚は、もう、メチャメチャよくすごくわかる。もちろん、宮沢さんのソロ・アルバムの『AFROSICK』とか、ガンガ・ズンバの母体となったソロ・プロジェクト「MIYAZAWA-SICK」(ソロでのベスト盤のタイトルでもある)との関連でもあるんだろうけど。
内容としては、2008 年に日伯移民 100 周年を記念してブラジルで行ったツアーの様子をメインに、ブラジルモノの映画・本・レコード / CD の紹介、『ボサノヴァの歴史』や『アントニオ・カルロス・ジョビン ー ボサノヴァを創った男』、『トロピカーリア ー ブラジル音楽を変革した文化ムーヴメント』などで知られる翻訳家の国安真奈さんとの対談、ラジオやアルバムの制作 / 編纂、イベントのプロデュース、執筆等を通じて日本にブラジル音楽を紹介してきた第一人者的な存在の中原仁さんによる宮沢和史とブラジル音楽についての原稿、日伯の知り合いたちへの宮沢さんからのアンケートとその答えをまとめたモノ、さらにはブラジルをよりよく知るための基礎知識等といった感じ。カラー・ページが多くて写真も多めのつくりなんですごく読みやすい。個人的には、情報量的には物足りない感もないことはないけど、まぁ、編集方針的にそういうつくりなんだろうから、まぁ、それはそれでアリかな、と。
ここで紹介されてるブラジル・ツアーは、100 年前に笠戸丸でブラジルに渡った最初の日本人移民で最後の生き残りだった中川トミさんと出会ったことから生まれたモノ。"足跡のない道" もトミさんの話を聞いて、トミさんの生きた約 100 年の人生をイメージして作られた曲だったりするんで、残念ながらトミさんは 2006 年に 98 歳で亡くなっちゃったからライヴは見せれなかったんだけど、やっぱりすごく感慨深いというか、一言ではなかなか言い表せない感じの内容になってる。特にライヴ本番もさることながら、そのプロモーションでいろいろところを回ってる様子が、すごくプリミティヴというか、音楽ってこういうことだよなって思わせてくれる感じがすごく良くって。悪く言っちゃえば、ドサ回り的って言えなくもないんだけど、宮沢さんも「歌を届ける」って言葉を使ってるんだけど、そういう感覚が、すごくプリミティヴな音楽のファンクションを表してるなって。宮沢さんの不朽のクラシックである "島唄" とかもそうだけど、世代とか国境を軽々と越えちゃう音楽の力というか、そういうのをすごく感じる。
"島唄" って言えばインスピレーションはもちろん沖縄なんだけど、この本を読んだ個人的な最大の収穫というか、一番面白いなって思ったのはブラジルと沖縄のハナシ。このふたつは宮沢さんの音楽の大きなインスピレーションとして知られてるけど、このふたつが実はすごく強くつながってたってハナシは、なんか、すごく面白い。何でも、笠戸丸に乗った移民の半数近くが沖縄の人、つまりウチナーンチュで、その後も多くのウチナーンチュがブラジルに渡ってるんだとか。
私たちは日本人の顔をしてて、魂は日本人。でも、日本に行ったら日本人とは思われません。お前はブラジル人だろって。だけど沖縄では、外国で生まれて顔つきが変わっても、黒人になっても白人になっても、お前よく帰ってきたなって迎えてくれる。生きてる私たちの姓に、過去が生きてるから。たくさんの祖先の魂が生きてるの。これは、2 世のウチナーンチュの人の言葉なんだけど、なんか、すごく、いい感覚。まぁ、琉球王国の時代からアジアを中心に広く海を渡り、交易してきたウチナーンチュだから、オープンでグローバルなセンスは持ってたんだろうし、言われてみるとブラジル人とウチナーンチュって似てるっていうか、けっこう合いそうだなって思ったりもするし。今でも世界中にネットワークを持ってて、「いちゃりばちょーでー」(出会ったらみな兄弟)の精神を受け継いでるってハナシとかも含めて、何かすごく面白いヒントがありそう。あと、一言で「日系ブラジル人」って言っちゃうと忘れちゃいがちだけど、こういう風にちょっと角度を変えてみれば違って見えるって例でもあるし。あと、音楽を通じて、それぞれ別々に出会ったであろう沖縄とブラジルが、実はリンクしてたみたいな感覚って、自分でも何度か経験したことがあるけど、すごく面白いし。
あと、中原仁さんの原稿、「宮沢和史の中のブラジル」で紹介されてる "風になりたい" にまつわるエピソードもすごくいいハナシ。なんでも、初めてブラジルに行ったときに観たコンサートで、オーディエンスが「主役は自分だ!」と言わんばかりの勢いで曲を大合唱するさまを目の当たりにして、誰もがひとつの歌を共有できる、誰もが主人公になれる曲をって想いで作った曲なんだとか。そして、それを聴いたカルリーニョス・ブラウンが "風になりたい" をハミングしながら「ミヤザワに会いたい。一緒に音楽を作りたい」って言ってたってエピソードもすごくいいハナシだし。
最後には、去年の夏に横浜の赤レンガパークで行った 10,000 SAMBA! の様子も紹介されてる。これは日伯移民 100 周年記念音楽フェスタとして開催されたモノで、「これまでの 100 年。これからの 100 年。」、つまり 100 x 100 = 10000 って意味。ブラジルからジルベルト・ジルが参加したイベントで、理屈じゃなく、なんかユニヴァーサルな感じで、なかなかジーンとくるライヴだったんで、個人的にはちょっと感慨深いな、と。
10,000 SAMBA! の感想はここに日記を書いてあって、そこにも書いたんだけど、実は、宮沢さんとは、以前、仕事で何度かお会いしたことがあって(だから「宮沢さん」って呼び方が一番シックリくる)、もちろん、世代的にもザ・ブームは聴いてたけど、若い頃は、ちょっと直球すぎる青臭い感じがあまり得意じゃなくて、それほど特別な思い入れを持ってたわけじゃないし、すべての作品が好きってわけじゃないんだけど、決して順風満帆なキャリアではなかったと思われる中でも常に一本筋が通った活動をしてきてるアーティストとしてリスペクトしてた。それに、いいキャリアの積み重ね方をしてて、アーティストとしてすごく幸せそうだなって。ある程度自由なスタンスで活動しながら一定数の固定ファンがいて、同時に、何曲か固定ファンの枠を遥かに超える名曲=スタンダードを持ってて。"島唄" なんてまさしくその代表的な曲だし、"風になりたい" もそうだと思うし、"足跡のない道" もそうなるべき曲だと思うし。やっぱり、こういう曲を作れちゃうって、アーティストとしてこの上ない幸せだと思うんで。あと、アジムスの曲じゃないけど、やっぱり音楽ってすごく 'Vôo Sobre O Horizonte / Fly Over The Horizon' なモノなんだな、しかもそれは地理的な「線」だけじゃなくて、いろんな「線」を軽く飛び越えちゃうんだなってすごく感じるし。
ブラジルは世界中から集まってきた集まってきた人々で構成された国であり、中には故郷を捨ててきた者も、黒人奴隷のようにむりやり故郷から引き剥がされ、積み荷のように船に放り込まれてきた者もいる。彼らのほとんどが、一度は生まれ故郷に思いを馳せ、涙しただろう。異郷の地で生まれた子供たちに、夢のような過去を語って聞かせただろう。帰りたいけれど、様々な事情で「帰れない」からこそ誰もが抱く、心の王国。それを思う「郷愁(サウダージ)」。それが、この国を深い部分で形づくっているのだと思う。これは本文中にあった宮沢さんの「サウダージ」感みたいなモノを表した文章なんだけど、なんか、単に陽気でゴキゲンなだけじゃなくて、こういう切ない感じもあるのがすごくブラジルっぽいし、ブラジル人のみならず、外国人にも「ブラジル・シック」な気持ちを抱かせちゃうのがやっぱりブラジルなんだなぁ、なんてあらためて思ったり。すっかり「ブラジル・シック」が再発・悪化しちゃった感じ。
ちなみに、エントリーのタイトルになってる 'Quebra galho.'(ケブラガーリョ)ってのは、国安さんとの対談の中に出てくる言葉なんだけど、ブラジル人がよく使う言葉で「いろいろ問題はあるけど、適当になんとかするよ」みたいなニュアンス。なんか、このくらいの感覚が、すごく、ブラジルっぽい。ノーテンキに楽観的すぎるわけでもなく、でもクソマジメすぎるわけでもなく。こんな感じがいいな、と。
GANGA ZUMBA "足跡のない道" (From "GANGA ZUMBA")
Jun 1, 2009
Total football.
UEFA Champions League 2009 Final: FC Barcelona 2 - 0 Manchester United (May 27, 2009)
(UEFA) ★★★★☆
よくよく考えたらこのブログはレビュー・ブログなので、だったらマッチ・レビューってのもアリなんだなってことに気が付いたんで、今回はマッチ・レヴューを。ピック・アップする試合はもちろん、ローマのスタジオ・オリンピコで行われた UEFA チャンピオンズ・リーグ(以下、CL)のファイナル、FC バルセロナ(以下、バルサ)vs マンチェスター・ユナイテッド(以下、マン U)。つまり、間違いなく今シーズンの最重要ゲームであり、おそらくは前後数年間の中でもトップ・クラスに重要なゲームだったと言えるはずの一戦ってこと。まぁ、結論を一言でいうと、最高の結果になったな、と。いろんな意味で。この「いろんな意味」ってのがポイント。まぁ、もうちょっと打ち合いになっても良かったかな、とは思うんで、★ x 4 で。
試合結果は既に報じられてる通り、エトォとメッシのゴールで 2-0 でバルサの勝利。当然、バルセロニスタとしてはもちろん「最高の結果」だったってのがまずひとつ。これは理屈じゃない次元で。ただ、これだけだったらレヴューでも何でもないし、「いろんな意味」でも何でもないわけで、もちろん、それだけじゃない。
戦前の予想ではマン U 優勢だった。今シーズンのマン U の強さは、個人の能力が高く個性的な(≒扱いづらい)選手を数多く擁しながら、厳格な規律でプレーヤーに献身的なハードワークを課し、速さ・強さを活かしたムダのないプレーをエゲツなく貫徹すること。もちろん、クリスティアーノ・ロナウドやルーニーといったスーパーな能力を持った選手もいるし、ギグスやスコールズのようにチームの魂というべきベテランもいる。ムカつくぐらい効率が良くて、バランスが取れてるのが今シーズンのマン U だ、と。アーセナルをこども扱いした CL のセミ・ファイナルはその象徴だって言える。今回のファイナルはフレッチャーこそ出場停止だったけど、選手層の厚さは十分だし、プレミア・リーグも早々に優勝を決めてたから準備期間も十分で、当然、(今の CL の大会形式になってから)史上初の CL 連覇に向けて万全の状態でローマに乗り込んできた、と。
一方のバルサは、リーガ・エスパニョーラとコパ・デル・レイこそ盤石の戦いで優勝したけど、シーズン終盤にきて不安要素が出てきた。まず、守備の要のマルケスの負傷。しかも、両サイドバックのダニエル・アウヴェスとアビダルが出場停止で、イニエスタとアンリも怪我で出場が微妙な状勢と、まさに満身創痍の状態だった。ただ、シーズンを通して披露したサッカー自体は素晴らしく、高い技術をベースに徹底的にパスをつないで相手のディフェンスを崩すサッカーはまさに「これぞバルサ」って感じで、これで結果が伴えばヨハン・クライフ監督の率いた 90 年代はじめのエル・ドリーム・チームの再現と呼びたくなるような内容だった。もちろん、「結果が伴えば」ってのが CL を穫るってことなんだけど。
CL って、基本的にはホーム & アウェイのガチンコ勝負ってのが醍醐味なんだけど、ファイナルだけは予め決められた場所で一発勝負になるから、当然、どちらのチームも慎重な試合運びになりがちで、実はあまり面白くないことも多い(クォーター・ファイナル〜セミ・ファイナルがいちばん面白い)。どちらかが点を穫ると試合は動くんだけど、それまでは硬い展開になることが多くて。だから、硬い展開の中で、マン U が先制、それこそセット・プレーなんかでソツなく先制でもした日には、フィジカルと勤勉さを前面に押し出してガチッと守ってカウンターみたいな感じのプレーをされるとさすがのバルサもキツイかな、と。バルサはパワー・プレー等の「力技」も得意じゃないだけに。逆に、バルサが早い時間に先制すれば、マン U も攻めに出ざるを得なくなるので、バルサ得意の打ち合いに持ち込めるし、観ていて面白いゲームになるとも言えるわけだけど。まぁ、それでも、試合展開に応じてある程度柔軟に戦い方が変えられるマン U に対して、バルサは良くも悪くもバルサのサッカーしかできないわけで、やっぱり、チームとしての戦い方の幅とかバランスの良さでは、悔しいけどマン U かな、と。
だから、バルサにとって幸いだったのはイニエスタとアンリが間に合ったこと。中盤のセンターに入るイニエスタとチャビがバルサのパス・サッカーの生命線であることは明らかだし、アンリがいないとイニエスタが前線のサイドの仕事をしなくちゃならなくなるんで、チャビの負担が増える。さすがに、ボージャンではまだアンリの代役はちょっと荷が重いし。圧倒的なボール・ポゼションを誇るバルサのパス・サッカーだけど、実はメチャメチャ上手いのはメッシ、アンリ、イニエスタ、チャビだけだと思うので(もちろん、他のメンバーも上手いんだけど、「メチャメチャ上手い」ってほどではないって意味で)。ちょっと難しいボールでも何喰わぬ顔してフツーに処理するし、簡単にボールを取られないから相手を引きつけられるし。だからこそ、パスが澱みなく流れるし、他のメンバーが余裕を持ってプレーできる時間とスペースを与えられる。特に、メッシとアンリが担うのは最後の仕上げなのに対して、中盤のセンターに入るイニエスタとチャビの役割は試合そのものを組み立てることなので、ここが機能しないと試合にならないって言っても過言じゃないから。
イニエスタとチャビの役割は似てるんだけど、より前への指向性が強いのがイニエスタの武器。チャビにはミドル・シュート(とフリー・キック)があるのに対して、ペナルティ・エリア周辺(もちろんペナルティ・エリア内も含む)で仕事をするのがイニエスタ。特に走るスピードが速いわけでもない(但し、風間八宏氏の言うところの「技術のスピード」はメチャメチャ速い)し、派手な技があるわけじゃないんだけど、ディフェンダーが触れない場所にボールを置きながら空いてるスペースにスルスルと入ってきてディフェンダーを引きつけるドリブルの効果は抜群で、この試合の前半 10 分の先制点もまさにイニエスタのそういう能力から生まれたゴールだった。あれだけ、ディフェンダーを引きつけて、時間とスペースを与えてもらえればエトォは万全の状態でボールをもらえるし、それを決める能力に関してはエトォはピカイチだし。しかも、試合開始以降はマン U がかなり押してた展開だった(クリスチアーノ・ロナウドのフリー・キックもあったし)だけに、試合の流れをガラッと変えたプレーだったって意味でもまさにビッグ・プレーだった。この試合のバルサのファースト・シュートだったし。今シーズンのイニエスタはシーズンを通じて素晴らしいプレーをしてて、(ルックスを含めたキャラクター的にはたぶんムリだけど)バロン・ドール級の働きをしてきたんだけど、そんなイニエスタの素晴らしさが大一番で見事に発揮された感じ。セミ・ファイナルのゴールも素晴らしかったけど、よりイニエスタらしさが表れたのは、あのゴールよりもむしろこのアシストだった。実際、このゴールの後、マン U に傾いてた流れが一気にバルサに来たし、結果的に(小さな揺れ動きはあったけど)そのままマン U は流れを取り戻せなかったし。
ゴールをキッカケに試合の流れが変わることはサッカーではよくあることだけど、前半 10 分のゴール以降、マン U に一度も流れを渡さなかったバルサのサッカーは見事の一言。やってることは至ってシンプルなのに。ボールを持ったらキチンとつなぐ。ボールを失ったらすぐに切り替えてボールを奪いにいく。そのときにディフェンス・ラインは高く保って、コンパクトはポジションを維持する。ボールを奪ってすぐにゴールに結び付きそうならゴールに向かうし、難しければムリをせずにしっかりつなぎながら、時間とスペースの緩急で崩す。ボールをつないでいるうちは相手に攻められることはないわけで、ボールをつなぐことは攻撃であるとともに、最高の守備でもある、と。言ってみればこれだけ。今シーズンのバルサを観てると、サッカーってなんてシンプルなんだろうって思う。まぁ、こんなこと、どこのチームもやろうとしてることなんだけど、それを今シーズンのマン U 相手にもできちゃうところがバルサのすごさなわけで。
あと、地味に効いてたのが懸案だった両サイドバックに入ったプジョルとシウヴィーニョ。まぁ、プジョルは言わずと知れたカピタン、バルサを象徴するアイコンだし、どこのポジションに入るかはともかく、バルサには欠かせない存在だけど、前半の立ち上がりにあれだけ気持ち良さそうにプレーしてたクリスティアーノ・ロナウドをサイドのエリアで簡単に仕事をさせずに、徐々にイラつかせていったプレーはさすが。同じことはシウヴィーニョにも言えて、特にシウヴィーニョは最近、それほど試合出場がなかったにも関わらず、シッカリとベテランらしい落ち着いたプレーでクリスチアーノ・ロナウドとルーニーを基点にしたカウンターの芽を摘みながら(バルサの場合、リードしていても攻めるので、常にカウンターを受けるリスクがある)、ボールの落ち着きどころとしてのサイド・バックの役割を見事に果たしてて。一番の懸念だったポジションなだけに、影のマン・オブ・ザ・マッチって言いたいくらいの活躍だった。
もっとも、苦しい中での選手起用、特にヤヤ・トゥーレをセンターバックに入れたこととか、ハーフ・タイムでクリスティアーノ・ロナウドへの対応をキチンと修正したグアルディオラの手腕も見事だった。エル・ドリーム・チームの中心メンバーだったとはいえ、バルセロナ B を 1 年率いただけの監督経験で、これだけの結果を出したんだから、まぁ、スゴイなんてモンじゃないんだけど。もっとも、エル・ドリーム・チームを率いたヨハン・クライフ曰く、現役当時からクライフのサッカーをもっとも理解して、まるで監督のような視点でゲームを見て、ピッチ上で監督のような役割を果たしてたらしいから、まぁ、ありえないハナシではないんだろうけど。
結局、マン U に二度と大きな流れを渡さないまま 60 分間試合を支配続けて、チャビの素晴らしいクロスからメッシのレアなヘディングでの追加点を決め、ますます優位に試合を進めたんだけど、これでメッシはバロン・ドールを決定的にしたって言える。CL の最年少得点王だし。正直、この試合に限らず、チャビやイニエスタのように常にゲームに関与してるわけではないし、消えちゃう時間もないわけじゃないんだけど、要所要所ではしっかりと決定的な仕事をして存在感を示すのはさすがだし、こういうゴールを決めちゃうあたりは、やっぱりスターだな、と。「最高の結果」のひとつは、メッシのようなプレーヤーがスターに相応しい仕事をこの大舞台でしたこと。これは、これからの世界のサッカー界にとって素晴らしいことだから。
あと、やっぱり、バルサのようなサッカーが頂点に立ったってことも、サッカー界にとってすごく貴重なこと。昔はワールド・カップだったけど、今、世界のサッカーの最新トレンドを決めてるのは明らかに CL なわけで、ここで優勝するのがバルサかチェルシーかでは、その後のサッカー界に与える影響とかムードが全然違うから。しかも、たまたまそうなったような付け焼き刃的な一過性の方向性じゃなくて、勝ってても、上手くいってなくても貫き通してきた「クラブとしてのポリシー」であればなおさら。そのポリシーってのは、選手・監督としてバルサの黄金時代を築 き、クラブとしてのアイデンティティまで作っちゃったヨハン・クライフが体現した「美しく勝利せよ」なわけだけど、それを貫き通して、全方位的にスキがないように見えた「今シーズンのマン U」に勝てちゃったことの意味は大きい。だって、マン U がまるで別のチームに見えちゃうくらい、「マン U、なんか、ショボくなかったッスか?」なんて声が聞かれるくらい、自分たちのプレーができてなかったわけで、それをさせなかったのが他ならぬバルサのサッカーだったわけで。
今シーズンのバルサのサッカーは、まぁ、 言ってみればアートの域に達してるような素晴らしいサッカーをしてたわけで、結果的に今シーズンのバルサを一番封じ込めたのは CL 準決勝の名将・ヒディンク率いるチェルシーだったわけだけど。正直、チェルシー戦の 2 試合を観た限りでは「やっぱり、これくらいレベルの高い選手たちがハード・ワークして守り倒すと、さすがのバルサでもこじ開けられないんだなぁ」って思ったから(その代償として、攻め手もドログバ以外はほとんどなかったけど)。ちょっと中途半端に色気を出すと、チンチンにされちゃうことはクォーター・ファイナルのバ イエルン戦で証明済みだったし。まぁ、プライドの高い(って言うと、日本語ではちょっとネガティヴな響きがあるから不思議。「誇り高い」ってニュアンスのほうが近いのかな)サー・アレックス・ファーガソンはあえて真っ向勝負をしてきたわけで、それはそれですごく潔いとは思うけど(しかも、最後はなりふり構わず、クリスティアーノ・ロナウドとルーニーとベルバトフとテヴェスを当時に使ったりして)。まぁ、今シーズンのマン U は、いわゆる「モダン・フットボー ル」(日本人はこういう言葉にすごく弱い。ほとんど盲目的なくらいに)としてすごく完成度が高いと思う。技術の高い選手は多いし、フィジカルも強いし、運動量も多いし、選手層も厚いし。実際、だからこそ見事な戦績で決勝まで勝ち上がってきたわけだし。でも、なんか、そんなのクソ喰らえ、そんな理詰めの正論 なんてクソ喰らえって気分もあって。で、それを体現してるのがバルサなわけで。
だって、けっこう理に適ってないところが多いし、バルサって。いわゆる「モダン・フットボール」的に言うと。まず、目につくのがセット・プレーを軽視 してるように思われる点。コーナー・キックとかショート・コーナーばっかりだし(まぁ、ターゲットになりそうな選手も少ないし)、直接ゴールが狙えるフリー・キックもそれほど大事にしてない感じ(外してもあまり悔しくなさそう)。それに、無闇にクロスとかロング・ボールも使わないし(まったく使わないわけではなく「無闇に」使わないっ てこと)。あくまでも、プライオリティは「ボールを持って、ボールを動かして、相手を疲れさせて、つないで、崩して、点を取る」と。まるで、それ以外の方法で点を取ってもイマイチ嬉しくないというか、「粋じゃない」とでも思ってる感じ。「現代サッカーにおけるセット・プレーからの得点率は…」みたいなつまんねぇ正論に対して「だから?」って言ってるかのようなプレーぶり。そこがバルサのバルサたる由縁だし、素晴らしいところなんだけど。理詰めでつまんねぇ正論が蔓延る昨今だからこそ、そういうロジックを超えたところにある「美学」ってすごく大事だし、それを貫いて勝ったことはすごく爽快だな、と。
もちろん、バルサだってディフェンスはするし、実際、今シーズンのバルサのすごさはオフェンスからディフェンスへの切り替え=プレスの速さとディフェンス・ラインの高さだったと思うし。あのアンリもエトォもメッシも切り替えのところではメチャメチャ頑張ってたし、ラインも勇気を持って上げてたし、ちょっとやそっとじゃ安易に下げなかったし。ただ、これって、別に新しいモノでもなんでもなくて、アリゴ・サッキが AC ミランで実践したゾーン・プレスだし。もっと言えば、リヌス・ミケルス〜ヨハン・クライフのトータル・フットボール、これぞまさにトータル・フットボールなんだろうし。日本のサッカー・メディア / ファンは、あれこれ机上の空論的な戦術論・システム論みたいのを繰り広げがちだけど(ほとんどフェチズム)、やっぱり、サッカーなんてそんなに難しく考えたって仕方ないよなって、今年のバルサを観てると痛感する。
あと、サッカー界にとってもうひとつ、すごく重要なこととして、バルサってクラブ自体の特徴もある。「クラブ以上の存在(Més Que Un Club)」と呼ばれ、巨大資本に頼ることなく運営されてるってことはもちろんだけど、それだけじゃなく、カタルーニャのアイデンティティのシンボルでもあるバルサが、カタルーニャ色が著しく濃い今シーズンのチームで勝ったことは、地域に根ざしたクラブ・チーム / サッカーの在り方として、すごく多くのことを示唆してると思うので。何と言っても、監督のグアルディオラからして、かつてヨハン・クライフに率いられた黄金時代=エル・ドリーム・チームを象徴したプレーヤーでカタルーニャ出身・カンテラ(下部組織)育ちだし、カピタンのプジョルもカタルーニャ出身でカンテラ育ち。チャビもそうだし、イニエスタはカタルーニャじゃないけどカンテラ育ち。アルゼンチン人だけどメッシだってカンテラ育ちだし。クライフが率いたエル・ドリーム・チームは多国籍軍だったし、監督のクライフはオランダ人だし、クライフが実践したのもリヌス・ミケルス監督が率いて「時計仕掛けのオレンジ」って言われたクライフを中心としたオランダ代表が披露したトータル・フットボールをルーツにするモノだし。まぁ、オランダってのは世界のサッカー界でブラジルと並んで美しいサッカーをする国なんだけど(特に代表チームのレベルは高い)、バルサもその系譜にあるわけで、エル・ドリーム・チーム以降のバルサでは実際にオランダ人プレーヤーが大切な役割を果たしてた。オランダ人のライカールトが率いて前回の CL 優勝(2005-2006 シーズン)のときは、もちろんチャビやプジョルはいたけど、実質的にはロナウジーニョとデコのチームだった。でも、今はクラブとしてのポリシーは失うことなく、監督まで含めてこれまで以上に「カタルーニャ主義」の純度を高めて、カンテラ出身の選手でそれを実践して、CL を含めて 3 冠を達成したわけだから。もちろん、バルサだってビッグ・ビジネス化した世界のサッカーの流れに完全に逆らえるわけではないけど(実際に、アンリやエトォのような選手ももちろんいるわけで)、チームの芯の部分は損なうどころか強化されてるわけで。これは現在のサッカー界では希有で理想的なカタチだと思うし、こういうカタチで結果を残したことの意義も大きい。バルサにとってだけじゃなく、世界のサッカー界にとって。それに、単純に、スゲェ嬉しいだろうなぁ、って思うし。長い期間観続ければ見続けるほど、思い入れが大きくなるのがサポーターってもんだし。もう、想像しただけでたまらない気分になるし、素直にメチャメチャ羨ましい。
他にも、日本でもっとイニエスタのプレーが注目されて、評価されるようになるといいなって思ってたんで、そういう意味でも「最高の結果」って言える。なんでかっていうと、日本人が見るべきポイントだらけの選手だから、イニエスタって。クリスティアーノ・ロナウドのスピードとか、メッシのドリブルとか、ドログバの身体能力とかは、スーパーすぎてマネのしようがないけど、イニエスタにはそういうスーパーすぎる特徴はないので。身長が大きいわけでもないし、走るスピードがメチャメチャ速いわけでもないし、すごいキックを持ってるわけでもないし、メチャメチャスタミナがあるわけでもないし。でも、あのレベルの中であれだけのプレーができてるんだから。その理由をキチンと考えることは、それこそトップ・レベルの J リーガーからこどもまで、どんなレベルのプレーターにも役に立つし、サッカーを観る上でもすごく勉強になる。ポイントはインテリジェンス、特に個人戦術だと思うけど。だからこそ、イニエスタに注目が集まることは選手のレベルを上げるためにも、サッカー・ファンのリテラシーを高めるためにも、すごくいいことだな、と。
あと、個人的にはアンリが待望のビッグ・イヤーを手にできたことも嬉しかったし。前回、バルサが CL を穫ったときに相手だったアーセナルのエースがアンリだったわけで、そのアンリが熱望してたのがビッグ・イヤーだったので。
CL が最先端且つ最高レベルのサッカーが展開される世界最高峰の舞台である(少なくとも、現時点では)ことは、もう、疑う余地はないし、世界のサッカー界のその後の動向に与える影響は絶大なだけに、今回、バルサがこういうカタチで優勝したことは、やっぱり、ありきたりだけど、「最高の結果」だったな、と。
"Himne del FC Barcelona"








