2011/02/19

Stay wired. So weird.

サイバービア 電脳郊外が "あなた" を変える』 ジェイムス・ハーキン 著 吉田 晋治 訳
(NHK 出版)  Link(s): Amazon.co.jp

どっかの書店の店頭で見かけたのかな? タイトルに魅かれて読んでみた一冊(造語の語感は好きじゃないけど)。タイトルの 'サイバービア' は、'サイバー(cyber)+ サバービア(suburbia)'って意味の造語で、サブ・タイトルにある通り、'電脳郊外' みたいな意味。このタイトルを見て真っ先に思い出すのは「サバービアの憂鬱」って言葉だったりするんだけど、ロジカルな意味ではなくて、まず直感的なレベルでピンとくるというか、つながる感覚は、確かにある。

サバービアの憂鬱』ってのは大場正明氏が 1993 年に出した本で、'憂鬱' っていう通り、豊かな社会のある種の象徴的なイメージだったはずの '郊外' (インナー・シティやゲットーと対比した意味合いで)の '病んだ' 部分について、アメリカ社会の '郊外=サバービア' の発展過程やそこで生じている諸問題を多角的に検証して綴ったモノだったはず(だいぶ前に読んだんで、記憶にはイマイチ自信がないけど…)。でも、リアルタイムで観たり聴いたりしてきた映画や音楽等なんかのことを思い出せばその通りだったし、その裏返しがヒップ・ホップに代表されるアフロ・アメリカン・カルチャーだったりもする。しかも、今にして思うと、それはアメリカ社会に限られたハナシじゃなくて、(ちょっと形態は違うけど)自分がまさにリアルタイムで経験してきた日本社会においても十分リアリティがあったりする。今回、あらためて調べてみたら、ウェブサイトで全文(+ 追加テキスト)が公開されてたりするんで、読み直してみようと思ってるけど、まぁ、今回はそのハナシではないんで。

この『サイバービア』は、そういう意味での 'サイバービア' と現在のサイバー・スペースでの生活様式に一定の共通性を見出してるって内容で、インターネットの世界にも徐々に '郊外'が出来始めてて、インターネットの世界にも '郊外' 特有の特徴が出てきているってことが主な主張ってことになる。

個人的にはこの主張には、感覚的にピンとくるところがあって、だからこそ魅かれたんだけど、前から何となく感じていながら論理立てて理解できてなくてモヤモヤしてた部分を、ちょっと整理してくれた印象かな。感覚的には、ちょっと前に読んだ『ネットバカ』にも通じる部分があるのかな?

具体的な内容としては、第二次世界大戦中にドイツの爆撃機を撃ち落とすための反応の速い対空砲の開発をしてたアメリカ人数学者のノーバート・ウィーナーのサイバネティックスって発想のハナシから始まるんだけど、サイバネティックスってのは、簡単に言うと「人間とは終わりのない情報の(フィードバック・)ループを進むメッセンジャーである」って考え方で、その後、スチュワート・ブランドやマーシャル・マクルーハン(やっぱりここでも出てきた!)に受け継がれつつ、カウンター・カルチャー側に借用されつつ、現代のテクノロジーとメディアとマーケットを形成する基本設計概念(アーキテクチャ)になっている(まぁ、かなり端折ってるけど)って流れが、わりと事細かにまとめられてる。原書の発行も 2009 年なんで情報的にもわりと最近までカヴァーされてるし(欧米での Facebook の爆発的な普及とか)。

各章は、'ループ'・'仲間(ピア)'・'つながり'・'ネットワーク効果'・'仲間(ピア)の圧力'・'非線形(ノンリニア)'・'多重性'・'フィードバック'・'ネットワーク障害' ってキーワードでまとめられてるんだけど、どれもその言葉を見ただけでちょっと引っかかっちゃうくらい、現代社会の特徴をリアルに捉えてる。

適度にテクノロジカルで、適度に社会的な感じでまとめられてて、文章自体も決して難解じゃないんでわりとスルッと楽しみながら読めちゃうんだけど、述べられてる内容自体はそれほど簡単ではなく、しかも、歴史とか外国のハナシではなく、実際に自分が今、経験していることとかなりダイレクトに結びついてたりするんで(本来は何でもそうなんだけど、その密接度が著しく高いということ)、そういう意味では難易度は低くない。読んでると、(悪いことではないと思うんだけど)いろいろなこと、特に今、現実に体験してることと頭の中でドンドン結びついちゃって、たびたび読むのが中断されたりして。

いわゆる 'グローバル・ヴィレッジ' 的な楽観主義でもなく、かといってジョージ・オーウェルの『1984 年』的な悲観主義でもない印象があることも特徴かな。別に、過度に客観的になろうとしてるわけじゃないっぽいけど(世の中にはつまらない客観性原理主義者が少なくないけど、そうはなってない)。プラグマティックって言い方が近いかな。

あと、ノーバート・ウィーナーとマーシャル・マクルーハンの 2 人と並んで、"Whole Earth Catalog" を発行したことで知られるスチュワート・ブランドの名前が挙げられてることからもわかる通り、社会的・文化的な側面をシッカリとカヴァーしてることも特徴。"Whole Earth Catalog" は 1968 年に出版された本(っつうか雑誌? ムック的なモノって感じかな?)で、当時のカウンター・カルチャー・シーンでバイブルと言われてたモノ。若き日のスティーヴ・ジョブズに大きな影響を与えたことで知られてて、最近ではジョブズの有名な "Stay hungry, stay foolish." って台詞の引用元として有名になったんだけど、この辺りの流れを無視するとキチンと把握できないんで。こういう部分をしっかり押さえといてくれるのはありがたいし、信頼できる感じにつながる(日本では簡単にスルーされたり、上っ面の軽い言葉で誤解を生みがちだけど)。

まぁ、個別に面白かった点を挙げると、P2P の概念的なハナシ(技術的なハナシだけではなく) とか、今年の流行語大賞に(今更ながら)なりそうな勢いの 'ソーシャル・ネットワーク' の概念は 1967 年からあったってハナシとか(しかも、ベースになってるのはスタンレー・ミルグラムのスモール・ワールド論らしい。実は、かなり胡散臭いロジックらしいけど)、カウンター・カルチャー / ヒッピーたちの思想的な背景とコンピュータ・ネットワークとの親和性のハナシとか、 Facebook を例に語られる '仲間(ピア)の圧力' のハナシとか、 Facebook の普及とポルノ・サイトへのアクセス数が反比例してるってハナシとか、eBay のフィードバック(売り手と買い手が互いを評価するシステム)のハナシとか、イスラエル軍の 'スォーミング' と呼ばれる非線形(ノンリニア)的な作戦のハナシとか、サポーターにオンラインでクラブ運営とチームの指揮を任せたサッカー・クラブのハナシとか、現代のゲリラ軍のテクノロジーの使い方(正規軍より遥かに上手く活用してる)のハナシ等。挙げればキリがない感じで、なかなか興味深い。
物語には始まりと中間と終わりが必要だが、順番通りでなくても構わない。
ー ジャン・リュック・ゴダール
まぁ、ゴダールはこんな示唆に富んだことを言ってたわけだけど、まぁ、なんか、それが映画じゃなくてリアルになっちゃってる感じなのかな? 最近の世の中は。その特徴を述べてるのがこの『サイバービア』ってことになるけど、ここで描かれている世界から垣間見えてくるのは、ブッチャけ、楽しいんだか楽しくないんだかよくわかんない世界だったりもする。しかも、それこそが、まさに、今、現実に体験してる風景にかなり重なってたりもするから面白いっつうか、タチが悪いっつうか。でも、そう思えることこそがこの本の価値だし、まぁ、今、まさに現在進行形だから、なかなかスッキリ整理なんてできないんだけど。でも(だから?)、その分、リアリティはバッチリあるし、いろんなヒントはありそうな感じはすごくする。

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