藤原 喜明 著(講談社) ★★★★☆ Link(s): Amazon.co.jp
これは「関節技の鬼」と言われる藤原喜明がカール・ゴッチ先生の道場で修行していた頃に、学んだ技についてつけていたノートを基にしてまとめたモノで、個別の技について、その原理とコツがまとめられてる(章立てが「首」とか「腕」とかだったりする)。
今は亡きカール・ゴッチ先生が日本の、そして世界のプロレス〜総合格闘技にもたらした(遺した)功績の大きさは今あらためて語るまでもないほど絶大で、いくら評価しても評価し足りないくらいだけど、その核の部分にあるモノのひとつが関節技に代表されるゴッチ先生のレスリング・テクニック(決して関節技だけではないところが重要。もうひとつ、絶対に忘れちゃいけないのがスピリット。見落とされがちなことも多いけど、決してテクニカルな部分だけはないってことはすごく大事)。それこそ '一瞬で極まる' ってフィニッシュ形態を一般化させたのは、佐山聡や前田日明、船木誠勝ら、ゴッチ先生の門下生たちが一連の UWF の流れ(新日から UWF 以降の各団体等も含む)の中で見せた試合だったわけで、それが現在の MMA にもつながっていることは言うまでもない。
そんなゴッチ先生の門下生の中でも、もっともゴッチ先生のレスリング・テクニックを深く学んだレスラーのひとりが「組長」こと藤原喜明(あえてこういう書き方をするのは、木戸修を忘れちゃいけないので)。特にフロリダの道場で藤原組長が修業時代に、練習後に毎日付けていたというノートの存在は、いろいろなインタビューなどでたびたび触れられてたので、その存在自体は知られていたんだけど、今まで見れる機会がなかった。それが、今回、藤原組長自ら '清書' して発表されたわけで、それだけもお宝度抜群なんだけど、オリジナルのノートの一部も見れたり、当時のエピソードや組長の近況なんかも収められてて、なかなか充実した一冊に仕上がってる。技術的な部分で、やっぱり魅かれるのは、ロジックというか、要するに 'テコ' ってこと。支点・力点・作用点のハナシ。そのシンプルさを極めてるような世界観がすごくいいなぁ、と。ある種の美しさすら感じさせる。そういえば、昔、何かの TV 番組で「藤原組長の関節技講座」的なコーナーを観たことがあって、たしか藤原組長が(当時若手だった)鈴木みのるを相手に、解説しながらひたすら技をかけ続けるみたいな内容だったんだけど、そこで、極めるときの最後の一押し(力点への加重)に「腹を出す」って言ってて(そう言いながら腹を出すと鈴木みのるは必ずタップしてた)、それがすごく印象に残ってるんだけど、その「腹を出す」が文面にも反映されててちょっと嬉しかったり。
あと、技術を「身体で学んで、頭で理解して、体で覚える」ってプロセスのメモとして、すごくクオリティが高い。実際、ゴッチ先生の指導はひたすら技をかけ続けられるスタイルだったらしいので。プロセスとしては「訳もわからずに何度も極められて何度もタップ→かけられてるたくさんの技の中のいくつかを覚える努力をする→練習後に忘れないようにイラスト入りでノートに付ける→翌日も極められまくる」って繰り返しだったらしいので。そして、そのノートを基に、後で何度も反復練習と試行錯誤を繰り返して身体で覚える、と。これって、別に格闘技に限らず、何かを学ぶときのすごくプリミティヴな真理だよなぁ、って思って。たぶん、中村俊輔の『夢をかなえるサッカーノート』なんかも似たような側面があると思うけど、やっぱり手を動かして実際に手で書く / 描く(しかも何度も)って、脳ミソに何かをインプットするときにはやっぱ基本だよなぁ、なんて思ったり。たぶん、「何か」って部分が大事で、これを「情報」だと限定しちゃい(思い込んじゃい)がちだけど、実は「情報」だけじゃなくて、「情報」を含んだ「イメージ」なんじゃないかな、と。これを単なる「情報」だと考えるか、「イメージ」と考えるかって、けっこう重要な気がする。まぁ、ハナシがちょっとズレたけど。
もちろん、藤原組長自身が魅力的である点も見逃せない。ワーグナーの「ワルキューレの騎行」で入場してきたりしたのもインパクトが強かったし。イラストが上手いことはわりと知られてるけど、高校は工業高校の機械科でわりと機械関係の勉強は得意だったってのも、ちょっといいハナシだなぁと思ったり。だからこそ、テコに魅せられたのかな、と。あと、コラム的に挟まれてる逸話も面白いし、その中でもゴッチ先生にまつわるエピソードは読み応え十分。ゴッチ先生は名言が多い人なんだけど、ここで紹介されてるモノで一番気に入ったのは、やっぱこれかな。
誰でも年は取る。しかし年寄りになる必要はない。 ー カール・ゴッチ
まぁ、格闘家(と格闘マニア)以外の人にとって、実際の技術が現実的に役に立つシチュエーションがそれほどあるとは思えないし、日進月歩の MMA の最先端でここで紹介されてる技術がそのまま活かせるとは思えないけど、まぁ、それを差し引いてもお宝であることは間違いないし、「学ぶ」ってことを考える上でも、なかなか面白い一冊でもある。
ワーグナー "ワルキューレの騎行"
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