『プラネット・グーグル』ランダル・ストロス 著 吉田 晋治 訳
(日本放送出版協会) ★★★☆☆
ニュー・ヨーク・タイムズ紙のコラム等で知られるランダル・ストロスが、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してきた、でも、最近はちょっとスロー・ダウンしてる感もあるグーグルの最初の 10 年についてまとめた著作で、珍しく(そして、ありがたいことに)日米同時発売(原著は "Planet Google")。
飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してきた時期のグーグルを取り上げた本は多かったけど(例えば、読んだことがあるモノだけでも『グーグル誕生 — ガレージで生まれたサーチ・モンスター』とか『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』とか『NHK スペシャル グーグル革命の衝撃』とか『アップルとグーグル』とか)、そういった本が書かれた時期と比べると、グーグルを取り巻く状況はけっこう変わってて、必ずしも順風満帆ではなくなってきてたりするので(少なくとも以前に比べて)、その辺をカバーしてる本って意味でなかなか面白い。
まず、ひとつのポイントとしてあるのがライバルについて。検索のライバルではなく、インターネット全体を考えた上で、グーグルの前に大きく立ちはだかっているのがフェイスブックに代表される SNS(日本なら mixi が代表格)ってハナシで、何故なら、インターネットのみならず、世界中の全ての情報を検索可能にしたいのがグーグルなのに対し、SNS はインターネットでありながら検索できない情報がものすごい勢いでやりとりされて、蓄積されてるから。しかも、規模が大きくなることで、その中だけで満足できちゃうユーザーも増えるし。これはもちろん、グーグルにとっては由々しき事態で、しかも、その代表格である Facebook が、これまたライバルのひとつとして何かとグーグルと張り合おうとシャカリキになってるマイクロソフトと資本提携してたりしてて、ちょっと予断を許さない感じ。個人的には、ある程度の規模のクローズドなコミュニティ内だからこそ成り立つ有機的なコミュニケーションはあると思うけど、一定以上の規模になったコミュニティがオープンではない環境でコミュニケーションをとってる状況はあまり健康的ではないし、インターネット / ウェブの持つダイナミズムを活かしきれてないと思ってて、だから mixi に代表される SNS にはある種の気持ち悪さを感じてたりするんで、ちょっと興味深い部分だったりする。
開放的か閉鎖的かという問題とは別の部分で、ウィキペディアもグーグルのライバルになってたりするという。ウィキペディアはインターネットの開放性の象徴のような存在だけど、ウィキペディアの内容がどんどん充実するにつれて、グーグルの検索結果の上位にウィキペディアが表示されることが増え、グーグルが単にウィキペディアにユーザーを誘導するだけの役割になることを危惧してるらしく、独自に knol なんて試みも始めてたりして。ブラジルなど、一部では異常に人気だったりするけど、世界的には MySpace と Facebook にまるで太刀打ちできてない orkut とか、立ち上げてみたもののイマイチ上手くいかずに結局は YouTube を買収することになった Google Video とか(しかも、グーグルが一番の基本にしてるアルゴリズムを一切用いないで、すべてをユーザーに委ねて成功した YouTube をグーグルが買収したのは、ある意味、皮肉なハナシとも言える)、グーグルも決して勝ち戦だけじゃないことがよくわかる。
ライバルという意味は、まだそれほど大きな存在ではないけど、グーグルの総本山である検索の世界でも、あえて人力検索を打ち出してる Mahalo や、ウィキペディアの創設者のジミー・ウェルズが創設したオープン・ソース・サーチ・エンジンの Wikia Search なんかが出てきたり、いわゆるソーシャル検索みたいなモノが発達してきたり、さらには WWW の提唱者のティム・バーナーズ・リーの唱えているセマンティック・ウェブみたいなモノが広がってきたりしたときに、グーグル自慢のアルゴリズムが最強の地位を保持していられるのかという点も興味深い。グーグルって、実は(今では半ば死語だけど)いわゆるウェブ 2.0 的な、不特定多数の一般ユーザーを巻き込むような動きをあまりしていない(得意じゃない)し。最近、検索結果に矢印や閉じるボタンが付いたのは、ユーザーの意見を反映させるためだと思われるけど、これも見逃しちゃいけないポイントかも。
あと、前にレビューした『グーグルとの闘い ー 文化の多様性を守るために』でも大きく取り上げられてたように、欧米ではやたらとデリケートな問題らしい Google Book Search(全ての書籍を検索可能にしようというプロジェクト。アポロ計画を引き合いに出されるほどの壮大なプロジェクトだけど、営利目的の私企業であるグーグルがあたかもパブリックな存在のようにこんな大きなプロジェクトを独占的に引き受けていいのか、という懸念が強い)とか、G メールの広告表示とプライバシーの問題とか、YouTube の著作権侵害の問題とか、Google Maps のストリート・ヴューに対する肖像権とプライバシーの問題等、いろいろと風当たりも強くて、挙げ句の果てには、CEO のエリック・シュミットのプライバシーをグーグルを使って 30 分でどこまで調べられるかなんて記事を書かれたり(純資産や政治献金までわかったんだとか)、いろいろと槍玉に挙げられることも多いというか、目の敵にされてるというか、そんな状況でもあったりする。
まぁ、この本自体は親グーグルでも反グーグルでもなく、わりとフラットな立場で、かなり幅広い分野に渡って、数多くの資料を用いながら(この本がウェブだったら、かなりページランク好みであることは間違いない)論じているだけで、別にグーグルに対して批判的な立場なわけじゃないけど、萌芽期を描いたモノがグーグルの優れた点ばかりを論じてることが多い(実際に優れた点ばかりだったので)のを読み馴れてると、ちょっと違和感を感じるというか、グーグル・バッシングみたいに感じたりするかもしれない。ただ、明らかに言えることは、ただ無邪気にイケイケでやってればよくて、何をやっても新しくて、面白いからとりあえずやっちゃえ! みたいな怖いモノ知らずな時期は明らかに過ぎてるわけで、今や、グーグルを語ることはインターネットを語ることと「ほぼ」イコールだったりするんで、その分、風当たりが強くなって当たり前。特に、マイクロソフトとグーグルには同じことが言えると思うんだけど、今や、ある種のインフラを担っているようなもので、しかも、水道や電気であれば国内だけだけど、マイクロソフトやグーグルがカバーしてるのは全世界なわけで、しかもどちらも単なる私企業に過ぎない。つまり、私企業が世界の「ある種の」インフラを担うなんて歴史的にもあり得なかった状況なわけで、そのプレッシャーの大きさは想像を絶するし、オフェンスよりディフェンスに力を使わざるを得なくなって当然とも言える。会社としての規模も大きくなってきて、なかなか小回りが利かなくなってそうだし。それでも、マイクロソフトに比べるとグーグルのほうがまだまだアグレッシヴな印象を受けるし、面白いけど。遺伝子から惑星まで、まだまだたくさんの「アポロ計画」を企んでやがるし。
グーグルは 2008 年 9 月で設立 10 周年を迎えた。実は、まだたったの 10 年(サイト内に 10 周年の記念のページを作ってたり、グーグルの語源にちなんで「プロジェクト 10 の 100 乗」なんてのをやってたりする)。そう考えると、なんだかんだ言ってやっぱり驚異的だし、目が離せない存在ではある。ちなみに、CEO のエリック・シュミットは、グーグルのミッションである「世界中の情報を検索可能にする」のに必要な時間を 300 年と推定してるという(数学的な計算で出した数字らしい)。つまり、まだ 1/30 が終わっただけってこと。やっぱり、アポロ計画に勝るとも劣らない壮大なプロジェクトらしい。
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