2012/03/22

Simple ideas. Clear visions.

『EARTHLING 地球人として生きるためのガイドブック』
 Think the Earth 編 (ソル・メディア)★★★★☆
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books


去年の年末に発売された書籍で、ベースになっているのは、編者になっている Think the Earth が去年の 7 月 30・31 日に開催したイベント、'EARTHLING 2011' の内容を書籍化したモノ。ある種、議事録的な書籍なんだけど、イベントに行けなかったので、なかなか楽しんで読めたかな。

'earthling(アースリング)' ってのは '宇宙人' って言葉に対する概念として '地球人' という意味で使われる言葉で、ロバート・A・ハインラインの 1949 年の SF 小説『レッド・プラネット』(Links: Amzn / Rktn)で使われたのが最初なんだとか(未読だけど)。

イベントには '地球人大演説会' ってサブ・タイトルが付いてて、さまざまなジャンルで 活躍する 30 人のアースリングたちが 1 日 15 人・それぞれ 15 分ずつヴィジュアル・プレゼンテーションを行った、と。プレゼンテーションは Ustream で配信され(いくつかはリアルタイムで観た)、アーカイヴもかなりの本数が残されてるんで、プレゼンテーションの内容を確認することもできるようになってる。

30 人のリストもオフィシャル・サイトで確認できるんだけど、このリストの中には 元サッカー日本代表監督(もちろん、我らが横浜 F・マリノスをリーグ連覇に導いた監督でもある)の岡田武史氏とか、このサイトでもこれまでに何度か取り上げてる作家・写真家の石川直樹氏とか、ガンダムの原作者の富野由悠季氏とか、前にレヴューした虹の戦士翻案者の北山耕平氏とかの名前があって、これだけでも十分魅かれちゃう感じだった。冒頭には、Think the Earth プロジェクトの理事長の水野誠一氏と脳科学者の茂木健一郎氏の対談なんかもあるし。

読後の感想としては、前にレヴューした『智慧の実を食べよう。』を読んだときの印象に似てるかな。『智慧の実を食べよう。』ってのは、ほぼ日刊イトイ新聞が主催したイベントの模様を収めた本で、いろいろな分野で活躍してきた ' 長老'(= 賢人)たちのトークをまとめたモノ。その性質上、それぞれの人の意見や考えの ' ダイジェスト' 的な内容になってて、その考えの概要を知る '入り口' としてはすごくいいんだけど、当然、あまり深く掘り下げられる類いのモノじゃないんだけど、この『EARTHLING 地球人として生きるためのガイドブック』も印象としては似てるかな。『智慧の実を食べよう。』以上に数が多くて、個々のハナシ自体は 'ほんの入り口' って感じで。まぁ、それが企画自体の目的だと思うんで、別に良い / 悪いではないんだけど。その目的は十分に果たしてると思うんで。実際、こういう機会でもなければ知らなかったような人も多かったし、これで初めて知って、ちょっと掘ってみたくなった人もいるし。やっぱり、軸になるコンセプトとキャスティングが大事ってことだと思うけど。広い意味での編集とかコンピレーションの編纂にちょっと似てる感覚かも。こういうのって、何気ないけど、いつは結構大事な部分だったりする。

その '編集感覚' にも通じる部分かもしれないけど、個人的にちょっと面白かったのが、巻頭に 'EARTHLING Chronology 50 年の地球人年表' ってのが載ってて、ユーリイ・ガガーリン(YURI GAGARIN)がポストーク 1 号で地球を一周した 1961 年から始まるんだけど、1979 年のところでは、スリーマイルズ・アイランドの原発事故とウォークマンの発売の間に '機動戦士ガンダム放映' なんて項目もあったりする。まぁ、単に富野由悠季氏が参加してるからなのかもしれないけど、でも、こういう風に普通に並記できる感覚って、実はけっこう大事な(でも、案外、軽視されがちな)感じがしてて。こういう項目を並記して、ニュートラルな目線で見て、自然に同じコンテクストの中で考えるような、そんな感覚。なんか、壁を作って狭い世界でゴニョゴニョ言ってるだけみたいなモノばかりな感じがするんで。それこそ、'永田町 / 霞ヶ関' とか(本来の意味でのサブ・カルチャーとは似て非なる)'サブカル' とか、サッカーとか音楽のハナシをしててもよく感じるし。

Think the Earth(Link: Official Site)ってのは、'エコロジーとエコノミーの共存' をテーマにした一般社団法人で、理事長の水野誠一氏は以下のように 'EARTHLING 2011' の趣旨を述べてる。

ガガーリンが宇宙から地球を見て 50 年目、そして 'Think the Earth プロジェクト' 10 周年を記念して 2011 年 7 月 30 日、31 日に行ったイベント 'Earthling 2011 地球人大演説会' は、あらためて '文明' と '文化' の両面から '地球人' として地球環境を考えなおしてみようという試みでした。

まぁ、個別のハナシは、それぞれの 'アースリング' たちはそれぞれのジャンルで活躍してる人なんで、好みとか興味の差はあっても、基本的にはそれぞれ興味深い部分は多くて、普通に読み応えがあった。

以下、個別に気になった部分の引用を。個人的なメモを兼ねて(順番には特に意味はナシ。掲載順でもない)。

地球が危ない危ないって言いますけど、全然危なくないですから、地球は。この 46 億年、地球の環境は一定のときってないんです。過去の歴史の中で、平均気温が 50 度、60 度のときだってあったのですから。人間が危ないだけなんです。 ー 岡田 武史
言いすぎだという意見もあるかもしれないが、私はこれまでの国家という枠組み自体が、そろそろ老朽化しつつあるのではないかと思う。それは体制とかイデオロギーの問題ではない。国家、あるいは国民国家という概念そのものが、崩れはじめているのではないかと感じる。(中略)これだけは信じられると思うのは、拡大成長の神話は確実に終わった、あるいは終わらさねばならないということだ。地球人としての意識を維持したま ま、地球平衡化に立ち向かうとしたら、マッチョな物質的拡大思考に終止符を打ち、われわれは創造的な縮小に向かわなければならない。GDP が中国に抜かれてもインドに抜かれても、かまわないじゃないか。国の理念として、経済的な繁栄より精神的な充足を重視するブータンのような国だってある。 われわれには、もっと注力すべきことがあるはずだ。 ー 芦沢 高志
リチャード・フロリダという都市経済学者が創造的な都市のキーワードとして '3T' ということを挙げていますが、その T とは 'Technology(技術)'、'Talent(才能)'、そしてもうひとつが 'Tolerance(寛容性)' です。この '寛容性' が、いまの日本の風土に決定的に欠けていて、これをどうにか作らないと、'創造的な主体' は出てこないでしょう。日本社会では環境とガバナンスの変革はいつもおざなりです。 ー 西田 亮介
'ジャパンシンドローム' という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、人口減少や少子高齢化がもたらす日本社会の負のスパイラル状況のことを指す言葉です。日本がこの先、どうそれに対応していくのか、世界が注目しています。 ー 大塚 茂夫
'フロンティア' には、物理的にはまだ誰も行ったことがない '未踏の地' ということと、知的な面ではまだ誰も知らない、考えたこともない '未知の領域' という 2 つの意味があります。こうした未踏・未知に挑戦する行為を、われわれは '探査(exploration)' と呼んでいます。 ー 矢野 創
ロボットと人間の何が違うかというと、'意識' です。 ー 前野 隆司
最後にあと 2 つの引用を。'文学、世界文学に手が届くということは、国の虚飾、蒙昧、偏狭さの押しつけ、空疎な学校教育、中途半端な将来の進路、運の悪さ、といった檻 から逃げだせるということを意味します。文学はより大きな生活の場、つまり自由地帯に入ってゆくパスポートでした。文学は自由そのものでした。とくに、読 書や内省生活の価値が呵責なく脅かされるような時代、現代では、文学は、まさに自由にほかなりません'(スーザン・ソンタグ『同じ時のなかで』)。もうひとつ。'悪しき指導者は絶大な力を持っていた。(中略)彼らにとって重要なのは耳を傾けてもらうことだ。素直に聞いてくれる人がいる限り、それがどんなに愚かな内容であっても、彼らの考えはどこまでもどこまでも続いていく。もし彼らが憎んでいるものがあるとすれば、それは賢い人間なのだ。だから賢い人間に なろう。そしてわれわれの命を救い、みんなの命を救ってほしい。誇り高くあってほしい'(カート・ヴォネガット『国のない男』)。 ー 内沼 晋太郎
私のルーツは奄美大島にあるんですが、奄美の人たちの暮らしや考え方の中で私が特に大事にしているのは '7 代先の人のことを考えて物事を興せ' ということです。それは、まるでことわざのように繰り返し口にされる言葉。7 代というと 150 年から 200 年ですよね。そのくらい先のことを考えながら、いま、すべきことをせよ、と。(中略)奄美には病院に霊安室がないんですよね。つまり末期の状態になると、みんな家に帰るんです。そして 'おばあちゃんが亡くなっちゃうよ' とみんなに伝えると、島の人が集まってきて島唄を歌ったりする。すると、死に向かってる人は、最後に 'ありがとう' と安らかに言うんです。ここで生きてきてよかったと。生まれるときと一緒なんですよ。 ー 河瀬 直美
頂上に 20 時間以上も滞在したり、また 10 回以上も登頂したというシェルパもいる。極地の中の極地であるエベレストの頂上でさえも、もはや仕事の場という意味で、生活圏の一部として捉えているシェルパもいる現状があるんです。(中略)日本人の多くの人にとっては、エベレストと言えば一生一代の登山であって、鉢巻き締めて命がけで登る '孤高の挑戦' みたいなイメージがあるのかもしれませんが、いまはそうではなくなってきているという状況をきっちりルポしたいなと思っています。富士山の写真集『Mt. Fuji』(Links: Amzn / Rktnを出したあと、'石川さん、富士山にいっぱい登山者が増えて行列なんかもできちゃって、富士山のことどう思ってるんですか' みたいな、ある種、誘導尋問的にネガティブな質問をする人がいるわけですが、僕は  '夜中にヘッドランプのちんどん行列ができる山って超面白いじゃないか' と思っているんです。そんな風景が見える山なんて、世界じゅうを探してもどこにもないわけですから。そういうことも含めて、全部肯定的に見ているんです。 ー 石川 直樹

個人的に、特に興味深かったっていうか、あまり知らなかっただけにちょっとグッときちゃったのはプロ・フリーダイバーの篠宮龍三氏の以下のハナシかな。すごくミニマルで、フィジカルで、なんか、すごく示唆に富んでる気がして。

フリーダイビングは、'潜っていくときには死を感じて、帰ってくるときには生を感じるスポーツだ' と言われる。(中略)重要なことは 2 つあって、ひとつは無駄な動きをしないこと、もうひとつは無駄な思考をしないこと。脳が一番酸素を使うからです。だから効率よく動き、頭も必要以上に使わない。(中略)ブラックアウトという現象って、非常によくできてもいて、実は人間の防御反応なんです。持っている酸素量を 100 だとして、100 を全部使い切ってしまうと死んでしまいますよね。なので、100 になる前の、90 くらい使ったところで意識をパツンと切るんです。すると、身体の状態がだらんとして、いっさい筋肉が酸素を使わなくなる。(中略)宇宙旅行はきっと将来、お金を出せばできるようになると思います。でも、身体ひとつで水深 100 メートルの世界に潜り、帰ってくるということは、調和がないかぎり、どんなにお金を出してもできることではありません。道具がほとんどいらないということも、ひとつのポイントかもしれませんね。使う道具が少なければ少ないほど感覚的に鋭くなる。両足をそろえてフィンを履いた瞬間にスイッチが入って、フリーダイバーという生き物になるような気がします。それは、まるでいままで地球上に存在しなかった、新しい生き物になるような気分です。 ー 篠宮 龍三

あと、引用ではないけど、茂木健一郎氏が紹介してた、イギリスの NEF(New Economics Foundation)って NPO が発表した HPI(happy planet index)で 1 位だったコスタ・リカのハナシも面白かったかな。コスタ・リカって、個人的には一番行ってみたい国だったりしたんで。ちなみに、国のスローガンは 'pura vida'(英語でいうと 'pure life')で、軍隊がないんだとか(空軍はハチドリで海軍はウミガメで陸軍はバシリスクってトカゲだなんて言ってる)。なかなか愛すべき小国で、中南米の中でも異彩を放ってて。
 
最後に、もちろん、富野由悠季氏も。特に少子化問題のハナシとか、「なんでこのことをちゃんと話する人が全然いないんだろ?」ってずっと不思議だった(個人的には、「'少子化問題' 問題」って呼んでるんで。短期的にある程度の歪みはくるだろうけど、そんなこと、わかってたはずだと思うんで)んで、「さすが富野監督だなぁ」なんて思ったりして。

実は 2007 年から関東圏の電力は消費量が減りはじめていました。だから東電は真っ青になって、ここ 2、3 年オール電化の CM を流しつづけて(ご記憶の方も多いでしょう)、一生懸命電力を消費させる運動をしていたんです。(中略)現行政府の人たちも変な言い方や考え方をしています。日本国家には '少子化対策大臣' という大臣がいるんですから。しかし、人類が地球の汚染源なんだとしたら、人口をこれ以上ふやしてどうするかという話です。(中略)'環境問題を乗り越え、地球を永く使える人になったときに、人はニュータイプになる'。これは環境ジャーナリストの枝廣淳子さんの言葉です。僕はガンダムで ニュータイプの概念を規定できなかったのですが、枝廣さんの言葉が、ニュータイプのリアルな規定付けだと思いました。

まぁ、トンチンカンなことだらけの現状を見てると、人類も日本人もまだまだニュータイプにはほど遠そうだけど。残念ながら。


* Related Post(s):

『百年の愚行 ONE HUNDRED YEARS OF IDIOCY』
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Think the Earth プロジェクト監修による、100 枚の写真で過去 100 年の人間の活動(= 愚行)を振り返る写真集


 
『智慧の実を食べよう。』
 糸井 重里 / 吉本 隆明 / 谷川 俊太郎 / 藤田 元司 / 詫摩 武俊 / 小野田 寛郎 著
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ほぼ日刊イトイ新聞が主催した「出口の見えない時代だからこそ、長老の話を!!」というテーマのイベントの模様を収めた本。


『智慧の実を食べよう 学問は驚きだ。』
 糸井 重里 / 岩井 克人 / 川勝 平太 / 松井 孝典 / 山岸 俊男 著
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ほぼ日刊イトイ新聞が主催したイベントの第 2 弾の模様を収めた本で、 テーマは「学び」。

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