2011/04/19

Light ideas. Right ideas.

『ウルトラライトハイキング』 土屋 智哉 著(山と溪谷社) ★★★★☆
 Link(s): Amazon.co.jpRakuten Books

アウトドア〜トレッキング界隈で、近年、もっとも大きな注目を集めている動きである 'ウルトラライト(ultralight)' についての今年 2 月出版の書籍で、著者は三鷹にあるウルトラライトの専門ショップ、ハイカーズデポの店主であり、アウトドア関連の雑誌などで目にする機会の多い土屋智哉 氏。近年、著者自らいろいろな雑誌などでその意味や魅力を、その雑誌の特集の内容等にあわせて断片的に語っていたウルトラライトについて、その概要を一通り網羅したモノで、ウルトラライトの考え方や実践方法がシンプルにまとめられている。

'ウルトラライト(ultralight)' とは、文字通り、超軽量ということ。自分で必要な装備をすべて背負って、自分の足で移動することが前提のトレッキング〜バックパッキングでは、装備・道具の重さは常に大きな問題のひとつであったことは古今東西、変わることのない永遠のテーマだったんだけど、 近年、その流れの中から、従来の常識だった考え方を根本的に見直すような動きがあって、しかも、それは、実は新しい考え方であると同時に、ある種の原点回帰的な考え方でもある。そんな '古くて新しい' 考え方とすれを実践することの総称が、'ウルトラライト' だってことになる。

まずは '新しい' の部分について。本書で詳しく紹介されてるんだけど、現在につながるウルトラライトの流れが始まったのは、古く見積もっても 1950 年代(しかも、始めたのは当時、67 歳のおばちゃん!)、より具体的な動きが出てきたのは 1990 年代に入ってから。1992 年にレイ・ジャーディン(Ray Jardine)が書いた "PCT Hiker's Handbook" っていう本(2000 年に "Beyond Backpacking"、さらに 2008 年に "Trail Life" と改題されたらしい)でその考え方や技術等が体系化され、、そして、1998 年にコロラドでゴーライト(GOLITE)っていうレイ・ジャーディンの技術を製品化することからスタートしたウルトラライト・ブランドが設立されたことで、具体的に市場でも目に見えるカタチでこの動きが感じられるようになった、と。

ゴーライトは、いつの頃からか、わりと前(5 〜 6 年前とか?)からアウトドア・ショップなんかで目にするようにはなってたけど、個人的にウルトラライトに興味を始めたのはやっぱりここ 2 〜 3 年のことかな? ゴーライトってブランド自体の思想はちょっと面白いなとは思ったけど、製品のデザインとかがスゲエカッコイイか? っていわれるとそんなことはなかったから、普通に普段着たいって感じではなくて。より興味を持ち始めたのはここ 2 〜 3 年。トレッキングなんかに実際に行ってる中で、それ以前の '基本' とか '常識' みたいなモノをなんとなくわかってくると、やっぱり '軽量化' ってのはどうしても考えるテーマなので。現実的(というか切実)な問題として。

ウルトラライトの新しさは、それまでのトレッキング〜バックパッキングにあった、ある種の '質実剛健' 的な道具感みたいなモノに対して、「それって、今でもホントにそう?」的な疑問を投げかけた点だと思うけど、それを実現させたひとつの要因として、テクノロジーの進化がある。バックパックやトレッキング・シューズがその典型だと思うけど、基本的に求められるのは何よりも 'タフさ(丈夫さ)' 。つまり、当たり前だけど、あくまでも道具としての信頼性がプライオリティで、他の要素(軽さもここに含まれる)はあくまでも 'タフさ' と両立できるならって条件付きで求められる要素だってこと。ただ、スポーツ〜アウトドア用品ってのは基本的にメチャメチャシビアでハイテクな世界なので、新しいテクノロジーによって、今まででは考えられなかったようなタフさと軽さの両立がどんどん可能になってるし、それがウルトラライトの追い風になってることは間違いない。

ただ、テクノロジーがウルトラライトの原動力かっていうとそうではなくて、実はテクノロジー以前に人間のマインドの部分が最大の原動力になってるってことが本書を読むとよくわかる。あくまでも、先にあるのは素朴な疑問だったり、先入観に囚われないアイデアだったり(あと、潔い割り切りも。これは結構重要かも)。その根底にあるのは「シンプルであることで、自然との距離がより近づく」ってこと。当然、自然へ及ぼすインパクトも小さくなるし分散もできる。パタゴニアの創設者のイヴォン・シュイナードも「最高のクライマーはショートパンツひとつで岩をよじ登るクライマーだ」みたいなことを言ってたけど、まさにそれに近い感覚なのかな。

あと、 ついつい誤解されがちだけど、ウルトラライトで '装備を軽くすること' の目的は必ずしも '移動速度を上げること' ではない点も指摘されてる。いわゆる 'ライト + ファースト' って潮流も一方にはあるけど、ライト + ファーストとウルトラライトは似て非なるモノで、やっぱり目的はあくまでも自由度を高め、自然との距離を縮め、自然へのインパクトを分散・軽減させること。例えば、ここで挙げられてる例で個人的に気にいったのは 'ステルス・キャンプ' って考え方。これは、調理・食事と就寝する場所を分けることで自然へのインパクトを分散・軽減させ、「なるべく痕跡を残さない」キャンプのスタイルで、ついつい何も考えずに泊まるところにテントを貼って夕食を摂るって思っちゃいがちだけど、確かに言われてみれば食事と宿泊の場所が同じである必然はないわけで、読んでて思わずハッとさせられた。ウルトラライトっていうと、ついつい道具や装備の面に目が奪われがちなだけに(雑誌なんかだと、どうしてもそういう取り上げ方になりがちだし)、その根底にある考え方を象徴するモノのひとつとしてすごく面白いな、と。

あと、本書で同時に指摘されてるのは、いわゆる近代的なトレッキング〜バックパッキングのある種のフォーマットが確立される以前は、普通にウルトラライト的な発想で山に登ったり、(今でいうところの)ロング・ロングトレイルを歩いてたっていう事実。ここが '古い' 部分なんだけど、日本でも昔から、それこそ草履や足袋を履いて最低限の装備で未舗装(当たり前だ)の道を何日もかけて歩いて、ロー・インパクトな旅をしていたわけで。

これはトレッキング〜アウトドアに限らず何にでも言えることだけど、ひとつのセオリーみたいなモノが確立されちゃうと、どうしてもその既成概念に囚われちゃって、ある種の思考停止状態に陥っちゃいがちだけど、実はそのセオリーが本当に正しいのか(たとえ過去のある時点で最良だったとしても、それが今もそうなのか)は常に検証すべきだっていう、発想の転換と自由な柔軟性の大切さ(もちろん、そこにはベースとなる基礎知識は要る)をあらためて思い出させてくれる。そういう意味では、前にレヴューした『BORN TO RUN 走るために生まれた』で述べられてたベアフット・ランニングにも似てるのかも。

本書の内容に戻ると、歴史や思想、基本的な原則から始まって、バックパックやシェルター、スリーピング・バッグ / マット、衣類、食事 / ストーヴ等の道具、さらには歩くこと、食べること、泊まることなど、具体的な行動までカヴァーしている。また、アメリカ大陸で生まれたウルトラライトの技術をただそのまま紹介するのではなく、日本の気候や山岳環境、ルール等を考慮した上で書かれているのでとても親切。特に日本の多湿な気候はなかなかのクセモノなので、こういう部分を考慮してくれてるのはとてもありがたいし、覚えときたいことが多かった。

あと、最後に特筆すべきなのは、純粋に書籍としての編集が素晴らしい点。内容の吟味と情報量の調整、装丁デザイン、イラストレーションの使い方とテイスト等、あらゆる面ですごくバランスが取れてる。自転車の本なんかもそうだけど、この手のモノって「せっかく内容はいいのに、このデザイン・編集じゃ読まねぇよなぁ、普通」みたいなモノが多いけど(特に山関係はどうしてもジェネレーション・ギャップとかカルチャー・ギャップを感じざるを得ないモノが多い)、本書はなかなか秀逸。いい意味で、文量的にも本自体のサイズ感的にもすごく読みやすくて、それこそ 'ウルトラライト' な仕上がり。

強いて物足りない部分を挙げるとすれば、ちょっと雑誌〜ムック的な側面というか、具体的な製品サンプル的な情報があるといいな、と。まぁ、雑誌〜ムックならともかく書籍だと、すぐに古くなっちゃう具体的な製品情報は載せにくいのはわかるけど。でも、文面を読んですぐにイメージが湧くような、自分にとってリアリティのある製品はともかく、あまり馴染みのなかった製品について、抽象的な説明だけだとどうしてもイメージが湧きにくいから。かといって、雑誌だとなかなかここまで広く網羅されてないし、内容は薄くなりがちなんで。そう考えると、ある程度、最新情報じゃないことを前提にしつつ、逆に廃番になってるクラシックをフィーチャーした上で道具の変遷みたいなモノも紹介するような、ムック的な作りもアリだったかも? なんて思ったりもしちゃうけど。

個人的には、全面的にウルトラライト路線にまっしぐらって感じではないけど、実践的な面ですごく参考になることも多いし、考え方の面でもたくさんのインスピレーションを受けてる感じ。まぁ、'ウルトラ' じゃない 'ライト' くらいで行きたい感じかな、気分としては。

0 comment(s)::