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これまでにも何度か取り上げてる才色兼備の女性ジャズ・ベーシスト / シンガー、エスペランサ・スポルディング(ESPERANZA SPALDING)のニュー・アルバムで、2010 年 8 月にリリースされた "Chamber Music Society" に続く通算 4 作目のアルバム。ゲスト参加してたニコラス・ペイトン(NICHOLAS PAYTON)のアルバム "Bitches" のレヴューで「個人的にトップ・クラスに好きな現代の女性ヴォーカリスト」って書いた通り、メチャメチャ好きなアーティストで、しかも、Q・ティップ(Q-TIP)が参加するなんて情報も事前に漏れ聞こえてきたんで(たしか、Q・ティップがそうツイートしてたんだったかな?)、リリース前からすごく楽しみにしてた。まぁ、前作リリース以降の一般的な知名度の急上昇っぷりにはちょっとビックリしてるけど(やっぱり去年のグラミー賞効果なのか? ちなみに、ジャズ・ミュージシャンの最優秀新人賞受賞は史上初なんだとか)。
先に結論を言っちゃうと、期待をまったく裏切らないバッチリな出来映えで、 素直にすごく完成度の高いアルバムに仕上がってる。ソングライティングも抜群だし、洗練されてて音楽性は高いんだけど頭でっかちではないアレンジも絶妙のバランスだし、彼女のチャーミングなヴォーカルも存分に活かさせれてるし。まさに 'エスペランサ' って感じかな。いろんな意味で。
前作の "Chamber Music Society" とタイトルが対になってることからもわかるように、まったくコンセプトの違うコンセプト・アルバムの連作みたいな位置付けなのかな。オフィシャルの資料でも「もともとはこの 2 枚のアルバムをダブル・アルバムとして出そうと思っていた」って言ってるし。 今作の情報も前作のリリースの後、わりと早く出てきてた。
以下がアルバムのリリース前に公開されたトレーラー映像と先行シングルとしてリリースされたアルジェブラ・ブレセット(ALGEBRA BLESSETT)とのデュエットの "Black Gold" のミュージック・ヴィデオ。後述するけど、今作ではガンガン映像を作って、彼女のルックスとキャラクターを全面に押し出してくるらしい。
やっぱり、まず持った印象は 'ポップ' かな。いわゆる、オーソドックスなジャズではないし(今回はほとんどがエレクトリック・ベースで、ウッド・ベースはあまり弾いてない)。まぁ、'ポップ' って言葉は実はけっこう使うのが難しくて、個人的にはあまり頻繁に(軽々しく)は使わないようにしてる言葉なんだけど(わりと安易に使われてるけど、実は意味に個人差が大きくて、故に誤解を生みがちなんで)、このアルバムに関しては 'ポップ' って表現が相応しいと思うんで。文字通り、「多くの人に愛される(ポテンシャルがある)」って意味で。実際、(ホントにビックリしたんだけど)コンビニとかの店内の BGM で普通に "Black Gold" がかかってたし。まぁ、特に日本ではグラミー賞の影響がデカそうだけど。
本人もオフィシャルの資料で以下のように語ってるし。
ジャズ・ミュージシャンがいわゆる 'ポップ・ソング' のフォーマットに近く分類される曲の形式やメロディを探求していくもの。(中略)ポップ・ソングの観点からいうと、ジャズが好きではないリスナーのことを考えるけれど、同時に音楽業界の中で私の周りにいてそれぞれのアイディアを最も良い形で解釈できる人のことを考えているわ。
ただ、ジックリ聴くと、'いわゆるポップ・ソング' とは全然違って聴こえたりもする。ここでいう 'いわゆるポップ・ソング' ってのは、ある意味ではすごく安っぽくて、モノによってはそれが批判にもなるし(このケースが圧倒的に多い)褒め言葉にもなるタイプの音楽のことだったりするんだけど、そういうモノとは全然違ってて。むしろ、ポップ・ソングとは思えないっていうか、実はポップ・ソングとしてはちょっとおかしいんじゃね?(っていうか、やりすぎ?)って思わなくないような凝った構成とかアレンジも随所にあったりして。ただ 'ポップ' なだけじゃないっつうか。
それでも、全体を聴いた印象はやっぱりあくまでも 'ポップ'。その絶妙なサジ加減っていうか、高い音楽性とか凝った構成であるにも関わらず、小難しくて頭でっかちな印象にならず、あくまでも 'ポップ' なサウンドに仕上げてることこそがこのアルバムの最大の魅力だなって気がする。もっと言うと、一般的な水準で 'ポップ' な曲って、実はそれほど多くないかも? なんて思ったりもするくらいなんで(実際、例えば、"Cinnamon Tree" とか "Vague Suspicions" とか、実は決して 'ポップ' じゃないし)。にも関わらず、全体としての印象は全然ポップだったりするから不思議なんだけど。ひとつの理由として、カヴァーの選曲の妙ってのもあるかな? スティーヴィー・ワンダー(STEVIE WONDER)作のマイケル・ジャクソン(MICHAEL JACKSON)の "I Can't Help It" は去年のルーツ・ピクニックとかでも演ってる映像が YouTube で観れるから予想外ではなかったけど、それでも、やっぱりハマり具合はバッチリなんで。もう 1 曲のカヴァーがウェイン・ショーター(WAYNE SHORTER)のカヴァーの "Endangered Species" なのも、出自的にもすごく 'らしい' し、なかなか絶妙な選曲だし。
ESPERANZA SPALDING |
もうひとつ、忘れちゃいけないのは、優れたヴォーカル・アルバムだってこと。'フュージョン' って言葉の弊害のひとつとして、楽器が主役って印象を持たれがちな点があるけど、このアルバムに関しては全然そんなことなくて、あくまでも主役は彼女のソウルフルなヴォーカル。もちろん、演奏もアレンジも素晴らしいんだけど、必要以上に主張してたり出しゃばってる印象はない。強いて挙げれば、"Endangered Species" はいわゆる 'フュージョン' っぽいアレンジではあるけど、全体としてはあくまでもヴォーカル・アルバムって印象で。彼女がベーシストだって知らずに聴いたら、普通にヴォーカリストのアルバムだと思っちゃっても不思議じゃない感じ。
あと、「ただ 'ポップ' なだけじゃない」って思えるポイントとして、歌ってる歌詞の内容もあるのかな。彼女自身がソングライターでもあるんで、当然、彼女の意思の反映なんだけど、「一般的な水準で 'ポップ' な曲」のひとつの "Black Gold" だって、上に貼った PV を観ればわかるようにアフロ・アメリカンの歴史について歌ってるし、"Land Of The Free" は冤罪で 30 年間投獄されてたコーネリアス・デュプリー・ジュニア(CORNEIUS DUPREE JR.)についての曲だったりして、決して 'いわゆるポップ・ソング' 向きのテーマじゃない曲も多かったりする(詳しくは、本人による全曲解説が HMV のサイトに掲載されてる)。もちろん、それが彼女のアーティスト性だし、作品に深みをもたらしてる部分でもあるし。ただ、耳触りが 'ポップ' だからって「チャーミングなルックスと声の女性アーティストの明るくて楽しいアルバム」なんて類いの作品ではないな、と(まぁ、 本質的には「'いわゆるポップ・ソング' 向きの テーマじゃない」曲も含まれててこそ、本当の意味でのポップ・ミュージックなんだと思うけど)。
曲の内容っていえば、ザ・ロバート・グラスパー・エクスペリメント(THE ROBERT GLASPER EXPERIMENT)の "Black Radio" のレヴューでもちょっと触れたけど、アルバム・タイトルからもわかる通り、ラジオがテーマのひとつになってて、オープニング・トラックは "Radio Song" なんて直球な曲だったりする(これも「一般的な水準で 'ポップ' な曲」のひとつ)。
ミュージック・ヴィデオはわりとベタにリリックを視覚化したような内容なんだけど、同じラジオをテーマにしてても、ペシミスティックで卑屈な感じすらあるロバート・グラスパーとはかなり印象が対照的で面白い。モス・デフ(MOS DEF)改めヤシーン・ベイ(YASIIN BEY)をフィーチャーした "Black Radio" とは曲調も全然違うし。"Radio Song" はかなりポジティヴで、ノスタルジックで、個人的にはちょっと牧歌的すぎる感じすらしちゃうくらい。もちろん、どちらがいい / 悪いってハナシじゃないけど。どっちもリアリティなんだと思うし。まぁ、ピアニストであるロバート・グラスパーに比べてシンガーであるエスペランサ・スポルディングのほうがメインストリームで受け入れられやすいってこともあるだろうし、実際に成功してるからって言うこともできるんだろうけど。
あと、気になるのは Q・ティップについてなんだけど、参加してることは触れられてるわりに、具体的に何をやったのかについてはあまり情報がない。実際、一聴してわかるようなことはしてないし(明らかにヒップ・ホップっぽいトラックがあるわけでもラップをしてるわけでもない)。いろいろ調べたところ、役割的には '共同プロデュース' で、具体的には "Crowned & Kissed" と "City Of Roses" の 2 曲らしいんだけど、どちらにしても、かなり控えめな、裏方に徹した感じの参加の仕方だったっぽい。"Crowned & Kissed" と "City Of Roses" だとしたら、どちらもいい感じの仕上がりなんで、なかなか渋くていい仕事をしてると思うけど。まぁ、Q・ティップの "The Renaissance" に収録されてたノラ・ジョーンズ(NORAH JONES)との共演曲の "Life Is Better"(Link: YouTube)みたいなラヴリィなモノを期待しちゃってたら(っつうか、しちゃってたんだけど)、正直、ちょっと肩透かしなところはあるけど。もちろん、"Life Is Better" はあくまでも Q・ティップ名義の曲なのに対して、このアルバムはあくまでもエスペランサ・スポルディングの作品だって違いもあるのかもしれないけど。
ちなみに、今作は通常盤とデラックス・エディションがリリースされてて、デラックス・エディションは収録曲 12 曲のミュージック・ヴィデオが付くんだとか(DVD 付きまたはダウンロード用のシリアル・ナンバー)。まぁ、彼女はルックスもキャラクターもメチャメチャチャーミングなんで、その魅力を全面に押し出しつつ、'いわゆるポップ・ソング' のリスナーにアプローチするためのツールとして映像を効果的に使おうってことなんだと思うけど。個人的には、ミュージック・ヴィデオは好きじゃない(音楽を '聴く' モノじゃなくて '観る' モノにしてる気がするんで)んだけど、まぁ、エスペランサ・スポルディングに関してはルックス自体も(楽しそうに演奏してる姿も含めて)大きな魅力だと思うんで、コレはコレで全然アリなのかな。実際、初めて知ったのも映像だったし。2008 年の "Esperanza" がリリースされた頃だったんだけど、メチャメチャデカイアフロ・ヘアのチャーミングな娘がウッド・ベースを弾きながら、ちょっとミニー・リパートン(MINNIE RIPERTON)を彷彿とさせる歌声で楽しそうに歌う姿をインターネットで観て、文字通り、一目惚れしたんで。今作でそういう経験をする人が 1 人でも多く生まれるなら、それは素直にすごくいいことだと思うんで。それくらい、存在感自体が 'ポップ' だと思うんで。
"Chamber Music Society" のレヴューで「秋 〜 冬辺りの季節にハマりそうだし」って書いたけど、この "Radio Music Society" はこれからの季節にピッタリな仕上がり。まぁ、こういう音楽をリアルタイムで聴けるってことは素直にすごく嬉しいことだし、こういうアーティストのキャリアをリアルタイムでチェックできるのはすごく幸せだなって思う。上に「まさに 'エスペランサ' って感じかな。いろんな意味で」って書いたけど、それは、彼女らしいって意味でもあるんだけど、同時に、まさに '音楽シーンの希望' だって意味でもあって。前にも書いたけど、'エスペランサ' って単語はスペイン語で '希望' って意味なので。
ESPERANZA SPALDING
"Radio Music Society"
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"Radio Music Society" と対になる 2010 年リリースのサード・アルバムで、個人的で繊細な室内楽の探求をテーマにしたクラシカルな作品。
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ジャズ・ピアニストのロバート・グラスパーがジャズの枠の外を目指したロバート・グラスパー・エクスペリメント名義のアルバム。
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