2009/03/17

Slow and slower.

カルチャー・クリエイティブ ― 新しい世界をつくる 52 人

. :辻 信一 著(木楽舎)

文化人類学者・環境運動家であり、「100 万人のキャンドルナイト」の呼びかけ人や NGO ナマケモノ倶楽部の世話人等としても知られる辻信一氏の 2007 年の著作で、雑誌『ソトコト』の連載「スロー・イズ・ビューティフル・ダイアローグ」からセレクトしてまとめ、ソトコト新書として発売されたモノ。『ソトコト』はあまり読まないんで、「スロー・イズ・ビューティフル・ダイアローグ」って連載についてもよく知らなかったし、著者についても、いろいろなところでちょこちょこと目や耳にすることはあっても、それほど詳しかったわけでも思い入れがあったわけでもないんだけど、本書の中で著者がゲーリー・スナイダーと対談してるって知ったので、俄然興味が出てきて早速読んでみた、と。

タイトルになってる「カルチャー・クリエイティブ」ってのは「世界のあちこちで芽生えてる新しい文化の担い手」みたいな意味で、ポール・レイとシュリ・アンダースンの 2000 年の著作 "The Cultural Creatives: How 50 Million People Are Changing the World" によると「アメリカ社会で主軸となってきた近代主義(モダニズム)とも、それに対する伝統主義とも違う、新しい意識・価値観・行動パターンを持つ第三の潮流の人」のことを指してるらしい。

「スロー・イズ・ビューティフル・ダイアローグ」は、スロー・ライフを提唱してる辻信一氏が各界の「カルチャー・クリエイティブ」と対話したモノということで、このカルチャー・クリエイティブ』は、その中から 51 人+イントロダクションの 1 人を含めて、サブ・タイトル通り 52 人との対話を収録したモノで、環境活動家やフェアトレード・ショップの経営者、靴職人、有機農家、政治家から落語家やミュージシャンまで、さまざまなスタンスで活動してる人物が幅広く登場する。個人的には、その 1/52 のゲーリー・スナイダーに魅かれたんだけど、他にも、『さよなら消費社会』のカレ・ラースンやアースデイ東京代表の南兵衛氏、ちょっと変わったところではヒップホップ・アーティストの Shing02 なんかも登場してて、ちょっと面白い。

トータルで 450 ページくらいの新書サイズで、当然、ひとり当たり 10 ページに満たない程度の文量なんで、正直言うと、内容的にはちょっと物足りなかったりもする
んだけど(それぞれの人物ややってることが魅力的なだけに)、まぁ、たくさんの人物が紹介されてるんで、当然知らない人も多いし、ここから興味のあるところを掘っていくネタというか、インデックス的な意味ではなかなか面白いかな、と。そういう意味では、新書として正しいカタチと言えるのかも。

以下、気になった言葉を片っ端からメモ。あえて、誰の言葉かは書かずに。
  • 人々はお金を稼ぐ奴隷となり、人生を楽しむ余裕すら持っていない。
  • 「日本人はいい時計を作れるが時間がない。ブータン人は時計は作れないけど、時間はたっぷりある」
  • 成長は成長でも、精神的でスピリチュアルな成長、魂の成長、アーティストとしての成長を大切にする社会です。
  • 地中海人という意味のメディタレリアーニという言葉がある。私はイタリア人だけど、それ以上に地中海人だという意識がある。
  • 私の家は先祖から 500 年続いている。500 年の厚みがあるから 500 年先が見通せる。それが文化というものではないでしょうか。
  • 分け合い、譲り合う仏教の「喜捨」の考え方は、確かにシューマッハーを動かしたと思う。仏教の教えのせいか、私もビッグなものが好きじゃないんです。大きいものの背後にはいつも貪欲や利己主義が見える。ビッグ・マネー、巨大な家、強大な企業、そこには時分たちさえ良ければそれでいい、という考え方が共通している。一方、スモールとは私にとって自足、素朴さ、思いやりなどを意味する。だって、私はそもそも小さな存在ですからね、それに相応しい小さなシンプルな生き方があるはずなんです。 * シューマッハーとは、もちろん、『スモール・イズ・ビューティフル』の著者の E. F. シューマッハーのこと。F1 レーサーではない。
  • コスタ・リカ:スペイン語で「豊かな海岸」を意味する。世界で唯一の非武装永世中立国であり、国土の 1/4 が国立公園に指定されている。
  • ひとりにひとつの職場、ひとりにひとつの職業という凝り固まった考えを捨てて、ワーク・シェアリングしながら、複数の仕事を持って、それを自分の時間の中で柔軟に組み合わせて生きていくスタイルがこれから大事になってくると思う。個々人の内なる仕事の多様化です。
  • 移動することと定住することは必ずしも矛盾しないと思う。とくに自分の足でゆっくり旅をする場合には。そして、大地とつながってる場合には、ね。長年の旅によって、人は大地をよく見、知るということを学ぶ。しまいにはいつどこにいても、自分がどこにいるかを理解するようになるのさ。
  • 「特にアメリカには極端な自立志向があるという気がします。依存(ディペンデンス)が軽蔑されて、自立(インディペンデンス)が強調されるばかりに、相互依存(インターディペンデンス)という人間本来のありようが見えなくなる。思えば相互依存とは、生物としての生態学的な在り方そのものだし、社会的、文化的ということの意味そのものなのに。」「自立なんて幻想。北米人は '自立' という世間的なイメージに自分を合わせるために必死になっている。」
  • ホビ族の格言「人生におけるもっとも長い旅、それは頭から心へと至る旅」
  • この頃よく、「誰にでもすぐできる、やさしい、簡単な、盆栽」なんていうことが言われますけれど、私に言わせれば、そんなものはない。植物は生きています。それとつきあうのは面倒で、大変です。だからこそ、それなりの充実感とか悦びがあるのに。そうした時に私に何ができるかと言えば、そうした便利さや簡単さに乗じないこと。そして待つことなんです。
  • ぼくは不況の時のほうが人間は正常になると思っています。
  • 「雪が降ると、ほかのことができないんで、雪下ろしさえやってしまえば、1 日全部、自分の自由になる時間だって。こうしてストーブに薪をくべながら、道具作りをやってもいい、友だちを集めて語らってもいい。そして時には一杯飲んで」「そういう愉しさが、'雪に閉ざされた過疎の村' なんていう言い方をした途端、見えなくなってしまう」
  • 「市民がいなければ政治は成り立たない。すべての者が政治家である」。チェ・ゲバラの 1963 年の言葉です。
  • 「日本が唯一の被爆国だと思っている日本人は多いんですが、仏領ポリネシアでは、1996 年に停止されるまで、30 年間に 200 回近い核実験が行われていたそうですね」「その爆発の威力は広島・長崎の 2 万倍以上だといわれています
  • 「ラマダンとは、いわば愉しい不便、または聖なる不便。考えようによっては、ラマダン的なことこそ、我々現代の日本人は必要としているんじゃないか。ラマダンのひと月、アラブ世界では子どもからお年寄りまで、みんな日の出や日の入りに意識を集中して、それを基点に 1 日を過ごす。これはすごく面白いことです。太陽の動きとか、月の運行なんて日本人にはあんまり縁がなくなっているけど」「月が昇るとか日が沈むとかって人智を超えた自然の計らいごと。ムスリムにとっては神が決めること。それに合わせて動く。日本人やアメリカ人には何でも思いどおりになると思い込んでるところがあると思う」
  • 西洋では、その「時間がない」という観念から出発して、「時間の節約」を最重要のテーマとしてきたわけです。そしてテクノロジーによって時間を節約することで、つらい仕事から自分を解放し、のんびりとした時間を獲得しよう、と。でもこれがまさに罠だったわけです。時間の節約によって時間を得るというこの考え方によって、私たちは逆にますますのんびりとした時間を失っていった。皮肉ですね。
あと、個人的にはナマケモノとヤギのハナシがツボだった。ブラジルの先住民は、ナマケモノのことを「空を支える生き物」って呼んでるらしいんだけど、何がいいって名前がいい。存在感もスピード感も抜群。あと、長野でヤギを育ててる小林さんという人曰く、「日本人はヤギを育てろ。世界的に見ても日本は草の成長が早く、草はどこでも生える。でも、人間は草を食べられない。でも、草を食べたヤギは育ち、人間に乳や肉や毛を提供してくれる。つまり、ヤギの飼料は人間の食料と競合しない、と。それに、デカ過ぎないから都市近郊でも飼えるし、子どもでもお年寄りでも世話ができる」と。なんか、ちょっとヒントがありそうなハナシ。存在感もいいし。

スロー・ライフとかロハスとか、まぁ、ブッチャけ胡散臭さも感じるし、ちょっと警戒心を抱いちゃいつつも、かといって、全面拒絶するほどでもなくて、重なる部分も多かったりするから厄介だったりもするんだけど、そういうビミョーなモヤモヤ感は漂いつつも、ヒントはいろいろ含まれてるし、スピード感とか人選もなかなか面白いし、ひとつひとつのエピソードはすぐに読めちゃうんで、電車の中とかで読むのには適してるのかも。

まぁ、スローといえば、やっぱコリン・フレッチャー。『遊歩大全』で言ってた。ペースは「ゆっくり(slow)」か「もっとゆっくり(slower)」だって。

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