2012/03/17

Hidden stories. Hidden politics.

『原発・正力・CIA』有馬 哲夫 著(新潮社)★★★
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books


日本に原発が導入される経緯と、その背後での CIA と正力松太郎の暗躍について綴った新書で、「機密文書で読む昭和裏面史」とサブ・タイトルにある通り、アメリカの機密文書を丹念に調査してまとめられている。

もちろん、軸になってるのは原発導入に関する駆け引きなんだけど、 それだけではなく、同時に電波・通信の利権のハナシでもあり、戦後の昭和政治史のハナシでもあって、新書の文量・情報量とは思えないほどドスンと重みがある読み応えだったかな(まぁ、個人的に、終戦後 〜 55 年体制確立期までの政治史があまりキチンと頭に入ってなかったせいもあるような気はするけど)。

留意しておくべきポイントのひとつは、2008 年の出版だってこと。つまり、去年の原発事故以後に安直に執筆・出版された便乗商法的なモノではないってこと。残念ながら、そんな本が少なからず書店に並んでるのが現状だし(もちろん、すべてが安直な内容なわけじゃないけど)、ヘタしたらそういう本と並べて紹介されたりもしかねないけど、そういう本とは明らかに一線を画してる。

ただ、結論としては、決してスキャンダラスなスクープ本って内容ではないと思うんで、そういう意味でのわかりやすいサプライズがあるわけではない。著者自身もあとがきで述べてるように、決して特定の個人・組織を非難する内容でもないし。そういう意味でのインパクトを求めるとちょっと物足りないかも? とは思うけど(そういう意味で星は 3 つにしちゃった)、でも、まぁ、なかなかエゲツない内容だし、ディズニー(とディズニーランド)まで出てきたりして、読み応えが十分なのは間違いないかな。特に、現在 40 歳代以下の世代にとっては、実はリアリティを感じにくい、でも、知っておいたほうがいい、今の社会にも直接つながってるハナシなんで。去年の原発事故後の今だと、出版当時とも違った感慨とか意味合いもあると思うし。

タイトルにもなってる正力松太郎ってのは、もちろん、日本テレビの創業者であり、それ以前に、現在の読売新聞を作った人物(もともとあった弱小新聞社を買収してからどんどん大きくしたので創業者ではないけど、実質的には '現在の' 読売新聞を作った人物と言って過言ではない。ちなみに買収は戦前の 1924 年)であり、もっとそれ以前に、元警察官僚でもあり、A 級戦犯でもあり、元国会議員・大臣でもあり、総理府の原子力委員会初代委員長でもある。まぁ、好き・嫌いはともかく、昭和史に名を残す怪物だったことは間違いない。

その正力松太郎が、戦後、CIA から資金援助を受けてさまざまな非公式な工作にエージェントとして協力していた(それを条件に A 級戦犯でありながら不起訴になった説もどこかで読んだ気がするけど、本書ではその点には特に触れられてない)って事実とその内容を、後に公開されたアメリカの機密文書を綿密に調べ、周辺情報とともに綴ったのが本書ってことになる。著者はあとがきで以下のように述べてる。

「正力マイクロ構想」の挫折が、ノーチラス号の完成、アトムズ・フォー・ピース演説、第五福竜丸事件、アメリカの対日心理戦、保守大合同などと次々と化学反応を起こし、原子力平和利用の日本への導入という歴史的出来事を生み出した。
筆者が魅せられたのも、この歴史的出来事を生み出す連鎖の複雑さ、面白さだ。読者に伝えたかったのもこれにつきる。特定の組織や人をことさら非難しよう、その秘密を暴きたてようという意図はないしそのように書いたつもりもない。
原発、正力、CIA はよく似ている。その存在を賛美することはできないが、かといって否定することもできないということだ。

実は、この本で書かれてる原発に関する部分の概要は、本書の中でも触れられてる 1994 年 3 月放映の NHK のドキュメンタリー『原発導入のシナリオ ー 冷戦下の対日原子力戦略』(Link: YouTube)を観てたんで、基本的な内容としては大きな驚きはなかったって感じだったかな。もちろん、ディティールに関しては 1 時間程度のドキュメンタリーよりも書籍のほうが濃密で、情報量的な関係としては「書籍 > 映像」なんで(コレは、このケースだけじゃなく一般的に言える。案外、理解されてないような気がするけど)、読む前に予習として観とくのはアリだと思うけど。あと、有料 コンテンツだけど 、去年の原発事故の後に著者が videonews.com に出演して、正力松太郎と原発について語ってる(2011 年 6 月 25 日「正力松太郎はなぜ日本に原発を持ち込んだのか」/ Link: videonews.com / 予告編は YouTube でも観れる)。

上にも書いた通り、戦前 〜 戦後の時期って、戦争自体のことはわりと知る機会があっても、政治の動きとかってなると、正直、なかなかピンとこない。55 年体制以降の動きは政権交代前後にその功罪(っつうか、主にボロボロと明るみになった '罪' ばっかだけど)を通じてそれなりに知る機会もあったけど、終戦 〜 1955 年の時期の政治の動きなんて、高校の日本史で大学受験用に最低限の事項を覚えただけ(文字通り、覚えただけだった! しかも、授業でもろくに触れられてなかったし)だったんで。

一応、基礎知識として整理しておくと、正力松太郎は 1884 年生まれなんで、本書で語られてる戦後の時期ってのは晩期に当たる(1945 年の終戦時で 61 歳)んだけど、60 〜 70 代とは思えないバイタリティに驚かされる。いい意味でも悪い意味でも。

具体的には、冷戦下のアメリカの思惑と自分が持ってるメディアを上手く利用して大きな利権を手中に収めようとしたってことなんだけど、そのために、実業家としてだけでなく、政治家(後に大臣)にもなってまで、その実現に奔走した、と。

その利権ってのは、最初は上の引用文で「正力マイクロ構想」と書かれてるモノ。「正力マイクロ構想」ってのは、戦後の日本全国にアメリカ軍のマイクロ回線を張り巡らして、それを使って(アメリカ軍が傍受できる状態で)通信・放送を支配下に収めるっていう構想で、CIA にこれを働きかけて実現しようと暗躍したことで、日本のテレビ方式はアメリカと同じ NTSC になり、日本初の民放テレビ局である日本テレビを終戦から 8 年後の 1953 年に開局させることになるんだけど、通信まで支配されたくなかった電電公社に反対された(吉田茂がバックアップした)ことで実現しなかったらしい。

ちなみに、「正力マイクロ構想」ってのは、第 2 次大戦中にレーダーの開発で注目された波長が短い電波 = マイクロ波が、後に音声・映像・文字・静止画像等の大容量の情報を高品質で伝送できることがわかったため、この通信網を全国に張り巡らせて、テレビ・ラジ オ・FAX(軍事用・新聞用)・データ放送・警察無線・列車通信・自動車通信・長距離電話通信等の多重通信サーヴィスを行おうとしたアイデアのこと。今、 こうして並べてみると、1990 年代くらいの IT 系のニュースみたいだけど、これが戦後間もなくの時期だったことにちょっと驚いちゃうし、もし実現できてたら、メディアを独占できてたってことになる。

ともあれ、この「正力マイクロ構想」の頓挫のせいで、次なるターゲットとしてエネルギーに狙いを定めて、私人として自分の持つメディアで世論をコントロールしつつ、自ら公人である国会議員になると、資金力を駆使して大臣にもなり、戦後復興から高度経済成長に向かう日本を支えるエネルギーとして原発を導入に奔走し、そのために総理府が設立した原子力委員会の初代委員長に自ら就任し、最終的には総理大臣まで目指してたんだとか。

ただ、実は、原発導入自体に強い信念があったかっていうとそんなことはなくて、経済成長に従って需要が急増することが見込まれるエネルギー政策に関して原発導入のイニシアチブを執り、それを政治実績として利用することで総理大臣になり、「正力マイクロ構想」を実現させて放送・通信事業の覇者になろうとしただけだったらしい。つまり、目的は「正力マイクロ構想」の実現で、そのための総理大臣であり、そのための政治家であり、その道具としての原発だった、と。

実際、日本初の民放である日本テレビの開局もこの一環だった(だからこそ、正式名称が '日本テレビ放送網株式会社' だったりする)し、その実現を後押ししたのはアメリカだったらしい(その目的は日本の国民世論が反米 = 共産化するのを防ぐことであり、そのために、戦前に共産主義者・無政府主義者の取り締まりを行ってた実績があり、根っからの反共産主義者であり、新聞社を持っているために国民世論に大きな影響力を持つ正力松太郎にテレビという新たなツールを与えて、親米・反共産主義プロパガンダに利用しようとした、と)。

まぁ、今、振り返ってみると、原発自体もメチャメチャ大きな利権なのにそれが目的じゃなかったことはちょっと意外な感じもするけど、放送と通信の重要性は現代社会から見れば当然すぎるくらい当然のことで、クロス・オーナーシップが認められてる日本でメディア企業を経営していて、新聞とテレビの相乗効果で大きなメディア帝国を築いてた正力松太郎にとっては十分魅力的だったはずだし、目の付けどころ自体はすごく的を得てたとも言えるのかな。

では、その実現のための道具として、なぜ、原発を選んだのか。著者はこんなことを書いてる。

原子力平和利用そのものは彼のメディア企業に直接メリットをもたらすわけではない。ラジオやテレビの場合のようなメディア間の相乗効果は期待できない。
それなのに、なぜ正力が原子力だったのだろうか。
それは、偶然がいくつも重なってそこに至ったとしかいいようがない。正力の壮大な計画が挫折しそうになったとき、それと同時に大いなる政治的野望が芽生えたとき、たまたまそこにあったのが原子力だったのだ。

そんな「たまたま」で原発を扱われちゃ本当に迷惑な話なんだけど、ともかく、そういう経緯で原子力が政治的駆け引きの材料として扱われ、その背景には、単純な対立構造なんかでは説明できないさまざまな勢力の思惑と複雑な駆け引きがあって、時代の流れの偶然と必然とも絡み合ってた、と。

まぁ、本書を読んで確実に言えるのは 2 点。まず、正力松太郎は単に CIA / アメリカの手先として動いてたってわけじゃなく、むしろ、抜け目なく利用しようとしてて、一方の CIA / アメリカも、そんな正力松太郎の思惑をわかった上で、警戒をしながら利用価値がある場合は利用し、一線を越えれば切るドライな部分も併せ持ってたこと。そして、正力松太郎の最大の目的はあくまでも「正力マイクロ構想」であって原子力ではなかったし、アメリカは(日本国内のアメリカ軍基地への核配備は望んでいたものの)日本を含む第 2 次大戦の敗戦国に核武装は許さないって方針だったので、ビジネスとして原発を日本に売りたいって希望はあったものの基本的には慎重なスタンスだったし、原発云々以前に、日本の共産化を食い止めることこそが最大のプライオリティだった(第五福竜丸事件を契機に日本国内で高まった反米・反核感情を鎮めるためにも、正力松太郎を使って '核の平和利用' である原発が経済成長を約束すると喧伝した)こと。つまり、誰かが原発に心から明るい未来を見て、明確な理念を持って、そのために強い意志で導入しようとしたわけではなかったわけで、さまざまな思惑と複雑の駆け引きの結果として導入されたのが日本の原発だった、と。

公開された CIA の文書には以下のような記述がある(ちなみに、'ポダム' っていうのは CIA が使ってた正力松太郎を意味する暗号名)。

我々がポダムを扱うようになったとき、彼の主たる興味は彼のテレビ事業の拡張として日本にマイクロ波通信網を完成することになった。そのあと彼はそこから逸れて原子力エネルギーの方に精力を向けるようになってしまった。
(中略)
この男がしていることが最終的に何をもたらすかを考えると唖然とせざるを得ず、それは軽視できることではない。
一つ取り上げれば、マイクロ波通信網構想だ。これが完成すれば、必然的にすべての自由アジア諸国に影響を与えることのできるプロパガンダ機関を日本人の手に渡すということになってしまう。
原子力エネルギーについての申し出を受け入れれば、必然的に日本に原子爆弾を所有させるということになる。これらは、トラブルメイカーとしての潜在能力だけだとしても、日本を世界列強の中でも第一級の国家にする道具となりうる。

まぁ、こんな(誰も本気で望んでない)政治的な駆け引きの中で導入されたのが日本の原発であり(実際、最初の原子炉の調達に関しても、アメリカが慎重な態度を取ると、イギリスだけでなくソ連とまで接触してたんだとか)、だからこそ、そこには、妥協から生まれて、そのまま是正されることもなく惰性で続いてきた間に合わせとか詭弁とか言葉遊びとか自己矛盾を孕むことになっちゃったのかな。例えば、民間企業でありながら地域独占で競争原理がい一切働かない資本主義経済とは思えない企業形態だったり、事業者である民間の電力会社の賠償責任に上限を設け、それを超える損害は国が保証する原子力損害賠償法だったり(成立したのは 1961 年だけど、これが今、大きな問題になってる!)。

ディズニーとの絡みについても、基本的にはプロパガンダとしてのファンクションを 前提としての関係だったわけだし。もともと、ディズニーは戦前にも南米で反ナチスのキャンペーン映画『三人の騎士』を作ってた実績があったらしいんだけど、この時期にも『わが友原子力』なんて映画を作ってて、日本ではそれを日本テレビで大々的に OA して、日本での '核の平和利用' の喧伝の役割を担った、と。しかも、その正力松太郎 = ディズニー・コネクションはその後も強かったらしく、広い意味でのアメリカ的生活様式・文化の啓蒙 = 日本の親米化のためのプロパガンダ機関のひとつとしてのディズニーランド誘致・実現にも一役買ったらしいし。

他にも、実際には手を組まなかったらしいけど、戦闘機を売り込まれたりしてて、ミサイル・ギャップの時期には宇宙開発とか衛星放送まで持ちかけられたりと、決してお互いを信用してたわけではないけど、状況に応じてお互いに相手の使い道をある程度認めてて、上手く利用しようとする関係は続いてたらしい。

まぁ、著者と同じように、今さら正力松太郎を個人攻撃したいとかって気持ちにはならないけど、でも、まぁ、一筋縄ではいかない昭和史の事実が数多く含まれてるし、311 以降の今だからこそ、知っておくべきポイントは多いかな。原発の問題に関しても、新聞・TV を中心としたこれまでのマス・メディアの問題に関しても。ちなみに、日本テレビについては、本書の前に著者が『日本テレビとCIA』(Links: Amzn / Rktn)って本も書いてるらしいんで、これも読んでみないとって思ってるけど。

あと、この手の本を読むといつも感じるのは、「このバイタリティの源泉って一体何なんだ?」ってことだったりするんだけど、その点は正力松太郎に関してもやっぱり見えてこない。単なる権力欲なのか、金銭欲なのか、自己顕示欲なのか、それとも他の何かなのか。そのどれだとしても、やっぱり「それにしても、ここまでやるか?」的な印象はやっぱり拭えないし。世代的なものなのか、時代のせいなのかわかんないけど。 

もうひとつ、忘れちゃいけないポイントとして、アメリカをはじめ、多くのマトモな民主主義国では(っつうか、アメリカがマトモな民主主義国なんて言えるのかってのは別の問題としてあるけど)、国の外交や安全保障上の機密文書であっても、一定の期間を経ると公開されるって、やっぱすごく大事。こういうカタチで歴史を検証できるんだから。日本でも、311 前には官房・外交機密費問題絡みでけっこうそういう議論もされたけど、公開原則が決定される直前に廃棄してた外務省の例もあったし、最近には、公開以前に議事録未作成なんてこともあった(この件に関しては、videonews.com のニュース・コメンタリーの見解が興味深い。神保氏が指摘してる通り、作ってなかったわけがないと思うし)くらいなんで、残念ながらっていうか、案の定っていうか、まるで期待できないし、全然マトモじゃないんだけど。

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