. :植草 一秀 著 (イプシロン出版企画) ★★★★☆
知ってる(覚えてる)人もいれば、別に知らない(覚えてない)人もいるだろうけど、以前はいろんな TV 番組にコメンテーターとして出演してた経済学者・経済評論家で、ニュースやワイドショーを賑わせた事件での逮捕をキッカケに、そういった場では姿を見なくなった(閉め出された?)著者が、サブ・タイトル通り、拘留中に東京拘置所で綴った手記をまとめて 2007 年に出版されたモノで、タイトルは現在、著者が本書の出版後に始めたブログのタイトルと同じ。内容はもちろん、同名のブログの人気(「人気」って表現が適切なのか、ちょっと微妙な感じがするというか、違和感を感じなくもないけど。別に穿った意味じゃなくて、「人気」って表現が持つ無邪気な感じとはちょっと違う、もっとシリアスなニュアンスが強い気がするので)、さらには著者自身の知名度や事件当時の報道の異常さのインパクト・記憶のせいもあってか、すでに 5 刷を重ねてるらしい。著者のオフィシャルなプロフィールは、現在、代表取締役を務めてるというスリーネーションズリサーチ社のサイトで確認できる。
「ニュースやワイドショーを賑わせた事件での逮捕」ってのは、2004 年に手鏡で女子高生のスカートの中を覗こうとしたという容疑で逮捕された事件(この事件報道の中で、1998 年に電車内で痴漢事件を起こしてたことも報じられた)と、2006 年に電車内で痴漢の容疑で逮捕された件のこと。特に、2004 年の事件は、ワイドショーを中心に異常なまでに取り上げられてた(ワイドショーに「報道」って表現を相応しくない。ヤツらはただ「取り上げて」るだけだから)し、その頃は当時働いてた会社を辞めてフリーランスになってたから、多少は TV を観たりもするようになってたんで、それなりには覚えてる。
とは言いつつも、個人的には著者に対してはそれほど強い印象も特別な感情も抱いてなかった。別に好きでもキライでもないというか、そういう感情を抱くほど知らなかったというか。著者がマス・メディアで活躍してたのは 90 年代末から 00 年代の初め頃の数年間だと思うけど、その頃は個人的にメチャメチャ忙しくて、TV とかほとんどちゃんと観てなかったから、見かけることはあっても、どういうことを主張してたのかも、それがどういう意味だったのかもほとんど理解してな かったし、考えてもなかったんで。だから事件のことを聞いたときも、ポジティヴな印象でもネガティヴな印象でもなく、ただ単純に、事件自体に「何それ?!」って思っただけで。
だって、事件が事実なら、用件が用件なだけにそれはそれで「何それ?!」だけど、なんか不自然というか、単純にそうとも思えなくて。普通に考えて、いい大人(しかも、それなりに見識があり、顔が世間に知られてる)がやることとは思えないし。もし、本当に覗きたいと思ったとしても、もうちょっと利口な手があるだろ、って。酔っぱらってたりしたならともかく、昼間に素面でやることとは思えない。それに、ヒネクレ者だからか、どいつもこいつも見事に著者を悪者扱いする取り上げ方(特にただ印象だけでもっともらしい顔して「つまんねぇ正論」を振りかざしながら、肝心な事件では単にお茶を濁してるだけの自称「キャスター」とか「コメンテーター」のコメント)にも違和感というか、本能的な気持ち悪さを感じたし。あと、捜査で著者の自宅の屋根裏から痴漢モノのエロ DVD が発見されたなんて、あまりにも安直過ぎだし。まぁ、なんか気持ち悪い後味があった、と。判決の「罰金と手鏡没収」ってのも「何それ?!」だし。
ただ、別に好きでもキライでもなかったわけで、「こんなこと、絶対おかしい!」とか憤ったわけでもなく、「こんなことするなんて、ガッカリ」って落胆したわけでもなく、なんか気持ち悪い後味のまま、過ぎていったって感じだったんだけど。その後、2006 年の事件で逮捕されたことがこの『知られざる真実』の執筆につながってるんだけど、この時点でも、やっぱり著者自身には特別な印象はなくて、ただ「何か変な感じだなぁ」って思っただけで。その後も、鮮明に覚えてたわけでもないし、積極的に追いかけてたわけでもないし。
この『知られざる真実』を読むキッカケになったのは、おそらくこの本の多くの読者と同様に著者が公開してる同名のブログ、植草一秀の「知られざる真実」。何かの機会(何だか覚えてないけど)にブログを見る機会があって、それで事件のこと(特に本人の言い分)とか、今の政治・経済・社会についての考え方とか提言とかを読んで、それ以来、RSS を登録してチェックするようになった、と。このブログは更新頻度はかなり高くて、文章量も参照先のリンクも多いし、けっこう専門的な内容だったりもするんで、キチンとタイムリーにフォローしていくのは決して楽じゃないんだけど、でも、まぁ、内容としては十分興味深いし、ちょうど、日本でもインターネット / ウェブサイト(もちろんブログも含めて)が既存のマス・メディアとは違うメディアとしての役割をちょっとずつ発揮するようになってきてるかなって感じだしてた時期だったりもしたんで(=既存のマス・メディアが笑えないレベルでヒドイことになってきた時期ってことも言える)。で、そこで紹介されてた『知られざる真実』にも興味を持った、と。
だいぶ前置きが長くなったけど、そういう経緯で書かれた本なんで、著者自身の巻き込まれた事件(及び巻き込まれることになった理由)についての「知られざる真実」を具体的且つ詳細に、その背後関係まで含めて綴った本なんだと勝手に思ってたんだけど、そういう側面ももちろんありつつも、それだけではなかった。中身自体は、第 1 章「偽装」・第 2 章「炎」・第 3 章「不撓不屈」の全 3 章の構成。第 1 章の「偽装」は、これまでの日本で行われてきた数々の「偽装」、例えば、郵政民営化、りそな銀行問題、タウン・ミーティング問題、天下り、小泉政権の数々の失政、さらにはメディアの問題等々を取り上げてる。第 2 章の「炎」は、著者の生い立ちから始まって、職歴に沿ったエピソード、例えば、野村証券から大蔵省に派遣されてたときに、どんな仕事をどういう目的でしていたか等に触れてる。第 3 章の「不撓不屈」は、タイトル通り、現在〜これからをどういう心境で生きるのかみたいなことが述べられてる。さらに、巻末資料として、著者自身が巻き込まれた 3 件の事件について、詳細に記されてる。
まぁ、内容的には、著者がブログでたびたび言及してる「政・官・業・電・外」(政治屋 / 特権官僚 / 大資本 / 御用メディア / 米国)の「悪徳ペンタゴン」 につながる話なんだけど、まぁ、最近のマス・メディアによる「世論調査」という名の「世論操作」とか、一連の小沢一郎の秘書の逮捕のニュースとかを考えれば、まぁ、呆れながらも頷ける話ばかり で、そういう場所の近くにいた人ならではの説得力もある。例えば、国民を IQ で分類して、IQ の低い層を政権支持層と設定して、その層に特化した PR を徹底的に行った話とか、著者がテレビ東京の『ワールド・ビジネス・サテライト』を外された経緯とか、著者が大蔵省に派遣されてた時期に関わった(消費税の前身とも言える)売上税導入のための PR で、世論に影響力を持つ政界・財界・学会の人物を 3000 人リストアップして、大蔵省職員が執拗に説得を行ったって話(メディアや講演での発言はすべて検閲され、説得されない人物はブラック・リスト入りなんだとか)とか。
本書で私は真実をありのまま記述した。私の心に一点の翳りもない。エピローグにはこんな言葉が記されてる。こういうことをストレートに表現してる本ってのは、ありそうでなかなかないし、そういう状況に追い込まれちゃったからこそなのかもしれないけど、テーマがテーマだけに、相当リスクがあるだろうし、勇気も要っただろうことは容易に想像できる。激しく揺れ動きながらも理不尽に抗おうって強い意志とアティテュードには、ホント、素直に敬意を表したいと思う。
個人的には、日常的にブログを購読したり、この『知られざる真実』を読んだ後でも、著者の熱烈なファンとか全面的な支持者になったわけじゃない(そんなことは著者も望んではいないだろうけど)し、この『知られざる真実』が今後も何度も読み返すに違いない名著だとも思ってない。まぁ、その理由は、別に何から何まで共感できるわけではないってこともあるし、経済の専門家の経済の話ってそもそも胡散臭くてイマイチ共感できないってこともあるし、あと、個人的な部分での相性というか、考え方とか文体とか比喩とか引用とかのセンスみたいな部分がイマイチシックリこないってこともある。あと、特定のテーマについてもっと深く掘り下げた感じのルポタージュ的な内容(つまり、一連の事件がいわゆる「冤罪」であるだけでなく、その裏に大きな力が働いてる「陰謀」であるか否かについての詳細な検証とか、具体的に何がその呼び水になったのかとか)を期待してたから、ちょっと期待と違ってたって側面もあるし(まぁ、著者は当事者だし、ジャーナリストやルポ・ライターじゃないから仕方ないのかもしれないけど。でも、そういうのが読みたいなぁ、とは思う)。それに、著者の心情的な部分も含めて、メチャメチャ共感したとか感動したとか、そういう類いの感想を抱いたわけでもないんだけど、でも、こういう本とかブログの存在自体はすごくポジティヴだと思うし、吟味すべき情報ソースのひとつとしてすごく貴重だな、とは思う。
国民は「郵政民営化」の裏事情を知らずに「郵政民営化賛成=改革勢力」「反対=抵抗勢力」というデマゴギーを鵜呑みにした。日本人は嘘話という意味でデマという言葉を使うが、これはデモクラシーのデモと同じで「民衆」という意味を持つ。西部邁氏は「ギリシャ・ローマの時代から、デモクラシー=民主主義政治にはデマゴギーが付きまとうのは常識だった。民衆が前面に出て暴れまくる時代というのは、大なる可能性でデマゴーグが出る。民衆扇動家という意味だが、扇動するためには嘘をつくことが多いから、デマ=嘘ってことになった」(「座談会・日本の指導者像」『表現者』2006 年 11 月号 / イプシロン出版企画)と指摘する。西部氏は「ギリシャ・ローマの昔から、デモクラシーはデマゴギーに振り回される根強い傾向があった」とも述べている。これも本書からの引用なんだけど、まぁ、言い得て妙というか、歴史的にもいろんな例もあるし、マトモな感覚で今の日本を見てれば、郵政民営化に限らず、いろんなことについて(ホントにいろんなことについて!)、ほぼ「実感」って言っても間違いないと思う。特にマス・メディア(著者の言葉を借りれば悪徳ペンタゴンのひとつ、御用メディア)はヒドくて、実態・実感との乖離はどんどんヒドくなってると思うけど、まぁ、インターネットの世界が(遅ればせながら日本でも)その隙間を埋める役割をちょっとずつ果たしつつある感じはしてるし、ここで指摘されてる問題だけじゃなく、いろんな「知られざる真実」について、もっとチェックしてかないとな、なんて思ったりもしてる。それこそ、"Loose Change"(セカンド・エディションの日本語版はここで観れる / ダウンロードできる)とか『911 ボーイングを探せ』とか『暴かれた 9.11 疑惑の真相』でも語られてる通り、9.11 に関しても疑問だらけだし、世界がインフルエンザ・パニックに陥ってる中、タミフルの特許を持ってるギリアド・サイエンシズ社の元会長で現在も株主なのがラムズフェルドだったりすることとか、安易に陰謀説とかを唱える気はないけど、やっぱり何かあるのかな、って思っちゃうし。あと、はっぴいえんどの販売中止とか、明らかに意味不明なのは言わずもがなだけど(iTunes Store だけは何喰わぬ顔して売ってて、超好感持ったけど)、一連の大麻報道(及び大麻行政)とかも意味わかんなすぎだし(そういえば、大麻じゃないけど、槇原敬之が覚醒剤取締法違反で逮捕されて CD が回収されたとき、キヨシローさんは「じゃあ、ビートルズもジミヘンも回収しろよ」って、すごく真っ当なことを言ってたね)、まぁ、長くなるから細かくは書かないけど、タレント(才能がないヤツがタレントって呼ばれてること自体おかしいんだけど。同じように、芸のないヤツを「芸人」と呼ぶこともおかしい)が安易に TV CM に出てること(そして、それを当たり前のこととして受け入れてること)とか、明らかにおかしいし。まぁ、他にも、したり顔でつまんねぇ正論を振りかざすヤツが多かったりもするし、やたらと数値化できる価値だけに囚われてるヤツも多いし、もう、それこそ挙げればキリがないくらいナゾだらけなんだけど。本書にも、奇しくもこんなことが書かれてたけど。
私は科学では説明できないことが多く存在すると思う。動物行動学者の日高敏隆氏は『人間はどこまで動物か』で「科学とは主観を客観に仕立て上げる手続き」と述べる。また、「科学とは部族の神話と真実との区別がつかぬようにする自己欺瞞の体系」と主張するアメリカの論文を紹介する。「科学」の貢献は大きい。だが、科学が万能だとは思わない。まぁ、こういう時代に生きてるってことが幸せなのかどうか、かなりビミョーだとは思うし、インターネットってツールがあることが恵まれてることなのかどうかもイマイチビミョーな感じだと思うけど(インターネットには功罪があることは否定できないし。もちろん、どんなツールにも功罪はあるけど、インターネットの場合、簡単に扱えるわりにそのどちらもが強烈なので)、幸か不幸かこういう時代に生きてるわけだしインターネットもあるわけで、それはそれとして、人生は続くわけで、いろいろ自分で考えながら生きてかなきゃなわけで(そういえば、関係ないけど、日本人の 20・30 代の死亡理由の 1 位は自殺なんだとか。日本人の年間自殺者数は常に 30000 人以上だし。一緒にブラジルに行った知り合いが「日本人って自殺するんだって?」ってスゲェ不思議そうに聞かれたって話を聞いたときにも思ったけど、これって異常以外の何モノでもない)。そのためのツールのひとつというか、参考資料としてこの『知られざる真実』とかブログがあるんだと思うし。あと、もうちょっと具体的な話、これまたタイムリー且つ意味不明な問題として、裁判員制度との絡みで考えても決して他人事じゃなかったりもするし。
この『知られざる真実』とは直接関係ないけど、やっぱり BGM は "Fuck The Police"。もちろん、N. W. A. のクラシックでもいいんだけど(それにしてもいい名前だなぁ、'Niggaz with Attitude' って)、ここはあえて J DILLA かな。12" インチのアートワークにはムミア・アブ・ジャマールとロドニー・キングの写真が使われてたし。
J DILLA "Fuck The Police" (From "Exclusive Collection" by DJ RHETTMATIC)
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