2009/03/25

Authorized confusion.

「日本百名山」と日本人

. :本多 勝一 著(金曜日)

ジャーナリストの本多勝一氏の著作。「貧困なる精神」シリーズの T 集でサブ・タイトルは「メダカ社会の共鳴現象」。これだけの情報から、ある程度内容の予想はつくんだけど、それは前からすごく気になってたことだったし、本多勝一氏ももちろん無視のできないジャーナリストのひとりだと思ってた(ちょっと変な表現だけど、「好き」ってのとはニュアンスが違う気がするんで)んで、早速読んでみた。

本多勝一氏は、(好き・嫌いはともかく)言わずとしれた日本を代表するジャーナリストなわけで、個人的には大学時代に読んだ『アメリカ合州国』(「合衆国」じゃない点がポイント)の印象が強いけど、石川直樹くんも『最後の冒険家』の中で本多氏の発言を引用してたように、冒険・登山への造詣も深い人物。その本多氏が『潮』・『朝日ジャーナル』・『週刊金曜日』 で書き継いできた名物コラムであり、それを中心にまとめて単行本化したのが「貧困なる精神」シリーズなんだけど、論調はダイレクト且つパワフルそのもので、なかなか刺激的なこのシリーズの一冊、しかもタイトルが『「日本百名山」と日本人』、サブ・タイトルは「メダカ社会の共鳴現象」なら、まぁ、言わんとしてることは当然、日本人登山者の「百名山好き」に警鐘を鳴らしてるモノなんだけど、それは自然破壊の面からだけではなく、精神構造の面からでもある。

具体的には、日本人の精神の貧しさを嘆きつつ、同時に著書『日本百名山 』で日本の山々から 100 座を選んだ深田久弥氏への批判でもあって、オリジナルは加藤久晴氏の『傷だらけの百名山』の続編『続・傷だらけの百名山』の解説として書かれたモノなんだとか。
傷だらけの百名山』シリーズは未読なのでこれから読んでみようと思ってるんだけど、内容はなんとなく想像できる。実際にそのいくつかに登ったときに実感もしてるし。つまり、登山客が殺到して圧倒的にオーバーユースだ、と。なんか、すごく目に浮かぶ。悲しいくらいに。

自分自身、トレッカーとしてビギナーなだけに、
日本百名山 』みたいなモノがあると便利ではあるし、使う気持ちもわからないではない。実際、最初はそういう傾向がどうしても強かったし。でも、元来ヒネクレ者だからか、こういうモノに頼り切りになることには抵抗もあったりするし、それ以上に、実際に百名山以外の山に行ってみて感じるのは「別に百名山じゃなくていい山じゃん」って当たり前の真実だったりもするんで。まぁ、考えてみれば、日本百名山 』自体、あくまでも一個人が、独断と偏見で選んだモノでしかないし、っつうか、そもそも『日本百名山 』自体読んだわけでもないから、深田氏がどんな人なのかも知らないし、どういう基準で、どのくらいの中から選ばれた 100 座なのかも知らないわけで。そんなのをバカみたいに鵜呑みにすること自体がオカシイ、と。

まぁ、考えてみれば当たり前なんだけど。でも、なんか、すごく引っかかってた。この「考えてみれば当たり前なんだけど」ってのがすごく大事だったりすると思うんで。考えてみれば当たり前」のことを「考えてもみないで盲従してる」って感じることがすごく多い気がするんで。この件に限らず。

実際にというか、案の定というか、日本中にはたくさんの「百名山ハンター」がいるみたいだし、アマゾンで「百名山」と検索すると本やら DVD やらがメチャメチャたくさんヒットするわけで。まぁ、そういう状況だってこと。本多氏の深田氏への批判もまさにこの部分に関するモノで、そういうことを想定できなかったとは思えないし、だとしたら軽率だし、100 座という線引きの下で選別することにどんな意味があるのか、と。本多氏は実際に深田氏との面識があるからこその批判でもあるんだけど。

そして、その根底にあるのは、本多氏が「メダカ社会」って呼んでる日本人の社会性みたいなモノ。権威に弱いというか、自分の意見の表明できないというか。誰かのお墨付きが付くと途端に、有無を言わせず評価が上がる感じ。特に海外のお墨付きだとその傾向は顕著。(最近もあったけど)アカデミー賞とか、グラミー賞とかもそうだし、海外で活躍するサッカー選手とかもそうだし。ちょうど、必死にメディアが盛り上げようとしてて、もはやちょっと痛々しかった WBC とかもそうだし。ある日本人 DJ が前に「海外レーベルからのリリースが決まったら、それまで見向きもしなかったくせに掌返した人がたくさんいてショックだった」って言ってたけど、まぁ、自分の目で(耳で / 頭で)判断して、評価して、表明することができないってこと。もちろん他者の論評自体には意味があるし(だからこんなレビューを書いてるわけで)、でも、あくまでも「他者の」論評でしかないわけで、それは「自分の目で(耳で / 頭で)判断して、評価して、表明する」ための参考にするのと鵜呑みにするのは全く違うことだし。考えてみれば当たり前」だけど、それがすごく大事だし、「考えてもみないで盲従してる」んだったらすごく危険だし。誰でも好き勝手なこと言えるインターネット時代であり、マス・メディアもその方向の迎合してきてるように感じる昨今なだけに。

そういうことを、モヤモヤとずっと感じてたんだけど、同じようなことを日本百名山にも感じてたら、こんなタイトルの本を見つけちゃって、思わず読んでみた、と。ただ、内容的には、前述の通り
名物コラムの「貧困なる精神」シリーズをまとめたモノで、その中の一編のタイトルがそのまま本自体のタイトルになってるだけなので、日本百名山 について一冊書かれてるわけではないどころか、20 編以上収録されてるうち、該当するのはほんの一部。そういう意味では、この内容だけを期待すると肩透かしというか、ちょっと違ってるんだけど。

でも、物足りないかっていうとそんなことは全然なくて、全体としてなかなか読み応えのある話が多い。さすがに。例えば、奇しくも同じ深田氏によるジョージ・L・マロニーの発言の世紀の誤訳(『ニュー・ヨーク・タイムズ』の記者に「なぜエヴェレストに登りたいと思ったのか?」と聞かれて "Because It's there" と答えた発言を「そこに山があるから」と訳したこと。見ての通り、'It' は明らかにエヴェレストであり、だからこそ、『ニュー・ヨーク・タイムズ』の記事にも 'It' と 'I' は大文字で記されてたんだとか)について詳しく論評されてたり。他にも、探検と冒険の違い(石川直樹くんが『最後の冒険家』で引用してたのもこの部分)とか、こないだレビューした『カルチャー・クリエイティブ』を書いた辻信一の『スロー・イズ・ビューティフル』の書評(本人曰く「書評にならない書評」らしいけど)が載ってたり、日本が行ったアジアでの戦争とアメリカとの戦争は区別すべきだって考え方(前者は「侵略」だけど、後者は「侵略者同士の喧嘩」で、質が違うし、まとめて考えるべきではない、と)とか。あと、スキー場とゴルフ場を環境破壊だって言い放ってくれてるところとか、個人的にはドンピシャリだったりして。前からすごく感じてたんだけど、そういうこと言う人はあんまりいないみたいで、なんでなのか、スゲェナゾだったんで。むしろ、「自然を満喫できる」的なトンチンカンなことを言ってる人が多い気すらするし。そういう意味では、思ってもみなかったシンクロがいろいろあったりもした一冊だった。

まぁ、ここで示唆されてるのはなかなか根深くて、なおかつ広範に渡る問題だと思うけど、決して無視できないし、キチンと考えていかないと、なんて、ちょっと襟を正さなきゃって想いになったりして。襟のついてる服なんてほとんど着ないんだけど、気持ち的には。

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