スティーブ・ウォズニアック 著 井口 耕二 訳
(ダイヤモンド社) ★★★★☆ Link(s): Amazon.co.jp
実は手元には、すぐに読もうと思ってる(というか、途中まで読んでる)本として『プラネット・グーグル』と『偽りのホワイトハウス ー 元ブッシュ大統領報道官の証言』 の 2 冊があるんだけど、せっかく(?)年末年始なんだし、もうちょっとゴキゲンな本を読みたいと思って、年末に読み出したのが本書。ご存知、スティーヴ・ジョブズとともにアップルを創業した「もうひとりのスティーヴ」として知られるエンジニアリング・アーティスト、スティーヴ・ウォズニアック(=ウォズ)の自伝的な作品(ジーナ・スミスがウォズから話を聞き、それをウォズに代わってまとめたもの)で、原書は 2006 年に出版された "iWoz"(サブ・タイトルは 'Computer Geek to Cult Icon: How I Invented the Personal Computer, Co-founded Apple, and Had Fun Doing It')。原書の出版当初から読みたいと思ってた本なんで、待望の訳書なんだけど、この邦題といい、わざわざ撮影したっぽい表紙写真を含む装丁デザインといい、なんでこんな風にしちゃうんだか。日本の出版社(特にビジネス系書籍の多い出版社)がやりがちな感じではあるけど、誰にとってもハッピーな結果になってなくて残念な限り。ただ、訳文はとてもいい。適度にくだけてて、ちょっとユーモラスで、でも読みやすく、ウォズの口調やキャラクターをイメージさせる文体で。
特に最近はピクサー 〜 iPod / iPhone の成功もあって、時代の寵児として派手に表舞台で紹介されることの多いジョブズに比べて、ウォズはアップルの初期にしか大きくは関わってないし、知名度は一般的にはそれほど高くない。でも、それと反比例するように、アップル / コンピュータ・フリークの間ではウォズの人気は今でも絶大で、ジョブズが人気がないってわけではないけど、どちらかというとウォズに好感を持っている人は多いし、現在でもことあるごとにウォズの動向や言動は注目されてる。
そもそもの始まりは、ウォズが小型の個人向けコンピュータを自作し、そのコンピュータの素晴らしさと可能性に気付いたジョブズがそのコンピュータを売ることをウォズに持ちかけ、実際に注文を取ってきた、ってハナシ。時代は、小型の個人向けコンピュータ、つまり、後にパーソナル・コンピュータって呼ばれるモノがなく、そんなものができるってことが想像もできなかった 1970 年代。そのコンピュータがアップル I で、それを製造・販売する会社として設立したのがアップルになった、と。
ウォズが今でもすごく人気があるのは、まず第一に彼が抜群に優れたエンジニアである点(「ウォズの魔法使い」と呼ばれるほど天才的らしい)があるんだけど、同時に忘れちゃいけないのが、その後の製品にも一貫して息づいている「アップルらしさ」、言ってみれば、アップル・カルチャーみたいなモノの形成にも大きく寄与してる点。つまり、ウォズの考え方や美意識、ユーモアのセンスみたいなモノが、アップルという会社(「ブランド」と呼んだほうが正しいかも)自体のアイデンティティと分ちがたく結びついてて、ジョブスと同じくらいか、もしかしたらそれ以上に、大きな影響を及ぼしていると言えるほど、大きな存在だってこと。だからこそ、アップルから距離を置いている現在でもご意見番的に動向や言動が注目されているし、愛されてる。あと、忘れちゃいけないのはウォズのキャラクター。エキセントリックで(良くも悪くも)強かなキレ者で、敵も決して少なくないジョブズとは対照的に、権力や金銭に無頓着で温和でくだらないユーモアや楽しいことをこよなく愛するピースフルで実践派のオタクっていうウォズのキャラクターは、生き馬の目を抜くような激しい競争が常識になっているシリコン・ヴァレーにおいて、希有な「癒し系」だったりもするので。いい意味で、いつまでたっても子供っぽいし。
エンジニアリングとは世界でもっとも重要なことだっておやじは言っていた。人々の役に立つ電子機器を作れる人は社会を一歩前に進める人だと。エンジニアなら世界を変えられる、多くの、本当に多くの人々の世界を変えられるって、教えてくれた。
アップル I 〜アップル II 辺りをピークに、幼少期の両親とのエピソードからアップルと距離を取るようになった次期以降まで、自伝らしく半生を一通り押さえてる本書の冒頭の部分には、こんな文章がある。父親もエンジニアだったということで、生粋の職人気質のエンジニアとしてのウォズの原点は幼少期には既にあったらしく、ウォズは 1950 年生まれなので、当然、その対象は、今、想像しやすい「デジタル・テクノロジー」ではなく、その前の時代の「電子機器」だったところが興味深い。どういうことかっていうと、ウォズが、いわゆる、パーソナル・コンピュータ革命みたいなものの主要人物のひとりであることは間違いないんだけど、他の多くの主要人物と一番違う点は、ウォズがプログラマーである以前にエンジニアであり、ソフトウェアだけでなくハードウェア自体を作れる希有な存在だってこと。だから、ウォズが「アップル I / アップル II を作った」って紹介されるときは、文字通り、ウォズが実際にチップや回路の設計をしてハードウェアを組み立てて、ソフトウェアをプログラミングしたって意味で、この点はとても重要。だって、ソフトウェアだけでもハードウェアだけでもなく、その両方を作れて、どちらも優れてて、だからこそ、その両方を有機的に結びつけて優れた製品を作れるって点こそが、まさに今も変わらないアップルそのものの最大の特徴だし、強みだから。そのアップル最大の特徴を体現してたのがウォズだったことが、この本を読むとよくわかるし、知ってはいたけど、実際に読んでみたら思ってた以上にエンジニア気質でちょっとビックリ。
みんなと同じものを読み、同じことを言えば、周りに賢い人だと思われる。でも僕はもうちょっと自律的でラディカルな人間で、知性というのはいろいろなことについて自分で考えてみる能力だと思うし、言われたことを鵜呑みにするんじゃなくて、真実をつかむために疑問に思うことをいろいろと質問するものだと思う。
ウォズはとてもユーモラスで、ちょっと変わってるところもあるけど、その原点はこの言葉に凝縮されてる気がする。こういう資質が、エンジニアリングって領域で見事に発揮されて、だからこそ、あれだけの優れた製品と、その製品だけでなく、その後の製品開発にも影響を及ぼすような優れた志向を示せたんだろうな、と。最初のほうで、何の断りもなくあっさりと「エンジニアリング・アーティスト」って書いたけど、この言葉こそ、ウォズをもっとも適切に言い表してると思う(実際に、本人もウォズも「エンジニアと芸術家は似てる」って言ってるし)。そんな彼のユーモラスでピースフルな魅力はこの本のそこかしこから感じられるし、同時に、すごくインスピレーションに満ちてて、読み応えもあるし読後感もいい。
ちなみに、この本を書いた理由のひとつに、アップルについて書かれた多くの本にはけっこうの間違いがあって、でも訂正しないと、それがだんだん歴史になっちゃうから、っていうのがあったらしく、その間違いのひとつが「実はアップルを辞めてない」ってことなんだとか。曰く、今でも社員証を持ってるし、最低レベルの給料も受け取ってるんだとか。だから、今でも、講演等はアップルを代表して行ってる、と。あと、アップルを「辞めた」ってされてる(CL9 というユニヴァーサル・リモコンの会社を立ち上げた)ときに、『ウォールストリート・ジャーナル』にアップルに不満があるから辞めるみたいに書かれたことにも傷ついたらしく、本当は、確かにアップルも大きな会社になってきたからいろいろ上手くいかない、不満な部分もあるけど、アップルに不満があるから辞めるんじゃなく、CL9 でやりたいことがあるんだ、って言ったのに、最後の部分だけ記事からは省かれてたってことらしい。こういうことに傷つきつつも、声高に反論したりしなかったところもウォズらしいんだけど。
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