2011/04/14

Mind the gap of the A311 anthem.

斉藤和義『ずっとウソだった』 ★ Link(s): Unofficial Website

4 月 7 日木曜日に YouTube で公開されて一気に話題になった斉藤和義の楽曲。動画の削除と拡散のイタチごっこを繰り返しつつ Twitter などで拡散して、結果的に大きなニュースになったという意味ですごく現代的な現象だった。

もうすっかり知られてる通り、これは去年リリースされたシングル『ずっと好きだった』を原発政策・電力会社批判の辛辣な歌詞に変えたメッセージ・ソングで、『ずっとウソだった』ってタイトル自体もオフィシャルで発表されたモノじゃない。まぁ、一連の出来事の顛末はウィキペディアに まとめられてるのがわりとわかりやすいのであらためて詳しくは触れないけど。でも、なんか、一気に広がった反動からか、週末に都知事選であまりにもガッカ リしたからか、週が明けてからちょっと騒ぎが収まっちゃった感もあるんで、だからこそ、あえてレヴューを。この時期のトピックとして、どう感じたかをやっ ぱりキチンと残しとくべきだと思ったし、いろんな意味ですばらしい出来映えだと思ってるんで。まぁ、一言でいえば全面支持なんだけど。

公開された動画は以下のモノ。当初は YouTube に公開されてたけど、今は Vimeo 等、いくつかの動画サイトに公開されてるっぽい。



まず、特筆すべきは曲自体が素晴らしいこと。ここではあくまでも替え歌である『ずっとウソだった』についてレヴューするので、原曲である『ずっと好きだった』について詳しく触れるつもりはないけど、普通にいい出来映えのラヴ・ソングであることは間違いない。

斉藤和義『ずっと好きだった』
もともと斉藤和義ってアーティストはシンガー・ソングライターとしてわりと好きだったんで、斉藤和義の作品のクオリティって意味では別にこの曲自体に驚きはないけど、無骨で真っ直ぐなサウンドと歌詞・ヴォーカルはすごく斉藤和義らしいし、日本のフォーク〜ロックの正統的な流れをキチンと継承してるシンガー・ソングライターだなぁ、とあらためて感じさせてくれる。ブッチャけた言い方をしちゃえば、すごくいい日本語のラヴ・ソングだ、と。

で、今回の『ずっとウソだった』について。いくつかの側面で考えることができると思うし、まだ上手く整理できてないんだけど、とりあえず、思いつくポイントを羅列してみる。

RC SUCCESSION "Covers"
まず、『ずっとウソだった』について語られるときに、似た例として挙げられるのが、何といっても忌野清志郎さん。より厳密にいうと、RC サクセションの 1988 年リリースのアルバム "Covers" に収録されてる "Love Me Tender" と "Summertime Blues" のカバー、特に、より直接的な反原発ソングの "Summertime Blues" ってことになる。

当然、この曲のことは『ずっとウソだった』発表以前に、それこそ今回の事故が起こってすぐに頭に浮かんでた。3 月 19 日のツイートでそのことに触れてるんだけど、その前のツイートでは佐野元春の『警告どおり計画どおり』について、後のツイートではブルーハーツの『チェルノブイリ』、さらにその後のツイートではミュート・ビートの『キエフの空』にも触れてたりして、まぁ、チェルノブイリ後の 1980 年代末頃にはこういう動きはわりと活発にあって(当時、高校生だったからちゃんと覚えてる)、こういうのって、レベル・ミュージックとしてのロックンロールっていう音楽表現自体が本来持ってるはずの機能なわけで、そういう意味では、『ずっとウソだった』に特に驚きはなかった。むしろ、やっと出たかって感じ。これをやらずに何がロックか、と。斉藤和義は至極真っ当にロックの精神を貫いたってこと。それ以上でもそれ以下でもないし、それだけで十分評価に値する。

なんで「むしろ、やっと出たか」って思ったかっていうと、それは 1980 年代末とはメディアの状況も作品を発表する環境が全然違うから。チェルノブイリは 1986 年 4 月に起こったんだけど、東西冷戦下のソ連で起こった事故だったこともあったし、当時と今では情報・通信環境も全然違ってたから、事故自体とその影響についての詳細が明らかになって、反原発的な機運が高まるのにはけっこう時間がかかったし、それについての作品を発表するのにも(ライヴでの演奏を除けば)それなりに時間がかかった。でも、今なら、それこそ斉藤和義がやったように、アーティストが望めばすぐに発表できるような環境が整ってるわけで(311 関連じゃないけど、北アフリカでの革命に触発された K-DUB SHINE の "Fight the Power" なんかは好例)。

音楽シーンで A311 に起こった動きは主にチャリティー等の被災地支援中心で、それはそれでもちろん全く正しいと思うし(実際、前にレヴューした "Something We Can Do" を手伝ったし)、それ自体を否定する気はないけど(中にはけっこうビミョーな感じがするモノもあるけど)、それとは別の次元で、別のベクトルのエネルギーを表現する気概のあるヤツはいねぇのか? って、素朴に思ってたし、かなり物足りなさも感じてた。そもそも、B311 から、波風をあえて立てる(しかも痛快な表現で)ようなアーティスト自体、昨今のシーンではほとんど見当たらなかったし、日本の音楽マーケット(っつうか、現代の日本社会)にもそういうアーティストを受け入れる懐の深さみたいなモノが欠落してる感じがしてたし。そんな、ある種の閉塞感みたいなものが漂ってる中で、絶妙のタイミングで発表されたのが『ずっとウソだった』だった、と。だからこそ、よけい痛快に感じられたんだし。

その '痛快' ってのがポイントで、なんでそんなに痛快だったかっていうと、これはイコール、作品のクオリティっていうか、アーティストとしての斉藤和義のクリエイティヴィティに起因する部分だと思うんだけど、いろんな意味で『ずっとウソだった』の完成度が高くて素晴らしい出来だったから。もちろん、'痛快' ってのは感覚的な部分なんで、感じ方には個人差があるだろうけど、個人的にはメチャメチャ痛快だった。それこそ、ここで書いてるようないろんな理屈抜きに、それを超えた部分で。ある種、プリミティヴなレベルで。むしろ、ここで書いてることは「なんでこんなに痛快なんだろう?」ってことを考察してるみたいなもんなんで。で、この痛快さについて考えれば考えるほど、その原因はいろんな意味での完成度の高さにあって、仮にそれほど完成度が高くなかったらこれほど痛快ではなかったんじゃないかな、と。

ここでいう '完成度' ってのは、決してレコーディング作品としての質の高さってことじゃない。上に貼った動画を見ればわかる通り、レコーディングの質自体は決して高くないし。デモ・テープ・レベルとは言わないまでも、カジュアルな弾き語りライヴ一発録りくらいな感じ。むしろ、ここでいう完成度ってのは曲自体の作りと機能の面。照れ臭いくらい真っ直ぐなラヴ・ソングの原曲とのギャップの大きさとか、「ウソ」と「クソ」のライミングとか、「ずっとウソだったんだぜ」とか「ほうれん草喰いてぇな」って歌詞のキャッチーさとか。だって、コレ、小学生とかだったら絶対歌っちゃうでしょ? よく意味がわからなくても(で、先生や親に怒られる)。そういう、プリミティヴなレベルで口に出すと痛快な感じが潜在的にある。こういう痛烈なメッセージって、攻撃的なサウンドでストレートに歌うのもナシじゃないけど、それだとちょっと引いちゃう面もあって、でも逆に、ちょっとギャップがあるサウンドで表現すると、よけいに効いちゃったりするものなんで。そういう意味では、やっぱり清志郎さんを彷彿とさせる部分はある。「ほうれん草喰いてぇな」とか、"Love Me Tender" の「牛乳を飲みてぇ」を思い出させるナイス・パンチラインだし。この辺の、曲としての作り自体がメチャメチャ秀逸だし、至極真っ当な正統派ロックだな、と。

清志郎さんを彷彿とさせるって意味では、その飄々としたスタンスっていうか、過度に肩に力が入ってないキャラクターの果たした効果も大きい。それは発表の仕方にも表れてて、高らかと声明を出したりするわけではなく、むしろ、名前さえも明かさずに、でも、明らかに斉藤和義だってわかるカタチで発表した感じはなかなか痛快。YouTube にアップした後もそうだし、翌日の Ustream でも「今、話題の斉藤和義です」なんて言ってみたり、スゲエリラックスした感じで『好き』と『ウソ』をメドレーでやって(アクセスが集中しすぎたせいか、一度、回線が止まり、歌い直してる)、でも、必要以上にそれについて語らなかったり。天然なのか、実はよく考えられてるのかはわかんないけど、そういう部分も含めて、すごく絶妙な感じ。

そんなわけで、個人的にはこの曲は A311 の最初の(最高の?)アンセムだと思うくらい高く評価してるし、あらためてその姿勢とクオリティにはリスペクトなんだけど、この曲の発表は、曲自体だけじゃなく、同時に現代社会ならではのいろんな現象も引き起こした(てる?)気がするので、その点についてもいくつか思うところがあるので、余談としてついでに。


まずは、情報の拡散機能としてはツイッターが大きな役割を果たしたらしく、ご多分に漏れず最初に知ったのはツイッターでだったんだけど、タイムラインで見かけたリンク先の YouTube の動画はすでに削除されてた(証拠写真の通り)。で、探してみたらすぐに見つかったんだけど、見つけたのがグーグル検索ではなくツイッター検索だったのが、現代社会ならではな感じがして、我ながら興味深かった。なんでかわかんないけど、フツーに「コレはグーグル検索じゃなくてツイッター検索じゃね?」って思ってやってた自分にちょっとビックリしたっていうか。グーグルのリアルタイム検索があることはもちろん知ってたけど、最初に手を動かすときの距離感みたいなモノと、あと答えがツイッターにあるっていう確信がそうさせたんだって思うと、ちょっと面白いなって。まぁ、ピンとこない人にはどうでもいいハナシかもしれないけど。

あと、この画像の文言についてもちょっと疑問だった。ただ '著作権侵害' って書かれてるのって、スゲェ曖昧だなぁ、って。削除依頼をしたのがビクターになってて、斉藤和義の所属レーベルであるスピードスターはビクター内のレーベルなんでそうなってるんだろうけど、「だとすると音源についてってことなのか? ってことは、専属実演家契約で、マスターとして納品されてない音源も含んでるってことなのか? それとも楽曲の著作権のハナシ? だとすると、管理者であるスピードスター・ミュージック第一出版部(JASRAC のデータベースで確認できる)がビクターの系列だからそう書いてあるのか?」みたいな。細かいハナシだけど。まぁ、個人的には、音楽の仕事(特に権利関係も含む)をしてきた経験があるんで、あり得るパターンは想定できるし、まぁ、今回の件に関しては、(よほど特殊な契約形態じゃない限り)少なくともスピードスター・ミュージック第一出版部には削除を要請する権利があることは間違いないと思うけど。

でも、この手のハナシに限らず、削除とか差し止めみたいなものの申し立てについて、誰がどういう根拠でどういう権利を持ってて、その権利を何のために行使してるのかを曖昧にしたまま(もしくは未確認のまま)報じられてることがけっこう多い気がして、それがどんどん誤解に拍車をかけてる気がして、コレって、実はけっこう危うい状況なんじゃないの? って思ったりしてる。警察の情報開示要請にホイホイ応じちゃうプロバイダーとかもそうだけど、公権力とか大企業とかの要請には疑いなく従っちゃう的な空気というか。長いモノには巻かれる的な発想なのか、結果的に圧力には屈しちゃうのか、単なる無知なのかはわかんないけど、理由は何であれすごく危険な傾向であることには変わりないんで。今回の件に関しても、ニュースを検索すると「所属レコード会社が動画の削除を要請」みたいに報じられてることが多いけど、「所属レコード会社がどういう理由でどういう権利に基づいて」要請したのか書かれてないし。このこと自体も気持ち悪いし、そういう状況はあまり疑問視されてない感じにもすごく違和感を感じる。

あと、この件が、日本でのすごくわかりやすいストライサンドの法則の例になったことも印象的。ストライサンドの法則(Streisand effect)ってのは「'正当な理由ナシにオンライン上の何かを消そうとすると、かえって増加する' というインターネットでの現象」っていえばいいのかな? 厳密には、今回のように(少なくとも法的には)'正当な理由' があっても増加するんで、'正当な' の部分にはもっと適切な言葉を当て嵌めるべきっぽいけど。'合法か違法かに関わらず、社会的に大きなコンセンサスを得られていない理由で' とか? まさにソーシャルというか。でも、確かに、一定のコンセンサスを得られてないと、そこまで新たにドンドン増殖しないし、目立つ動きにもならない。そういう意味では、まぁまぁ的を得てるのかも? ちなみに、ストライサンドの法則は、女優・歌手のバーブラ・ストライサンドから名付けられてて、確かプライベートの写真を掲載したパパラッチに彼女が圧力をかけたら、逆にそれが反感を買ってドンドン広まったみたいなハナシだったかな? 詳しくは覚えてないけど。必ずイタチごっこになるけど消すことはかなり難しい、と。これも現代社会ならではの現象の例として、すごく象徴的だった。

まぁ、とにかく今回の件は、曲自体のクオリティと飄々としたキャラクターも相俟って、純粋にすごく痛快だったし、あらためて斉藤和義ってアーティストの素晴らしさを見せつけただけじゃなく、ロックって音楽表現が本来持ってたファンクションを再確認させてくれたって意味でも、そして、逆にこれが一際目を引いちゃうほど他に似たようなモノがないっていう絶望的なシーン / 社会の現状を浮き彫りにしたって意味でも、すごく価値があるかな、と。

せっかくだから、みんな、動画の削除を要請した所属レコード会社に「いつリリースされるんですか?」って問い合わせたほうがいいと思う。本当は、レーベル・サイドにも『ウソ』を『好き』とカップリングで緊急リリースするくらいの図太さと気概が欲しいけど(それがチャリティ・シングルなら、なお良い)。


* Related Item(s):

斉藤 和義『ずっと好きだった』 Link(s): Amazon.co.jp / iTunes Store
『ずっとウソだった』の原曲『ずっと好きだった』が収録されてる EP。あらためて聴き直しても、まさに斉藤和義節って感じのラヴ・ソング。
RC SUCCESSION "Covers" Link(s): Amazon.co.jp / iTunes Store 
'素晴らしすぎて' 一時は発売禁止になった傑作。当時の事の顛末はウィキペディアでも参照すればわかるはず。


佐野 元春 "Moto Singles 1980-1989" Link(s): Amazon.co.jp
『警告どおり計画どおり』が収録されてるベスト盤。「もう不確かじゃいられない 子供達が君に訊く 本当のことを知りたいだけ」って歌詞は今、聴くと超リアル。
 THE BLUE HEARTS "Meet the Blue Hearts" Link(s): Amazon.co.jp / iTunes Store
結成 10 周年を記念して 1995 年にリリースされたベスト盤で、もちろん問題の曲、『チェルノブイリ』が収録されてる。


MUTE BEAT "Lover's Rock" Link(s): Amazon.co.jp
アートワークにはスリーマイルズ・アイランドの原子力発電所の写真が使われてるミュート・ビートの 1988 年のアルバムで、もちろん『キエフの空』が収録されてる。


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