『続・傷だらけの百名山』
『新・傷だらけの百名山』
. :加藤 久晴 著(新風舎) ★★★☆☆
前にレビューしたジャーナリストの本多勝一氏の『「日本百名山」と日本人』で触れた、深田久弥氏が『日本百名山 』で選出した 100 座の憂うべき現状を綴った加藤久晴氏の著作。タイトルを見てわかる通り、一連のシリーズとなっている。続編が 2 冊も出版されたってことは、当然、一定以上の支持を得たってことなんだろうけど、読んでみればそれも合点がいくというか、なかなか笑えない内容。それぞれ 1994・1996・2000 年の出版なので、情報はちょっと古いところもあるけど、問題の本質は基本的に変わってないし、むしろ悪化してるのかも。
著者の加藤久晴氏はもともとテレビ局の番組制作者ということで、それほどハードコアな山男ということではないらしい。しかも、サラリーマン(一般的な企業とはちょっと違うと思うけど)。だから、わりと普通にいる山好きの人みたいな印象で、だからこそ、そういう、わりと「普通の山好き」と同じようなスタンスで書かれているので、親近感が持ちやすかったり、実感しやすかったりする。
「百の頂きに百の喜びあり」と深田久弥氏が書いてから幾星霜、『傷だらけの百名山』は百名山がどんなことになっちゃってるかを記したものだってことはタイトルから容易に想像できるけど、問題点を抉り出して責任者を糾弾するような、いわゆる社会派な、ちょっと「重い」感じのイメージがあったんだけど、実際にはそうでもなくて、問題点についてはもちろん指摘してるんだけど、同時に山の良さとかそこにたずさわる人の想いとかもキチンと触れられてて、思ったよりもいい感じに「重過ぎない」、でも「軽過ぎない」印象。わりとスルッと楽しみながら読めちゃう。
そうは言っても、もちろん、決してただ楽しい内容ではなくて、特に冒頭から白馬岳と八ヶ岳っていう行ったことのある山が紹介されてたりするんで、全然笑えないというか、かなりリアリティを持って実感できちゃったりしたんだけど。もちろん、『日本百名山 』の 100 座すべてを取り上げてるわけではなく、『傷だらけの百名山』で取り上げられてるのは白馬岳・八ヶ岳・白山・富士山・槍ヶ岳。著者が首都圏在住・勤務だからなんだろうけど、いきなり 5 つのうち 3 つも行ったことがある山が取り上げられてて、なんとなくモヤモヤと感じてたことだったりもしたんで、わりと実感を持って読めちゃった。
個人的には、長野オリンピック招致にまつわるリフトとジャンプ台建設のヒドイ話と、1972 年の札幌オリンピックのときにオリンピック招致をしていて、本命と目されていたカナダのバンフの開催予定地がバンフ国立公園内にあり、 自然破壊の恐れがあることを WWF 会長が IOC 委員に手紙を送り、結果的にバンフ開催が見送られた(結果的に開催地になった札幌にも同じ問題があった)ってハナシが引っかかった。前者に関しては、ゴルフ場と並んで、スキー場の存在に関してすごく疑問を感じてて(決して、ゴルフとスキーという競技自体を全面的に否定してるわけじゃない)、でも、同じようなことを感じてる人が思いの外、少ない感じがするから。わりと、誰も言わないし、共感してもらえないんだけど、なんでなのか、メチャメチャナゾで。後者に関しては、今、まさに旬の話題というか、ちょうど IOC が東京に来てたらしいし。「環境に優しいオリンピック」とか、それ自体が自己矛盾を孕んでるとしか思えないんだけど。もちろん、反対してる人もいるし、視察先でデモをしてたらしいんで、ちょっとホッとしたけど、少なくともマスメディアは、箝口令(言論統制?)でも出てるのか、わかりやすく口を揃えて招致に賛成してるし。まぁ、前回の東京オリンピックにそれなりの意義があったらしいことは理解できなくもないけど、今さら東京でオリンピックとか意味不明の何物でもないし。まぁ、もっと言うとオリンピック自体、どうかとも思うし。ちなみに、文庫版の解説はアルピニストの野口健氏。
2 作目の『続・傷だらけの百名山』は、「まえがき」にも描かれてるけど『傷だらけの百名山』よりも、より周辺情報というか、問題提起というか、山自体だけでなく、開発による環境破壊やそれに対する反対運動などにもフォーカスを当ててる。取り上げてるのは谷川岳・丹沢・奥日光・旭岳・利尻山・苗場。「遭難死者数世界一の山」こと谷川岳は去年行って、まさにここに書かれてる通り、ウンザリした(そのときのことはここに日記が書いてある)ので、のっけからガツンとヤラれた感じ。苗場も某野外フェスティヴァルに仕事で行ったときに唖然とした記憶があるのでリアルにイメージできるし。ここでは、その開発を行った K という会社(たぶん、何年か前になくなったここのことかな?)の地元に対する仕打ちとかも克明に描かれてて、よりルポタージュっぽい内容になってる。
そういえば、ちょっとハナシがズレるけど、ちょうどこのスキー場絡みで、前からすごくナゾなことがあって、たくさん開催されてる野外フェスティヴァルをアウトドアとかエコロジーとかと無理矢理結びつける風潮にもすごく違和感を感じるんだけど、なんで誰もそれに疑問を呈しないんだろう? アウトドア・ブランドやショップもひとつのビジネス・チャンスとして利用してる感があるけど(夏前くらいになると必ず「野外フェス向けキャンペーン」みたいのが大々的に展開されてる)、すごく疑問を感じる。「傷だらけの百名山」のハナシとはちょっとズレるけど、本質的には同じ問題の気もするんで。本多勝一氏が言うところの「メダカ社会」というか。たぶん、百名山病はちょっと年配の世代の人に顕著な病だとすると、野外フェス病はより自分に近い世代の病のような気がしてるんで、これはこれで、より自分にとってはリアルな問題っぽい気がしてる。
ともあれ、この『続・傷だらけの百名山』はよりルポタージュっぽい内容ではありつつも、いい部分(上手く環境が保全されてる例とか、そのために活動してる人たちとか)についても触れる姿勢も貫きつつ、さらには、問題を提起したりするべき報道、特に TV にまつわるいろいろな問題(直接関係ないけど、ドラマに自動販売機が写らない理由とかも面白かったし。自動販売機については、個人的にもいろいろ思うところがあるんで。良くも悪くも)とか、車の排気ガスとか皇族山行の問題なんかにもふれながら、前作同様、読みやすい感じにまとめられてる。文庫版の解説は、『「日本百名山」と日本人』のレビューでも触れた通りジャーナリストの本多勝一氏。
3 作目の『新・傷だらけの百名山』はシリーズ完結編ということで、羅臼岳・斜里岳、大朝日岳、平ヶ岳、尾瀬・至仏山、赤城山、大菩薩嶺、天城山、大山、久住山、宮之浦岳、さらに(百名山じゃないけど)武甲山等の惨状に触れてる。前作 2 冊とはちょっと趣向が違ってて、『週刊金曜日』等に掲載したモノに幾つか加えたものが第 1 部で、ブナ林の素晴らしさと現状の問題点を訴える「ニッポン・ブナ山紀行」という、必ずしも百名山に限らない問題も第 2 部として紹介されてる。ここで取り上げられてるのは巻ノ沢岳(山形)、博士山(福島)、三頭山(東京)、西丹沢・大室山(神奈川)、大台ケ原(奈良)、安蔵寺山(島根)。『週刊金曜日』等に掲載したモノなんで 1 本の原稿が短めで、結果としてたくさんの山がちょっとずつ取り上げられてる。
まぁ、山は違えど言わんとしてることは基本的に前作 2 冊と共通してて、スタンス的にも『続・傷だらけの百名山』に近い。自分で行って、見て、聞いて部分プラス調査・取材って感じ。個人的に行ったことがあるのは大菩薩嶺だけ(宮之浦は近くまで行ってるけどルートが違う)なんで、前作 2 冊よりは実感は薄いけど、まぁ、どこもなかなかヒドイ感じ。ヒネクレ者のモノ好きだからか、どれだけヒドイのか、自分の目で見てみたい気もしちゃうくらい。まぁ、他に行きたいところを見つけたほうが健全だと思うけど。あと、直接関係ないけど、ちょっと面白かったのが、「日本では自動販売機だけで原発一基分の電力を消費していると言われている」ってハナシ。ソースが書いてないから詳しくはわかんないけど、ちょっと興味があるハナシではある。文庫版の解説は去年、『脱百名山登山学』という本を出してるらしい石井光造氏。石井氏については何の予備知識もないんだけど、出版社のサイトに書かれてる本人の言葉を読む限り、ちょっと興味深い感じがしてるんで、機会があれば読んでみようかな、と。
人間が単に足を踏み入れるだけでも、多かれ少なかれ生態系への何らかのインパクトを与えている ー 登山者のモラルを考えるさいに、つねに立脚点としなければならないのはこの点ではないだろうか。(中略)究極的な考え方をすると山行そのものの否定につな がりかねないのであるが、そうならないためにも、われわれは山行にさいして最大限の注意と配慮をしなければならないだろう。『続・傷だらけの百名山』で加藤氏もこう述べてるんだけど、やっぱりこの問題は避けて通れない。行けば行くほど考えちゃうし、考えれば考えるほどそう思っちゃう。「共生」って言葉が一般化したのは 1992 年にリオ・デ・ジャネイロで開催された地球サミット(環境と開発に関する国際会議)だったらしいんだけど、それから 15 年以上経ってるのになかなかリアリティが感じられない。これは山行に限らず、人間の文明活動全般にも言えることなんだけど。ある種の自己矛盾みたいなモノ。それこそ、「環境に優しいオリンピック」とか野外フェスティヴァルと同質の自己矛盾。まぁ、これは、もう、程度の問題であるとは思うけど、同時に、少なくともその自己矛盾に自覚的であることはすごく大事だし、最低限必要なことだとは思うけど。
まぁ、3 冊で加藤氏が述べてる考え方に 100% 諸手を挙げて賛成したいわけじゃないし、細かいところではイマイチピンとこない部分もないことはない。例えば、異常に嫌煙家であるわりに嫌酒家(こんな言葉があるのかナゾだけど)への配慮はあまりないこととか、やたらと山で缶ビールを飲みたがることとか。そんなに目くじら立てて大人気なく非難する気はないけど、ちょっと疑問ではある。あと、論調も主観をわりと乱暴で断定的な書き方をしがちな感じもあるんで、抵抗を感じる人もいそうだし(個人的にはそうでもないけど)。でも、まぁ、そういう細かいところはあるにしても、大意としては十分理解・共感できるし、いろいろ考えさせられる部分は多いな、と。原書の出版はリベルタ出版というあまり耳馴染みのない出版社で、文庫版は自費出版にまつわる問題を起こした新風舎なんで、正直、ちょっとどうなんだろう? って感じもあったんだけど、そういう問題と本自体はもちろん関係ないんで。
2 comment(s)::
これも興味深い記事ですね。要は百名山やその周辺がいつの間にか自然破壊にもつながるビジネスに合った環境になり人間共がその環境で当たり前のように過ごしているという事でしょうかね!?
今度「傷だらけの百名山」読んでみたいと思います。雪が融けてこれから山も緑のシーズンに入りますが今一度【自然】について見直して行きたいと思います。
ちなみにそちらのブログにお邪魔できた経路はKJが見つけて教えて貰いました。
まぁ、ご察しの通り。谷川岳のこととか思い出せば、想像はつくでしょ。いろいろと考えないとね。
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