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ロバート・グラスパー・エクスペリメント(THE ROBERT GLASPER EXPERIMENT)の "Black Radio" のレヴューで「クラブ・ジャズって、(ヒップ・ホップのサンプリングとは違ったカタチで)ジャズの隠れた名曲・名盤を発掘したり、 往年のジャズ・ジャイアントにあらためてスポットを当てたりするのは得意だったんだけど、アメリカのジャズ・シーンのド真ん中にいる同世代のアーティストとの食い合わせは実はあまりよくなくて、個別の作品での成功例はなくはないけど、有機的に結び付いて大きな流れになるようなことはなかった」って書いたけど、その時に頭に浮かんで、でも、レヴューし忘れてたのが、このニコラス・ペイトン(NICHOLAS PAYTON)の "Bitches"。去年リリースされた最新作なんだけど、「個別の作品での成功例」のひとつだって言えるんじゃないかな、と。
ニコラス・ペイトンは 1994 年にヴァーヴ(Verve)からデヴューしたトランぺッターで、個人的にはあまり熱心に追いかけてたってわけじゃないんだけど、これまでに 10 枚以上のアルバムをリリースしてて、1990 年代にデヴューした 'リアルタイム感' のあるアーティストではわりと多作な印象がある。「アメリカのジャズ・シーンのド真ん中にいる同世代のアーティスト」って書いたけど、本人は近年、'ジャズ' って言葉は使ってなくて(自身のブログで 'Oh Why Jazz Isn't Cool Anymore' なんて言ってる)、自分の音楽を 'BAM (black American music)' って呼んでるんで、もはや'ド真ん中' とは言えないのかもしれないけど。今作のサウンド的にも、従来のジャズの枠組みからは外れた 'BAM な' ヴォーカル・アルバムだったりするし。
それほど熱心にチェックしてなかったのに、なんで今作は引っかかったかっていうと、エスペランザ・スポルディング(ESPERANZA SPALDING)とカサンドラ・ウィルソン(CASSANDRA WILSON)っていう、個人的にトップ・クラスに好きな現代の女性ヴォーカリストが参加してるから。もう、これだけで十分チェックに値する。しかも、それだけじゃなくて、なんとマーク・ド・クライヴロー(MARK DE CLIVE-LOWE)まで絡んでたりして(聴いてから気付いたんだけど)、なかなか侮れん 1 枚だった。
まず、聴いてビックリしたのは、ニコラス・ペイトン本人がかなり歌ってること。しかも、ほとんどがヴォーカル・トラックで(ゲストとのデュエットも含めて)、トランペットをほとんど吹いてない曲もあったりするし。その点だけでも、これまでの作品とは大きく一線を画してるし、ある意味で、かなり野心的だって言えるのかも。ちなみに、彼自身のヴォーカルは、決してメチャメチャ上手いってわけじゃないけど、案外イケるっていうか、思ってた以上に味じわい深い感じ。
NICHOLAS PAYTON |
むしろ、サウンド的には、知らずに聴いたら 70 年代前半のスティーヴィー・ワンダー(STEVIE WONDER)とかハービー・ハンコック(HERBIE HANCOCK)等、エレクトリック・フュージョン 〜 ファンク的なアプローチで現代的なサウンドで演った、クラブ・ミュージック / DJ 的な素養よりもミュージシャン的な気質のほうが強そうなクラブ・ジャズ系のアーティストの作品って言われても驚かない感じ。もちろん、いい意味で。
プロダクションは、基本的には全部ニコラス・ペイトン自身がやってて、約半分の曲では 'アソシエイト・プロデューサー' ってクレジットされてるマーク・ド・クライヴローとの共同作業らしい。そういわれてみると、確かにマーク・ド・クライヴローっぽさは結構感じる。
MARK DE CLIVE-LOWE "Renegades" (2011) |
収録曲で耳を引くのは、個人的な好みで言ってもやっぱりエスペランザ・スポルディングとのデュエットの "Freesia" かな。何て言うか、フツーにクラブ・ジャズ系のムーディなデュエット曲として楽しめちゃうという感じ。もちろん、いい意味で。2 人ともヴォーカル・テクニックや歌唱力をひけらかすタイプのヴォーカルじゃない(そもそも、ニコラス・ペイトンにはそんなスキルがあるとも思えないけど)んで、適度にクールな質感に仕上がってて。
個人的に楽しみだったもう 1 曲は、やっぱりカサンドラ・ウィルソンと共演した "You Take Me Places I’ve Never Been Before"。サウンドの質感はカサンドラ・ウィルソンの楽曲ほどオーガニックでアコースティックな感じではないけど、ソローな曲調はカサンドラ・ウィルソンのブルージーなヴォーカル・スタイルにすごくマッチしてて、カサンドラ・ウィルソンの曲だって言われてもそれほど違和感がないくらい。この辺は、ニコラス・ペイトンのプロデューサーとして、ソングライターとしての非凡さの表れなのかな。
ニコラス・ペイトンの出自とか古くさい保守的な意味でのジャズの枠組みを考えずにピュアに作品としてトータルで見ると、特に奇を衒ったところのない、わりとオーソドックスで洗練されたジャズをベースにしたヴォーカル・アルバム、従来のジャズのサブ・ジャンルムでいう 'ヴォーカル' ではなく、それこそ 'BAM' な意味でのヴォーカル・アルバムって印象かな。個人的にはもっと尖っててもいいかな? って気もするし、正直、ちょっとヌルいって感じる部分がなくもないけど、でも、適度に抑制が効いた完成度の高い作品であることは間違いないと思うし。なんか、個人的な印象としては、ちょっとロイ・ハーグローヴ(ROY HARGROVE)に近いかも? もうちょっと尖っててもいいかも? って思いつつも、作品自体の完成度は高い感じが。それこそ、(出自が完全に正統派なジャズってわけじゃなかった気がするけど)フライング・ロータス(FLYING LOTUS)と組んだサンダーキャット(THUNDERCAT)くらいのバランスだったら、もっと面白かったかも? って思ったり。
まぁ、古くさい保守的な意味でのジャズの枠組みで考えると真反対な感想になるだろうし、頭の固いジャズ・ファンは、戸惑いを通り越して理解不能なのかもしれないけど。そういう評判もけっこう見るし。オーソドックスなジャズを期待してたファンにはガッカリされ、この作品を聴いて欲しいとニコラス・ペイトンが思ってるようなリスナーには、逆に 'ジャズ' のレッテルが足かせになるような部分もありそう(例えば、ショップの売り場とか iTunes Store やアマゾンのジャンル分けのレベルで)だから、なかなか苦労してしてるっぽいけど。ロバート・グラスパー・エクスペリメントのレヴューで触れたジャズの現状(に関するペシミスティックでリアリスティックな認識)なんかにも通じる部分かもしれないけど。偶然か必然か意図的か知らないけど、作品の方向性的にも親和性を感じるし、だからこその BAM なんだろうし(ちなみに、カサンドラ・ウィルソンも BAM についてコメントしてる)。
でも、そうやって聴かれずにスルーされるにはもったいなさすぎる作品であることは間違いないんじゃないかな。BAM の動向も含めて気になるし。
NICHOLAS PAYTON "Bitches"
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トゥルー・ソーツから 2011 年にマーク・ド・クライヴローがリリースしたアルバム。タイトでセンスがいいサウンド・プロダクションが光る 1 枚。
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