2010/07/11

The living legend.

クライフ公認 「トータル」フットボーラーの全貌』
 
ミック・スホッツ / ヤン・ラウツェン 著 戸谷美保子 訳 
東邦出版)  Link(s): Amazon.co.jp

これも読んだのはかなり前だけど、レヴューし忘れてた一冊。言わずと知れたサッカー史屈指のカリスマ、ヨハン・クライフに関する書籍。サッカーの本ってあんまり読まないんだけど、ヨハン・クライフだけは別格っていうか、ついつい読んじゃう。しかも「公認」ときたもんだ。まぁ、あまり基礎知識ナシに、ホントにクライフだからって理由だけで読んだんだけど、先に結論を言っちゃうと、期待したより面白かったかな。

なんで「ヨハン・クライフだけは別格」かっていうと、まぁ、もちろん、今、世界のサッカー界の最先端を牽引し、世界中を魅了している FC バルセロナの「美しく勝利する」サッカーの土台を、プレーヤーとして、そして監督として築き、今もなお 'ご意見番' として支えてる人物だから当然って言えば当然なんだけど、理由はそれだけではなくて。

それは何かというと、個人的には「ヨハン・クライフこそ、(少なくとも近代)サッカーの歴史の中で最も重要な人物だ」と思っているから。ただ、これだけを聞くと異論のある人はたくさんいると思うけど、個人的にはそれなりに説得力のある理由を説明できる自信もあって。ポイントは、たびたび話題になることが多い(特にメッシみたいな選手が活躍すると)「史上最高の選手」ってハナシでも、「史上最高の監督」ってハナシでもなく、あくまでも「サッカー史の最重要人物」ってこと。

実はちょっと前に「サッカー史上最高の選手と監督をそれぞれ 10 人ずつ選んで、それぞれの人物について原稿を書く」っていう、メチャメチャ乱暴で難易度の高い仕事を頼まれたことがあって。で、選手で言えば、それこそサー・ボビー・チャールトンとかペレとかエウゼビオみたいな選手からマラドーナやジダンまで、監督ならサー・ボビー・ロブスンとかテレ・サンターナからジョゼ・モウリーニョまで、一応、世代を超えるメンツを頑張って選んだんだけど、そうやってあらためてサッカー史を俯瞰してみてみたところ、「サッカー史の最重要人物」は実はペレでもマラドーナでもジーコでもなくてクライフだと考えるに至った、と。

サッカー史上最高の選手と監督をそれぞれ 10 人ずつ選ぶに当たって気を付けたというか、基準にしたことは 2 つ。それはもちろん個人の主観や好みではなく(当たり前だ)、あくまでもある程度の客観性というか、誰に言ってもそれなりに納得してもらえるモノでないといけないわけで、いろいろとかなり悩んだんだけど。ひとつは簡単。実績。つまり、ゴール数だったり、出場試合数・代表キャップ数だったり、優勝回数だったり。しかも、代表とクラブの両方で。まぁ、これは異論は出にくい基準ではある。ただ、実績が優れてる選手・監督が「最高」か? っていうと、必ずしもそうとも言えないわけで、何か実績以外の基準が必要だろ、と。そこで辿り着いた結論が「時代を象徴していたり、時代を変えたりしたか」ってこと。例えば、選手で言えば 'リベロ' ってポジションを体現して時代を変えたベッケンバウワーとか、時代を象徴したマラドーナとか、AC ミランのゾーン・プレスで時代を変えたアリゴ・サッキとか。まぁ、あえて一言でいうと「インパクト」ってことになるかな。そんな感じで、「インパクトが強くて、なおかつ実績もある」って基準で選べば、それなりに妥当なモノになるだろう、と。

そうやって選手・監督を選んでいったら、唯一、選手としても監督としても名前が挙がったのがヨハン・クライフで、だから「ヨハン・クライフこそサッカー史の最重要人物」だろう、と。

つまり、選手としてはアヤックスとバルセロナ、そしてオランダ代表としてトータル・フットボールを体現して「時代を変え」、UEFA チャンピオンズカップ(現在の UEFA チャンピオンズリーグ)も制してるし、1974 年のワールドカップでは準優勝してて、バロンドールも 3 回受賞してる。監督としても、バルセロナのいわゆる「ドリーム・チーム」を率いてリーガ 4 連覇と UEFA チャンピオンズカップ優勝を果たしつつ、その攻撃的なサッカーで一世を風靡したわけで。インパクトも実績も申し分ないんじゃないか、と。

しかも、ここからはオマケだけど「クライフ・ターン」なんて、名前が付いた技まであるし。これって、実はスゴイことじゃね? って。技としては、軸足の後ろ側にボールを通す、キック・フェイントとターンが一体になってような技(これがわかりやすい)で、今ではわりと一般的な、それほど難易度の高い技ではないんだけど。でも、他にいる? マラドーナだってジーコだってペレだって、得意な技はあっても名前が付くほどじゃない。それこそ、ジダンのルーレットだってロナウジーニョのエラシコだって、代表格ではあっても名前が技の名前になってはいない。これってスゴイな、と。今でも「クライフ・ターン」って言えばどこに行ってもわりと通じるし(ググれば動画もたくさん見つかる)。

まぁ、前振りがすっかり長くなったけど、そんなクライフの本なんでいろいろ興味深いな、と。クライフの本としては、本人の言葉をまとめた『美しく勝利せよ』が有名だけど、この『「トータル」フットボーラーの全貌』は、クライフと同じオランダ人の著者 2 人が、幅広く取材を重ねた上で、「選手」・「家族」・「監督」・「実業家」・「カタルーニャ人」・「友人」・「解説者」・「慈善家」という 8 章に加えて、「自分自身」と題されたインタヴューの計 9 章構成でまとめられてて、本邦初公開の情報もけっこう含まれてて読み応え十分。闇雲にクライフを賞讃するのではなく、多分にエキセントリックなところもあるクライフの否定的な側面にもキチンと触れられてて、しかも、その上で、本人のインタヴューまでしてる。この手の本にありがちな予定調和的なモノでもないし、逆にスキャンダラスな暴露本でもなく、なかなかいいサジ加減でまとまってるって印象。選手や監督としての側面は語られることは多いけど、それ以外の部分もすごく面白くて(特に「カタルーニャ人」とか「解説者」とか)。まぁ、名言とか(例えば「私はフットボールを始めて以来多くの選手を見てきたが、みんな私より下手だった。私は下手な選手を誰よりも見続けてきた。だから彼らの気持ちはよくわかる」とか「美しく敗れる事を恥と思うな、無様に勝つことを恥と思え」とか)奇行も多いんで、単純に読み物としても面白いエピソードに事欠かないんで。

今でも、バルセロナだけでなく世界のサッカーのご意見番的な存在ではあるけど、この人のサッカー観は今の時代でも(だからこそ?)圧倒的に面白いし、サッカーをより深く知る上では、やっぱり欠かすことができない人物だな、と。つまんねぇ(ウィイレ的な)机上の戦術論とか、エモーショナルなお涙頂戴話をしてる暇があったら、もっと考えるべきことがたくさんあることがわかるはず。

あと、今日、取り上げることに意味がある気もするし(忘れてただけなんだけど)。言うまでもなく、今日はワールドカップ・南アフリカ大会の決勝のオランダ vs スペインの日。クライフと言えばオランダが生んだ最高のスターで、美しく攻めて勝つサッカーを最も高いレベルで体現して、オランダのサッカーを世界に印象づけた伝説的な選手。そして、対戦相手のスペインは華麗なパス・サッカーで世界を魅了しているけど、そのサッカーのベースはバルセロナのサッカーなわけで(現にスタメンの半分くらいはバルセロナの選手)、そのバルセロナのサッカーの「哲学」を作ったのは現役時代、そして監督としてのクライフだったわけで。今日の試合がどうなるかはわかんないけど、どっちにしてもクライフの提示した系譜上にあるチームって言える。このカードは、たぶん世界のサッカー・ファ ンの多くが望んだ決勝の組合せのひとつだと思うけど、そうだとするならば、なおさらクライフのサッカー観みたいなモノはもっとキチンと知られてていいはずだし、 逆にクライフを知るすごくいいキッカケだと思うんで。
ダメな奴らが走るんだ。相手をもっと走らせろ。

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