2010/05/25

It's been (and still) too cold.

『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(上・下)』
 デイヴィッド・ハルバースタム 著
 山田 耕介・山田 侑平(文芸春秋)
 Links: Amazon.co.jp(上巻下巻


 


言わずと知れた歴史的なアメリカ人ジャーナリスト、デイヴィッド・ハルバースタムの遺作。原著は 2007 年発行の "The Coldest Winter: America and the Korean War" で、訳書の出版は 2009 年。出た頃から読みたいとは思ってたんだけど、それなりにヘヴィーな本なんで(量的も内容的も)読むのがちょっと遅くなっちゃったのが、ようやく読了。まぁ、感想としては、期待に違わぬ出来映えで、かなり読み応えのある 1 冊(っつうか、上下巻 2 冊)だったかな、と。

「読みたいとは思ってた」理由は 2 つあって、ひとつは単純に朝鮮戦争に興味があったから。そして、もうひとつはデイヴィッド・ハルバースタムの作品だから。まぁ、どちらかっていうと、前者が理由がメインで、後者の理由がダメ押しになった感じ。

まず、朝鮮戦争について。前にレヴューした NHK スペシャルの『映像の世紀』とか、アメリカで制作されたドキュメンタリー『冷戦』の朝鮮戦争の回(全 24 回シリーズで、全篇を通じてメチャメチャ面白い。どうも DVD にはなってないっぽいけど。でも、なぜか朝鮮戦争の回は Google Video で観れる)とか NHK スペシャルの北朝鮮の特集(全 3 回だったかな?)で観て、「これはヤベェ」って思ったから。全然知らなかっただけにけっこうビックリしちゃって。日本にもわりと関係が深いのに(当時も今も)、全然知らないし。なんか、戦後の日本の復興と警察予備隊(現在の自衛隊)が急遽作られたことのキッカケになったことくらいしか教わらなかった気がする(まぁ、学校教育は近現代史を避けて通ってるからね)。でも、ちょっと観てみたら、もう、メチャメチャヤバイ戦争で。しかも、全然過去の戦争じゃないし。今、いろいろ起こってる問題にダイレクトに直結してる。

まぁ、ザックリと言っちゃうと、第二次世界大戦前の朝鮮半島は日本が占領してて、日本が 1945 年に降伏したことで解放されたんだけど、日本を倒したアメリカと、日本が降伏する直前に慌てて南下してきたソ連が朝鮮半島にそれぞれ勢力を伸ばして、でも、どちらも直接モメたくはないから打算的に 38 度線で分けて南北を分割統治して、北はソ連がバックアップした金日成が、南はアメリカがバックアップした李承晩が政権を担うんだけど、1950 年に金日成が朝鮮半島統一を目指して(一応、スターリンの承認を取り付けて)韓国に侵攻した、と。結局、戦闘は 3 年間続くんだけど、一番ビックリしたのはその間に首都が 3 回陥落してるってこと。まず、北朝鮮がソウルを落して、その後、アメリカを中心とした国連軍がソウルを奪還してそのまま平壌を落として、マッカーサーは調子にのって中国まで攻め込もうとするんだけど、その後、中国の人民義勇軍が大量に参戦して平壌を奪還してソウルを再び落として。で、結局、国連軍がソウルを奪還して 38 度戦まで押し戻して、元の境界線のままで戦闘が終わる、と。まぁ、実は終わってないんだけど。

何がビックリしたって、普通、戦争(少なくとも国と国との戦争)って首都が落とされたら終わるのに、双方がトータルで 3 回首都を落とされてるって!? あり得ないでしょ、普通(亡命政府的な生き残り方はあるけど)。例えば、第二次世界大戦のフランスだってパリを落とされたらヒトラーに降伏したわけだし、そのヒトラーもベルリンを落とされて自殺したし、逆にスターリンはモスクワを死守できたからこそヒトラーに負けなかったわけだし。それが、朝鮮戦争では、双方とも首都を落とされてるのに続いてたってマトモじゃないな、と。

まぁ、もちろん、単純に韓国と北朝鮮の戦争じゃなかったからって要因はあるんだろうけど、それにしても壮絶すぎる。しかも、その戦争は同じ民族同士が戦ってたわけで(バックにそれぞれ思惑の違う大国が付いてたにしても)。現状、北朝鮮を巡るいろいろな問題は世界的に見ても最もマトモじゃない事態のひとつって言っても過言じゃないと思うけど、そもそもの始まりがこんなにマトモじゃなかったんだから、今がマトモじゃなくてもおかしくはないななんて思っちゃう。

しかも、プレーヤーとして、たくさんのクセモノが、それぞれ腹に一物を抱えた状態で関与してたわけで。例えば、マッカーサーだったり、トルーマンだったり、スターリンだったり、毛沢東だったり、(ワシントンにヤケに強いコネを持ってた)蒋介石だったり。たまたま舞台が朝鮮半島だっただけで、全然関係ないヤツらが、他人の土地で好き勝手に、しかも深く考えることなく場当たり的に、それぞれの思惑(というか、自分に都合のいい誤解)を持って無責任にズルズルと戦ってた感じ。その土地の人たちにとってはたまったもんじゃないのは言うまでもない。まぁ、特にヒドイのはマッカーサーだったりするんだけど。こんなテキトーでいいのか? って思うくらい好き放題やってて。

まぁ、たぶん、この『ザ・コールデスト・ウインター』のポイントは、朝鮮戦争がアメリカ人にとってほとんど語られることのない、言ってみれば「なかったことにしたい」戦争だったってことにキチンとフォーカスを当ててること。ここが、さすがハルバースタムってところなんだけど。まぁ、確かに、ベトナム戦争とか、その後の一連の戦争に比べて、反戦運動なんかがあったわけでもなく、後にいろいろなカタチで語られてるわけでもなくて。でも、ハルバースタムがここで書いてる通り、朝鮮戦争はアメリカがその後繰り返すことになる泥沼の戦争の最初の例以外の何者でもないわけで。しかも、結局、何も得てないし。

あと、戦場の壮絶さが生々しく描かれてることも大きなポイント。ハルバースタムはインタヴューをベースにしたスタイルを持ち味にしてるらしく(それほど詳しいわけじゃないけど)、実際に戦場で戦った(そして生き残った)兵士たちへの膨大なインタヴューに基づいて書かれた戦場の壮絶さはハンパじゃない感じ。冷戦的な視点でまとめられた本とかドキュメンタリーとかだと、どうしても大局的っていうか、マッカーサーのいた東京とトルーマンのいたワシントン、そして毛沢東がいた北京とスターリンがいたモスクワの綱引きと冷戦のバランス的な視点で描かれることが多いけど、当然、戦場は朝鮮半島なわけで、そこで実際に兵が戦って死んでるわけで、そこで行われた戦闘の様子について詳細に描かれてる点はかなり印象が強烈(もちろん、綱引きの部分もキチンと描かれてるけど)。

個人的には、ドキュメンタリーなんかを観てて「首都を落とすほど押し込んでるのに、なんで簡単に押し返されたんだろう?(しかも、双方とも)」って疑問だったんだけど、その辺のナゾもちょっと解けた。その大きな要因は地理的な要因が大きかったのと、まぁ、言い方は悪いけど、どっちも本気じゃなかったってことなんだろうな、と。つまり、主戦場になった朝鮮半島の北部って、地理的もかなり厳しい場所で、交通網が全然整備されてなくて、しかも、冬がメチャメチャ寒い、と(まさにタイトルの通り)。だから、どちらも押し込んだら押し込んだだけ長く間延びした戦線を支えるのが大変になって、でも、どちらも相手を追い出すほどの決定的な勝利を挙げることもできなくて(もしくは、アメリカも中国もソ連も、それを可能にするほどの兵力を投入して全面戦争にはしたくなかった)。つまり、どっちも中途半端な感じで引くに引けなくてズルズルと続けちゃって、それには環境が厳しすぎた、と。そういう感じはドキュメンタリーなんかからはなかなか感じ取りにくかったんだけど(局地的な厳しさは伝わってくるけど)、この『ザ・コールデスト・ウインター』を読んだら、メチャメチャリアルに伝わってきたというか、腑に落ちた感じ。なるほどなぁ、って。まぁ、もっと正攻法な(真っ当な?)感じの戦争なイメージだったんだけど、実際には典型的な泥沼系だったんだなぁ、と。

あと、マッカーサーの生い立ち(メチャメチャ強烈なマザー・コンプレックスの持ち主だった)こととか、戦後の日本に与えた影響とか考えると、なかなか、何とも言えない感じもするし、毛沢東のハチャメチャなキャラクターとか(だって、アメリカの原爆を恐れてなかったらしいんだから。曰く、いくら原爆でも、中国の全人口を殺すことはできないから。スゲェ理屈だけど、でも、間違いじゃなかったりする)、なかなかリアルに描かれてて読み応え十分。やっぱ主義とかイデオロギーのハナシと思われがちな冷戦も、そう簡単に単純化・相対化できるもんじゃないし、スゲェ人間臭い部分が大きいことがよくわかる。好き嫌いとは別の次元で。
最後にデイヴィッド・ハルバースタムについて。「言わずと知れた歴史的なアメリカ人ジャーナリスト」って書いたけど、ハルバースタムはベトナム戦争とケネディ〜ジョンソン政権について描いた『ベスト・アンド・ブライテスト』( / 原書は "The Best and the Brightest")で知られるピューリッツァー賞も受賞してるジャーナリストで、この『ザ・コールデスト・ウインター』の校了を済ませた数日後に自動車事故のために 73 歳で急死したために、この『ザ・コールデスト・ウインター』が遺作になった、とまぁ、個人的にはそれほど熱心な読書だったわけじゃなくて、『ベスト・アンド・ブライテスト』は大学時代にかなり頑張って読んだ記憶はあるけど(内容はあまりキチンと理解できなかった気がする)、あとはマイケル・ジョーダンについて描いた『ジョーダン』("Playing for Keeps: Michael Jordan and the World He Made")くらいしか読んでなくて。でも、今、あらためて作品のリストを見てみるとなかなか興味深いモノが多くて。これから、またボチボチと読んでみようかななんて思ったりもしてる。

朝鮮戦争って、今、まさにタイ
ムリーな問題になってる韓国の潜水艦の事件に端を発した一連の動きなんかも、元を辿れば朝鮮戦争に行きつくわけだし、大きな意味でいうと、現在の東アジアの安全保障の問題の根幹になってるような事件でもある。しかも、「まぁ、実は終わってないんだけど」って書いた通り、休戦してるだけで終戦してないし。しかも、休戦条約には戦争当事国である韓国は署名してない(署名したのは北朝鮮と中国と国連軍)。つまり、国際法上はまだ戦時下ってこと。そう考えると、(正しいかどうかという議論はともかく)拉致問題とか潜水艦の事件とかも、日本のマス・メディアで語られてるような内容とはちょっと違って見えてくる。まさに、単なる「歴史」、本とかに書いてある「歴史」じゃなくて、今につながってる「歴史」って感じ。

あとがきに
『ザ・コールデスト・ウインター』の意義について、『USA トゥデイ』の「それが現在を理解させてくれる歴史だ」って言葉と、E・H・カーの「過去の光に照らして現在について学ぶことは、現在の光に照らして過去をについて学ぶこととでもある。過去の 役割は両者の相互関係を通じて過去と現在の両方に対するより深い理解を促すことである」って言葉が紹介されてるけど、まさにその通りで。まぁ、歴史ってのは本来、そういうモノであるはずだと思うけど、なかなかそういう風に学んで(教わって)はこなかったんで。そういう意味では、こういうモノって貴重だと思うし、朝鮮戦争ってのはそれがよりリアルで強烈に感じられるトピックなのかな、と。いい意味でではなく、シビアな意味で、だけど。diaspora and hatikvah.

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