2012/03/12

Modern day jazz stories.

THE ROBERT GLASPER EXPERIMENT "Black Radio" (Blue Note) ★★★

前に近作の "Double Booked" と "In My Element" をまとめてレヴューした ジャズ・ピアニストのロバート・グラスパー(ROBERT GLASPER)のニュー・アルバムで、前作のリリースが 2009 年なので約 3 年ぶりの新作ってことになる。

"Double Booked" は前半がオーソドックスなピアノ・トリオのロバート・グラスパー・トリオ(ROBERT GLASPER TRIO)名義、後半がエレクトリック楽器を導入したロバート・グラスパー・エクスペリメント(THE ROBERT GLASPER EXPERIMENT)名義っていう変則的なアルバムだったんだけど、今作はアルバム全体がロバート・グラスパー・エクスペリメント名義って点が最大の特徴。ロバート・グラスパー・エクスペリメント名義の初のフル・アルバムってことになる。

アルバム全体を見渡してまず目につくのはヒップ・ホップ 〜 R&B 系のゲストの多さ。ザ・サー・ラー・クリエイティヴ・パートナーズ(THE SA-RA CREATIVE PARTNERS)のシャフィーク・フセイン(SHAFIQ HUSAYN)、エリカ・バドゥ(ERYKAH BADU)、ダニー・ハサウェイ(DONNY HATHAWAY)の実娘のレイラ・ハサウェイ(LALAH HATHAWAY)、ルーペ・フィアスコ(LUPE FIASCO)、ビラル(BILAL)、レディシ(LEDISI)、ミュージック・ソウルチャイルド(MUSIQ SOULCHILD)、クリセット・ミッシェル(CHRISETTE MICHELE)、ミシェル・ンデゲオチェロ(ME'SHELL NDEGEOCELLO)、ミント・コンディション(MINT CONDITION)のストークリー・ウィリアムス(STOKLEY WILLIAMS)、モス・デフ(MOS DEF)改めヤシーン・ベイ(YASIIN BEY)等、名前を並べてみるだけでも相当豪華な顔ぶれで、これだけでもやっぱり期待は高まっちゃうんだけど、結論として、期待をまったく裏切らない出来映えだったかな。いろんな意味で、すごく抑制が効いてて、何とも言えない絶妙なバランスで成り立ってる感じで。

まず、最初に聴けたのはモンゴ・サンタマリア(MONGO SANTAMARIA)作のスタンダードをエリカ・バドゥのヴォーカルでカヴァーした "Afro Blue"。ジョン・コルトレーン(JOHN COLTRANE)のヴァージョンが圧倒的に有名なスタンダードだけど、エリカ・バドゥが貫禄すら感じさせる余裕の歌声を披露してて("Think Twice" もそうだったけど、エリカはこういうのタイプの曲は抜群に上手い。何とも言えないムードを醸し出してて)、この 1 曲だけでも期待がますます膨らんだ感じだったかな。

同じ時期に公開されたのが以下の EPK。これでゲストも含めてアルバムの全体像が見えた感じだった(当初は英語版だけだったけど、リリースに合わせて日本語字幕付きが公開されたので字幕付きヴァージョンを)。



で、遂にアルバムがリリースされたんだけど、全体を通して聴いた感想は、"Afro Blue" と EPK で感じてたいいムードを損なうことなく、適度にヴァリエーションもありながら、ひとつの作品として見事にまとめてるって感じかな。

ただ、このサウンドを何て表現したらいいかっていうと、けっこう難しくて。革新性とか実験性とかがあるわけでもないし、奇を衒った感じでもないんで。いわゆる頭の固い 'ジャズ原理主義的' なスタンスで聴けばジャズじゃないんだろうし(個人的にはジャズ原理主義者じゃないんでよくわかんないけど、そういう評価もちょこちょこ目にするんで)、ヒップ・ホップでも R&B でもないし。ロバート・グラスパーを説明するときのよく使われがちな表現として、ヒップ・ホップとの親和性とか同時代性みたいなハナシがあるけど(実際、特徴のひとつだとは思うし)、本作に関しては、参加ゲストがヒップ・ホップ 〜 R&B 系のアーティストなだけで、別に、プロダクションの手法的にはヒップ・ホップを強く感じられるわけではない。

では、それは何かっていうと、ヒップ・ホップ以降の世代のジャズ・ミュージシャンが、エレクトリック楽器を使ったバンド・スタイルで、ヒップ・ホップ 〜 R&B 世代のヴォーカリストをゲストに迎して、ごく自然に作ったアルバムって感じなのかな。EPK でも「みんながスタジオに集まって、1 テイクで録った」みたいなことを言ってるけど、バンドがごく自然にゲスト・ヴォーカリストの特性や個性を活かして自然に録ったらこうなったって感じがする。要するに、ジャズをベースにしたバンドによる、(従来使われてきた 'ブラコン' とは違う、言葉通りの意味での)'ブラック・コンテンポラリー' 的なサウンドってことになるのかな? もちろん、いい意味で。

ポイントは 'ヴォーカリスト' って部分なのかな。つまり、手法的な意味でヒップ・ホップ云々ってハナシではなく、あくまでもヴォーカリゼーションのタイプのひとつとして、ラッパーが 'ヴォーカリストとして' 参加してるだけってこと。ヒップ・ホップとラップはもちろん親密な関係にあるし、それ故に(言葉を厳密に使い分けずに)わりと混同されてることが多いんだけど、少なくとも今作での具体的なプロダクション的な側面に関しては、ヒップ・ホップ云々ではなく、ラッパーをヴォーカリストとして起用してるって印象(もちろん、発想とかアイデアのレベルではヒップ・ホップ的な部分はあるんだろうけど)。だから、少なくとも具体的なサウンド・プロダクションにはヒップ・ホップはほとんど感じないし、その結果として、歌だろうがラップだろうが、あくまでもヴォーカルとして、ごく自然にバンドのサウンドに馴染んでる。

ROBERT GLASPER
サウンドに関しても、リズム・セクションを除くと、全篇をリードするのはロバート・グラスパー自身の弾くピアノ。曲によってエレクトリック・ピアノとか SE 的なサウンドとかヴォコーダー・ヴォイスとかフルートとかがスパイスとして加えられてるけど、基本的には至ってシンプルなバンド編成によるプロダクションで、ロバート・グラスパーもエゴイスティックにソロを引きまくったりしてなくて、ほとんどの曲はごくごくオーソドックスな仕上がり。もちろん、全篇を通じてサウンド面でリードしてるのはロバート・グラスパーのピアノなんで、裏方に徹するってほど地味ではないけど、でも、必要以上に目立つことはなくて、かなり抑制の利いた絶妙のバランスって印象。同時に、たくさんのゲストが参加してると、散漫なコンピレーションみたいになっちゃうことも多いけど、そうなることも上手く回避してるし。ある意味、プロデューサーとしてのセンスの良さが光ってるって言えるのかな。

「ほとんどの曲はごくごくオーソドックスな仕上がり」って書いたけど、サウンド・プロダクション面でちょっと耳に引っかかるっていうか、いい意味で例外だと思ったのは、ヤシーン・ベイが参加したタイトル・トラックの "Black Radio" とストークリー・ウィリアムスをフィーチャーした "Why Do We Try" かな。

以下が "Black Radio (Feat. YASIIN BEY)" のオフィシャル・リリック・ヴィデオ(関係ないけど、リリック・ヴィデオって日本人にとってはありがたい。リリックの意味を噛み締めつつ、でも PV よりも音に集中できるんで PV よりも好きかも)。



フリー・ジャズっていうほどインプロヴィゼーションの応酬ってわけじゃないけど、歌とラップをまるで楽器のように変幻自在に使いこなすヤシーン・ベイのトリッキーなヴォーカル・スタイルを活かして、ヴォーカルも含めたセッションっぽい感じで仕上げてて。ある意味、一番ジャズを感じさせる曲かも。スムースで耳馴染みのいいトラックが多い中で、やっぱり、いい意味で引っかかる。ロバート・グラスパーのピアノとクリス・デイヴ(CHRIS DAVE)のドラムのスキルも堪能できるし。

クリス・デイヴのドラムっていえば、ストークリー・ウィリアムスをフィーチャーした "Why Do We Try" のタイトなドラミングも聴き応えがある。クラブ・ジャズ / UK ブラック的な感じもあるっていうか、ジャズ 〜 クロスオーヴァー系の DJ がプレイしてても違和感ない感じで、でも、生だから自由自在に暴れ回ったりもするわけで。

クラブ・ジャズっていえば、かねてからの根強かったノーザン・ソウル 〜 レア・グルーヴの人気をベースに、1990 年代に 'アシッド・ジャズ' って呼ばれて一世を風靡したイギリス生まれのムーヴメントで、その後も古今東西の様々な音楽の影響を取り入れながらイギリスやヨーロッパを中心に続いてきたシーンで、日本でも常に一定以上の人気を保ってる動きだけど、今回の "Black Radio" からは、そういうクラブ・ジャズ的なモノとの親和性も感じたかな。

クラブ・ジャズって、(ヒップ・ホップのサンプリングとは違ったカタチで)ジャズの隠れた名曲・名盤を発掘したり、 往年のジャズ・ジャイアントにあらためてスポットを当てたりするのは得意だったんだけど、アメリカのジャズ・シーンのド真ん中にいる同世代のアーティストとの食い合わせは実はあまりよくなくて、個別の作品での成功例はなくはないけど、有機的に結び付いて大きな流れになるようなことはなかった。今作も決してそういうクラブ・ジャズ的な流れと結び付いてできた作品ではないけど、結果的にできた作品は、むしろ、クラブ・ジャズのアーティストが作ろうとしてきたカタチのひとつなんじゃないかなって感じもしたりして。ただ、ミュージシャンもヴォーカリストも凄腕なんで、えらくクオリティの高い、余裕たっぷりな感じの洗練された仕上がりになってるってだけで。レイラ・ハサウェイが参加してるのがシャーデー(SADE)の 1992 年リリースのアルバム "Love Deluxe"
(Link: Amzn)収録のヒット曲 "Cherish the Day" のカヴァーだからよけいにそう思っちゃうのかもしれないけど。シャーデーといえば、言うまでもなく、世界で一番幅広く受け入れられ続けてきた UK ブラック / ソウルの代表格的なアーティストなんで(そういえば、関係ないけど、EPK でレイラ・ハサウェイが iPhone らしきモノで歌詞を見ながら歌入れをしてるのが、なんかちょっと微笑ましかった)。

カヴァーといえば、"Cherish the Day" と "Afro Blue" 以外にやっぱり気になるのがデヴィッド・ボウイ(DAVID BOWIE)の "Letter to Hermione" とニルヴァーナ(NIRVANA)の "Smells Like Teen Spirit"。カヴァーの選曲については、"In My Element" でもハービー・ハンコック(HERBIE HANCOCK)の 1965 年リリースのアルバムのタイトル・トラック "Maiden Voyage"(Links: iTS / Amzn)とレディオヘッド(RADIOHEAD)の 2000 年リリースの "Kid A"(Links: iTS / Amzn)収録の "Everything in Its Right Place" をメドレーで演ってたりしたんで別に驚くほどではないけど、やっぱりその解釈はなかなかユニークだし、絶妙なツボをついてるなって感心しちゃった。

ROBERT GLASPER (left) and BILAL (right)
"Letter to Hermione" はデヴィッド・ボウイの 1969 年リリースの名盤 "Space Oddity"(Links: iTS / Amzn)の収録曲で、ヴォーカリストはビラル。最近公開された "bmr" のインタヴューでロバート・グラスパー自身が「オレにとってビラルは 'ブラック・デヴィッド・ボウイ' だから」なんて言ってたりするんで、ロバート・グラスパー的にはわりと違和感ない選曲だったのかもしれないけど、選曲も絶妙だし出来映えはなかなか秀逸で、個人的には、ビラルのエクレクティックでちょっと中性的な個性が見事に活かされてて、これまでのビラルのパフォーマンスの中でもトップクラスに好きかも。

ちなみに、ビラルはロバート・グラスパーの学生時代からの知り合いで、ヒップ・ホップ 〜 R&B 系のアーティストたちを紹介したのもビラルなんだとか。ロバート・グラスパー自身は 1978 年テキサス州ヒューストン生まれで、ニュー・スクール・ユニヴァーシティ進学時に NYC に移って、そこでビラルと出会ったらしいんだけど、その後、ビラルがデヴューすることになったのが契機になって、本作のゲストの面々や元ア・トライブ・コールド・クウェスト(A TRIBE CALLED QUEST)の Q・ティップ(Q-TIP)やアリ・シャヒード・モハメッド(ALI SHAHEED MUHAMMAD)、ザ・ルーツ(THE ROOTS)のクウェストラヴ(QUESTLOVE)、コモン(COMMON)、J・ディラ(J DILLA)ら、多くのヒップ・ホップ 〜 R&B 系のアーティストたちに出会ったらしい。そういう意味では、ロバート・グラスパー自身の音楽性、特に本作の音楽性を語る上での陰のキーマンって言えるかもしれない。

"Smells Like Teen Spirit" は言わずと知れたニルヴァーナの 1991 年の歴史的名盤 "Nevermind"(Links: iTS / Amzn)収録の大ヒット曲。ゲスト・クレジットがないから、歌ってるのはバンドのメンバーでサックス・プレーヤーのケイシー・ベンジャミン(CASEY BENJAMIN)なのかな? この選曲に関するロバート・グラスパーのコメントがちょっと面白くて、どこで読んだか忘れちゃったからソースが示せないんだけど、「"My Favorite Things" だって、もともとはジャズじゃなかった。今、ジャズ・スタンダードになったのはジョン・コルトレーンがカヴァーして、そのヴァージョンが広く知られるようになったからだ。"Smells Like Teen Spirit" だって、何十年後かにそうなっていたって不思議じゃない」みたいなことを言ってて。どこで読んだから忘れちゃったんで、細かい部分まで正確かわかんないけど、まぁ、要するに「いい曲だから演ったんだ」と。まぁ、多少は話題作り的な打算もあったのかも? なんてちょっと邪推もしたくなるけど、まぁ、仮にそうだとしても、その目論みは成功してるかな。

その打算の部分にもちょっとつながるんだけど、ロバート・グラスパー自身のジャズに関する 現状認識もけっこう面白くて。これも同じく "bmr" のインタヴューからの引用なんだけど、曰く、「モダン・ジャズをやっているアーティストがたくさんいるのに、僕らは無視されている。もしジャズに興味を持った人がいたとして、9 割くらいはマイルス・デイヴィス(MILES DAVIS)、チャーリー・パーカー(CHARLIE PARKER)、ジョン・コルトレーンを聴くことになるだろう。いろんな雑誌やラジオでも、彼らばかりが取り上げられている。iTunes ですらそうだ。僕はこれまでずっとマイルスに負けてきた。"Black Radio" が出たら、1 ヶ月くらいは 1 位を取るだろうけど、その後は(マイルスの人気作)“Kind of Blue” に負けることになるだろう。ジャズ・ファンには '今' が存在しないんだ」と。かなりペシミスティックで、ちょっと卑屈でもあるんだけど、でも、同時にすごくリアリスティックな認識だとも思うんで。まぁ、ある種、ジャズって音楽の(不幸な?)特殊性だとは思うけど、確かに楽じゃなさそう。この点がアルバム・タイトルの "Black Radio" の問題にもつながってるし。基本的には、"bmr" のインタヴューでも触れられてる通り、アメリカのラジオを巡る現状を嘆きつつ問題提起をしてる感じ。アメリカ社会 / 音楽シーンにおいてラジオが果たしてきた役割の大きさはいろんなところで語られてるけど、でも、正直なところ、日本人にはイマイチピンとこなかったりもする。ただ、今月リリースされるエスペランザ・スポルディング(ESPERANZA SPALDING)のニュー・アルバムも、偶然か必然か、同じテーマだったりするんで、ちょっと興味深いけど。

だからこそ、ジャズを軸にしつつも、ヒップ・ホップや R&B なんかの要素も取り入れつつ、普段、ジャズを聴く機会があまりないリスナーにも聴いてもらえるキッカケにしたかったってのが、このアルバムの目的だってのも素直に納得できる。"bmr" のインタヴューで「とにかく可能な限り多くの人に聴いてほしいね。'嫌いだね' って言ってもらったっていい。ジャズ・ミュージシャンのアルバムはだいたい、嫌われるチャンスすらないものだ。聴いてもらってないからね。(2 本の指で小さくジェスチャーしながら)このくらいの '大きな' ジャズのコミュニティの中だけで聴かれている」なんて言ってるんだけど、まぁ、その目論見は十分果たして余りある出来映えって 言えるんじゃないかな。もう、相当繰り返し聴いてるけど全然飽きないし。去年の 秋くらいから、ちょこちょこと情報を小出しにされて、かなり期待を煽られてたんだけど、その期待に十分応えてくれた感じかな。



THE ROBERT GLASPER EXPERIMENT "Black Radio"
Link(s): iTunes Store / Amazon.co.jp





* Related Item(s):

THE ROBERT GLASPER EXPERIMENT "Live: Bootleg Radio"



ロバート・グラスパー・エクスペリメントのライヴ音源 13 曲を集めたアンオフィシャル・ミックステープで、Q・ティップやカニエ・ウェスト(KANYE WEST)らが参加していて、"Stakes Is High" や "Find A Way"、"Fantastic" といったヒップ・ホップ・トラックのカヴァーも演奏されてる。上に貼ったプレーヤーでストリーミング可能で、SoundCloud のページには無料ダウンロード・リンクもある。



ROBERT GLASPER "Double Booked" Link(s): Previous review
2009 年リリースの通算 4 枚目のアルバム。前半はザ・ロバート・グラスパー・トリオ、後半はザ・ロバート・グラスパー・エクスペリメント名義の 2 部構成になっている。




ROBERT GLASPER "In My Element" Link(s): Previous review
2007 年リリースのサード・アルバムで、"Maiden Voyage" と "Everything In It's Right Place" のメドレーや J・ディラ・トリビュートの "J Dillalude" 等が収録されている。


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