ランス・アームストロング 著
安次 嶺佳子 訳(講談社) ★★★★☆ Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books
『毎秒が生きるチャンス!』
ランス・アームストロング / サリー・ジェンキンス 著
曽田和子 訳(学研) ★★★☆☆ Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books
一昨日、ナイキ・ジャパンから、ランス・アームストロングからのメールってカタチで、日本で 'LIVE STRONG' の活動を本格的に始めるという知らせが届いた。
'LIVE STRONG'(リヴ・ストロング)ってのは、ランス・アームストロングが 1997 年に設立したランス・アームストロング・ファンデーション(LAF)が行ってる癌撲滅を目的とした活動で、一番有名なものとしては、ランスが 2004 年からナイキとともに製造・販売している黄色いシリコン製のリストバンドがある。エンボスで 'LIVE STRONG' って文字が入ったこのリストバンドは、コストをナイキが負担して US$1 で販売され、売上げは LAF の活動に使われてる。キャッチ・コピーは 'Wear Yellow, Live Strong.'。その後、この手のリストバンドは、こういう意味やメッセージのあるモノから単なるファッション・アイテムまで、いろんなリストバンドが発売されたけど、その先駆けとも言えるモノで、海外では多くの有名人が着用してることでも知られてる。日本でも、たしかキヨシローさんが付けてたんじゃないかな。まぁ、癌を患ってたサイクリストであることを考えれば、すごく自然なことだと思うけど。
ランス・アームストロングは、ツール・ド・フランスで 1999 年から 2005 年に前人未到の 7 連覇を達成した言わずと知れた自転車のプロ・ロード・レースのスーパースターで、世界的に見ればマイケル・ジョーダンとかタイガー・ウッズとか、そういうクラスの、競技の枠を超えたスーパー・アスリート。ただ、ランスがスゴイのは、ツール・ド・フランス 7 連覇って偉業を癌を克服してから達成したってこと(リストバンドの色のイエローは、ツール・ド・フランスの勝者に与えられるジャージ、マイヨ・ジョーヌの色)。だからこそ、LAF の活動につながるんだし、説得力も生まれるし、世界中の癌患者やその家族に勇気と希望も与えられる。
そんなランス・アームストロングのことを知るのにうってつけなのがこの『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』と『毎秒が生きるチャンス!』の 2 冊。『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』は 2000 年発行(原題は "It's Not About the Bike")で、内容的には、ランスがこどもの頃のハナシから、イケイケで傲慢だった若手サイクリスト時代、癌告知と闘病、そして復活からツール初制覇までのストーリーを綴ったモノ。続編とも言える 2004 年発売の『毎秒が生きるチャンス!』(原題は "Every Second Counts")はその後のストーリーで、ツール 5 連覇までをまとめたモノ。その後、7 連覇までしてるし、最近、現役復帰したりしてるし、LAF の活動はますます盛んになってるんで、ランスの人物像というか、人生を振り返るって感じの、いわゆる「自伝」としては不十分ではあるけど、現在進行形の活動のバックボーンを知る上でも、時代を代表するアスリートの偉業を知る上でも、現代人が避けて生きることが難しい(自分だけでなく、周りの人とかも含めると、決して他人事ではない)癌っていう病気について知る上でも、なかなか興味深い内容だし、読み応えも十分な本であることは間違いない。
ある記事の中で、僕がフランスの丘や山々を「飛ぶように登っていった」という表現があった。でも丘を「飛ぶように登る」ことなんてできない。僕にできる ことは、「ゆっくりと苦しみながらも、ひたすらペダルをこぎ続け、あらゆる努力を惜しまずに登っていく」ことだけだ。そうすれば、もしかしたら最初に頂上にたどり着けるかもしれないからだ。
このセリフがランスのキャラクターをもっとも如実に表してる気がする。特に日本のメディアは安易に「天才」とか「神」とかって表現を使いたがるけど、このセリフを聞けば、そんな言葉で安易には片付けられない意志の強さが伝わってくる。もちろん、才能に恵まれてることは間違いないけど、「天才」とか「神」とかって表現を使うと、それ以外の部分を見落としちゃいがちで、でも、その見落とされた部分にこそ、大事なことが含まれてることはよくあるハナシなんで。ランスについても同じことがいえるような気がする。やっぱり、ランスのストロング・ポイントは何と言ってもメンタルの強さだと思うし。癌についても、「癌っていう病気は、仲良くつきあうなんてことができない病気なんだ。これは闘いだ。自分が勝つか、癌が勝つか。そのどちらかしかない」みたいなことを言ってるんだけど、こういう発言にもランスらしい意志の強さが現れてるし、同時に、癌って病気の本質を適切に言い表してると思う。
実際、癌といってもその部位とか発見時期とかに応じて病状はだいぶ違うし、「早期なら治る」って情報はいろいろなところで目にするから、ニュースとしては「癌を克服してツール 7 連覇」ってことは知ってても、その内実というか、実際のところがどんな感じだったのかは全然知らなくて。だから、この『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』と『毎秒が生きるチャンス!』(特に『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』)を読んで、ただただその壮絶さに圧倒されちゃって。まさしく、闘い以外の何モノでもない。"It's Not About the Bike" って原題の通り(邦題もわりとニュアンスを上手く言い表してる気がする)、決して自転車レースのスーパースターの華やかな経歴を綴っただけのモノではないし、かといって、癌の闘病記ってわけでもない。
ここで語られてるのは、ひとりの未成熟で傲慢なアメリカ人が、単なる優れたアスリートって枠を超えて、アメリカだけじゃなく世界中の人々に勇気と希望を与えるような存在になる、そのプロセス。ランス自身、「人生で最良の出来事は癌に患ったことだ」って公言して憚らないんだけど、癌という困難に直面し、失意のドン底に突き落とされ、家族や周囲の支えを得て壮絶な闘病の末に癌を克服し、世界のトップに返り咲くとともに、レース以上に大きなやり甲斐を見つけた、と。「レース以上に大きなやり甲斐」ってのはもちろん、LAF での癌撲滅のための活動。だからこそ、「人生で最良の出来事は癌に患ったことだ」って発言になるんだろうし、「ツール・ド・フランスのチャンピオンと呼ばれることよりもキャンサー・サヴァイヴァーと呼ばれることを誇りに思う」みたいなことも言ってたし。内容としては、劇的で衝撃的なのが『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』で、ジワジワと、でも重く響くのが『毎秒が生きるチャンス!』って印象。自転車レース / ツール・ド・フランスについて、より詳しく語られるのは『毎秒が生きるチャンス!』かな。まぁ、「奇跡のヒーロー」とかって安直な言葉で簡単に片付けちゃったりしがちなんだけど、これを読めば、それがいかに失礼なことで、同時に、多くの大事なことを覆い隠しちゃうかがわかるはず。
個人的にすごく印象的だったのは、ランスも言ってる通り、癌っていうのは「闘い」であって、それは決して個人戦ではなく、家族とか周囲の友人・知人・同僚等、みんなの力を注ぎ込んで闘わなきゃいけない総力戦だってこと。だからこそ、LAF での活動は家族などを含めたサポート体制作りだったり、広く社会への啓蒙活動なんかに力を入れてるんだけど、この『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』と『毎秒が生きるチャンス!』を読むと、その辺の意図がすごくよくわかる。あくまでも、当事者だけの問題ではなく、いろんなカタチで積極的にコミットできる、と。
あと、もうひとつは、ツール・ド・フランスって競技がいかに過酷かってこと。ツールってすごく特殊な競技で、決して一言で簡単には説明できない価値観に支配されてる独特な大会で。チーム戦なのに個人戦とでも言えばいいのかな? 詳しくはウィキペディアでも見てもらったほうが概要は掴みやすいと思うけど、まぁ、個人的に感じたのは、人間的にもアスリートとしても本当に成熟してて、チームメイトから絶大な信頼を得てて、そういうプレッシャーを受け止められる強靭なメンタルを持ってる人間じゃないと勝てない、ってこと。
よく、チーム・スポーツに関する話の中で、重要な局面を任せられる選手、例えば、PK のキッカーとか、バスケットボールの逆転可能な最後のプレーのシューターってどういう選手なんだ? って話題はよく挙がるけど、個人的には「失敗したときに周りが納得できる選手」ってことなんだと思ってて。例えば、マイケル・ジョーダンとかすごくわかりやすいけど、残り 10 秒・1 点差って局面だと、当然、タイムアウトを取ってラストプレイに関する指示を出すんだけど、この時のプレイ・セレクトの基準って、突き詰めれば「失敗したときに周りが納得できる選手」ってことなんじゃないかなって思って。つまり、マイケル・ジョーダンが失敗したなら、チームメイトもスタッフもファンも納得せざるを得ないし、他のセレクトをして失敗したらきっとスゲェ悔やまれるだろうな、と。PK のキッカーも同じ。もちろん、誰がやろうと必ず成功するわけじゃないわけで、そんな中でそういうことを決断するときの基準って、結局はそういうことなんだろうな、と。
まぁ、ちょっとハナシがズレちゃったけど、どういうことかっていうと、ツールのチームのエースってのは、PK のキッカーとか、バスケットボールの逆転可能な最後のプレーのシューターに似てるところがあって、でも、その比重は比べ物にならないほどデカイんだな、ってこと。だって、チームメイトやスタッフ等、数十人の人間が自分をチャンピオンにするためだけに大会期間だけで 1 ヶ月弱、準備期間を含めればそれこそ数ヶ月間費やしてるわけで、そういう想いとかプレッシャーを全部受け止めて、背負って走れるメンタルの強さが求められるわけで。これってハンパじゃないな、と。
まぁ、『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』と『毎秒が生きるチャンス!』を初めて読んだのは、もう 5 〜 6 年前で、それ以来、LAF のサイトから直接買った 'LIVE STRONG' のリストバンドは常に左手の手首に巻かれてるわけだけど、その頃から日本でももっと積極的に活動すればいいのにって思ってたんで(なんか、独自に輸入して、良心的に売ってる店もあるけど、かなりアヤシイ感じで売ってる店もある)、もう何年も経っちゃって入るけど、別に流行・廃りのモノではないし(もちろん、癌自体が廃れるってのが究極のゴールなんだけど)、こういうカタチで始まったのはすごくいいことだし、その活動の中身をよりよく知る意味でも、『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』と『毎秒が生きるチャンス!』の 2 冊はうってつけだな、と。
あと、個人的にはランス関連のサイトって、英語の表現が簡潔で、でも力強くて、すごくすきだったりする。nike.com 内のサイトとか LAF とか、なかなかカッコいい表現が多くて、アップルの英語版なんかと並んで、いろいろ参考にしてることも多かったりする。
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