2011/03/28

Stories behind the unripe Apple.

『スティーブ・ジョブズの王国』 マイケル・モーリッツ 著
 林 信行 監修・解説 青木 榮一 訳(プレジデント社) ★ 
 Link(s): Amazon.co.jp

いわゆる 'スティーヴ・ジョブズ / アップル系' はこれまでにもたびたび取り上げてきたけど、コレは去年の末頃に出版されたわりと新しめの一冊。原著は 2009 年に出版された "Return to the Little Kingdom: Steve Jobs and the Creation of Apple" なんだけど、もともとは 1984 年に出版された "The Little Kingdom: the Private Story of Apple Computer" で、2009 年に増補版用のエピローグと解説を加えて出し直された。つまり、決して新しい書籍ではなく、むしろ、数ある 'スティーヴ・ジョブズ / アップル系' の中でも最古の部類に入るって 1 冊で(訳書も 1985 年に『アメリカン・ドリーム』ってタイトルで出てたらしい)、昨今のアップル / スティーヴ・ジョブズへの追い風に乗って、お色直ししてて再刊行された一冊って言えるのかな。

まぁ、埋もれてた過去のアーカイヴを掘り起こしてくれたって意味はあるけど、追い風に上手く便乗するような、ちょっと打算的な商売っ気みたいなモノも感じちゃうし、「アップルはいかにして世界を変えたのか」ってサブ・タイトルもちょっと内容とは印象が違うんで、ちょっといいとも悪いとも言えない、ビミョーな印象かな。確かに、アップルの上場は当時最大の規模だったらしいんで、そういう意味では '世界を変えた' って言えなくもないのかもしれないけど、現在のアップルのイメージで考えると '世界を変えた' って感じではなかった気もするんで。


原著の出版時期からもわかるように、ここで焦点が当てられているのはマッキントッシュ以前のアップルのストーリーで、具体的には、2 人の創業者、スティーヴ・ジョブズとスティーヴ・ウォズニアックの生い立ちからアップル III の発売までの時期。iMac や iPod、ピクサーはおろか、マック以前のハナシなんで、よっぽどアップル / スティーヴ・ジョブズ好きじゃないとなかなか厳しい一冊ってのが率直な印象かな。個人的には全然 OK だけど、昨今の追い風の中でちょっと興味を持ったってくらいの人にはなかなかハードルは高そう。

個人的に、ちょっと興味深かったのはジョブズの幼少時代のエピソード。父親に連れられて廃車の山から使える部品を拾ってきて機械イジりをしてたらしいんだけど、機械≒エレクトロニクスってモノがわりと身近になった時代・世代だっただけあって、こどもたちは夢中になって機械をイジってた中で(ウォズはある意味、その典型的なこどもだったみたい)、ジョブズが興味を示したのは(もちろん嫌いではなかったものの)機械そのものよりも、そこに捨てられている車の所有者がどんな人だったのかを想像することだったってハナシなんだけど、なんか、すごくジョブズらしい感じがする。まぁ、もちろん、ジョブズも人並み以上にはエレクトロニクスに興味はあったようで、ウォズの印象を「それまで会った人間の中で、僕よりエレクトロニクスについてよく知っていた初めての人間だった」って語ってたりもするんだけど。

もうひとつ、ジョブズらしいエピソードとしては、若い頃にハマってた(そして、おそらくその後の人生にも大きな影響を及ぼしてる)禅について語った台詞がなかなか興味深い。曰く、「禅は、知的理解よりも体験に価値を置いていた。たくさんの人がものごとを熟慮して取り組んでも何ごとも成し遂げずに終わってしまうのを見てきた。僕は、知的・抽象的な理解よりも、もっと意義のあるものを発見した人々に非常に興味を持った」と。なんか、その後のアップルの製品開発哲学と重ね合わせることができる感じがする。 

あと、ジョブズは当初、株式公開をしたがってなかったってハナシもちょっと興味深い。これまでにあまり聞いたことはなかったけど、まぁ、言われてみれば合点はいくハナシだし。ジョブズは(抽象的な意味での成功は求めてたかもしれないけど)もともと大金持ちになりたかったわけではなかったようだし、株主(株価)対策に追われて短期的な動きを強いられるのは決して本意ではないだろうし。

まぁ、2 人の人格形成期のエピソードはもちろん、いろいろなところで語られていることが多いけど、若き日のジョブズの(今以上の)傲慢さやエキセントリックさ、天才肌でイタズラ好きなウォズのギークっぷりは存分に描かれてて、それはそれでなかなか楽しんで読める。特に、パーソナル・コンピューティングの世界の背景にあった反体制的なマインドとか、有名なブルー・ボックスのハナシとか、チップ数を減らせば減らすほど高いギャラが得られるっていうアタリでの仕事で発揮されたウォズの才能(シンプルさを追求し、ソフトウェアとハードウェアの親和性を重要視する、後のアップルのエンジニアリング / プログラミングの哲学にも受け継がれる)とか、ゼロックスとの関係とか、アップル設立前〜設立直後辺りの、まだまだ長閑だった時代のエピソードは、他にもいろいろなところで読んではいたけど、やっぱりすごく面白い。

全体的な印象としては、それほどアップルに入れ込んでる感じではなく、クールに淡々と綴ってる印象。わりと好意的に描かれることの多いウォズに関しても、わりと否定的な面にも触れられてるし、ガレージから始まった会社が急速に成長した中で生じる官僚化とか、初期メンバーの過剰なエリート意識とか、ストック・オプションを巡るやっかみ合いとか、後のマックとリサの開発チーム間の争いにつながるような社内の軋轢とか、わりとネガティヴな面も詳細に描かれてる。

初期アップルについては、マック・チームのメンバーだったアンディ・ハーツフェルドが書いた『レボリューション・イン・ザ・バレー 開発者が語る Macintosh 誕生の舞台裏』ってクラシックがあって(レヴューしてたつもりだったんだけど、まだだったようなので、これも後々取り上げるつもり)、コレはタイトル通り、マック開発前後の秘話をたくさんの写真を使って、フル・カラーでわりとユーモラスに綴ったモノなんだけど、この『スティーブ・ジョブズの王国』はその前の時期のエピソードをわりとクールな視点で描いたモノって感じ。まぁ、アップル / スティーヴ・ジョブズ好きなら楽しめると思うけど、ちょっとマニア向けなのかな。
THE END OF THE ENTRY. PEACE OUT

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