2009/03/04

Ocean 2 ocean. Mind 2 mind.

ホクレア 星が教えてくれる道 内野 加奈子 著 (小学館)

近代的な航法に頼らずに、星・月・空・潮流・風・漂流物・海鳥などの自然の情報だけを頼りに太平洋の大海原を自在に往来することを可能にしていたスター・ナヴィゲーションと呼ばれる古代ポリネシアに伝わる古式航海術を現代に復活させたハワイのナイノア・トンプソンとホクレア号に関する書籍はこれまでに何冊か取り上げてきたけど、これまでに取り上げたモノと最も大きく違う点は、著者の内野加奈子さんは実際にホクレア号に操舵士として乗船したクルーだってこと。しかも日本人。これが大きなポイントで、本書をとても魅力的にしてる部分でもある。

実際にクルーなのでプラクティカルな面の描写ももちろんすごくリアルだし、同時に、世代のそれほど離れてない(正確な年齢は知らないけど、それほど離れてないはず)日本人である彼女の綴る言葉は、いい意味で親しみやすいっていうか、洋書(の訳書)・古典・学術書なんかで感じがちな「妙な距離感」がなくて、感覚的にもすごくリアルに響いてくる。でも、テクニカルな部分とか歴史とかに関しても適度にキチンと説明されてるし、決して読みやすいだけで内容が薄っぺらなモノでもなくて、ありそうでなかなかない感じの一冊になってる。

あと、もうひとつの大きな特徴は、要所要所に内容に即した素晴らしい写真(フォトグラファーでもある著者自身が撮影したモノ)が、キレイに、すべてカラーで掲載されてること。装丁的というか、本の作り的には全ページがカラーになってるのかな? すごく自然に、効果的に、そして美しく写真が活かされてる。

本書の内容は、ホクレア号の母港であるハワイから、ナイノア・トンプソンに古式航海術を伝えたマウ・ピアイルグの住むミクロネシアを経由して、日本までやってきたホクレア号の 2007 年の航海について綴ったモノで、著者は航海の後半部分、ミクロネシア〜日本の部分にクルーとして乗ってるので、当然、その部分がメインになっている。
「ただがむしゃらに危険を冒して挑戦することとは、根本的に違う旅」
彼女はホクレア号の旅をこう表現してる。それは「ホクレアに刻み込まれた歴史と経験。共に旅するキャプテンやクルーへの信頼。そしてホクレアをここまで導いてきた何か大きな力」によって実現するものなんだ、と。

彼女の乗船したパートもふたつに分かれてて、前半はミクロネシア〜沖縄までの大海原のパートで、後半は沖縄から九州・瀬戸内海を経て旅の終着点である横浜に至るパート。もちろん、大海原の部分も面白いんだけど、同じくらいに日本の部分も面白くて、それはつまり、今も昔も変わらず、旅はどこかからどこかへ行くのが目的なんじゃなくて、行った先に何かがあったり、誰かがいたりするんだってことなんだろう、と。だからこそ、航海としては決して冒険とは言えないであろう日本の部分も、外洋の航海部分と同じくらい面白いんだし、著者が日本人であるからこそ感じることや書けること、さらに、クルーのひとりの「この航海は、日本人に日本という場所が持つ神聖さを思い出させるものになると思う」って言葉が載ってるように、日本人であるからこそ気付けずに、仲間のクルーに指摘されてあらためて気付いたことなど、やっぱりそういう部分も「旅」なんだな、なんて思ったり。

すごく面白かったというか、ビックリしたのは、ミクロネシア〜沖縄で遭遇したという「凪」について。「凪」って言葉は知ってるから、一応、波や風が穏やかになることがあることは知ってるけど、あくまでも「穏やか」なだけで、外洋の大海原で波・風が止まるなんて想像もできないけど、「見渡す限り、鏡のような海。空に浮かぶ雲が、そのままのかたちで海の上の映り、そんな海がずっと水平線の彼方まで広がってる」なんて状態があったらしい。写真も載ってるんだけど、ホントに波がなくて、すごく不思議な光景。

個人的にすごく気に入ったのは「カヌーは島で、島はカヌー」って言葉。つまり、限りあるものを分け合って、支え合いながら生きている、ということ。その象徴がカヌーであり、島であり、基本的には、規模がもっと大きくなっても変わらない、それが地球であっても、同じことだろう、と。

あと、ホクレア号に限ったハナシじゃないけど、日本の部分を読んでてすごく感じたのが、「船の旅っていいな」ってこと。前にレビューした『未来の国 ブラジル』で、リオ・デ・ジャネイロに船で到着することを評して「リオは女性の柔らかな腕を差し伸べて、引き寄せ優しく抱擁して身を任せ、見る者にある種の官能を与える」って言ってたのが忘れられないんだけど、船から見る日本のさまざまな風景(特に瀬戸内海とか)は絶対にヤバイ。メチャメチャ見てみたいなぁ、って。他の交通手段とは違う味わいがあるはず。

文量も多過ぎないし、本自体も大き過ぎないので、旅先とかで読むのにピッタリな一冊と言えるのかも。間違っても混雑した山手線とかで読んじゃったら、すごくもったいないの要注意(大失敗だったんで)。

0 comment(s)::