2008/12/09

Written blues.

『人種の問題コーネル・ウェスト 著 山下 慶親 訳
新教出版社 ★★ Link(s): Amazon.co.jp

前にアルバム "Never Forget: A Journey of Revelations" をレビューしたプリンストン大学宗教学部教授、ドクター・コーネル・ウェストが LA での暴動の翌年の 1993 年に発表し、これまでに 50 万部以上のセールスを記録してベストセラーとなった著作で、原書の出版から 15 年の時を経てやっと邦訳・出版された。原書のタイトルは "Race Matters" で、単に「人種にまつわる問題」という意味と「人種こそが重要な問題だ」という意味のダブル・ミーニングになっている。

学術書でありながら数十万部を売り上げている書籍が 15 年間、邦訳・出版されていなかったのは、ひとえに、表層的にはその影響を享受したり、盲信したりしていながら、本質的には人種の問題に対して無関心であること以外の何物でもないと思うけど(これがウサン臭いビジネス本だったら絶対すぐに出版されたはず)、今回、出版が実現したのは、ちょっと考えれば簡単に想像できる通り、アメリカ大統領選挙におけるバラク・オバマの躍進という「タイムリーなトピック」があったからだとか(訳者のあとがきにそう記されてる。ちなみに、その段階ではまだ選挙結果は出ていなかった)。邦訳・出版が実現したことを喜んでいいのか、こういうことでもないと 15 年間、放置されてるっていう状況を嘆けばいいのか、相反する考えが入り交じったとても複雑な心境。個人的には、15 年前と言えば、大学のゼミで「アフロ・アメリカンの政治文化」を学んでて、論文を書いてた時期だっただけに、出版されてればすごくタイムリーだったのに、なんて 15 年の時を経て思いつつ、まぁ、ともあれ、出版されたこと自体は素直に喜びつつ、早速読んでみた。

ちなみに、原書が出版された 1993 年は LA 暴動の翌年。スパイク・リー監督の映画『マルコム X』が公開されたのも、その『マルコム X』のサウンドトラックに "Revolution" という強烈なメッセージ・ソングを提供したアレステッド・デヴェロップメントがアフロ・セントリズムを全面に押し出して鮮烈にデビューしたのも 1992 年で、ヒップホップの世界をギャングスタ・ラップが席巻しはじめたのもこの時期(ドクター・ドレの "The Chronic" がリリースされてる)。そういう時代だった、ってこと。そんな時代背景の中で出版されたってことはちょっと頭に入れといたほうがいいのかも。

無力な悲観主義と自虐的な冷笑主義に対して、国民として、人種についての公共的議論を再活発化させることである。ラディカルな民主主義者として、私は、立ちはだかる貧困とパラノイア、絶望と不信と対決してそれらを克服するには遅い ー しかし、遅すぎはしないかもしれない ー と考えている。

コーネル・ウェストは、この本の目的をこのように記していて、その内容はアフロ・アメリカンの中にあるニヒリズムやアフロ・アメリカンのリーダーシップ、優遇措置(アファーマティヴ・アクション)、ユダヤ人との関係、さらにはセクシャリティやマルコム X にまで渡る。論調はロジカルで、辛辣。手厳しい言葉が並び、その矛先はメインストリームの白人社会だけでなく、アフロ・アメリカン自身にも及ぶ。その根底には、公民権運動の成果のひとつとして始まった優遇措置の恩恵を受けて超エリート大学で奨学金を得て学ぶ機会を得た知識人として、アフロ・アメリカンだけでなく、貧困下に置かれているすべてのすべての人々(彼のよく使う言葉を使うと 'blues people'、またはスライ・ストーンの名前を挙げて使う 'everyday people' ってことだろう)への責任を果たそうという意志、人種的構成に関して意志薄弱なアメリカで家父長的な白人優越主義に挑戦し、貧困下で崩壊しつつあるアフロ・アメリカンの共同体を救出したいという意志がある。だからこそ、彼の言葉は説得力があるし、読む者の心に響く。「ブルース」って言葉がシックリくる、そんな本だな、という印象。

個人的に面白かったのはマルコム X に触れてる部分で、「ジャズ」という言葉を芸術形態ではなく「この世界における存在様態」として使っているところ。曰く、「変幻自在で、流動的で、柔軟性のある即興様態」で、「ジャズ的な自由の闘士であることは、厭世的な人々に衝撃と活力を与えて、批判的交流と幅広い考察を奨励する責任あるリーダーシップを備えた組織形態へと導くことである」と。つまり、上から押し付けられた画一性や全員一致の相互作用ではなく、多様性がぶつかりあう相互作用ということ。疑問や批判に晒されることでダイナミックな合意に至り、グループの創造的緊張を維持・増幅させる個性を奨励する。そんなジャズをイメージをマルコム X の存在自体にダブらせて語っている部分がすごく面白い。

ただ、この本に関しては、もちろんそういう目的だから(つまり、学術書なんだから、ということ)当然と言えば当然なんだけど、それほど読みやすいわけでも、わかりやすいわけでもない。それなりの予備知識がないとちょっとシンドイ部分もあるし、訳書で 170 ページ程度の文量のわりに、けっこう手強い一冊なのは確か。それでもこれまでに 50 万部以上売れてるってのはすごいことだな、と思いつつも、誰にでも取っ付きやすい一冊かというと、必ずしもそうではないっていうのが読後の率直な感想だったりもする。

ただ、この人の活動をいろいろ見ていると、その辺に関してはすごく自覚的で、だからこそ、書籍に関しては(少なくともこの本に関しては)、あえてそうしているような気もする。"Never Forget: A Journey of Revelations" のレビューでも書いた通り、個人的には、名前と顔は知ってたけど、強く興味を持ったキッカケは、最近 "Democracy Now!" に出演した(リンク先で動画とテキストが見れる)のを見たことだった。それでいろいろと調べてみると、"Never Forget: A Journey of Revelations" のように本格的なアルバムを出してたり、TV などにも積極的に出演したりしてて、それは、本当に伝えたい人たちにメッセージを伝えるには、小難しい学術書だけでは不十分だから。実際に、TV にしろアルバムにしろ、彼のオーラル・パフォーマンスはすごく魅力的だし。

実は、ハーバード大学の教授だったときにこういう幅広い活動が、当時の学長だったローレンス・サマーズに批判されたことに激怒して、「私は自由で自尊心を持つ黒人だ。あのような態度は我慢ならない」と言ってプリンストン大学に移ったりしてて、このニュースは当時、日本でもちょっと話題になった。因みに、ローレンス・サマーズはクリントン政権後期の財務長官。ハーバードの学長になったのはその後で、女性蔑視発言が原因で 2006 年に辞任してる。財務長官時代には「サマーズに謙遜を求めるのは、マドンナに貞操を期待するようなもの」と評されたほど傲慢だと言われていて、自由貿易とグローバリゼーションを推し進めたことでも知られている。今起こってる金融危機の種を蒔いた元凶のひとりと言われてて、そうであるにもかかわらず、オバマ政権の国家経済会議(NEC)の委員長になることが決まっている。そんなサマーズに関しては "Democracy Now!" のインタビューでも触れてるけど、この人事が今後どういうことになり、それに対してコーネル・ウェストがどんなコメントをするのか、ちょっと注目だ。

さすがにアフロ・アメリカンの教会の神学者だけに、"Never Forget: A Journey of Revelations" や "Democracy Now!" のインタビューなど、オーラル・パフォーマンスのほうが彼の本領が発揮されるっていうか、メッセージとかグルーヴ感(これが大事)が伝わりやすいし、とっつきやすい気はするけど、しっかりと噛み砕くならやっぱりテキストのほうがシックリくる。他にもたくさん著作がある(最近も新作 "Hope on a Tightrope: Words and Wisdom" が出たばかり)ので、もっと訳書で読める環境になるといいな、と。この本自体もそういうキッカケで(原書の出版から 15 年の時を経て)翻訳・出版されたんだけど、やっぱり、バラク・オバマが大統領になるってことはアフロ・アメリカンのみならず、アメリカの歴史の中でもとてつもなく大きなことで、ちょっと気を許すと、もう人種問題は解決されたとか、問題なく解決に向かってるかのような誤解を生みかねない状況だったりもすると思うので、そういう意味でも、キチンと勉強しないとな、とも思う。

ただ、今回出版されたこの『人種の問題』の訳書に関しては、気になる点と解せない点もある。気になる点は、翻訳について。原書を確認したわけじゃないけど、彼のオーラル・パフォーマンスを聞いた印象と訳文の文体にちょっとギャップを感じるというか、もうちょっとファンキーな感じの文体で訳しても良かったのかも、と思ったり。それとも関連するけど、解せない点は装丁デザイン。これはあり得ない。知らずに店頭で見かけたら間違いなくスルーする。せっかく、本人のルックス的にもキャラクターが強烈だし、邦題(サブ・タイトルも)の付け方も含めて、もうちょっとアフロ・アメリカン・カルチャーに結び付くようなデザインにすればいいのに(例えば、前にレビューした『少年フィデル』なんか、すごく成功してると思う)。出版元はどうもキリスト教系の書物を中心に出版してる会社みたいだけど、それにしてもこれはない。もったいなさすぎ。

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