2009/01/08

The untold Bushonomic story.

偽りのホワイトハウス ー 元ブッシュ大統領報道官の証言

. :スコット・マクレラン著
. :水野 孝昭 監訳 朝日新聞出版)

前にレビューしたアップルを創った怪物 ー もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝で、アップルの創設者のひとりとして知られるスティーヴ・ウォズニアックが若き日に直面したベトナム戦争に関して、「気になったのは、戦争賛成派からは理にかなった説明がなく、ただ我々は正しいことをしているという言葉が繰り返されるだけだった点だ。ベトナムは民主主義を守る戦いだとしか言わなかった。(中略)大統領は真実とは逆のことを述べ、国民をだまして、戦争を支持すべきだと思わせていたんだ」と語ってた。

アメリカ史上最悪の泥沼と言われるベトナム戦争。アメリカの歴史の中の最大の汚点のひとつであり、今もなお、決して拭うことのできない負の遺産として、その影響はさまざまな面に現れている。そして、まったく同じストーリーは現在も繰り返されている。ここで語られているのもそのひとつ。ただ、ここで語られているストーリーが大きく異なってるのは、語っているのが政府の内部で常に大統領の近くにいた人物で、しかも、当該大統領の在任中に語ったという点だ。

著者のスコット・マクレランは、2000 年の大統領選挙キャンペーンでジョージ・W・ブッシュの遊説担当報道官を務めたのは皮切りに、ブッシュの大統領就任後は副報道官、さらに 2003 年以降は報道官としてブッシュに仕え、2006 年に辞職した人物。もともとブッシュと同郷のテキサス出身で、ブッシュとはテキサス時代からのつきあい。その流れで大統領の報道官という大役を務めることになったという。日本ではあまり馴染みがないけど、大統領報道官は、大統領に代わってホワイトハウスのスポークスマンとしてメディアに対応する役職。大統領・政府の考えの何をどう伝えるか(伝えないのか)を司る重要な役職で、一般国民の目に触れることの多く、特にメディア対応の重要度が高まる一方の近年は、政権を支える役職の中でも要職のひとつになっている。

内容自体は、まぁ、日本語タイトルの通りなんだけど(ちなみに、原題は "What Happened: Inside the Bush White House and Washington's Culture of Deception")、本書で大きな問題になったのはイラク戦争を巡るブッシュ政権内部の情報管理の問題。イラク戦争の根拠となった情報の信憑性に疑いがあることを政権内部の一部の人物(しかも、相当な重要人物)が認識していながらそれを隠していたこと、それが露見することを防ぐために意図的に別の国家機密を特定のメディアにリークしていたこと、そして、一部の当事者を除く政権のスタッフにもその情報を伝えず、結果として、マクレランは報道官として「国民に対してウソをつく」役割を強いられたこと(それは、もちろん、政権が国民にウソをついていたということ)を、当事者じゃなければ決して書くことができないカタチで赤裸々に語られている。しかも、ある程度の時間が経った後で「歴史として」回顧するのではなく、(すっかりレイムダックとはいえ)まだブッシュ政権が存続している中で出版されたことで、ある種の「暴露本」的な意味合いも含めて、大きな話題になった。
結局のところ、私が報道官の職を引き受けたのは、ブッシュが個人的に好きだったからであり、公共に仕えたいという強い気持ちがあったからであり、これは一生に一度の大チャンスだと考えたからだ。
前任者の辞任を受けて副報道官から報道官に就任するときの心境をこう語っているように、マクレラン自身はブッシュに心酔していた。それは、テキサス州知事としてのブッシュに、そして、テキサス時代からよく知るひとりの人間としてのブッシュのキャラクター(人柄)に、だった。だから、難しい時期に、この上なくハードな職であることを知っていながら、報道官の職を引き受けた。ただ、大統領としてのブッシュは、決して彼が知っていたブッシュ、彼が心酔していたブッシュではなく、だからこそ、耐え切れなくなったんだし、職を辞し、まだ政権存続中にあえてこの本を発表した、ということだ。

ブッチャけた言い方をすると、実際、ブッシュはたぶんそれほど悪いヤツじゃないような気がする。田舎の気のいいオッサンというか、素朴で単純な田舎のアメリカ人のいい面を持ってるというか、まぁ、たぶんそれほどイヤなヤツじゃないような、そんな印象。それに、ブッシュだって決して無能なわけじゃない。ときに「組織化された混沌」と称されるらしいけど、マクレランの言葉を借りれば「赤ん坊を抱いた状態で綱渡りをしているようなもので、1 分 1 秒たりとも気が抜けない日々が続く」のが大統領選挙キャンペーンで、あの長く激しいキャンペーンを勝ち抜いたヤツは、イヤでも鍛えられるし、無能なヤツを大統領にしちゃうほどアメリカの大統領選挙はヤワじゃない(その方式の賛否はともかくとして)。ただ、それを勝ち抜いたブッシュであっても、実際に世界最大の権力を持つアメリカの大統領としてどうなんだ? というと、それはまた別のハナシだ、というだけで。

マクレラン自身、そばで見ていた「大統領としての」ブッシュの印象を以下のように語っている。
ブッシュ大統領のそばで働くようになってから、彼は自分に都合の良いように物事を解釈しているのではないかと思い始めた。

ブッシュ大統領は、一貫して知的なリーダーというよりも直感的なリーダーだった。政策のあらゆる選択肢を徹底的に吟味してから決断を下すというタイプではない。むしろ本能と信念に基づいて決断する。イラクの場合もそうだった。

ブッシュを戦争へと駆り立てた最大の動機は、自由を広めることで中東を変革するという、ポスト 9.11 的な遠大な理想主義だった。この理想主義の基盤にあるのは、強制的な民主主義という考え方だ。


大統領ならだれでも、何か偉大なことを達成したいと願うものだ。しかし、実際に達成できる人はほとんどいない。戦時の大統領だけが偉大なことを達成できる。ブッシュがそう言うのを、私は聞いたことがある。

私は大統領を個人的によく知っているので、こう断言できる。もし大統領が、あの時点で戦争のコストを正確に予言する水晶玉を持っていたら、4000 人以上のアメリカ兵が戦死し、30000 人が負傷し、数えきれないほどのイラク国民が犠牲になるとわかっていたら、侵攻の決断を絶対に下さなかっただろう。
要するに、リーダーとして、特にアメリカ大統領としては思い込みが激しすぎたし短絡的すぎたってことなのかな。だからこそ、そこに付け入る隙があったし、実際に付け入ったヤツらがいた、と。まぁ、具体的にはチェイニー副大統領であり、ラムズフェルド国防長官であり、ウォルフォウィッツ国防副長官であり、カール・ローヴ政策担当次席補佐官であり、ってことなんだけど。また、「自分の手を汚さない」「自分の評判を守り抜こうとする手際がいい」というライス国務長官を重用したり、逆に孤立も厭わず自分の意見を直言したパウエル国務長官を外したり、そういう部分も含めて、ブッシュ政権がどんな政権だったのかがよくわかる。

その根底にあるのは「パーマネント・キャンペーン」と呼ばれる、ワシントンに深く巣食っている悪しき習慣。「パーマネント・キャンペーン」とは、現代のアメリカ政治を象徴する用語のひとつで、「選挙キャンペーン後も、キャンペーン中のように明けても暮れても国民の支持の源(ソース)を操作しようとする絶え間ないプロセス」のこと(カーター政権の頃から使われている言葉ということ)で、ブッシュ政権もまさにこの手法を全面的に採用してたということらしい。
ブッシュ政権には本当の意味での説明責任が欠けていたが、その主な理由は、ブッシュ自身が率直さを嫌い、政権を白日の下に晒すことを好まなかったことだ。論争が高まり混乱が起こると、秘密主義と情報の細分化を好むブッシュの性向は強まった。

チェイニー副大統領とブッシュ大統領の関係は、一貫してどこか謎に包まれていた。しかし、かなり親密な関係であったことは確かだ。二人だけのミーティングで膨大な時間を過ごし、そこで話された内容はだいたい二人だけの秘密だった。
まぁ、もちろん究極的には、一番の責任者はブッシュってことにはなるんだけど、まぁ、そんな風に問題を単純化しちゃうと、いろいろと見えてこない(隠れちゃう)問題が多いのも確かってことなんだろう。

考えてみれば、ブッシュの時代は 9.11 〜イラク戦争やハリケーン・カトリーナという未曾有の大事件が続いた時期であり、大統領としては対応がとても難しく、その成果がわかりやすく出やすい、良くも悪くも極端な結果しか出得ない時代だったとも言える。ブッシュ(及びその政権)がやったことが良かったかって言われれば、もちろん答えはノーだけど、その時代背景はやっぱりキチンと把握しとかないと、キチンと評価はできないな、と。
歴史的には、ほとんどのアメリカ人が、イラク侵攻の決断は最悪の戦略的失敗だったという判断をしたことになっているようだ。数十年後、この戦争がどのように評価されているかは、私を含めて誰にもわからない。ただはっきりしているのは、戦 争は必然性があるときに遂行されるべきであり、そしてイラク戦争に必然性はなかったという事実だけである。
マクレランはこんなことも語っている。マクレラン自身、決して悪いヤツではないんだろうし、ある程度の正義感を持ってるからこそこんな本をこんな時期に書いたんだとは思う。でも、「必然性がある戦争」なんて、基準がありそうで、実はかなり危ういモノを無条件で肯定してる感じとか、すごくアメリカ人っぽくて好きじゃなかったりもする。ただ、こういう本が政権存続中に出版されちゃう辺りは、さすがにアメリカのジャーナリズムも捨てたもんじゃないというか、やってることはいろいろ問題だらけなんだけど、それでも日本のことを考えたら恥ずかしくなってくるし、それに比べるとまだマシなのかな、とも思えたりもする。かなり低次元の争いだけど。

もともとこの本を知った(興味を持った)キッカケは朝日ニュースターの『ニュースの真相 Evolution』の 11/25 OA の回
に監訳者の水野孝昭氏がゲストとして出演していたのを観たからで、そこで概要をある程度聞いちゃってはいたし、巻末の監訳者の解説を読むと一部省かれてる部分があるらしい(日本の読者の関心が薄いと思われる、著者の生い立ちと政治改革の提案部分)んだけど、それを差し引いてもかなり読み応えがある一冊で、5 月の原書出版から数ヶ月で邦訳出版にこぎつけたことはありがたい限り。だって、「最大の(唯一の?)功績はオバマ政権を生んだこと」と言われるブッシュ政権が終わり、オバマの時代が始まる前に読んでおいたほうがいい一冊だと思うから。

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