『チェック・ザ・テクニーク』 ブライアン・コールマン 著 小林 雅明 監訳
(シンコーミュージック・エンタテイメント) ★★★★★
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ちょっと前にエンジニア / プロデューサーの D.O.I. さんのツイートを見て思い出して、早速チェックしてみた一冊。サブ・タイトルは「ヒップホップ名盤ライナーノーツ集」。なんて直球なサブ・タイトル! でも、内容はその通り。原書は 2007 年発行の "Check the Technique: Liner Notes for Hip-Hop Junkies" で、著者のブライアン・コールマンは "Wax Poetics"・"URB"・ "XXL"・"The Source" 等の雑誌で記事を書き、2005 年には "Rakim Told Me: Hip-Hop Wax Facts, Straight from the Original Artists The 80's" も書いてるライター。これだけの材料が揃ってるだけで、内容については、まぁ、間違いない感じではあるんだけど、実際、内容もバッチリ過ぎで。
内容としては、ヒップ・ホップの名盤 x 36 枚のライナーノーツを収めてるだけなんだけど、それぞれのライナーノーツが、その作品に携わった当事者たち(アーティストだけでなく、レーベルの人間などの周辺の人間も含めて)にキチンと取材して、そのアルバムの制作現場や時代背景、シーンでの位置付け的なことなどまで踏まえた上で書かれてて、読み応え十分。
ピックアップされてるアルバムのリストはここに載ってる(但し、これは原書のモノでアーティスト名のアルファベット順になってるけど、訳書ではリリース年代順に並び替えられてる)けど、まぁ、さすがにクラシック中のクラシック揃い。もちろん、全部が好きってわけじゃないし、マトモに聴いてないモノもなくはない。それに、「このアーティストならこっちのアルバムのほうが好き」とか(例えばコモンとか)、「オイオイ、アイツが入ってないじゃん!」とか(例えば LL クール J とか)思わなくはないけど、まぁ、ほとんどは基本中の基本っていうか、ただ聴いただけじゃなく、相当聴き込んだアルバムばかりなんで、読んでて純粋にメチャメチャ楽しくて。
まぁ、個人的な思い入れとしては、やっぱりア・トライヴ・コールド・クエストの "The Low End Theory" とか、ピート・ロック & CL スムースの "Mecca and the Soul Brother" とか、エリック・B & ラキムの "Paid in Full" とか、デ・ラ・ソウルの "3 Feet High and Rising" とか、ザ・ルーツの "Do You Want More?!!!??!" とか、ファーサイドの "Bizarre Ride II the Pharcyde" だったりするかな。あと、個人的にちょっとタイムリーだったモノとしてはスリック・リックの "The Great Adventures of Slick Rick" があったり、ディガブル・プラネッツの "Reachin' (A New Refutation of Time and Space)" が入ってるのがいい意味でちょっと意外な喜びだったり、言わずと知れたラン・DMC の "Raising Hell" とかビズ・マーキーの "Goin' Off" みたいなクラシックもあったりで読み応え十分なんだけど、エピソードとして、個人的に一番面白かったのはビースティ・ボーイズの "Check Your Head"。もちろん、アルバムとしてもメチャメチャ好きなアルバムなんだけど、マニー・マークことマーク・ラモス・ニシタがレコーディングに使われたプライベート・スタジオ、G-Son スタジオの建設にエンジニアとしてだけじゃなく、大工としても関わってた(っていうか、大活躍してた)ってハナシとか、最高過ぎる。こういうエピソードって、やっぱ、一部のマニアのモノにしといちゃもったいないよな、って素直に思うし。
この本を書くことになったキッカケとして、著者は「何でヒップ・ホップのアルバムには、キチンとしたライナーノーツが付いてないんだ?(Why the hell didn’t hip-hop albums ever have liner notes?!!??)」って言ってるんだけど、まぁ、確かにその通りで。昔のロックとかジャズのアルバムには素晴らしいライナーノーツが付いてる作品が多くて、それによってより理解や愛着が深まったりしたものなんで。「ゴチャゴチャ言わんと、音楽は音を聴くだけでいいんじゃ」的なピュアリスト(?)の意見も解らなくはないけど、いいライナーノーツはリスナーの頭だけじゃなくて耳の幅みたいなモノも広げてくれると思う(っていうか、実体験として、そういう経験をしてきてる)んで。そういう意味では、ヒップ・ホップは今やポップ・ミュージックとしてもアート・フォームとしても、キチンとしたひとつのスタイルとして確立されたんだから、それに相応しい扱われ方というか、語られ方があってもいいはずだと思うし。昔、ライターの荏開津広さんが「ヒップ・ホップ・ライターがヒップ・ホップの原稿だけ書いて喰えるようじゃなきゃ、ヒップ・ホップ・シーンとは言えない」みたいなことを言ってて、激しく同意しちゃったのをちょっと思い出したり。
ただ、ひとつ、留意しなきゃいけないのは、ここで言う 'ライナーノーツ' は、日本で一般的に認識されてる「洋楽の国内盤に付いてる日本人音楽ライターによるライナーノーツ」とは趣きというか、意味合いがちょっと違うってこと。上手く説明しにくいんだけど、洋楽の国内盤のライナーノーツは、なかなか現場で当事者に取材したりできないから、どうしてもライターの蘊蓄とかトリビア的なモノになりがちだけど(そうならざるを得ない面も否めないし)、ここで言う 'ライナーノーツ' はそうではなくて、もうちょっと大局的というか、総括的にその作品なりアーティストなりについて語ってるようなモノだと思うんで。例えば、前にレヴューしたニーナ・シモンの "Forever Young, Gifted & Black: Songs of Freedom and Spirit" のライナーノーツをアリシア・キーズが書いてるんだけど、これなんかは好例って言えるのかな。
まぁ、デジタル販売の時代になってきてることとか、最近の若いリスナー(すごくオッサン臭い言い方だな。まぁ、実際にオッサンなんだけど)の、あまり周辺情報に興味がなさそうな(っていうか、不勉強な?)傾向を考えると、ヒップ・ホップに限らず、ますますこういうライナーノーツ的なモノの意義が薄れていきそうだけど。だからこそ、古き良き時代のロックをよく知ってる(こよなく愛している)スティーヴ・ジョブズは iTunes LP なんてのを始めたんだろと思うし(そういえば、今朝の iPad の発表のイベントで何かしらアップデートがあると思ってたんだけど、発表以来、ビックリするくらい動きが鈍い。iPod 絡みのミュージック・イベントまで何もないのかもしれないけど)。でも、全体としては、やっぱりこういうモノの意義が薄れてく傾向だっていうのは仕方がないことだと思うんで、だからこそ、こういう素晴らしいモノにはキチンと目を向けていきたいな、と。あと、今までとは違うカタチでこういうモノを提供していくフォーマットとかメソッドを考える必要もありそう。そういうことを考えさせてくれたことも含めて、マイク x 5 本ならぬ ★ x 5 つ。
* BEASTIE BOYS "Pass The Mic" (From "Check Your Head")
普通が何だか気付けよ、人間。
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