『サーフリアライゼーション』
ジェリー・ロペス 著 岡崎 友子・中富 浩 訳 (美術出版社) ★★★★★
Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books
伝説のサーファーとして知られる「ミスター・パイプライン」ことジェリー・ロペスが「サーファーとしてのライフスタイル」を綴った著作で、パタゴニアから今年出版された "Surf Is Where You Find It"(ボックス入りの豪華版もあり)の訳書。原題は「サーフ(≒いい波)なんて、自分次第でどこにでもあるんだよ」みたいな意味だと思うけど、日本語のタイトルにしにくかったからか、訳書はタイトルを変更してる。
訳書のタイトルとなった「サーフ・リアライゼーション(surf realization)」ってのは、「サーフィンから学んだこと(そして、サーフィンでなく、人生の中でも役立つこと)」という意味で本文中に何度も登場する言葉。日本語として伝わりやすい言葉ではない(タイトルを見て意味がすぐに伝わりにくい)とは思うけど、とても象徴的な意味合いで使われてる言葉なので、それをタイトルに使ったのはすごくいい判断だと思う。ただ、それを補完したかったんだろうけど、「サーフィンの神様、ジェリー・ロペスが綴るライフスタイルストーリー」ってサブ・タイトルはどうなんだろ? 超違和感を感じる。日本人は無闇且つ安直に「神様」って言葉を濫用(乱用)するけど、そんなに簡単に使っていい単語じゃないと思うし。これを知ったら、本人はどう思うんだろう? これだけはガッカリ。
ただ、サブ・タイトル以外の部分は素晴らしい。装丁デザインもいい(特に、あえてモノクロな表紙がクール)し、訳文もすごくスムースで読みやすい。もちろん、全部を原文と照らし合わせて比較・検証したわけじゃないけど。ただ、今までいくつかジェリーの英文を読んだことはあって、印象としてはわりとシンプルで、でも奥ゆかしくて、ちょっとユーモラス。そういうニュアンスはとても上手く反映されてる気がする。(ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』のレビューにも書いたけど)翻訳って、一般に思われてるほど簡単でも機械的でもなくて、実はすごくクリエイティヴな作業だと思うけど、この本の翻訳はすごく質の高いと思う。
もちろん、ジェリーの文章もとても面白い。『coyote』誌のジェリー・ロペス特集号のインタビューで、彼自身は書くことについて「何かを学ぶ時、自分にとって一番いい方法は書くことだ。自分が何を学んだのかを具体的に把握するために書いてきたように思う。人はいろいろなことを学ぶけれど、すぐに忘れてしまう。同じような危機にあって、同じような失敗を繰り返さないために書いておくということもある。そして私は友人たちについて書くのが好きだ。楽しい出来事はついつい忘れがちなので書いておく。読み返すと思い出が鮮やかに残る。発表すると、何よりも友人たちが喜ぶ」と語ってる。サーフィンとの出会いから、サーフ・カルチャーの黎明期のエピソード、ハワイのこと、世界中を巡ったサーフ・トリップのこと、サーファーという人種について、サーフィンを通じて得た哲学的な思想など、いろいろなエピソードをシンプルでありながら味わい深い文章で、でもサーフィンのシーンとか、すごく臨場感たっぷりに読ませてくれる(もちろん、訳者の貢献度も高い)ので、800 ページ(!)以上あるのにビックリするほどあっさり読める。
個人的には、サーフィンはやったことがないけどすごくやってみたいことのひとつで、そう思ったキッカケは、ブラジルに行ったときにビーチでたくさんのサーファーの行動を見てて、「なんか、コイツら、いいなぁ、バカっぽくて」と思ったことだった。ブラジルというとサッカーや音楽や格闘技の国だと思ってたんだけど、実はサーフィンの国でもあるらしく、やたらと波がデカくて、やたらとサーファーが多くて、どいつもこいつも来る日も来る日もバカみたいに波を待ってて、その姿がすごくいいな、と。打算がなくて。ただ、いい波に乗りたいっていう、超主観的且つ非打算的な価値観にプライオリティを置いてて。数字に換算できない価値観を持ってるのがすごくいい。しかも、よく考えたら、彼らが待ってる「波」ってのは、地球と月の重力と回転、そして大気の流れのバランスが生み出す超ダイナミックな、そしてふたつとして同じモノがない究極のワン & オンリーなものだったりするわけで。波は金持ちにも貧乏人にも平等だし。いくら金を積んでもいい波は買えないから。そういう側面を全部含めて、すごくいいな、と。
奇しくもリオ・デ・ジャネイロのブランド、オスクレンのデザイナー / クリエイティブ・ディレクターのオスカル・メツァヴァトも「人生はサーフィンだ」「生きるってことは何かをすることだろう? ならば、しなくちゃな。でも、しかつめらしくやるのは違う。サーフするんだ」なんて言ってたし。どうも、サーフする場所は波の上だけじゃないらしい。
そんなわけで、湘南でもハワイでもなくブラジルでサーフィンに興味を持ったんだけど、サーフィン(特にその精神性やカルチャー)に興味が出てくると、当然出会うのはジェリー・ロペスなわけで。彼は、チューブ・ライディングとショートボードのオリジネーターのひとりとして「ミスター・パイプライン」と呼ばれてたり、サーフィン・ムービーのクラシック『ビッグ・ウェンズデー』に本人役で出演してたり、シェイパーとして革新的なサーフボードを数多く世に送り出してたり、サーフ・トリップの先駆者だったり、パタゴニアのサーフィン・アンバサダーだったりして、個人的には『地球交響曲第四番』(素晴らしい映像!)の印象が強かったりするんだけど、一番大きいのは(『coyote』誌のジェリー・ロペス特集号のレビューにも書いたけど)そういうモノを総合した文化的な面というか、考え方の面というか、ライフスタイルの面なのかな、と。ジェリーも「波」だけを「サーフ」してるわけじゃないらしいし。今月 60 歳になった彼は今、海のないオレゴンのベンドって街に住んでて、そこでいろいろ「サーフ」してるらしいし。
教則とかガイドではなく「ライフスタイル・ストーリー」としてのサーフィンが、ジェリー・ロペスという魅力的な人物が自ら綴った言葉で堪能できて、いろんなことが気付けちゃう(= 'realize' しちゃう)であろう、できれば、いい環境の中で読みたい一冊(パタゴニアのサイトの商品紹介には、最適な用途として「マインド・サーフィン」なんて書いてある!)。サーファーはもちろん、サーフィンをやってみたい人にも、サーフィンに興味がない人にも。ベタだけど BGM はジャック・ジョンソンかな、やっぱ。
2 comment(s)::
たまたまSurf realizationでサーチしたところ、このページにぶつかり、すばらしいレビューを書いてくださっているのでとっても感激しました。
ほかの本に関してもすばらしい感性と文章でとってもわかりやすく、興味深く書いてあり、紹介されていた何冊かは早速手に入れようと思ってます。
指摘のあったとおり私自身も出版社側でつけていたサブタイトルにはかなり納得のいかない部分があったので(ちゃんと訳だけでなくそういうところまでしっかりチェックするべきだったのですが)やっぱりそうだよなー、と改めて感じました。増刷してもらえる場合は何とかその辺もしっかり変えてもらえればと思います。こんな風に読んでくださっている方がいることを知って、さらにちゃんとした仕事しないとなあ、と反省。
お会いしたことはないと思いますが、読書量からも文章からしても書き物、デザインの仕事をしていらっしゃるに違いありませんがさすがです。これからもブックレビュー参考にさせてもらいますね。
Thanks a lot and hope to meet you in person someday!
コメント、ありがとうございます。とても嬉しいです+ちょっとビックリしました。あと、生意気なこと言っててスミマセン(苦笑)。読み返してみると、けっこう生意気なこと言ってやがるなぁ、と。我ながら。ウソじゃないんで仕方ないですけど。でも、『サーフリアライゼーション』はホントに楽しんで、それこそあっという間に読めちゃいました。あの厚さなのに。ボクも機会があれば、ぜひお会いしてみたいです。
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