2009/06/28

A whole new world.

Barack Obama’s Speech in Cairo: A New Beginning (on June 4th, 2009) 
(BarackObama.com) 

ちょっと前のエントリーの WWDC 2009 のキーノート・アドレスに続いて、だいぶ時間が経っちゃったけど、やっぱり無視できないっていうか、個人的には衝撃的で、感動的でもあるような、歴史的な演説だと思うんで、備忘も兼ねて(時系列的には順番が前後しちゃってるけど)。なんか、聞けば聞くほど(観れば観るほど / 読めば読むほど)、そして考えれば考えるほど、いろいろなことが絡んでるように思えてきて、時間がかかっちゃったけど。

これは第 44 代アメリカ大統領、バラク・フセイン・オバマが 6 月 4 日にエジプトのカイロ大学で学生たちを前に、広くイスラム世界に向けて行った演説。映像は www.barackobama.com に(映像自体は YouTube 内のホワイト・ハウスのオフィシャル・チャンネルにあって、アラビア語の字幕付きもある。ホワイト・ハウスのオフィシャル・チャンネルの URL が http://www.youtube.com/user/whitehouse って、ちょっとスゴイね。当たり前なんだけど)、テキストはホワイト・ハウスのサイトに公開されてる。

全篇で 1 時間弱のわりと長いスピーチなんだけど、まず最初の印象として、やっぱりスピーチ自体がメチャメチャ上手い。それでいて、なおかつ興味深い内容なもんだから、全然「聞けちゃう」。あと、こういう情報がキチンと、TV みたいにほんの一部を取り上げるんじゃなく、全篇キチンと見れる(読める)って、やっぱりスゴイ時代だなぁ、とあらためて感じるし、ニュース等で観るのとはだいぶ印象が違うことにビックリしたりもする。まぁ、それを活かすかどうかは個人の問題なんだけど。

'A New Beginning' ってタイトルがついてる通り、アメリカとイスラム世界の新しい関係について、かなり大胆で野心的なヴィジョンを高らかに掲げた演説で、そのメッセージはアルジャジーラをはじめ世界各国のメディアを通じて、世界のイスラム圏の人々に向けて発せられた(
YouTube の映像にもいろんな言語の字幕が付いてる。YouTube はそんなこともできるようになったらしい)んだけど、まずビックリしたのは冒頭の部分で 'Assalaamu alaykum' ってアラビア語であいさつをしたこと。アメリカの大統領がオフィシャルな場で(しかも、アルジャジーラ等のメディアも含む、世界中のメディアに放映されてる中で)、こういうことをしたのってあまり記憶にないっていうか、画期的なんじゃないかな、と。演説内でも随所にコーランの引用を散りばめてたりしたりするし。

画期的と言えば、実はけっこう画期的なことばかりの演説だったというか、「そこまで言っちゃうか」って思うことが何度もあったほど、率直というか、言いにくいであろうこともストレートに語ってたことに驚いた。その中でも一番インパクトが強かったのは、やっぱりイスラエルに関して。歴史・文化に根ざしたアメリカとイスラエルの結び付きの強さやユダヤ人の歴史、特にホロコーストに関しては、そこで犠牲になった
600 万人というのは現在のイスラエルのユダヤ人の人口より多いことに触れながら、その存在自体はキチンと肯定しつつ、でも、同時に、ムスリムだけではなくキリスト教徒も含むパレスチナ人の存在も肯定し、その現状は耐え難いものだっていう事実を強調して、イスラエルのパレスチナ政策をやんわりと、でも明確に非難してて。どちらに対してもすごくフェアな立ち位置で、これまでのアメリカ政府の過剰に感じられるほどの親イスラエルな政策を考えると、かなり画期的なんじゃないかな、と。まぁ、事前にイスラエルのネタニヤフ首相にも会ってるんで、キチンと事前説明(というか根回し)はしてたんだろうけど。

あと、印象的だったのは、イスラエルのことに限らず、イスラム文化が人類史で果たしてきた役割や、中東地域・イスラム社会と西欧、特にアメリカとの関係・歴史についてもキチンとフェアに語ったこと。帝国主義や冷戦、さらにはグローバリゼーションが相互不信や紛争を招いてきたこと、そして「アメリカ人がイスラムの人々をステレオタイプ的に見ているが、同時に、イスラムの人々もアメリカを '独善の帝国' というステレオタイプで見ているんじゃないか」ってことも率直に語ってる。そして、それを示した上で、アメリカ人のステレオタイプ的なイスラム観に対比させるように、アメリカとムスリムの本当の関係を、アメリカの独立を最初に承認したのはイスラム国のモロッコだったことやムスリムの各界での活躍ぶり、現在アメリカには 700 万人のムスリムがいることなどを例に挙げて「イスラム文化はアメリカの一部」であると語る。同時に世界のさまざまな文化の基でアメリカという国が形作られ、近代史の中で世界の発展に大きく寄与してきたという点も、そのひとつの実例として「バラク・フセイン・オバマというアフリカン・アメリカンを大統領に選出した」ことを挙げながら述べ、その上で「
アメリカ大統領としての責任において、さまざまなカタチで表れるイスラムに対するネガティヴなステレオタイプを断固戦う」って明言してるんだけど、こういう表現でアメリカの大統領がオフィシャルにイスラムについて語るのは異例だと思うし、すごく新鮮な感じ。

具体的に挙げたポイントはは
「テロリズム」「イスラエル / パレスチナ問題」「核兵器」「民主主義」「信仰の自由」「女性の権利」「経済」の 7 点なんだけど、やっぱりこのスピーチのキモはアメリカとイスラム文化の「相互理解」の重要性をあらためて、明確に説いたことに尽きる。お互いイーヴンな関係で、それぞれの違いを尊重し、相互理解を深めた上で、和解して新しい関係を築こう、と。まぁ、こうやって書くと、当たり前すぎるくらい当たり前な、2 者の関係を築く上での基本中の基本とも言えるようなことなんだけど、わざわざそんなことを改めて言う必要があって、しかもそれが大きなニュースになるってことは、そんな当たり前の基本に則った関係を築けてなかったってこと、誰もそれができなかったことの証明以外の何物でもないわけで。

こんなことをイスラム社会に向けてオフィシャルな場でキチンと語れるってだけでも十分衝撃的というか、画期的なことだと思うんだけど、それだけじゃなくて、すごくいろんな背景事情というか、「含み」というか、配慮と意思表明が随所に、綿密に盛り込まれてて。だからこそ、演説自体にも説得力をもたらすし、それも含めてスゲェなぁ、と。

まず、このスピーチがエジプトのカイロで行われたのは
6 月 4 日なんだけど、翌 6 月 5 日にはドイツで強制収容所跡を、その翌日の 6 月 6 日、第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦が決行された通称「D・デイ」にノルマンディを訪れてる点。各方面への配慮が伺える。しかも、翌週の 12 日にはイランの大統領選挙もあって、この大統領選挙戦は過去に例を見ないほどの盛り上がりを見せてた(そして、今もイザコザが続いてる)わけで、まさにその最中で行ったスピーチだったって点も見逃せない。あと、6 月 4 日が天安門事件から 20 年だった点にも、当然、世界的にはこのスピーチのニュースで天安門事件から 20 年って報道が減ることは予想されるんで、直接関係はないかもしれないけど、中国に対する何らかの配慮がありそう。

さらに、オバマ自身のパーソナル・ストーリーも忘れちゃいけない。大統領選挙戦の期間中に共和党から意味不明な揶揄(≠誹謗中傷)されたりもしてたんでよく知られてることだけど、今回の演説でも自ら触れてる通り、オバマの父親はケニア出身で、何代も続くイスラム教徒の家の生まれ。オバマ自身もイスラム教国のインドネシアで少年時代を過ごしてて、イスラム教徒の生活を自然に見て育ってて、シカゴではムスリムのコミュニティ活動にも接してる。それに、ネイション・オブ・イスラムの例を出すまでもなく、アフロ・アメリカン・コミュニティの中で支持されるってことは、アフロ・アメリカン・コミュニティに一定数、確実に存在してるムスリムからも支持されなきゃいけないってことだと思うし。

あと、今回の演説絡みで初めて知ったんだけど、オバマの大叔父(母方の祖父の弟)は、今回、オバマが訪れたブーヘンワルトの収容所を 1945 年に解放したアメリカ兵のひとりで、その時にそこで目撃した状況に大きなショックを受けて、今でも PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでるんだとか。オバマはこの大叔父にたびたび第二次大戦の話を聞かされてて、56000 人のユダヤ人が犠牲となったブーヘンワルトの話のインパクトは相当強かったらしく、だからこそ、D・デイの追悼に合わせて、その前にブーヘンワルトをぜひとも訪れておきたかったんだとか。

カイロでイスラエルに対して厳しいことを言ったかと思うと、直後にホロコーストの犠牲者に慰霊を行う。やもすると露骨なバランス取りに見えちゃいかねないところに、パーソナルな体験を交えることで必然性と説得力を与えつつ。しかも、ホロコーストでの慰霊は「ホロコーストはなかった」発言(暴言)で波紋を起こしたアフマディネジャドに対する皮肉と牽制の意味もあると思うし。なかなか巧妙で強かな戦略だな、と。

単に「知識」として認識してるってだけじゃなくて、自分のパーソナルな体験を交えることで親近感とリアリティと説得力を加えつつ、すでに知っている(けど、忘れちゃいがちな)人にはあらためて確認を、知らなかった人(主に若い人)には解りやすく説明する意味も含めてキチンと過去と現状を整理した上で、イスラエルに対しても、イスラム社会に対しても、そして世界のその他の人に対しても一定の配慮とともに明確な態度を示す。それは、特定の誰かだけに与することは決してしないし、誰とでもオープンに、フェアに対する、そうすることで新しい未来を作っていこうっていうメッセージ。すごくシンプルで、ストレートで、フェアで、この上なく力強いし、やっぱり画期的なんじゃないかな、と。

実際に話した内容はかなりシリアスで、決して簡単なハナシじゃないことばかり。それに、本人もこのスピーチで語ってるように、言葉はあくまでも言葉でしかない。
でも、意志の込められた言葉には人を動かすパワーがあるし、それこそがまさに 'HOPE' になるんだと思うし。

これまでにも、オバマの演説はプラハでの核に関する演説大統領就任演説大統領選挙の勝利演説、さらにニュー・ハンプシャーでの演説をベースにした "Yes We Can" をレビューしてきてるんだけど、実はこの演説が一番重要なんじゃないかなんて思ったりもする。プラハでの演説も確かにインパクトがあったけど、イスラエル / イスラムに絡む問題ってやっぱ一番タブーだった部分だと思うし、ここに明確な意志を示すってすごく勇気が要ることだったと思うし、誰もが気にしていながら、みんな避けてきた問題だし。イランでの大統領選挙以降の一連のデモ・暴動とか、イラン代表のサッカー選手が代表から追放される(された?)ってニュースとか、なかなか一筋縄ではいかない問題だけど、それでも適当にやり過ごすんじゃなくて、真っ正面からキチンと向き合って、一歩踏み出そう、と。その姿勢はやっぱりすごく大事だと思うし、伊達に 'CHANGE' と 'HOPE' を公約に出てきた大統領じゃないなって感心するし、何よりも「本気度」みたいなモノがビンビンと伝わってくる。もちろん、伝えるべきことを適切なタイミングで、適切な表現で伝えられる能力ももちろんスゴイけど、実は、こういう「本気度」を伝えられることこそが一番大事で、オバマの最大の功績なんじゃないかって思ったりもする。


* SAM COOK "A Change Is Gonna Come" (From "Otis Blue: Otis Redding Sings Soul")







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