2009/11/24

Rock the soul.

MR. CHOP "For Pete's Sake" (Traffic  
Link(s): iTunes Store / Amazon.co.jp

シンプルながらちょっとステキなアートワークのこのアルバムはイギリス人プロデューサー、ミスター・チョップ(MR. CHOP)によるピート・ロック(PETE ROCK)の曲のカヴァー・アルバム。前にレヴューしたカルロス・ニーニョ(Carlos Nino)とミゲル・アットウッド・ファーガソン(Miguel Atwood-Ferguson)の "Suite For Ma Dukes" とかロバート・グラスパー(ROBERT GLASPER)の "In My Element" に入ってた "J Dillalude" とか "Gilles Peterson presents Havana Cultura" に入ってた "Think Twice" とか、ジェイ・ディー(JAY DEE)a.k.a. J・ディラ(J DILLA)の曲のカヴァーは最近多くて、どれも秀逸な出来映えだったけど、このピート・ロックのカヴァーってのも、なかなか目の付け所がいいし、内容的にも面白い仕上がり。

2009/11/23

Business as usual.

『IT 帝国の興亡 スティーブ・ジョブズ革命』
 村山 恵一 著日本経済新聞出版社
 Link(s): Amazon.co.jp

さすがに最近はアップル / スティーブ・ジョブズ関連の本だからって片っ端から読んだりはしてないけど(数が多過ぎるし、胡散臭いモノも多いんで)、久しぶりに読んでみたジョブズ関連の本。日本経済新聞社のシリコン・ヴァレー支局長である著者が現地で取材を基にまとめたモノで、今年の 7 月に出版されたモノなので、記憶に新しいハナシが多い。

アップル / スティーブ・ジョブズ関連の本は、主に iPod・iPhone 以降にフォーカスしてるモノと、必ずしもそうではないモノがあって、最近は、当然のように前者のモノが圧倒的に多いんだけど、まぁ、本書も前者のひとつと言っていいのかな。ただ、そう言っちゃうとちょっと誤解があるというか、「(多分に胡散臭いことが多い)最近のアップル / スティーブ・ジョブズ関連本」のひとつに思えちゃうかもしれないけど、本書はちょっと印象が違ってる。というのは、タイトルに「IT 帝国の興亡」ってある通り、アップルだけじゃなく、わりと広く IT / コンピュータ業界の動向をカヴァーしてるから。

2009/11/21

Africa inspired.

JIMI TENOR & TONY ALLEN "Inspiration Information, Vol. 4"
(Strut  Link(s): iTunes Store / Amazon.co.jp

これまでにもアンプ・フィドラー + スライ & ロビー盤アシュレイ・ビードル + ホレス・アンディ盤ザ・ヒーリオセントリックス + ムラトゥ・アスタトゥケ盤をレビューしたイギリスのストラット・レーベルのコラボレーション・アルバム・シリーズ、"Inspiration Information" の第 4 弾で、今回はジミ・テナーとトニー・アレン。これまた、かなり意外で、でも、ちょっと楽しみな、なかなか絶妙な組み合わせで。

ジミ・テナー(アートワーク写真右)はフィンランド出身の変人マルチ・インストゥルメンタリスト。もともとは、今年、めでたく 20 周年を迎えたワープからリリースした作品で注目を集めたからか、わりとテクノ寄りなアーティストなイメージがあったけど、とても「テクノ」の一言では片付けられないというか、一筋縄ではいかない独特のサウンドを聴かせてきたプロデューサー / ミュージシャンで、まぁ、なかなか掴みどころがない、でも、独特の存在感を放ってる不思議なヤツって印象(ルックスも相俟ってかも?)。

2009/11/20

Divided we unite.

ドーン

. :平野 啓一郎 著講談社

今年の夏に「講談社 100 周年記念 書き下ろし 100 冊」の一環として発売された小説で、1999 年の『日蝕』で当時 23 歳で芥川賞を受賞した 1975 年生まれの小説家、平野啓一郎による書き下ろしの新作。まぁ、こんな風に書いてみたものの、このレヴューを書くために今、調べただけのことで、別に著者について何か予備知識があったわけではなくて。「どっかで見たことあるような名前な気がするなぁ」くらいには思ったけど、別にそれが読もうと思った理由じゃないし。読み終わってから調べてみたら、『ウェブ進化論』で知られる梅田望夫氏と著者が対談した『ウェブ人間論』を読んだことはあったんだけど。でも、スッカリ忘れてたというか、名前が一致してなくて(もちろん、ウェブ人間論』はこのドーン』よりも前だし)。だから、著者に関しては、ほぼ予備知識がなかったって言っていい感じだった、と。

もうと思ったキッカケは、まぁ、話題作らしくて、いろんなところで見かけてたってのもあるけど、まぁ、設定というか、書かれてる舞台。初じめて人類が火星に降り立った 2033 年が舞台で、そのクルーのひとりが日本人で、その日本人が、火星に行った宇宙船 'DAWN' の中で起こった事件のせいで、大きな事件に巻き込まれていく…、って感じなんだけど、「火星」「有人ミッション」とか言われると、まぁ、それだけでちょっと魅かれちゃうというか。たまには SF 小説の新しいモノでも読んでみるか、みたいな軽い感覚もありつつ、タイトルとか装丁とかキャッチコピーとかから判断する限り、そんなに悪くなさそうな感じがしたんで。まぁ、この辺は、ただのカンなんだけど。でも、こういう感覚って、結構大切。レコード / CD とか、映画とかもそうだけど、こういう、なかなかロジカルに説明できない部分って、実は結構大事なので。そういう意味では、ネーミングとかデザインとかって大事だよなぁ、なんてあらためて思ったりもして。

まぁ、結論としては、思ったほど「宇宙
モノ」じゃなかったって意味ではちょっと期待外れ。往復の航路とか火星でのミッションとかについての言及があまりなくて、ちょっとイメージしてたモノとは違ってたかな。いわゆる「SF」的なディティールを細かく積み上げて宇宙でのシーンにリアリティを持たせていくタイプの SF ではなかったな、と。まぁ、よく知らずに勝手にそういうお門違いなモノを期待しちゃってただけなんだけど。

も、面しろくなかったかっていうと、全然そんなことはなくて。むしろ、近未来を描いたエンターテインメント小説としては全然楽しめた。500 ページくらいあるけど、全然苦にならなかったし。作中には、街中に公私両方の監視カメラがあって、その映像がネットワーク化・データベース化されてて、しかも公開されてて普通に検索可能だったりとか、そのせいか、整形技術がすごく発達してたりとか、エコ・バブルが弾けてたりとか、マラリアが軍事転用されてたりとか、領土を持たない国家があったりとか、「ウィキノヴェル」なんてモノがあったりとか、今、現実にはないけど、わりとリアルにあることがイメージできちゃうような設定が随所に散りばめられてて。アメリカ大統領選挙をモチーフにしてるところとかもタイムリーだし。どこか妙に冷めたテンションも含めて、すごく同時代的な感じがして、わりとシックリくる。

あと、わりと重要なテーマというか、概念として出てくる「ディヴィジュアリズ
ム(分人主義 dividualism)」って考え方も、ちょっとハッとさせられるし。昔、『四重人格』(映画『さらば青春の光』・アルバ小説)なんてのがあったけど、そうではなくて、要するに、個人っていうのは社会関係の数だけディヴィジュアル(dividual=ディヴ(div)」を持ってて、それが集まったのが個人なんだ、って感じの考え方。まぁ、もうちょっとベタな言い方をすると「(無意識に作ってる)キャラ」みたいなものかな。職場でのディヴ、家庭でのディヴ、学校でのディヴ等々。まぁ、言われてみれば、それこそ、このブログも含めて、インターネットなんてその最たるモノで、ブログ用のキャラ、SNS 用のキャラ、2ch 用のキャラみたいのは、意識的(または無意識)に作ってると思う(2ch に書き込みとか、別にしないけど。まぁ、例として)し、そこに、リアルな人間関係でのキャラも加わるわけで。もちろん、全部がそれぞれバラバラなわけじゃないけど、でも、全部が一致してるって言えるかって言えば、そんなことは言えないわけで。まぁ、そんなもんは昔から大なり小なりあったことだろうけど、そういう傾向がすごく顕著に現れてるのが現代(っつうか、本書では近未来)なんだと思うし。別にそれがいいとか悪いとかってハナシとは別の次元の問題として、わからない感覚ではないな、と。

そういう、随所に散りばめられてる要素が、「小説ってフォーマットを使って現代社会の問題を斬る」みたいな、気負った感じのテンションではなく、わりと冷めたテンションであっさりと、ごく自然に取り扱ってる感じもすごく同時代的だと思うし。まぁ、感覚的な部分なんで、個人的な好みに大きく左右される部分だとは思うけど。最終的に行き着くところに関しても(ネタバレになるんで詳細には触れないけど)、100% 共感するわけではないにしても、まぁ、そこにいっちゃうよな、やっぱ、みたいなところはあるし。

まぁ、実際には同時代ではありつつ
も、著者はちょっと年下だったりして、「小説家」が年下って時点でちょっと新鮮だったりもするんだけど。これまでは、小説っていうと、かなり上の世代か、ちょっと上の世代か、どっちにしても「上の世代」の人が書いたモノを読むって意識が強かったんで。そういえば、だいぶ年下の綿矢りさの『蹴りたい背中も読んだけど。でも、彼女の場合は年下過ぎて同時代的な感覚はちょっと薄かったし。全くわからんほどではなくて、客観的には「そうみたいね」ってレベルではわかるけど、少なくともリアリティを持って実感できるレベルではない、って意味で。でも、このドーン』は、同時代感覚っていうか、同世代感覚みたいなのが感じられて、フツーに読めて、フツーにシックリくる感じはある。好き・嫌いは抜きにして。そういう感覚って、持てそうで、でも、少なくとも小説ってジャンルではなかなか持てなかったりしてるんで、そういう意味では貴重な一冊(であり作家)って言えるのかな、とも思うし。まぁ、個人的には、別に「メチャメチャ感動した」とか「人生が変わった」とか「目から鱗」みたいなモノではないけど、フツーに読めて、フツーにシックリきて、フツーに楽しめた、そんな、ありそうで、実はあまりない感じの一冊だったかな、と。

まぁ、読み終わってみてから、あらためて『ウェブ人間論』を読み直してみたら、まぁ、このドーン』の布石というか、ベースの部分みたいなモノは感じられて。まぁ、ちょっと前の本だから情報が微妙に古いし、『ウェブ進化論も含めて、別に梅田望夫氏にそれほど共感してるわけじゃないんで(一応、ちょっと前にインターネットについてけっこう真剣に考える機会があって、その時に『ウェブ進化論』と『ウェブ人間論』と、茂木健一郎先生との対談『フューチャリスト宣言』は読んではみたんだけど)、今、読んでみてどうこうってハナシではないけど。でも、世代感覚というか、時代感覚みたいなモノの所在というか、ベースみたいなモノは見えた気がする。「あぁ、こういう感覚なのね、やっぱり」みたいな。好き・嫌いは抜きにして。

まぁ、これが SF なのか純文学なのかみたいな不毛な議論には興味がないけど、今の時代を生きてて、それなりにテクノロジーとかネットワークとかコミュニケーションとかの在り方みたいな
モノに自覚的に生活してる人なら、わりとフツーに楽しめる、間口の広いエンターテインメントなんじゃないかな、と。まぁ、活字離れが叫ばれてる昨今なだけに、こういう同時代な感覚で書かれた小説は取っ付きやすいだろうし、コミックとかアニメーションとか映画ではなかなか表現できない、小説ならではの情報量と描写表現も味わえるんじゃないかな、なんてちょっとオッサンみたいなことも言いたくなったりして。
MISSION TO MARS

2009/11/19

So solid. So soulful.

"DJ MARKY & Friends Presents MAKOTO" (Innerground
 Link(s): Amazon.co.jp

かなり前にアルバム "Believe in My Soul" をレヴューした MAKOTO が、ブラジリアン・ドラムンベースを代表するアーティスト、DJ マーキーが XBS と主宰するレーベル、インナーグラウンドからリリースしたミックス CD。インナーグラウンドの音源を中心に、自作のトラックも随所に使った選曲で、ソウルフルでスムースでありながら適度にアップリフティングな疾走感もあって、すごく MAKOTO らしいミックスに仕上がってる。

MAKOTO とは付き合いが長くて、10 年以上前から彼のトラックはコンスタントにチェックしてきてるけど、まぁ、当時から早熟というか、ビックリするくらいクオリティの高いトラックを作ってたんで、プロデューサーとしては全幅の信頼を置いてるっていうか、まぁ、安心して聴けるアーティストのひとりで、その印象は今も変わってない。ただ、当時は DJ としての印象はそれほど強くなくて、どっちかっつうと「スタジオの人」なイメージだった。でも、それ以降の活動の中で、世界中をツアーして回る中で DJ としてもかなり鍛えられたというか、最近ではすっかり DJ としてのステイタスも確立してて、プロデューサーとしても DJ としてもすごく充実してることが感じられるんだけど、そんな充実ぶりがこの "DJ MARKY & Friends Presents MAKOTO" からも強く伝わってくる。

2009/11/17

El espíritu detrás de la máscara.

ルチャの狂気 覆面の孤独

. :大川 昇 著コトブキヤ

一昨日のエントリーの『ラジカセのデザイン!』に続いて、ってわけでもないけど、もう一冊、写真集っぽくない版型の写真集を。自ら「'プロカメラマン' というよりは 'プロレスカメラマン'」という著者が 20 年以上に渡って撮り続けてきたメキシカン・プロレス=ルチャ・リブレの写真をまとめたモノ、って言っちゃえばそれまでなんだけど、なんか、こう、迫りくるような、不思議なパワーを持った写真ばかり(出版元のサイトで何枚か見れる)で、なかなか趣き深い一冊なので。

ちょっと好きな人には広く知られてる通り、「ルチャ・リブレ(lucha libre)」ってのは「自由な戦い」って意味のスペイン語で、メキシコではかなりポピュラーなスポーツ(っていうか、感覚的には大衆娯楽に近いのかな?)。一般的には、覆面レスラーが多くて、派手な空中殺法とかスピーディなボディ・ムーヴが特徴(実際には、別に空中殺法ばかりじゃないらしいけど)。あと、覆面とか髪とかを賭けて戦う試合(日本では「覆面剥ぎデスマッチ」とか「ヘアー・デスマッチ」とか呼んでたかな?)なんかも、ルチャの特徴かな。

別に、特
ルチャ・マニアなわけではないんで、詳しくはわかんないんだけど、それでも、写真を見てると、キレイなお姉ちゃんを従えて登場してくる感じとか、花火とか派手な仕掛けとか、アメリカン・プロレス的な仕掛けもありつつも、覆面とコスチュームの独特なデザイン・センスとか、やっぱルチャ以外の何モノでもない世界観はすごく強く感じる(ちょっと、ブラジルのカーニヴァルのヴィジュアル・センスとか空気感に似てるかな?)。っつうか、そもそも、半裸の男がマスクを被って戦ってる時点である種、異様だったりもするわけで。アメリカでもヨーロッパでもないアジアでもないセンスっていうか、そういう空気感みたいのがすごく面白いし、興味深い。あと、やっぱ、空中殺法=トペ・スイシーダの写真のカッコよさは際立ってる。もう、単純に美しいし。ホントに「翔んで」る。特にドス・カラス Jr. とか、もう、ホレボレするくらいフォトジェニックで。

思えば、多くの 30 代後半の日本人男性のご多分に漏れず、覆面レスラー / メキシカン・プロレスとの出会いはミル・マスカラスとドス・カラスのマスカラス・ブラザーズだったわけで(動きが遅くて飛ばないエル・カネックはあまり好きじゃなかった)、小学生の頃はマス・カラスが会場に投げるマスクが超欲しかった(でも、ドス・カラスのほうが、ちょっとスリムで好きだったりもしたんだけど。基本的に「弟派」なんで)し、「ミル・マスカラス(mil máscaras)」ってのが「1000 のマスク」って意味だってこととか、「ルチャ・リブレ」とか「プランチャ(・スイシーダ)」とか「トペ・コン・ヒーロ」って単語を、意味も解らずに覚えようとしてた。たぶん、人生の中でのメキシコって国とのファースト・コンタクトだったし、メキシコに対する基本的なイメージはこの頃に刷り込まれた気がするし。まぁ、出会いとしては、すごくいい出会いだったと思うけど。その後は、覆面レスラーっていっても日本人レスラーの印象のほうが強くて、例えば、初代タイガー・マスク(≒佐山聡)とか(スーパー・)ストロング・マシーン辺りはけっこう好きで、獣神サンダー・ライガーくらいまでは観てたけど、ウルティモ・ドラゴンとか三沢光晴のタイガー・マスク辺りになるとあまり観てないし。個人的な嗜好が UWF 〜 リングス 〜 総合格闘技 〜 MMA って流れに向かうに従って、いわゆる「プロレス」的なモノからは離れるようになっちゃったんで。

も、最近、にわかに興味が出てきたっていうか、文化としてとか、デザインとしてとか、そういう面ですごく興味が湧いてきてたりもする。たぶん、ラテン・アメリカには、あまりにも強大で、いろんな面でその影響をまともに受けてて、も、抗わずにはいられない存在としてアメリカって国が常に意識にあると思うんだけど、そのアメリカの一番近くで、長い国境を接しながら、それでもあくまでもラテン・アメリカであり続けるメキシコの歴史とか在り方とかって、すごく興味があるし。そうやってアメリカに抗いながらも、ラフで豪快でゴキゲンで、でも、ノーテンキなけじゃない感じとか、すごくいいし。

実際、写真を見てると、何と言うか、すごく色彩豊かでカラフルだし、仕掛け
も派手だし、ゴキゲンで陽気な感じがするのに、一方で、そこにはモノ悲しさというか、哀愁みたいなモノが漂ってて、だからこその生々しくてリアルに感じられて。なんか、上っ面だけの作りモノじゃない感じというか、ある意味ですごく非現実的な光景なのに、同時に、すごく土着してるようにも見えて。そういう感じが、なんか、すごく味わい深い。トペ・スイシーダの写真とか、ホントに美しくて、でも同時に、この人たちはなんでそこまでするの? 的な思いもたげてきたりして。

あと、やっぱ覆面。スゲェ気になる。まぁ、
もともと、アステカ文明の伝統の影響でマスク的なモノが神聖化されてるみたいなハナシは聞いたことがあるけど(ホントかどうかナゾだけど)、それにしても、こんなにも一般的になってると、その深層にどういう意識があるのか、すごく気になるし。それこそ、シャア・アズナブルじゃないけど、マスクで素顔を隠して別のキャラクターになりきるって行為自体にも、根源的な何かがあるだろうし、それを見てあれだけ喜ぶってところにも何かディープなモノがありそうだし。人は覆面に何を感じ、何を求めてるんだろう? って。あと、覆面が剥がされそうになってる写真とか、ホントは覆面が非現実なのに、破れたところから覗いてる顔の一部のほうが逆に非現実的に感じられたりして、なんか、すごく不思議な感じがするし。

まぁ、写真集としては、
もっと大きなサイズで見たかったなぁなんて思う部分もありつつ、写真の合間に挟まってる詩のセレクトがビミョーな感じというか、ちょっと違和感を感じたりもするけど(まぁ、著者の好みなんだろうけど、 でも、写真のパワーは圧倒的。静止画なのにスゲエ動きがあるっていうか、躍動感があって。なかなかヤバイ仕上がりの一冊だな、と。
mil máscaras

2009/11/16

El sonido de la cubanida.

"Gilles Peterson Presents Havana Cultura - New Cuba Sound"
(Brownswood  Link(s): iTunes Store / Amazon.co.jp

元トーキング・ラウド / 現ブラウンズウッド主宰者で、DJ / コンパイラーとして知られ、これまでにもたびたびレヴューしてるジャイルス・ピーターソンが、今回、ピックアップしたのはキューバ。まぁ、'ジャイルス・イン・キューバ' って聞いただけで悪いわけがないというか、間違いない感じなんだけど、正直、期待以上の出来映えだった。リリースは先月だったかな? こないだ、リリース・パーティで来日してたし(ジャイルス本人はよく来てるけど)。どうも、ハヴァナ・クラブ絡みで始まったプロジェクトだったっぽくて、詳細はスペシャル・サイトで観れる・聴けるんだけど、ハナシだけ聞いたときにはてっきり 'キューバン・レア・グルーヴ' 的な、お宝発掘系か、"Gilles Peterson in Brazil" と "Gilles Peterson Back in Brazil" みたいな新旧音源のハイブリッド的なコンピレーションなのかと勝手に思ってたら、それどころか、もっと気合いが入った内容で。

2009/11/15

Boombox blues.

ラジカセのデザイン! JAPANESE OLD BOOMBOX DESIGN CATALOG

. :松崎 順一 著青幻舎

これは、もう、タイトル通りっつうか、ヤラれた感抜群っつうか、ヤバくないわけがない一冊。まぁ、いろんなラジカセの写真がたくさん載ってるだけの本なんだけど。でも、それで、十分すぎるほど成立してる。やっぱ、何とも言えない味わいっつうか、いい感じのオールドスクール感っつうか、なんか、妙にワクワクさせられるから不思議。

もちろん、ラジカセってのは「ラジオ+カセット(テープ)」なわけで(言うまでもなく和製英語。英語では 'boombox')、今じゃどっちもすっかり身近じゃなくなってるけど
もちろん、B-BOY 的にはカセットには思い入れがある、別にノスタルジアとかじゃなくて、全然別の次元で、ラジカセって、なんか魅かれる。何がそんなにツボなのかわかんないけど。デザイン的なことのような気もするし、いい感じのポータブル感(少なくとも、ステレオ・セットとかに比べて、ってこと。でも、決してハンディではない存在感というか)のような気もするし、メカメカしい感じなのような気もするし。まぁ、とにかく、懐かしさだけじゃない、もっと普遍的な(なんて言ったら大袈裟だけど)何かがあるような気がして。

まぁ、いろんなタイプのラジカセがこれでもかって載ってて、見てるだけで全然飽きない。オールドスクール・ヒップ・ホップ・フレイヴァー漂うデカイヤツはもちろん、初期のデザインもカッコイイし、ソニーのスポーツ・シリーズとか、マイ・ファースト・ソニーとかも、今、見ても全然アリな感じだし。この頃はまだ頑張ってたっつうか、ソニーがソニーだったなぁ、なんてちょっと切なくなったりもして。思えば、こんなにメカメカしいメカって、触らなくなって久しいし。ガチャ、って感じの再生ボタンとか。ガンダムを彷彿とさせる V 字型の 2 本アンテナとか、メチャメチャカッコイイし。なんか、使えるんだか使えないんだかわからん機能とのハイブリッドなヤツとかも、バカっぽくて、でも、妙にカッコよくて、ヤバすぎるし。

まぁ、バカバカしいって言っちゃえば相当バカバカしい本ではあるんだけど、で
も、なんか、こうやっていろんなデザインを並べられると、最近忘れちゃいがちな、ちょっと大事なことが隠されてる気もしてて。発想が自由で、ラフで、質実剛健で、豪快な感じは、ちょっと見習いたい。


L. L. COOL J "I Can't Live Without My Radio" (From "Radio")









2009/11/14

The bricoleur of thoughts.

Claude Lévi-Strauss (1908 - 2009)

もう何日経っちゃったけど、前にレビューした『サンパウロへのサウダージ』の著者であり、文化人類学者・社会人類学者・思想家のクロード・レヴィ=ストロース(写真は 1935 年にブラジルで撮影されたモノ)が 10 月 30 日に亡くなった。享年、なんと 100 歳。11 月 28 日に 101 歳になる直前の死だったってことになる。

レヴィ=ストロースっていえば、一般的には「構造主義の祖」として知られてて、「20 世紀の思想家で最後の巨匠」って言われてる人物。まぁ、肩書きが「思想家」って時点で既にメチャメチャカッコイイなぁ、とか思っちゃうんだけど、個人的に一番シックリきたっていうか、グッときちゃったのは「ブリコラージュ」かな、やっぱ(そういえば、アモン・トビンのアルバムとか坂本龍一さんのリミックス・アルバムのタイトルになってる言葉でもある)。まぁ、概要はウィキペディアでも、詳細は 1962 年の名著野生の思考なんかを参照って感じだけど、理論や設計図に基づいてモノを作る「エンジニアリング」とは対照的なモノ作りのカタチとしての「ブリコラージュ」に、なんか、すごくプリミティヴな、ちょっとヒップ・ホップ的なフレイヴァーを感じちゃうんで。前に仕事で関わってたプロジェクトのコンセプト作りの大きな参考にもなったりしたし。計算とか打算とかとは違う次元にある、プリミティヴなクリエイティヴィティのカタチみたいなイメージかな。ちょっとラフで、乱暴で、でも、パワフルで、人間的で。そういう、なんか小細工抜きな感じが、すごくヒップ・ホップ的な感じがして、すごくいいな、と。一般的には、レヴィ=ストロースとか「ブリコラージュ」がそういう文脈で語られることはないと思うけど(見たことないし)、でも、個人的には、なんかシックリくる感じがする。

あと、やっぱりブラジルとの親和性も親近感を感じちゃうところではある。名著の誉れ高い悲しき熱帯 I / (同) IIもちろん、前にレビューした『サンパウロへのサウダージブラジルもそうだし。なんか、ブラジルと縁があるらしく、しかも、全然ブラジル絡みの文脈で興味を持ったんじゃないのに、ブラジルでつながった感じも、なんかちょっと因縁めいてて気になるな、と。

あらためて、享年 100 歳。死因は報じられてないっぽいけど、まぁ、寿命っつうか、大往生っつうか、人生を全うしたって言って差し支えないのかな。まぁ、まだまだ勉強されてもらいたいこともたくさんあるし、今の自分の周りで起こっていることなんかに応用可能なことはいくらでもありそうだし。肉体は死しても遺した作品は死なないので、これからも、ことあるごとにいろんなところで引っかかりそうな予感はしてる。 ー R. I. P.

2009/11/04

So moody.

ROBERT GLASPER "Double Booked" (Blue Note) 
 Link(s): iTunes Store / Amazon.co.jp

秋はなんだか、妙にジャズ・ピアノがシックリくるわけで、最近、愛聴してるのが、このロバート・グラスパー(ROBERT GLASPER)。ちょっと前にリリースされたアルバムもリリース当初より最近のほうがなんかシックリくるし、その前のアルバムもかなりいい感じなんで、この機会に 2 枚まとめて。

ロバート・グラスパーは 2003 年にデビューしたテキサス出身のコンテンポラリー・ジャズ・ピアニストで、2005 年のセカンド・アルバム "Canvas"(Links: iTS / Amzn)以降はブルー・ノートから作品をリリースしてる。レーベルのプレス・リリース等には「新感覚のジャズ・ピアニスト」的な、なかなかビミョーな表現のキャッチ・コピーが付いてたりしがちなんだけど、まぁ、言葉遣いはともかく、そう言いたくなる気持ちはわからんでもない、不思議な感覚のピアニストではある。

2009/11/03

Publish: (vt) To issue for public.

新世紀メディア論 ー 新聞・雑誌が死ぬ前に

. :小林 弘人 著バジリコ

今年の春頃に何かで著者のインタヴューを観て、ちょっと気になったので読んでみた一冊。まぁ、タイトルが大袈裟なんで、ちょっと引いたというか、ついつい警戒感を持っちゃったんだけど、タイトルのわりに内容は読みやすい感じではあったかな。良く
も悪くも。

読後の印象として
も、まぁ、個別の中身自体には合意する部分も多々ありつつも、同時に、読む前に抱いてた警戒感は間違いじゃなかったって印象もあるというか、全面否認ではないけど、諸手を挙げて大賛成でもない感じというか、参考になる部分は大いにありつつも、決して感動したりはしてないというか、ビミョーな感じの読後感も事実だったりはする。これまた、良くも悪くも。

著者はインフォバーンの代表で、『サイゾー』とかギズモード・ジャパンとか真鍋かをりのブログなんかを仕掛けたことで
も知られる(らしい)小林弘人氏。とは言っても、個人的にはその辺のモノにはあまり馴染みがなくて(もちろん、目にすることはあるけど)、イメージとしては断然、『WIRED 日本版』を立ち上げた人って感じ。『WIRED 日本版』は当時(大学の頃だったかな?)、けっこう熱心に読んでたんで。ただ、当時は小林氏について自覚的だったって記憶はないし、その後の動きに関しても、別に熱心に追いかけてたわけじゃない。だから、特別な思い入れとかはなくて、わりとフラットというか、どっちかっつうと、やや警戒感を持って読んだ感じかな。『WIRED 日本版』以降のモノには、チャラさっていうか、けっこう強い胡散臭さを感じてたんで。しかも、そこに小林氏の存在を意識せずにそれぞれを胡散臭いって感じてたんで、変な先入観を持っちゃってたわけではなく、ホントに胡散臭いって感じてたってことなんだと思うし。

内容の特徴としては、まず、「出版」という言葉の定義を明確にしてる点がある。これが大前提というか。小林氏は自身を「出版人」であると言ってるんだけど、一方で「出版は死ぬ」って言ってて、ここで使われてるふたつの「出版」は同じ「出版」ではないんだ、と。小林氏の定義する「出版」は 'publish'、つまり「公にする行為」のことで、小林氏は自身を、この意味での「出版人」であると言ってる。一方、「死ぬ」と言われている「出版」は、「紙に印刷した新聞・雑誌・書籍等を取り次ぎを経由して書店等に流通させ、売り上げと広告で利益を上げるビジネス」という意味での「出版」で、小林氏は特に書籍よりも新聞・雑誌のほうが危うくて(そう述べてる媒体が書籍だっていうのもある意味アイロニカル)、特にそういう会社(出版社・新聞社等)はそのビジネス・モデルに固執しがちで、特に大手になればなるほど、変にプライドが高いからか、その傾向が強くておハナシにならん、と(そのわりに、他のモノに文句を言ったり、愚痴ったりばっかしてるから、目も当てられないんだけど)。

この考え方自体に関しては、まぁ、全面的に合意できるかな。ただ、いわゆる後者の「出版」(狭義の出版)をやっている会社(出版社・新聞社等)の「中の人」として働いた経験はないんで、あくまでも、フリーランスの立場で「外の(周辺の、かな?)人」って立場でつきあってきた中で感じる部分として、ってことになるけど。 個人的に「編集(者)」って言葉について持ってる感覚に似てるかな? つまり、自分の仕事を「編集(者)」って呼ぶときに、「本や雑誌等を制作する」って意味の、狭義の「編集」ではなく、「本や雑誌等のフォーマットだけじゃなく、いろんなフォーマットでいろんなモノを収集・取捨選択して、あるコンテキストに沿ってカタチにすること」を「編集」だって(少なくとも自分では)意識してるんだけど、感覚的には似てるんじゃないかな、って。ただ、こういう言い方が通じる人と通じない人がいて。しかも、通じない人が、いわゆる「大手」に多かったりもするし。そういう部分も含めて、わりと感覚的に理解できる部分ではある。

たぶん『新世紀メディア論 ー 新聞・雑誌が死ぬ前になんて大袈裟なタイトルを付けた意図のひとつは、「狭義の出版人」の凝り固まった頭をガツンとやるみたいなことなんだろうと思うけど、じゃあ何だってハナシになると、ブログに代表されるインターネットだ、つまり、特定の限られた人(法人)が特権的にメディアを持つ時代ではなく、意思さえあれば誰でもメディアを(すごく安いコストで)持てる「誰でもメディア」な時代で、「誰でもメディア」の時代には「誰でもメディア」の時代ならではのやり方があるってハナシになって、具体的な事例とか特徴がいろいろと述べられてる、と。

まぁ、細かい部分は納得したり感心したりする部分も少なからずありつつも、同時に、何を今さら? って思うところもけっこうあったりして。例えば、収益構造のハナシとか。もうちょっとブッ飛んだ議論というか、アイデア提起みたいなモノを期待してたんで。そこがちょっと物足りない部分だったりもしたんだけど(まぁ、でも、どうも世の中では、「何を今さら?」をそれらしくまとめるとありがたがられるっぽくて、それはそれで、個人的にはすごく気持ち悪いんだけど。例えば、やたらと顔を出したがる勝間ナンチャラ女史とか)。

そういう感じなんで、具体的なハナシになると、SEO 的なハナシとかコンサルティングみたいなハナシになったりもして、その辺がどうしても胡散臭く感じちゃう部分だったりはするんだけど。まぁ、いろんなところで講演をしたり、コンサルティングをしたりしてるってのは、ある意味、なんとなく納得できるけど(もちろん、ネガティヴな意味で)。

そうは言っても、「細かい部分は納得したり感心したりする部分も少なからずある」ってのも事実なんで、イヤな感じで引っかかる部分は、まぁ、それはそれとして、「忘れないようにメモ」として書いておくと、以下のような感じかな(多分に「何を今さら?」とか、ちょっと気持ち悪いハナシも含まれてるし、すべてに同意なわけではないけど)。
  • まず「それが自分で読みたいモノであり、それを誰も作ってないから自分で作る」ことが基本。
  • 「雑誌の本質はそのカタチに非ず」。「コミュニティを生み出す力」こそが雑誌の本質。
  • メディア・ビジネスはコミュニティへの影響力という実態の掴みにくいモノを換金することだ。
  • 情報収集はソフトウェアでできるが、文脈を編むためには人間の視点が不可欠。その価値はむしろ高まる(相対的に質の低いモノが蔓延するため)。
  • 紙は「情報コモディティ」から「嗜好品」に変換する必要がある。狭義の出版は、カメラの世界に於ける銀塩カメラのようになるのかも?
  • 紙のメディアは、その信頼を担保にひたすら企業ブランド向上のために記事を書いたり、広告を集めるという、ある種の心理的なマーケティングのために用いられる方向に進むのかも?
  • 雑誌はコミュニティ・メディアであり、ライフスタイルの数だけ雑誌はあって然るべき。
  • 情報過多なインターネットの世界では、限られた人々の関心というパイを奪い合うカタチのアテンション・エコノミーになる。
  • ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』の著者として知られるジョン・バッテル曰く、メディアには「パッケージされた物のメディア(packaged goods media)」と「会話型メディア(conversational media)」に分かれ、「パッケージされた物のメディア」は既存のメディアと同じで、インターネットを使うとしても、単に流通チャンネルが増えただけで、基本的には店頭等と変わらない。前者が依拠するのは「知的財産の所有と統制」と「高価な配布システムの所有と統制」で、「このふたつに依拠する広告と定期購読によるビジネス・モデル」であり、「会話型メディア」のビジネス・モデルは違う。
  • 「ディストリビューション・オリエンテッド」ではなく、「ユーザー・オリエンテッド」「テーマ・オリエンテッド」に。
  • 編集者に求められるスキルも変わる。1) ウェブ上での人の流れや動きを直感し、情報を整理して提示するスキルがある。 2) システムについての理解を持ち、なおかつ UI やデザインについての明確なヴィジョンと理解を持つ。 3) 換金化のためのビジネス・スキーム構築までを立案できる職能者である…、というスキル・セットが体系的に訓練されるか、もしくは各自独学でジャンルを越境していく必要がある。
  • 「誰でもメディア」なので「誰でもライバル」。ライバルは同業他社だけではない。
  • 「ナット・グラフ(nut graph)」が大事(たぶん、これまで以上に)。
  • 「自らが編んだ情報を伝えたい」という編集者の欲求を満たすためのモノから、「情報によってつながった人たち」の欲求を満たすために何をすべきか考え、立体的にサービスを提供できるように価値変換を図ることがポイント。
  • 思想や態度(アティチュード)に訴えながら、インターネットを媒介として広がる社会運動的なマーケティング手法、コーズ・マーケティング(cause marketing)の可能性。
個人的には、銀塩カメラの例えとか、けっこう好きで。ポジティヴな意味で。これだけデジタル・カメラ全盛で、それこそ「(ほぼ)全人類カメラマン化」な時代だからこそ、「銀塩カメラ(で撮れる人)には敵わない」感が強くなってるんで。ちょっと乱暴な言い方だけど、たぶん、タバコとか音楽(特にレコードとか CD)もそうな(る)んじゃないかって思ってて。個人的には「趣味:乗馬」って言ってるんだけど。どういうことかっていうと、喫煙っていうリラクゼーションとか、音楽を熱心に聴くこととかって、どんどんレアな趣味、それこそ乗馬くらいな感じ(つまり、「何それ?」って言われるほど知られてないわけじゃないけど、ポジティヴでもネガティヴでもなく、フラットに、素で「珍しいねぇ」って言われちゃう感じ)の趣味になっていくんじゃないかなって(音楽の場合は、音楽自体がなくなるわけじゃなくて、あくまでも、「積極的にお金を払って音楽パッケージを購入する」って意味でだけど)。

それから、本書で引用されてるアメリカの未来学者(なんて肩書きだ!)のポール・サッフォの「未来を見通す法則」ってのもちょっと面白い。
  • 見通せないときがあることを知れ。
  • 突然の成功は、20年以上の失敗の上にある。
  • 未来を見通すには、その倍、過去に注視せよ。
  • 前兆を見逃すな。
  • (見通すときは)中立であれ。
  • 物語れ。あるいは、図にするがよい。
  • 自分の間違いを立証せよ。
まぁ、「(見通すときは)中立であれ。」とか、実はすごく難易度が高いと思うけど。個人的には「未来を見通すには、その倍、過去に注視せよ。」が好みかな。

あと、個人的には、情報の分類として「フロー」と「ストック」の中間的な形態として、「エコー」って
モノがあるってハナシはちょっとツボだったかな。つまり、流動性とか回転率、新しさとか即時性とかとしての「フロー」と、アーカイヴとしての「ストック」ってのが、まぁ、基本なんだけど、それをコピーするだけの「エコー」自体にも意味が生まれ得る、と。これには、すごく大事な面と、すごく気持ち悪い面の両方が含まれてる気がするけど。

まぁ、そんなわけで、それなりに読み応えがありつつも、読みやすくもあり、でも、期待外れ面もあり、なんか、モヤモヤ感があるのは事実かな。著者に対する印象も、読後も特に変わってないし。『WIRED 日本版』以降のモノから感じてた胡散臭さも増幅こそされても減ることはなかったし。けっこう大きなこととか厳しいこととか言ってるわりに…、みたいな部分も、正直、感じるし(例えば、ギズモード・ジャパンのダサさとか。何だろう? 似たようなことに興味があって、だからビミョーにズレてるところが過剰に気になっちゃうような、近親憎悪って言うのか知らないけど(そもそ近親じゃねぇし)、前に、いわゆるジャジー・ヒップ・ホップについて書いたことに、ちょっと似てる感覚なのかな。まぁ、一見、フランクでありながら、まるで親近感を感じられない文体が好きじゃないだけなのかもしれないけど。

あと、この内容なら、こんな装丁じゃなくて、新書でいいんじゃね? と
も思ったり。なんか、最近、そんなことばっか言ってる気がするけど(中谷巌氏の『資本主義はなぜ自壊したのか』とか)。新書が飽和状態だからなのか、文体的に新書くらいライトじゃないと読まれない(好まれない)のか、新書でいいんじゃね? って本が増えてる気がするのは、なんかイヤな傾向。でも、新書だったら別に全然アリな感じの内容な気がするし

それから、この新世紀メディア論の内容とは直接関わりがないから触れられてなくても当然だけど、ウェブの世界には「逆」もあって、それはそれで、けっこう深刻で、根が深い厄介な問題だよな、なんて思ったりもした。つまり、「ウェブ屋の論理」しか知らないヤツがたくさんいる(のさばってる)、ってこと。本書で小林氏が言ってる、「紙媒体の編集者がそのままウェブ媒体の編集者になれるわけではない」ってのが真実であるのと同様に、「ウェブを作ってるヤツが編集者の資質を持ってるとは限らない(っていうか、圧倒的に不足してる気がする)」ってこと。これはこれで、大きな問題だな、と。
PUBLISH