(音楽之友社) ★★★★☆ Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books
ちょっと前にレビューしたナラ・レオンの『美しきボサノヴァのミューズ』のエントリーで「ちょうどいろいろとボサ・ノヴァについてあらためて勉強してみたりしてるんだけど」って書いたけど、その一環として、やっぱりこれを読まないわけにはいかないなって思って読んでた一冊。去年は日伯移民 100 周年だったと同時に、ボサ・ノヴァ生誕 50 周年でもあったし、いい機会かな、と。
この『ボサノヴァの歴史』は、本文は上下 2 段組で約 450 ページ、巻末の資料を合わせるとトータルで約 500 ページにも及ぶ大著で、内容は解りやすすぎなくらいタイトル通り(原題は "Chega de saudade: a história e as histórias da bossa nova")。出版は 1990 年(訳書の出版は 1991 年で、2001 年に改訂されてる)で、ボサ・ノヴァ前夜の様子から中心的なアーティストの経歴、ボサ・ノヴァの誕生、アメリカでのブレイク、そしてその後の様子まで一通り網羅した内容。しかも著者のルイ・カストロ自身、その渦中に身を置いてたジャーナリストで、その動きに人一倍の思い入れを持って接してた人物だけあって臨場感は抜群だし、有名・無名のいろんなエピソードも紹介されてるし、資料性も高い。たぶん、日本語で読める資料としては基本中の基本って言っていい本なんじゃないかな。
まぁ、そんな本なんで、ボサ・ノヴァ好きにはたまらない一冊なんだろうけど、個人的には「ボサ・ノヴァ好き」か? って聞かれると、ちょっとビミョーというか、「好き」って即答できないような、何とも言えない感覚があって。ボサ・ノヴァって。
たぶん、まずボサ・ノヴァ自体がすごく誤解されて(世界的にもそうだし、特に日本ではその傾向がすごく強い)て、それが変な先入観みたいなモノを生み出してたりもするって面があって。個人的にも、実際、昔はそういう先入観からあまりいいイメージを持ってなかった(聴かず嫌いだった)部分もあったし、なんか、「ボサ・ノヴァ好き」の人って、妙に馴染めなかったりもしたし。でも、やっぱり、いろんな音楽を聴いてる中でニア・ミスすることは多いし、避けては通れないというか、無視できないというか、そういう感じもあったりして。あと、「音楽好きたるもの、ボサ・ノヴァくらい嗜んでないと」みたいな変な強迫観念みたいなものもあったりして。ボサ・ノヴァって、その評価と人気がキチンと確立されてるが故に独特の存在感があって。嫌いなら嫌いでその理由をキチンと説明できればいいんだけど、何となく「どっちでもない」とか、なんか言いにくい感じで。「どうつきあうにしてもそれなりに理論武装しとかないと」みたいに、なんか変に構えちゃってたところがあったりして。マイナーすぎるわけでもないし、高尚すぎるわけでもないし、ポップすぎるわけでもないし、尖りすぎてるわけでもないし、なかなか掴みどころがない。世界のいろんな音楽の中でも、そういう、何とも言えない独特な存在感を放ってる音楽な気がして。ボサ・ノヴァって。だから、キチンと整理したいな、と。
そうは言っても、別にそんな頭デッカチな理由だけのためにわざわざ勉強しようなんていうほどヒマでもマジメでもなくて、ちょっと前(って言っても、何年か前だけど)に、ピンとくるキッカケというか、「あ、そういうことか」って合点がいくようになったってのがあるんだけど。だから、フツーに(っていうか、純粋に)興味が出てきていろいろ聴くようになって、その中には当然、好きなモノもあればそうではないモノもあって、自分が好きなモノ / 嫌いなモノにはどういう傾向があるのかってことを知りたいから、年代とかアーティストとかレーベルとかについても知りたくなって、っていうわりと自然というか、まともな流れだったりもするんだけど。ただ、好きになって聴けば聴くほど、それまで持ってた先入観の原因になってた誤解とか、一般的に持たれてるちょっと歪なボサ・ノヴァのイメージにますます強く違和感を感じたりしてるのも事実なんだけど。まぁ、ボサ・ノヴァに限らず、ブラジル音楽全般について言えることなんだけど、ボサ・ノヴァは特にその傾向が顕著な気がするんで。
ボサ・ノヴァなんてもうたくさん。ちまちましたアパートの音楽を、2 人か 3 人のインテリ相手に歌うのも、もうたくさん。私が求めてるのはサンバなの。サンバには言うべきことがたくさんある。これこそ大衆の表現よ。どこかのちっぽけなグループが、他のちっぽけなグループのために作ったものなんかじゃない。それに、ボサ・ノヴァは私の家で生まれたという話だけど、あれは大嘘だわ。私には関係ない。全然関係ないのよ。あれは私の音楽じゃないし、本当の音楽でもないんだから。
「ボサノヴァは私の家で生まれたという話」って部分からわかる通り、これはナラ・レオンの言葉。ナラ・レオンのアパートに集まってた連中がボサ・ノヴァの中心人物になったからそう言われてるわけで、まぁ、全然間違いってわけでもないんだけど。ちょうど『オピニオン』を出した 1964 年頃の発言で、時期も時期だし、彼女の尖ってた部分が多分に反映されてる発言なんだろうけど、ある面ではボサ・ノヴァの本質を言い表してる発言でもあるように思える。まぁ、言い方は良くないけど、頭デッカチのインテリのボンボンのヌルい音楽みたいな、そういう面があるのも事実。実際、ブラジル人と話すとそういうニュアンスのことを聞くことがけっこう多いし。「今じゃ誰も聴いてないよ、ボサ・ノヴァなんて」とか、ちょっとイヤそうな顔で言われちゃう感じ。
まぁ、多くのブラジル人がそういう印象を抱いちゃったのは社会的・歴史的な背景とかがあるんで仕方ない部分もあるけど、アメリカでの誤解のされ方とか、アメリカ経由で伝わってきた日本でのボサ・ノヴァ観とか今の日本での受け取られ方はもちろん、本国・ブラジルも含めて、やっぱり、すごく誤解のされやすい音楽で、なかなか掴みどころのない音楽だったんだなぁ、なんて思ったりもする。
ジョアンの歌とギター、ジョビンの曲とアレンジ、ヴィニシウス・ヂ・モライスの詞で『想いあふれて』が生み出されたとき、そこから始まる音楽が、歴史の荒波や社会の変化を乗り越えて半世紀近くも生き延びようとは、当時のリオの人々は誰も思わなかっただろう。事実、ブラジルにおいては 64 年の軍事クーデターを境に、愛と微笑みと花を歌うこの繊細な音楽は、急激に衰退した。ボサノヴァは基本的に、ジュリアーノ・クビチェック政権下(1956 〜 1961 年)の高度成長期の希望溢れるブラジル、首都ブラジリアが荒野の真ん中に建設された輝かしい時代を象徴する幸福な音楽だったからだ。
これは国安真奈さんが訳者あとがきに書いてる文章なんだけど、ここでも挙げられてる『想いあふれて(Chega de Saudade)』がレコーディングされたのが 1958 年で、この曲が初のボサ・ノヴァって言われてるから去年がボサ・ノヴァ生誕 50 周年ってことになってて(異論もなくはないけど)、ここで国安さんが言ってることが、ボサ・ノヴァの特徴をすごく上手く言い表してる気がする。
要するに、奇しくもジョアンがとニュウトン・メンドンサが共作した "Desafinado" で 'Que isto é bossa nova, isto é muito natural.'(「それがボサ・ノヴァさ すごく自然なものなんだ」みたいな意味のはず。「ボサ・ノヴァ」って言葉はここで初めて使われたらしい)って歌ってる通り、ある時代にある場所にいた才能溢れるアーティストたちがクリエイティヴィティと遊び心を駆使して生み出した(ある種、「自然に」生まれた)アート・フォームだってことなんだろうな、と。それ以上でもそれ以下でもないし、それ以外の何モノでもない。他の多くの優れた音楽と同じように。「ある時代」の「ある場所」で生まれて、当然、本質的には時代と場所の制約を受けて、その影響を思いっ切り反映しつつも、同時に時代や場所を超える普遍性も持っていたってこと(たぶん、偶然の産物として)。だから、変な先入観を持つのもダメだけど、その音楽が生まれた時代的な背景みたいなモノを見ないで、上っ面だけ翳め取ってると、やっぱり核の部分は失われていっちゃう。その辺をキチンと受け止めて見定めてかないと、ってことだな、きっと(それこそ、'muito natural' に)。
まぁ、個人的には、「頭デッカチのインテリのボンボンのヌルい音楽」ってイメージは基本的には賛成。別に否定的な意味ではなく。時代背景を考えると、そうならざるを得なかった背景も解るし(ヌルくもなるはな。フランク・シナトラとかの時代だったんだから。マジメな話としては「若者」って概念が初めて確立された時代だってこと)。それに、「頭デッカチのインテリのボンボンのヌルい音楽」だからこそ、その中にそこはかとなく孕んでる微かな狂気みたいなモノが、シンプルな洗練の中に感じられて面白かったりしてて。あんなに静かでシンプルな中に、オリジナリティ溢れるメロディとリズム(バチーダって書くべきかな)とハーモニーと奏法と歌唱法とサウンドが全部込められてて、しかも歌があってもなくても成立して(どっちかが主って感じじゃなく)、だからこそいろんなカタチに変化・応用可能で、シンプルであるが故に幅が広く、奥が深い、かなりディープなミニマル・ミュージックって印象だったりする。
あんな顔(どんな顔だ?)して、実はけっこうブッ飛んじゃってるヤツな気がする、ボサ・ノヴァってヤツは。ただのオシャレさんだと思ってる(誤解してる)なんて、たぶん、もったいなさすぎ。
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