2012/07/09

Unique ideas. Unique business.

『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』
 ブライアン・ハリガン / デイヴィッド・ミーアマン・スコット 著

 糸井 重里 監修・解説 渡辺 由佳里 訳 (日経BP) ★★★★☆
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books


去年の年末に発売された当初から話題になり、ベストセラーになってた(っぽい)一冊で、ロック史上でも屈指のユニークさで熱狂的な支持を集めてきたグレイトフル・デッド(GRATEFUL DEAD)がやってきたことから、現代のビジネスに応用できるポイントを抽出し、それが解りやすくまとめられてる。

あまりにも評判が良かったんで、ついつい警戒度を上げちゃいつつ、でも、あまり予備情報を頭に入れずに読んだんだんだけど、まぁ、結論としては、評判がいいのも十分に理解できる感じだったかな。

ライブは録音 OK! 音楽は無料で聴き放題。それなのに年間 5000 万ドルも稼ぐ。40 年前からフリーもシェアも実践するヒッピーバンド、それがグレイトフル・デッド。

表紙の表 2 側の折り返し部分にはこんな言葉が書いてあるし、「彼らはそれをやっていた。」と題された前書きから、いきなり、なかなかいいサジ加減で上手いこと言ってて、「ほぉ」なんて思ってたら、書いてるのが「この本を出そう出そうと言った者」こと糸井重里氏だったりして。

ハード・カヴァーで 274 ページあるわりに文章量はそれほど多くないし、文体も柔らかくて読みやすいし、挙げられてる事例も解りやすいんで、そういう点も人気が出た理由なんだろうって推測できる。

あと、個人的にすごく魅かれた点は装丁かな。表紙回りのデザインは原著より出来がいいくらいだし、ページの中にも長年グレイトフル・デッドを撮り続けてきたジェイ・ブレイクスバーグ(JAY BLAKESBERG)による写真が多数、効果的に使われてるし、本文の文字のサイズ・文字間・行間も読みやすいし、単なる単色ではなく、赤をアクセントに使ってるので適度にポップな印象を与えてるし(アマゾンの 'なか見! 検索' で確認できる)。ひどい装丁デザインの本が多い中、かなり秀逸な部類って言えるんじゃないかな。

原著は "Marketing Lessons from the Grateful Dead: What Every Business Can Learn from the Most Iconic Band in History(Link: Amzn)で、 2010 年 8 月に発売された。右の写真のように、まぁ、わりと直球なグレイトフル・デッドらしいイメージではあるけど、正直、訳書のほうが出来はいいかな。

著者のブライアン・ハリガン(BRIAN HALLIGAN)氏はマーケティング・ソフトウェア会社のハブスポット(HubSpot)の共同設立者・CEO で、ちょっと前に話題になった『インバウンド・マーケティング』(Links: Amzn / Rktn)の著者としても知られる人物。一方のデイヴィッド・ミーアマン・スコット(DAVID MEERMAN SCOTT)氏は、国際的に活躍するはマーケティング・ストラテジストなんだとか。

つまり、2 人ともマーケティングのプロフェッショナルであるってことなんだけど、もうひとつの大事なポイントは、2 人とも熱心なグレイトフル・デッドのファン、いわゆる 'デッドヘッズ' だってこと。本書内で挙げられてるグレイトフル・デッドにまつわるエピソードは実感に基づいてるからリアリティがあるし、同時に、近年〜現在のテクノロジー〜コミュニケーション環境の変化も知り尽くしてるわけで、そんな 2 人だからこそ書けた一冊でもあることは間違いない。

本書の訳者であり、デイヴィッド・ミーアマン・スコット氏の奥さんでもあるという渡辺由佳里氏のあとがきによると、たまたま原書についてツイートした糸井重里氏と、グレイトフル・デッドについてツイートした渡辺由佳里氏が共通のフォロワーの仲介でつながったことが訳書の出版のキッカケだったんだとか。特に渡辺由佳里氏がデイヴィッド・ミーアマン・スコット氏の奥さんだったことなんて、かなり確率の低い偶然でしかないと思いつつも、そういうことが実現しちゃうこと自体は、ソーシャル・メディア以降の時代を象徴してるって言えるのかな。

内容としては、上の引用部分でも触れられてる通り、フリーやシェア、さらにはネーミングからブランディング、スタッフのチーム編成、 ビジネス・モデル、テクノロジー、ユーザーとの体験の共有やコミュニティの形成(特に熱心なユーザーの優遇)、新たなマーケットの創出、課金システム、他社とのコラボレーション、社会貢献まで、グレイトフル・デッドがやってきたことを例に挙げつつ、現在のテクノロジー〜コミュニケーション環境での応用の仕方を、アマゾンやグーグル、さらにはバラク・オバマの選挙戦など、誰もが知ってるような具体的な例を挙げつつ解りやすくまとめられてる感じ。個人的には、正直なところ、ひとつひとつはそれほど衝撃的な内容って印象ではないんだけど、特徴が解りやすくまとめられてるんでいろいろ確認ができたし、グレイトフル・デッドに関する知識や昨今のテクノロジー〜コミュニケーション環境に関する知識がそれほどなければ、けっこう驚いちゃうのかも? なんて思ったりもした。

個人的には、特にグレイトフル・デッドってバンドに強い想い入れはなくて、初期の作品を中心に音源はそれなりに聴いてるけど、でも、特別好きってわけじゃないし、本書でも述べられてる通り、グレイトフル・デッドの魅力の本質は音楽(特に録音物)そのものではなく、ライヴを中心とした 'グレイトフル・デッド体験(= カルチャー / ライフスタイル)の共有' であることを考えると、ライヴには行ったことがないし、そもそもライヴっていう一期一会のローカル・イベントを軸にしてるって時点で、その時期にその場所にいなかった時点で体験(を共有)しようがなかった類いのアーティストでもあるって言えるかな。まぁ、それは音楽(ポップ・ミュージック)の本質のひとつの側面だとは思うけど、特にグレイトフル・デッドってアーティストはその傾向が強いと思うんで。もちろん、それなりには聴いてきたりはしてるし、存在自体がユニークなんで、音楽史 / 文化史的な特異性についてもいろいろなところで見聞はしてきたけど。でも、決してグレイトフル・デッド・リテラシーが高いとはいえないかな。

なんでこんなことを書くかっていうと、本書を読んで個人的に一番引っかかったのは、「ポップ・ミュージック / ロック史のコンテクストの中で、グレイトフル・デッドってバンドがいかにユニークであり、同時に、当時の時代性をどう反映し、当時のカルチャーにどんな影響を与えたのか」についての言及がちょっと不足してるように感じたから。「グレイトフル・デッドに関する知識や昨今のテクノロジー〜コミュニケーション環境に関する知識がそれほどなければ、けっこう驚いちゃうかも? なんて思ったりもする」って書いたけど、それこそ、グレイトフル・デッドって、少なくとも日本では、(名前くらいは知られてるかもしれないけど)一部の熱心な音楽ファンやヒッピー的なサブ・カルチャーに興味を持ってる人以外にはそれほど知られてないような気がするんで。でも、本書では、「ポップ・ミュージック / ロック史のコンテクストの中で、グレイトフル・デッドってバンドがいかにユニークであり、同時に、当時の時代性をどう反映し、当時のカルチャーにどんな影響を与えたのか」ってのがコンセンサスとして共有されてるのが前提になってる感じがしたかな。で、そんな状態でなんとなく読んじゃう(文章自体は読みやすいんで読めちゃうし)と、ちょっと誤解もされそうな気がして。

つまり、簡単に言っちゃうと、まず何よりも、「グレイトフル・デッドってバンドが(提供するコンテンツとサーヴィス)メチャメチャスゴイ」ってことが大前提で、その大前提をスッ飛ばして、表層的に手法や現象だけを参考にしても何の意味もないんだけど、案外、その大前提を棚に挙げて安易に表層部分だけを採り入れる(っつうか、パクる)ケースを数多く生み出しそうことが、悲しいかな、わりと容易に想像できちゃったりして、なんか、すごくイヤな感じがするんで。まぁ、アップル関連の本なんかにも多いんだけど、「まず第一に(音楽であれ何であれ)売り物自体のクオリティがメチャメチャ高い」ってことが、当たり前だけど大前提なんで。

そういう意味で、今のアメリカでグレイトフル・デッドに関する理解がどれくらい共有されてるのかは解んないけど、少なくとも日本では、グレイトフル・デッドの音楽的・文化的背景を、解説とかで補足的にでももうちょっと詳しく説明してあげたほうが親切だったかな? なんて思ったりもしないではないな、と。

ひとつ、興味深かったのは、糸井重里氏の「彼らはそれをやっていた。」で触れられてた点なんだけど(糸井氏曰く、「ウェブ時代のヒットの根本」)、アップルもインターネットも、そしてグレイトフル・デッドも 60 〜 70 年代のいわゆる 'ヒッピー・カルチャー /ドラッグ・カルチャー' から生まれたってこと。個人的には、この辺の感覚が共有されてない(共有されにくい)ことが、実は、日本製の多くのサービスや製品がイマイチな理由(のひとつ)なんじゃないかって前から薄々感じたりもしてたんで(まぁ、因果関係を語るにはもうちょっと検証が必要だけど)。

結論としては、いわゆる 'ビジネス書' として人気が出ることは十分理解できるし、その手のビジネス書としてはかなり出来がいい部類に入ると思うし、カジュアルに読めるけど、なかなか読み応えがある一冊であることは間違いないかな。まぁ、アメリカのこの手の本にありがちな傾向として、ちょっとポジティヴで楽観的すぎる感じもしなくもないけど。

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