『未来の国 ブラジル』
. :シュテファン・ツヴァイク 著
. :宮岡 成次 訳 (河出書房新社) ★★★★☆
あまりにも魅力的なタイトルだったので、内容は詳しく知らなかったけど前から読みたかった一冊。著者はアメリカ在住のユダヤ系オーストリア人作家で、出版は 1941 年。つまり、第二次世界大戦中で、首都がまだリオ・デ・ジャネイロで、ボサ・ノヴァもトロピカリズモもなかった時代ってこと。そう考えると、ある意味とても貴重かもしれないし、そういう前提で読んでみるとなかなか面白い。
「はじめに」には、「人種、階級、肌の色、宗教、主義主張の違いにもかかわらず、人々が平和に共存できるのか?」と書かれている。大きな戦争や国境紛争を経験することなく、あれだけ大きな国土に、雑多な人種が共存できてる国ってのはあの時代の世界ではとても希有だったはずだし、それがアメリカ在住のユダヤ人だったりすればなおのこと魅力的に映ったことは想像に難くない。また、「統計学で最も文化・文明の発達した国とは、最も生産が活発で、消費と個人資産の総額が最も多い国ということになる。しかし、これらの統計表にはひとつの重要な要素が欠けている。それは人間精神の算定で、これこそが文化や文明の最も本質的な尺度である」という文章もある。時は資本主義・帝国主義が最大限に膨張した結果、資本とテクノロジーを総動員して大虐殺も厭わない戦争に明け暮れてた人類史上でも未曾有の時代だったわけで、そういう意味でもブラジルは「未来の国」に見えたんだろうし、実は 60 年以上経った現在でもやっぱり「未来の国」に見えてるのがすごく不思議。ますます興味深いのです。
内容としては、特に歴史の部分がなかなか面白い。ポルトガル人による発見〜植民〜独立っていう流れの中で、その後のブラジルの特徴となる、言わば「ブラジル創造の理念」を持ち込んだのはイエズス会だったこととか、リオ・デ・ジャネイロがポルトガル語圏としてブラジルに含まれるのか、それともフランス語圏として特殊な場所になるかを決したのは、たった数時間の小競り合いだったこととか、ブラジル独立にはナポレオンが(間接的に)大きな役割を果たしてたりとか、興味津々なエピソードは数知れず。また、産業と経済の第一の特徴として、土地がこの上なく豊かで強烈であること、色彩が豊かでコントラストが強いことが挙げられてる点が興味深い。あと、個人的に好きなエピソードは、ブラジルの発展に大きく寄与した農業はサトウキビ・タバコ・コーヒー・カカオだって点。全部嗜好品で、人の欲望にダイレクトに訴えかけてくるモノだってことが、なんか、すごくブラジルらしくていいな、と。まぁ、豊かであるが故にガッつかずに、なんとなく効率が悪いまんまだったり、ある産物が主要な価値を持つ時期が短かったり(「ブラジルはひとつの主要商品の短期的利益に誘われやすく、それが終わった後の対応には危機の到来が必要になること、この周期的に現れる危機は、ブラジル全体の多面的な発展にとって、損害を与えるよりむしろ手助けになる」なんて書かれてる)、なんとなくマヌケな感じもあったりするんだけど、それもまたアリかな、と。
あと、印象的なのはリオ・デ・ジャネイロにやけにページを割いていること。しかも、もちろんベタ褒め。まぁ、当然っちゃあ当然だけど、書かずには言われなかったんだろうね。こういう人は信用できる。しかも、羨ましいのは、船でリオに着いてること。これ、絶対に最高。曰く、「これに匹敵するのはニュー・ヨーク港だけだけど、ニュー・ヨークは固くエネルギッシュで、人間的で英雄的なのに対して、リオは女性の柔らかな腕を差し伸べて、引き寄せ優しく抱擁して身を任せ、見る者にある種の官能を与える」んだとか。あと、魅力ある街には対立する緊張感があるって見方も面白い。両極が対抗しながら調和するコントラスト。これはなかなか重要な視点かな、と。
やっぱり、ブラジルは知れば知るほど面白い国なわけだけど、60 年前から「未来の国」に見えてて、今でもそう見えるってことは、逆に言えば、進んでいるかのように考えられてる日本や欧米社会が、実はまだまだ全然遅れてるんだってことの証なのかな、と思えたりもします。だからこそ、ブラジルって国に魅かれるんだと思うし。
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