2012/01/29

Mixing ideas. Mixing culture.

『ミックステープ文化論』 小林 雅明 著
(avex marketing Inc. / Avex Music Publishing Inc.)★★★★☆
 Link(s): App Store

右の写真だと新書みたいだけど、iPhone / iPad 用のデジタル・ブック・アプリケーションの『音専誌 The Music Mag』内でアドオンとして出版されたデジタル・コンテンツで、『音専誌』自体は無料だけど、この『ミックステープ文化論』は 350 円の有料アドオンとして発売されてて(上のリンクは『音専誌』のリンク。『音専誌』をアプリケーションし、そのアプリの中から購入するカタチになってる)、アプリケーションをインストールすれば冒頭部分を '立ち読み' ができる。

前にレヴューしたブライアン・コールマンの『チェック・ザ・テクニーク』の監訳者でもある著者の小林雅明氏は、R&B / ヒップ・ホップ系のライターとして古くから活躍してきた人で、個人的には、それこそ学生の頃くらいからいろいろなところで原稿を目にしてきたような感じ。まぁ、安直な言い方をすると、昔から「信頼できる R&B / ヒップ・ホップ系のライター」って思ってきた人の 1 人ってことになるのかな。

内容としては、インターネットを通じて大量に流通しているフリー音源、特に、ヒップ・ホップ / R&B のシーンを中心に 'ミックステープ' と呼ばれてるタイプの音源と、そういう状況が音楽シーン / ビジネスでどのような意味を持っているかってことについて、その起源から変遷を辿りながら、現在どのようになっていて、どんなことを示唆してるかについてまで言及してる。多くの音楽ファンが日々、忙しくチェックしてるであろうフリー音源の興味深い考察って感じかな。

個人的にはかなり興味深くて、同時に、わりと馴染みのあるテーマでもあったんで、わりと一気に読めちゃったかな。ちなみに、文字量は約 50000 字らしいんだけど、そう言われても、正直、イマイチピンとこなかったりする。文字の表示サイズを変更できるからページ数も意味がないし。まぁ、ヴォリューム的には新書くらいな感じなのかな? そのくらいの感じでサクッと読み切れた感じだった。

本書はこんな記述で始まる。

毎日毎日、面白そうなミックステープがネット上にアップロードされて、とてもじゃないけど聴き切れない。アメリカのヒップホップを中心に聴いている音楽ファンから、そんなうれしい悲鳴が聞かれるようになったのは、今から 2、3 年前のことだっただろうか。

個人的にもまさにこんな印象がある(「アメリカのヒップホップを中心に聴いている」って限定は要らないと思うけど)。インターネットで手に入るフリー音源は、それくらい質・量ともに充実してる。本当にチェックしきれない / 聴き切れないほどに(だからこそ、そういうモノをセレクトして紹介するサイトが成立したりするんだけど)。しかも、「一部の選ばれた人の特権ではなく、世界中のすべての音楽ファンが誰でも同じように」っていうのも大事なポイント。もちろん、一定以上の通信環境とか知識・リテラシーは要るけど、これまでのように、メディアやレーベル関係者等のいわゆる '業界人' である必要がなくなったって点は、過去 15 年くらいに渡って、少なからず関係者の立場で音楽に関わってきた立場だからこそ、強く感じる。これはもう、純粋に 1 人の音楽ファン / リスナーとしてメチャメチャ強烈な実感だし、30 年近い個人的な音楽遍歴の中でも、ちょっと他に同じレベルの出来事が思い付かないくらいの大きな衝撃だと思う。

ただ、この辺の感覚は実はけっこう個人差があるらしくて、頑なに '正規にリリースされた作品' を価値観の上位に置きたがる '正規リリース原理主義者' もいるし、よくわからずに「フリー音源=違法アップロード」だと思い込んで倫理的な理由とか(曖昧で不確かな)セキュリティ上の恐怖観念から避けてる人もいるし、もちろん、単純に知識とリテラシー不足で知らない人もいるし(レコードや CD の時代もそうだったけど、それまで以上に、知識とリテラシーがあればあるほど楽しめて、なければないほど楽しめないって性質があるんで。もう、残酷なくらいに)。

まぁ、個人の嗜好や考え方の違い、知識・リテラシーの質と量によって、フリー音源 / ミックステープの捉え方とか距離感は違ってるみたいだけど、確実に言えるのは、違法ではないフリー音源は増加する一方だってこと。もちろん、リスナーにとっては歓迎すべきことだし。だからこそ、音楽シーン / ビジネスがこの動向をどう受け止めて活かしていくのかっていう部分は、音楽シーン / ビジネスのみならず、モノの販売・流通やコンテンツ・ビジネスの在り方みたいな部分を考える上でも興味深いサンプルでもある。

結論部分で、筆者はこんなことを言ってる。

だからミックステープにまつわるお決まりの表現である「このクオリティの高さで、無料ダウンロードできるなんて」という驚きは一切不必要なのだ。
(中略)
ミックステープは、もはやアーティストにとっての単なるプロモーション・ツールではなく、音楽活動を持続させてゆく上でも求められるものであり、音楽業界の近い将来のビジネス・モデルとも絶妙にリンクしているのだ。

この引用部の冒頭の「だから」って部分が肝で、なぜ「だから」と書けるかってことを、ミックステープ自体の歴史から振り返りつつ、近年の、特にヒップ・ホップ / R&B のシーンを中心とした 'ミックステープ' の動勢を全 8 章に渡って論じているのがこの『ミックステープ文化論』ってことになる。

具体的には、以下のような章立てで構成されてる。  
  1. DJ の小遣い稼ぎから、ラジオのオルタナティヴ・メディアへ  
  2. プロモーション・ツールとして可能性を追求 
  3. 契約に結びつけるための、重要な武器としてのミックステープ
  4. コンピレーションから自主制作アルバムへと変化するミックステープ
  5. 速度と安定供給をキープしながらも、あらためて突きつけられた問題点
  6. アーティスト公認による無料ダウンロード化へ
  7. アーティストからリスナーへの、ダイレクトな音楽供給を目指して
  8. ミックステープから透けて見える、音楽産業のかなり近い未来

さらに、付記として「日本でのミックステープを取り巻く近況」と「ミックステープ名盤 10 選」が付くって構成。順に歴史を辿りつつも、3 章以降はもう 2000 年前後のハナシだったりするので、決して昔話ばかりって印象ではない。豊富な参照項目と「ミックステープ名盤 10 選」も親切だし。

でも、個人的には、ミックステープ黎明期のハナシ、それこそ手作業のダビングでカセットテープが作られてた時代が興味深かったかな、やっぱり。単純に知らない時代のことなんで。リアルタイムの記憶と結び付くのは 2 章辺りの部分かな。レコード店とかヒップ・ホップ系のセレクトショップとかでよく売ってたミックステープの時代。キチンと業者でダビングやらアートワークの印刷とかがなされてるんだけど、権利的にはグレーな音源で、でも、かなりのプロモーション効果があったために半ば見て見ぬフリをされて成り立ってた。その後、CD(R) の時代になり、デジタル・ダウンロードの時代になりって感じに現在に至ることになるんだけど、デジタル・ダウンロード以前の時代については、ユーザーとしては漠然と関わってたけど、あまり歴史的な流れとか全体像は意識してなかったんで、なかなか興味深かった。特に、ビーフなんかに絡んだタイムリーな話題をカヴァーする('聴く雑誌' 的な)メディアとしての役割とか、すごくヒップ・ホップならではの特徴だし。あと、初期のミックスの具体名も紹介されてるし、今でも聴ける場合はリンクも貼られてるんで、掘ることも可能だし。

もちろん、メインになるのは 3 章以降のブロードバンド環境下のインターネット普及以降で、フリー音源がどんな風に使われるようになったのか、メディアやプロモーション、テクノロジーの進化・発展・普及、違法性 / 合法性等、いろんな面に触れながら時代の変化やティピカルな成功例を挙げながら述べられてて、すごく面白い。特に、個人的には、この辺の動きはそれなりに熱心にフォローしつつも 、実は一番目立つところであるメインストリームの頂点の部分についてはあまり興味がなったりもするんで、その辺の情報がカヴァーできるって点でもありがたかったかな。

特筆すべき部分として、「ミックステープから透けて見える、音楽産業のかなり近い未来」って部分にまで踏み込んでる点もある。ここも大きなポイントかな。まぁ、ネタバレになるから詳しくは書かないけど、この部分が上に引用した「ミックステープは、もはやアーティストにとっての単なるプロモーション・ツールではなく、音楽活動を持続させてゆく上でも求められるものであり、音楽業界の近い将来のビジネス・モデルとも絶妙にリンクしているのだ」の部分につながるんで。曖昧にそれらしいことを言ってお茶を濁すような本が多い中で、ひとつの見解をしっかり述べてる点はすごく好感が持てるし、見解自体もすごく面白くて腑に落ちる指摘だし。そこで述べられてる方向性は、ある意味ではこれまで以上に厳しくアーティストにある種の資質を求めるモノでもあるし、個人的な音楽嗜好とかあるべきだと思ってる方向性と合ってるかっていうと、それはまた別の問題だったりもするけど。

あと、直接は関係ないけど、読んでて、何年か前に見た「音楽の違法ダウンロードを頻繁にしてるユーザーのほうが、していないユーザーと比べて、実は正規にリリースされた音源にもたくさん金を使ってる」ってニュースを思い出した(残念ながらソースが見つからなかったんだけど、確かイギリスでの調査だったかな?)。合法なフリー音源が増えてるとはいえ、違法なモノもグレーなモノももちろんたくさんあって(しかも、グレーにはかなりの濃淡もある)、そんなタイミングで、メガアップロード(Megaupload)が摘発・閉鎖されたニュース(音楽コンテンツだけが原因じゃないけど)が '違法ダウンロード・サイト' なんて誤解を生みそうな見出しで紹介されてたり(例えば CNN のこの記事とか)してて、ますます知識とリテラシーが重要になってくるのはもちろんだけど、同時に、やっぱりグレーの部分の取り扱い方が今後の音楽シーンを考える上ですごく大事なのかなともあらためて思ったりもした。明らかに悪質(って定義も難しいけど)なクロはともかく、グレーを認めずに杓子定規的にクロかシロかに分けようとしたり(=シロでないものはすべてクロとする)するよりも、フレキシブルにグレーを受け入れていくことのほうが現実的じゃないかな、と。まぁ、わりと前からそう思ってたんだけど、どうも、どんどん杓子定規方向に行きそうなイヤな予感がしてるんで。

まぁ、個人的に引っかかるっていうか、ちょっと物足りないっていうか、違和感みたいなモノがなくはないんだけど。それは、トピックがアメリカのヒップ・ホップ / R&B のシーンの動きに限定されてること。もちろん、本の趣旨自体がそういう目的だから良い / 悪いのハナシではないんだけど。ただ、同じような時期に、特にヨーロッパを中心としたクラブ・ミュージック、具体的にはテクノとかハウスとかドラムンベースのシーンでも('ミックステープ' って呼び方はあまり使われなかったけど)似たような動きはもちろんあって、でも、時期とか特徴とかに多くの共通点もありつつ、似て非なる部分もけっこうあるんで(もちろん、前提としての市場規模のサイズもけっこう違うし)。もちろん、どっちが良い / 悪いのハナシではないけど、単純に、音楽シーンのこういう動きを考えるなら、どちらも並列に見て、共通点や相違点、結び付きなんかを整理して把握しないと、イマイチ全体像が見えにくいかな、と。その '全体像' こそ、今、一番気になってる部分だったりするんで。

もちろん、その全体像を描くために知っておくべきアメリカのヒップ・ホップ / R&B のシーンでのミックステープを巡る動きを知る上ではすごく勉強になる資料だし、ヒップ・ホップ / R&B の熱心なリスナーじゃなくても、音楽ファンであればけっこう気になる問題でもあるだろうから、そういう意味でも読む価値は十分すぎるくらいあると思うけど。何より、単純にすごく面白かったし、これで初めて知ってチェックしたいい音源もけっこうあったんで。

ただ、アプリケーション自体の出来映えは、正直なところ、 イマイチかな。けっこうストレスが溜まる。一番引っかかったのはエディトリアル・デザイン。単純にカッコ悪いし、機能性もイマイチだし。もっとシンプルでフレキシブルなデザインにできたろ? って。ナゾの背景画像なんか要らないから、フォントとか文字色・背景色を変更できるような、シンプルな HTML の仕組みで良かった気がするし(ただし、文字間・行間の設定は大事)、文字選択時の操作性とか、参照項目の表示のデザインとか、文字サイズを変更したときに本文の一部が表示エリア外にハミ出してしまうバグもあったりするし。もっと言うと、参照項目のリンク先にダウンロード・ファイルがあったりしても iPhone / iPad ではダウンロードできなかったりする構造的な問題もあるし。現状の理想としては、コンピュータも含むマルチ・デヴァイスでシームレスに読めるような仕組みじゃないとストレスはあるよな、って。


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『ミックステープ文化論』の中では紹介されてないけど、個人的に気に入ってるミックステープで、ラヒーム・デヴォーンが 'Occupy' ムーヴメントをテーマに制作したもの。ソウルフルな仕上がり。



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