『機動戦士ガンダム UC 10 虹の彼方に(下)』 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books
矢立 肇 / 福井 晴敏 / 富野 由悠季 著(角川グループパブリッシング) ★★★★★
前からレヴューしてる福井晴敏による小説版ガンダム、「機動戦士ガンダム UC」 の最新刊。9 巻・10 巻の同時発売で、この 2 冊で壮大な宇宙世紀絵巻も遂に完結。内容的にも上・下だし、表紙のデザインも、最後に相応しく、かなりカッコイイ。この 9 巻・10 巻 で物語は完結なんで、当然、ストーリー的にはクライマックス部分に相当するんだけど、まぁ、完結なんで、この 2 冊だけじゃなく、あらためて「機動戦士ガンダム UC」って作品全体のレビューにしようかな、と。
「機動戦士ガンダム UC」は『終戦のローレライ』『亡国のイージス 上巻 / 同 下巻』等で知られる小説家・福井晴敏による書き下ろしのガンダムの最新シリーズ。もともと福井氏は、ことあるごとに「ガンダムは義務教育だった」とのたまい、『∀ガンダム』のノベライズ(『月に繭 地には果実 上巻 / 同 中巻 / 同 下巻』)も手掛けているんで、まぁ、典型的な「ガンダム世代」の作家って言うことができる。もともとは(オフィシャルにそうアナウンスされたわけじゃないけど)ガンダム 30 周年のタイミングに合わせてガンダム専門の月刊コミック誌『ガンダム A(エース)』で連載されてた小説で、ターゲットはとかく活字離れが叫ばれてるガンダム世代の「オトナ」。内容的には、現実の現代社会の暗喩(例えば、過激派のテロであったり、社会の格差であったり、自衛隊であったり)や、過去のガンダムのイディオムみたいなモノが随所に散りばめられていて、それなりに(でも、決して十分ではない)社会経験や分別があるオトナだからこそわかるし、オトナになってもガンダムを観続けてるようなオトナだからこそグッとくるような、そんな作品に仕上がってる。単行本の装丁もあえてコミック・サイズで、主にコミック売り場に陳列されるカタチで発売されてる(新宿のブック・ファーストの売り場では、数ある平積みの新刊の中でも一際残り部数が少なくなってた)。
タイトルに「UC」ってある通り、舞台は宇宙世紀(Universal Century)で(同時に、「UC」はメインのモビルスーツである「ユニコーン・ガンダム」の「ユニコーン」の略称の「UC」でもある)、メインになるのは映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』後の時代となる UC0096 年なんだけど、その根底に広がる UC0000 年以降の人類の歴史を広くカバーするカタチで描かれた物語。世界が宇宙世紀を迎える際にこめられた「祈り」であり、同時に、後に世界を揺るがしかねない「呪い」となった「モノ」を巡って繰り広げられる、複数の勢力の間にまたがった攻防に巻き込まれながら、多くの邂逅と別離を経て、主人公だけでなく、それぞれのキャラクターが成長し、それぞれが自らが取るべき行動を見定めていく。その行動の先には、UC0100 年を迎えようとしている人類の未来、そして「ニュータイプ」という人類の希望にも呪縛にもなり得る概念がある。「ニュータイプ」というガンダムを構成する上で不可欠な、でも、同時に、最も厄介な(そうであるが故に、避けて通ってる作品も少なくない)要素に真っ向から取り組み、ひとつの考え方を提示しながら、宇宙世紀という時代全体を網羅するような物語は、まさに壮大な宇宙世紀絵巻と呼ぶに相応しい(中心となるのは、1 ヶ月程度のハナシなんだけど)。
現実的には、ファースト・ガンダムはもちろん、Z、ZZ(!)、そして『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(さらには『第 08MS 小隊』と『0080 ポケットの中の戦争』と『0083 STARDUST MEMORY』、もっと言えば『MS IGLOO』も)の世界観までカバーしてるんで、ガンダム・リテラシーが高ければ高いほど楽しめる(ガンダム・リテラシーがそれほど高くなくても大丈夫なように説明されてはいるけど)し、それまでのガンダムに登場してたキャラクターや台詞、設定なんかも要所で出てくるから、オールド・ファンでも楽しみやすい。もちろん、個々のキャラクターや設定に関する描写も緻密だし、それぞれの立場にそれぞれの事情とそれぞれの正義があることもキチンと描かれてるんで、読み応えは抜群。
あと、忘れちゃいけないのは、福井氏の小説家としての表現力と構成力。いろいろな場所で同時に展開する物語を上手く絡め合いながら、それぞれの状況を説明・補完しながら進めていくスキルも見事だし、アッと驚く展開なんかも含めて、いい意味にキチンとエンターテインメントととして最後まで描き切ってるところはさすが(実は、これができない作品、特にアニメが最近、増えてる気がするんで)。まぁ、こんな言い方をすると富野監督に失礼だけど、「一流のプロの小説家がキチンと書いたガンダム」って感じ。あと、予定調和的なお涙頂戴な感じになってない点とか、端役までキチンと描かれてるところとか、ちょっとショックなくらい人(しかも、いい味出してるキャラクター)が死んじゃうところろか、でも、死なないヤツはとことんしぶとく死なない感じとか、基本的に父子の話なところとか、すごくガンダムっぽいし、すごく福井作品っぽい。他の福井作品と同様、読後感もすごくいいし。
結末を含めていくつかのポイントで、ちょっと呆気ないというか、肩すかしに感じたり、「エッ?!」って思っちゃう部分がある人もいるとは思うけど(まぁ、小説だから、あんまりネタバレしたら意味がないと思うんで、詳しくは触れないけど)、まぁ、そういう呆気ないくらいのことが実は大きな出来事のキッカケになったりするのも、また、十分にあり得るハナシだったりもして、妙に納得したりもするんで。
おお これは現実には存在しない獣だ。
人々はそれを知らなかったのに 確かにこの獣を
― その歩くさまやたたずまいそのうなじを
またその静かなまなざしの光に至るまで ― 愛していたのだ。
なるほど これは存在していなかった
だが 人々がこれを愛したということから生まれてきたのだ。
一頭の純粋な獣が。
人々はいつも空間をあけておいた。
するとその澄明な取って置かれた空間の中で
その獣は軽やかに頭をもたげもうほとんど 存在する必要もなかった。
人々はそれを穀物ではなくいつもただ存在の可能性だけで養っていた。
そしてその可能性がこの獣に力を与え
その額から角が生えたのだ。一本の角が。
そして獣はひとりの少女に白い姿で近寄り ―
銀の鏡の中と彼女の中に存在し続けた。
L・M・リルケ『オルフォイスへのソネット』第二部 4
エピローグとプロローグにはこんな引用が掲載されてる。L・M・リルケには何の予備知識もないけど、これが、物語のキーとして欠かすことができないエッセンスであることは容易に理解できる。可能性によって培われた一角獣。人が、人であるが故に創り、育てることができる力。そんな、壮大なテーマを描いたこの「機動戦士ガンダム UC」は、ガンダムの新たなるバイブルと言っても過言ではないし、全てのガンダム好き(を自称する人)は読んでおくべき一冊でしょ、やっぱ。
ちなみに、「機動戦士ガンダム UC」は 2010 年春にアニメ化されることが決定した。現在、発表されている情報によると、1 話 50 分 x 全 6 話の OVA で、福井氏自身がプロデューサー的な役割を担い、DVD の発売だけでなく、配信やイベントでの上映、さらには海外展開もされる予定なんだとか。正直、1 話 50 分 x 全 6 話= 5 時間程度で映像化できるとはとても思えないんだけど(これまでにも何度も書いてる気がするけど福井作品の映像化に関しては、かなりの警戒心を抱いてるんで。小説家のエゴとして、わざとやってるんじゃないかって勘ぐりたくなるくらい)、各種イベントで公開された PV の映像を観ると、やっぱり期待はしちゃうんだけど。
まぁ、今はとりあえず、この小説版だけでお腹いっぱいだったりもするんで、アニメには期待をしつつも、この小説版で広大な宇宙世紀に想いを馳せるっていうのが、正しい 30 周年の過ごし方なんじゃないかな、と。
* 関連アイテム:
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- 『機動戦士ガンダム UC 7 黒いユニコーン』 Link(s): Review | Amazon.co.jp / Rakuten Books
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