2011/08/22

Electronic ambience. Electronic comfort.

SATURN NEVER SLEEPS "Yesterday's Machine" (SNS) ★ 
Link(s): iTunes Store / Amazon.co.jp

DJ クール・ハーク(DJ KOOL HERC)へのトリビュート・コンピレーション、"We Love DJ Kool Herc" のレヴューで、その企画の発起人として触れたサターン・ネヴァー・スリープス(SATURN NEVER SLEEPS)のファースト・アルバム。今月初めに自身のウェブサイトで発表され、iTunes Store や Amazon 等でデジタル・リリースされてる(CD も追ってリリースされるらしい)。

"We Love DJ Kool Herc" のレヴューで触れた通り、サターン・ネヴァー・スリープスは、フィラデルフィア出身のベテラン DJ / プロデューサー / アーティストのキング・ブリット(KING BRITT)が、女性プロデューサー / ヴォーカリスト / マルチメディア・アーティストのルシール(RUCYL)と結成した 2 人組ユニット。サウンド的には、テクノというよりもエレクトロニカ的なサウンドで、事前にライヴとかフリー・ダウンロードで発表されたトラック等でそのディレクションは何となく見えてたんだけど、今回、リリースされたアルバムは思ったよりもメロウな仕上がりでかなりいい感じ。けっこう期待値は上げてたんだけど、正直、期待以上の出来映えだったかな。もう何回も繰り返し聴いてるけど、個人的には最近のムードにかなりシックリきてる。

アルバムの収録曲は以下で全曲試聴可能なんで、まずはこれを聴きつつ、興味があったら以下のテキストを読んでもらえればいいかな。



サターン・ネヴァー・スリープスは、オフィシャル・ウェブサイトに載ってるインタヴューでキング・ブリット自身が語ってる通り、もともと、フリー・ジャズの巨人として知られるサン・ラ(SUN RA)のトリビュート・イベントでのエレクトロニック・オーディオヴィジュアル・アートのパフォーマンスのために 2009 年に始まったプロジェクトで、ダンス・ミュージックっていうよりは、よりエクスペリメンタルなアート的な意味合いが強いモノなんだとか。

そして、そのサウンドとヴィジュアルの両面でスパイスになってるのが、元ゴーツ(GOATS)のメンバーでもあり、グラフィックやウェブサイトのデザインなんかも手掛けるマルチメディア・アーティストで女性プロデューサー / ヴォーカリストでもあるルシールで、彼女の存在があればこそ、さまざまなタイプの作品をリリースしてきたキング・ブリットの長いキャリアの中でもこれまでになかったサウンドになってる印象。もちろん、一方ではすごく現代的というか、2011 年って時代性を反映してるからこそであるとも言えるんだろうけど、もう一方では、ある種の化学反応が起きてるというか、強烈な個性を持ったルシールというアーティストの存在があってこそなんだろうなって感じもする。

SATURN NEVER SLEEPS: RUCYL (left) and KING BRITT (right)


アルバム全体の印象としては、上にも書いた通り、思ったよりもメロウな印象で、ルシールのヴォーカルも思った以上にたくさんフィーチャーされてる感じ。それこそ、"We Love DJ Kool Herc" にルシール名義の "Let Me Love You" って名曲が収録されてるんだけど、その世界観に近いかな。オープニング・トラックの "Lotus" とか下にヴィデオを貼った "Grace" なんかは特にそうだけど、アンビエントっぽい美しいエレクトロニック・サウンドとクールな女性ヴォーカルで聴かせるトラックがわりと多めで、いわゆる DJ フレンドリーなダンス・トラックはほとんどない。まぁ、サターン・ネヴァー・スリープスの元々のコンセプトとか、アーティスト・アルバムっていうリリース形態を考えれば当然なんだけど、アルバムとしてすごくまとまった作品に仕上がってる。

ルシールのヴォーカルも、かなりエモーションを抑制したクールなスタイルなんだけど、イギリスのニュー・ウェーヴ的な流れのヴォーカリストみたいな過度に無機質で冷めた感じではなく、適度にソウルフルさも感じさせる絶妙なサジ加減で。イギリスのクールな R&B に近い感じかな。彼女自身がプロデューサーで、しかもマルチメディア・アーティストだったりもするんで、あまりヴォーカリストって印象ではなかったんだけど、ヴォーカリストとしてもなかなか魅力的で、その魅力を全篇を通じて上手く活かしてる印象かな。


SaturnNeverSleeps - Grace from rux on Vimeo.

決して派手なアルバムではないし、キャッチーなシングル向けの曲があったりするわけじゃないけど、アルバムとしてのクオリティはすごく高いし、世界観としてもわりと独特で、聴けば聴くほどジワジワくる感じがすごく気持ちいいし、気が付いたらもう何度も聴いてて、でも全然飽きない感じ。キング・ブリットは昔からかなりファンなんで、サターン・ネヴァー・スリープスについても、プロジェクト始動時からかなり注目してチェックしてたんだけど、期待を裏切らない仕上がり。

あと、サターン・ネヴァー・スリープスの特徴というか、面白さのひとつとして、プロジェクトの展開自体の面白さもある。インターネットとかソーシャル・メディアを積極的に活用しながら、フリーの音源とかポッドキャストとかフッテージ映像とかもどんどんリリースしつつ、その世界観を広めてく感じがすごく現代的だな、と。 アルバムのリリースも、既存のレーベルとかではなく自分たちでサクッとデジタル・リリースしてる感じで、しかも、ちょっと面白い(っつうか、かなり大胆な?)仕掛けもあったりして。まぁ、ここではあえて詳細には触れないけど(何でもかんでもバラせばいいってもんじゃないと思うんで。それじゃ面白くないし。でも、オフィシャル・サイトとかをよく見てみればわかるはず)。

*   *   *

サターン・ネヴァー・スリープスのアルバムについては以上なんだけど、せっかくなんでちょっとキング・ブリットについても触れとこうかな。キャリアも長いし、わりと掴みどころがないアーティストだと思うんで。

キング・ブリットは世界屈指のミュージック・シティとして知られる 'city of brotherly love' ことフィラデルフィア出身で、ジャズとヒップ・ホップをオーガニックに融合させたディガブル・プラネッツ(DIGABLE PLANETS)の DJ として 1990 年代中頃にシーンに登場した後、ジョッシュ・ウィンク(JOSH WINK)とオーヴァム・レコーディングス(Ovum Recordings)を設立し、自らシルク 130(SYLK 130)名義で数々のクラブ・ヒットを飛ばしたことで 1990 年代後半のハウス・シーンで一躍、名を馳せた DJ / プロデューサー / アーティスト。その後も音楽性やコンセプトに応じてさまざまな名義を変幻自在に使い分けながらハウス〜ヒップ・ホップ〜ジャズ〜テクノ等とジャンルの枠を軽々と超えつつ、それぞれのシーンを有機的に繋げるような役割も果たしつつ("We Love DJ Kool Herc" に参加してるメンツの多彩さもその表れだと思う)、コンスタントに良質な作品をリリースしてきた。個人的には、BBE からリリースしたピュア・ヒップ・ホップ・アルバムの "Adventures in Lo-Fi"(Links: Amazon.co.jp / iTunes Store)が特に好きなんだけど。

ディーゴの "A Wha' Him Deh Pon?" のレヴューでも似たようなことを書いた(っつうか、ディーゴも似たところがある。だからなのか、この 2 人はとても仲がいい)けど、いろんな名義でいろんなスタイルのサウンドを発表したりしてると、イマイチイメージがキチンと伝わらなかったりするし、単純に「名前を売る」って意味では、得策じゃなかったりもするんだけど(一般論として、人は類型的なイメージを求めがちだし、アーティストとしても、純粋な探究心だけではなく、保守的な打算でそうしてることも少なくないんで)、ディーゴと同様、キング・ブリットもそんなことは気にしないというか、自分の好奇心とか可能性とかアーティスティックなクリエイティヴィティを解き放つことを躊躇わないタイプ。だから、どうも過小評価されてきてる(気がする)んだけど、個人的には、ハイブリッド且つエクレクティックな音楽性こそがキング・ブリットの個性だと思ってるんで、約 20 年の間、常にすごく信頼してチェックしてきたアーティスト / プロデューサーの 1 人だったりもする。

*   *   *

すっかり長くなっちゃったけど、まぁ、結論としては、キング・ブリットってアーティストの持つ個性やセンスが最大限に発揮されつつも、同時に、ルシールのアーティスト性と融合することで、これまでのキング・ブリット関連作品とはひと味違うディープな作品に仕上がってるって印象かな。


* Related Item(s):

KING BRITT "Adventures in Lo-Fi" Link(s): Amazon.co.jp / iTunes Store
キング・ブリットが本人名義で BBE からリリースした、ありそうでなかったフル・ヒップ・ホップ・アルバム。バハマディア(BAHAMADIA)やカジモト(QUASIMOTO)などをフィーチャーした佳曲揃いの名盤。

"We Love DJ Kool Herc"  Link(s): Previous review
サターン・ネヴァー・スリープスが編纂した DJ クール・ハーク支援のためのトリビュート・コンピレーション。ダム・ファンク(DAM FUNK)やラス・G(RAS G)、ディーゴ(DEGO)、アースラ・ラッカー(URSULA RUCKER)等が参加してる。

"On the Seventh" Presented by KING BRITT  Link(s): Previous review
レヴュー済みのアイテムだけど、キング・ブリットがシカゴのパーク・ハイアット・ホテル用に選曲したコンピレーション。メチャメチャクールな仕上がりの好コンピレーション。

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