2009/01/19

How to direct a dream team.

スティーブ・ジョブズの流儀』 リーアンダー・ケイニー 著 三木 俊哉 訳  
白夜書房)  Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books

ウォズ(スティーヴ・ウォズニアック)の『アップルを創った怪物』のレビューの中で、「特に最近はピクサー〜 iPod / iPhone の成功もあって、時代の寵児として派手に表舞台で紹介されることの多いジョブズ」って書いたけど、まさにそんな内容の一冊で、原書は 2008 年に出版された "Inside Steve's Brain"。最近はスティーヴ・ジョブズ / アップル絡みの本はハズレも多いんだけど、本書の著者は "The Cult of Mac" などでも知られる wired.com のエディターで、10 年以上アップルを取材してきてるだけあって、さすがにそういったものとは一線を画してて、なかなか読み応えがあった。

自らの個性を事業哲学にまで高めた男がここにいる。

序章にこんな言葉がある。これが著者の抱くジョブズ像であり、本文でそれを具体的に説明していく。取り上げてる項目は、フォーカス・独裁・完全主義・エリー ト主義・情熱・発明欲・ケーススタディ・トータルコントロール。良くも悪くもジョブズにピッタリな、一般的な「ジョブズ像」みたいなモノとして挙げられがちなイメージだ。そのそれぞれについて、具体的な事象やジョブズ本人及び周辺の人物(スタッフや元スタッフ、ジャーナリスト等)の発言を用いながら説明し、一般に語られる「ジョブズ像」と一致する部分と間違ってる部分を指摘しつつ、ジョブズの仕事の仕方(日本語タイトルを使えば「流儀」ってことになるのか?)を描いてる。

時期的には、第 1 次アップル期(アップル設立から追放されるまでの時期)〜ネクスト・ピクサー期〜第 2 次アップル期(アップル復帰から iPhone 発売後の現在)まで、一通りカバーしてるんだけど、時系列で語るんじゃなくて、時期的には古い話と最近の話が随所に混ざってるんだけど、キチンとわかりやすく述べられてるんで、混乱せずに読める。こういうまとめ方って、簡単そうだけど、読んでわかりやすくまとめるのは実は難しくて、相当キチンと整理して理解してる人が意識的に書かないとなかなかこうはならないんだけど(書いてる人だけわかってて、んでる人にはわかりにくいものは多い。特に学者系の人の本に多い気がする)、さすがに造詣が深い著者らしく、スッキリまとまってる。

デザインというのはおかしな言葉だ。デザインとは見かけのことだと思ってる人がいる。だがもちろん、もっと掘り下げれば、しれはじつは機能のことだとわかる。Mac のデザインは見た目ではない。まぁそれも一部ではあるが。何よりもそれは機能そのものだ。何かをきちんとデザインするためには、それを理解しなければなら ない。

これはジョブズの考えをすごくよく表してる言葉で、実際にアップルの製品に貫かれてる特徴だと思うけど、これがなかなか、わかっちゃいるけど難しいところだったりもする。ジョナサン・アイヴが「おもしろいのは、そうしたシンプルさ…、ほとんどあつかましいくらいのシンプルさと、それを表現することから、今までなかった製品が生まれたことです。でも、今までにないというのが目的ではありませんでした。実は、他とは違うもの をつくるのはとても簡単なんです。何が刺激的だったかというと、他にはないその個性が、シンプルさをこうして追求した結果なんだと気づきはじめたことですね」って言ってる通り、徹底的に考えて、試して、っていう、本来当たり前のことを、当たり前じゃないくらいやる中から生まれる洗練こそ、アップルそのものなんだなぁ、ってあらためて感じる。

あと、ジョブズのスタッフの使い方について、いい意味でも悪い意味でも、その極端さが論じられることが多いけど(「暴君」から「最高のモチベーター」まで)、これを読んでてすごく感じたのは、企業のマネージメントというよりも、トップ・レベルのプロ・スポーツのチーム・マネージメントに似てるというか、そう理解すると全然極端じゃないというか、すごく真っ当に思えてくる、ってこと。能力が高く個性の強いメンバーを束ねて、
お互いにプロフェッショナルとして、それぞれの役割で最高のパフォーマンスを求めてる。アイデアに金を出すんじゃなくて人間に金を出すんだ、と。ジョブズの考え方や振る舞いは、企業として考えると、ちょっとエキセントリックに捉えられがちだけど、プロ・スポーツの監督だったら、そのくらい当たり前だし。そういう意味では、アップルってのはドリーム・チーム(もちろんバルサがイメージ)みたいなものだし、それこそ、ヨハン・クライフとかサー・アレックス・ファーガソンとかジョゼ・モリーニョとかと比べてみると面白いのかも、なんて思ったり。みんな、相当クセがあるし。 

その辺のことをすごく感じさせるのは、ジョブズだけでなく、周りのスタッフや元スタッフにも広く取材をして、彼らの発言を多く引用してるから。彼らの発言が、なんかサッカー選手のコメントみたいだな、って思うところもあったりするんで。監督をリスペクトしてるし、チームも尊重するし、もちろんプライドもあるし、アピールもしたいし、でも、ちょっと怖がってるところもある、みたいな。そういうカタチで多くの発言も使いながらジョブズ像を浮かび上がらせてる点が本書の特徴であり、面白さでもある。個人的には、すごく興味のあるジョナサン・アイブの発言がたくさん紹介されてる点が嬉しい。ジョナサン・アイブは、去年の 10 月のスペシャル・イベントのキーノート・アドレスでユニボディを紹介してたけど、ジョブズのアップル復帰後の製品のデザインを手掛けてきたデザイン・チームの中心人物で、最近〜現在〜未来のアップルを語る上でも外せない最重要人物のひとりだと思うんで。

あと、個人的に好きだったのは、ジョブズが洗濯機を買ったときのエピソード。巨万の富を得たジョブズだけど全然浪費家じゃなくて、むしろ、最高のモノしか認めない極端なモノの選び方をするらしく、自宅の洗濯機を買い替える際に、家族全員を巻き込んで 2 週間、デザインから水と洗剤の消費量、洗濯のスピード、衣服の痛み具合、さらには、洗濯で一番大切なのは何なのか(!)についてまで、徹底的に議論したらしい。最終的に買ったのはドイツ製のモノで、水と洗剤の使用量が格段に少ないんだとか(決して安くはないらしい)。基本的には、大量生産・大量消費の物質社会を善しとする企業経営者が多いアメリカにあって、やっぱり異彩を放ってる。シンプルさを求める志向といい、モノづくりにかける強いこだわりといい、ある意味、昔の日本人っぽいところがすごくある(実際、本人も傾倒してる)し、そういう部分は、むしろ見習わなきゃ、って思ったりもする。

全体としては、歴史の流れを時系列に把握したい場合にはちょっと不向きかもしれないし、
ウォズの『アップルを創った怪物』のレビューでも書いた通り、決して単純に「ジョブズ=アップル」って図式じゃない(ウォズの影響も相当大きい)とは思うけど、アップルについてあまり詳しくない人でもわかりやすくまとまってるんで、アップル / ジョブズ好きだけじゃなく、ジョブズ入門書としても楽しみやすい一冊かな。

ただ、訳文に関して、独特な言葉遣いは原文も載せて欲しいかな、とは思ったけど。例えば、「宇宙をへこませたい」って言葉が出てくるんだけど、原文でなんて言ってるんだろう? って、ちょっと気になるし(アメリカのアマゾンの Search Inside! で目次を確認したら '
Putting a Ding in the Universe' って書いてあった)。そういう言葉が多いのもジョブズ / アップルの特徴・魅力だと思うんで、そういうのがもうちょっと載ってると、もっと面白いと思うんだけど。

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