2009/06/03

Quebra galho.

『BRASIL SICK』 宮沢 和史 著双葉社)  
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books 

これまでにも、自ら責任編集した『COURRiER Japon』のブラジル特集号とか、日伯移民 100 周年音楽事業テーマソングとしてリリースされたガンガ・ズンバの "足跡のない道" をレビューしたザ・ブームの宮沢和史がブラジルへの想いをまとめた書籍で、これも日伯移民 100 周年だった去年発売された。

帯には「ブラジル愛、ブラジル熱病(シック)」なんて書いてあるんだけど、タイトルの「ブラジル・シック」ってのは「ホームシック」のブラジル版みたいな感じなのかな。ブラジルが恋しくて仕方がない、みたいな。その感覚は、もう、メチャメチャよくすごくわかる。もちろん、宮沢さんのソロ・アルバムの『AFROSICK』とか、ガンガ・ズンバの母体となったソロ・プロジェクト「MIYAZAWA-SICK」(ソロでのベスト盤のタイトルでもある)との関連でもあるんだろうけど。

内容としては、2008 年に日伯移民 100 周年を記念してブラジルで行ったツアーの様子をメインに、ブラジルモノの映画・本・レコード / CD の紹介、『ボサノヴァの歴史』や『アントニオ・カルロス・ジョビン ー ボサノヴァを創った男』、『トロピカーリア ー ブラジル音楽を変革した文化ムーヴメント』などで知られる翻訳家の国安真奈さんとの対談、ラジオやアルバムの制作 / 編纂、イベントのプロデュース、執筆等を通じて日本にブラジル音楽を紹介してきた第一人者的な存在の中原仁さんによる宮沢和史とブラジル音楽についての原稿、日伯の知り合いたちへの宮沢さんからのアンケートとその答えをまとめたモノ、さらにはブラジルをよりよく知るための基礎知識等といった感じ。カラー・ページが多くて写真も多めのつくりなんですごく読みやすい。個人的には、情報量的には物足りない感もないことはないけど、まぁ、編集方針的にそういうつくりなんだろうから、まぁ、それはそれでアリかな、と。

ここで紹介されてるブラジル・ツアーは、100 年前に笠戸丸でブラジルに渡った最初の日本人移民で最後の生き残りだった中川トミさんと出会ったことから生まれたモノ。"足跡のない道" もトミさんの話を聞いて、トミさんの生きた約 100 年の人生をイメージして作られた曲だったりするんで、残念ながらトミさんは 2006 年に 98 歳で亡くなっちゃったからライヴは見せれなかったんだけど、やっぱりすごく感慨深いというか、一言ではなかなか言い表せない感じの内容になってる。特にライヴ本番もさることながら、そのプロモーションでいろいろところを回ってる様子が、すごくプリミティヴというか、音楽ってこういうことだよなって思わせてくれる感じがすごく良くって。悪く言っちゃえば、ドサ回り的って言えなくもないんだけど、宮沢さんも「歌を届ける」って言葉を使ってるんだけど、そういう感覚が、すごくプリミティヴな音楽のファンクションを表してるなって。宮沢さんの不朽のクラシックである "島唄" とかもそうだけど、世代とか国境を軽々と越えちゃう音楽の力というか、そういうのをすごく感じる。

"島唄" って言えばインスピレーションはもちろん沖縄なんだけど、この本を読んだ個人的な最大の収穫というか、一番面白いなって思ったのはブラジルと沖縄のハナシ。このふたつは宮沢さんの音楽の大きなインスピレーションとして知られてるけど、このふたつが実はすごく強くつながってたってハナシは、なんか、すごく面白い。何でも、笠戸丸に乗った移民の半数近くが沖縄の人、つまりウチナーンチュで、その後も多くのウチナーンチュがブラジルに渡ってるんだとか。

私たちは日本人の顔をしてて、魂は日本人。でも、日本に行ったら日本人とは思われません。お前はブラジル人だろって。だけど沖縄では、外国で生まれて顔つきが変わっても、黒人になっても白人になっても、お前よく帰ってきたなって迎えてくれる。生きてる私たちの姓に、過去が生きてるから。たくさんの祖先の魂が生きてるの。

これは、2 世のウチナーンチュの人の言葉なんだけど、なんか、すごく、いい感覚。まぁ、琉球王国の時代からアジアを中心に広く海を渡り、交易してきたウチナーンチュだから、オープンでグローバルなセンスは持ってたんだろうし、言われてみるとブラジル人とウチナーンチュって似てるっていうか、けっこう合いそうだなって思ったりもするし。今でも世界中にネットワークを持ってて、「いちゃりばちょーでー」(出会ったらみな兄弟)の精神を受け継いでるってハナシとかも含めて、何かすごく面白いヒントがありそう。あと、一言で「日系ブラジル人」って言っちゃうと忘れちゃいがちだけど、こういう風にちょっと角度を変えてみれば違って見えるって例でもあるし。あと、音楽を通じて、それぞれ別々に出会ったであろう沖縄とブラジルが、実はリンクしてたみたいな感覚って、自分でも何度か経験したことがあるけど、すごく面白いし。

あと、中原仁さんの原稿、「宮沢和史の中のブラジル」で紹介されてる "風になりたい" にまつわるエピソードもすごくいいハナシ。なんでも、初めてブラジルに行ったときに観たコンサートで、オーディエンスが「主役は自分だ!」と言わんばかりの勢いで曲を大合唱するさまを目の当たりにして、誰もがひとつの歌を共有できる、誰もが主人公になれる曲をって想いで作った曲なんだとか。そして、それを聴いたカルリーニョス・ブラウンが "風になりたい" をハミングしながら「ミヤザワに会いたい。一緒に音楽を作りたい」って言ってたってエピソードもすごくいいハナシだし。

最後には、去年の夏に横浜の赤レンガパークで行った 10,000 SAMBA! の様子も紹介されてる。これは日伯移民 100 周年記念音楽フェスタとして開催されたモノで、「これまでの 100 年。これからの 100 年。」、つまり 100 x 100 = 10000 って意味。ブラジルからジルベルト・ジルが参加したイベントで、理屈じゃなく、なんかユニヴァーサルな感じで、なかなかジーンとくるライヴだったんで、個人的にはちょっと感慨深いな、と。

10,000 SAMBA! の感想はここに日記を書いてあって、そこにも書いたんだけど、実は、宮沢さんとは、以前、仕事で何度かお会いしたことがあって(だから「宮沢さん」って呼び方が一番シックリくる)、もちろん、世代的にもザ・ブームは聴いてたけど、若い頃は、ちょっと直球すぎる青臭い感じがあまり得意じゃなくて、それほど特別な思い入れを持ってたわけじゃないし、すべての作品が好きってわけじゃないんだけど、決して順風満帆なキャリアではなかったと思われる中でも常に一本筋が通った活動をしてきてるアーティストとしてリスペクトしてた。それに、いいキャリアの積み重ね方をしてて、アーティストとしてすごく幸せそうだなって。ある程度自由なスタンスで活動しながら一定数の固定ファンがいて、同時に、何曲か固定ファンの枠を遥かに超える名曲=スタンダードを持ってて。"島唄" なんてまさしくその代表的な曲だし、"風になりたい" もそうだと思うし、"足跡のない道" もそうなるべき曲だと思うし。やっぱり、こういう曲を作れちゃうって、アーティストとしてこの上ない幸せだと思うんで。あと、アジムスの曲じゃないけど、やっぱり音楽ってすごく 'Vôo Sobre O Horizonte / Fly Over The Horizon' なモノなんだな、しかもそれは地理的な「線」だけじゃなくて、いろんな「線」を軽く飛び越えちゃうんだなってすごく感じるし。

ブラジルは世界中から集まってきた集まってきた人々で構成された国であり、中には故郷を捨ててきた者も、黒人奴隷のようにむりやり故郷から引き剥がされ、積み荷のように船に放り込まれてきた者もいる。彼らのほとんどが、一度は生まれ故郷に思いを馳せ、涙しただろう。異郷の地で生まれた子供たちに、夢のような過去を語って聞かせただろう。帰りたいけれど、様々な事情で「帰れない」からこそ誰もが抱く、心の王国。それを思う「郷愁(サウダージ)」。それが、この国を深い部分で形づくっているのだと思う。

これは本文中にあった宮沢さんの「サウダージ」感みたいなモノを表した文章なんだけど、なんか、単に陽気でゴキゲンなだけじゃなくて、こういう切ない感じもあるのがすごくブラジルっぽいし、ブラジル人のみならず、外国人にも「ブラジル・シック」な気持ちを抱かせちゃうのがやっぱりブラジルなんだなぁ、なんてあらためて思ったり。すっかり「ブラジル・シック」が再発・悪化しちゃった感じ。

ちなみに、エントリーのタイトルになってる 'Quebra galho.'(ケブラガーリョ)ってのは、国安さんとの対談の中に出てくる言葉なんだけど、ブラジル人がよく使う言葉で「いろいろ問題はあるけど、適当になんとかするよ」みたいなニュアンス。なんか、このくらいの感覚が、すごく、ブラジルっぽい。ノーテンキに楽観的すぎるわけでもなく、でもクソマジメすぎるわけでもなく。こんな感じがいいな、と。



GANGA ZUMBA "足跡のない道" (From "GANGA ZUMBA")

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