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ちょっと前に名波浩の『夢の中まで左足』のレビューでも書いた通り、日本人のサッカー選手の本ってほとんど読まないんだけど、他でもない、我らがマリノスのバンディエラ、我らがマリノスの魂であり、ミスター・マリノスこと松田直樹が主人公だって言われるとハナシは別なわけで。これまでにありそうでなかった松田直樹本。まぁ、これは読まないわけにはいかないな、と。思った以上に売れてるのか、新宿周辺の書店では、軒並み品薄だったりしてる。
「出さなきゃ殺すというオーラがある。」
エキセントリック(というか、選手に対して強圧的)だったことでは歴代監督の中でも群を抜いてた印象のある 2002 年のワールド・カップ時の日本代表監督、フィリップ・トルシエにこう言わしめた男が松田直樹であり、帯には自筆の文字で「俺は J リーグ最大の問題児でした」なんて書いてあったりする。まぁ、タイトルからして『闘争人』なくらいなわけで。まぁ、暴れん坊だ、と。
そんな松田直樹を一言で表現するなら、やっぱり「日本サッカー史上最高のディフェンダー」。そして、同時に「もっとも愛すべきフットボーラー」でもある。つまり、脳ミソとハートの両方に、強烈に訴えかけてくるフットボーラーだ、ってこと。いい選手って、だいたいそのどちらかが突出してるんだけど、両方を兼ね備えてるヤツはそういない。
もちろん、「史上最高」なんて絶対的な基準はないわけで、当然、異論はあるだろうけど。ただ、かなり客観的且つ引いて冷静に見ても、その候補を数名挙げればそのひとりに入ることには異論はないはず。マリノスではルーキー・シーズンから開幕スタメンだったし、若い頃から各年代の日本代表として活躍。アトランタ・オリンピックではブラジルを破った世紀のジャイアント・キリング、いわゆる「マイアミの奇跡」のメンバーでもある。2002 年のワールド・カップのメンバーでもある。J リーグでも、順調に行けば今シーズン中に 350 試合出場を果たすんで、実績的にも申し分ない。能力的な面でも、速さ・強さ・高さを高次元で兼ね備えてて、なおかつライン・コントロールや相手との駆け引きにも秀でてる。足下の技術やフィードの精度も高く、抜群の攻撃力も備えてる(特に、自らボール奪ってそのまま攻撃参加する姿は、もう、横浜名物。自陣からドリブルで攻め上がってループ・シュートなんて離れ業をやってのけたりする)。そして、強い気持ちを前面に出して強いリーダーシップも発揮する。一般的には、このうちのいくつかを持ってるだけで、十分優れたディフェンダーって評価されると思うけど、これだけ兼ね備えてる選手は他にいない。
強いて挙げれば、冷静さがちょっと欠けてる感はあるけど、そここそが「愛すべき」理由になってたりするのが松田直樹の松田直樹たる由縁というか、魅力だったりもする。たしかにメンタルの波は大きいし、試合中にもブチ切れたりするし、イエロー / レッド・カードもよくもらうし、まぁ、多分こどもっぽいところがあるし。でも、小さく、行儀良くまとまった松田直樹なんて松田直樹じゃないわけで、本人も「どれだけ経験を積んで駆け引きを覚えても、それだけじゃなく、身体ごとブッ飛ばすようなプレーもできる選手でありたい」みたいなことを言ってる通り、そういうプリミティヴな衝動みたいな部分を忘れてないことの表れでもあったりする。それをプレーや言動、行動などでストレートに表現するので、いろいろ諍いを起こすことも多かったし、チームに迷惑をかけたりすることも少なくはなかったけど、その分、サポーターにもその想いはストレートに伝わってきたし、その両面を含めて、不器用なまでに真直ぐで熱い。そして、だからこそこれほどまでに愛される。
この『闘争人』では、リフティングが 16 回しかできなかったという少年期から、栄光も挫折もイヤというほど経験して 30 代になった現在まで、様々なエピソードや関係者の証言で綴られてて、本の作り自体はオーソドックスな内容ではあるんだけど、ひとつひとつのエピソードが強烈なんで十分読み応えがある(それにしても、よくも、まぁ、これほど問題を起こしてきたもんだ)。さらに、本人の手記とインタビューに加えて、前橋育英高校の山田耕介監督、マリノスの大先輩の井原正巳、仲のいい友人でありライバルでもある安永聡太朗と佐藤由紀彦、クラブ・代表での元チームメイトの三浦淳宏、そしてマリノスで松田直樹の後継者となるべき栗原勇蔵(あと、オマケとしてマリノスのスタッフ)のインタビューが要所に挿入されてるんだけど、これが絶妙の人選で、すごく利いてる。時として、本人の言葉やエピソードよりも、近い人間の発言のほうが人物像を浮き彫りにすることってあるから。
それにしても、なんで松田直樹はこれほどまでに愛されてるんだろう? なんて思っちゃう。たしかに「バカな子ほどカワイイ」って面はあるけど、ただの「バカな子」ってわけでもないし、それだけでは松田直樹の魅力は語れない。こどもじみたエピソードの数々だけじゃなく、カヌやロナウドといったワールド・クラスの化け物と会敵する度にモチベーションを上げちゃうところとかもフットボーラーとしてすごく正しいし、時にはビックリするようなスーパー・プレーも見せてくれるし。30 歳を過ぎて、人間的にもプレーヤーとしても円熟する部分はありつつも、変わらない部分、譲れない部分は頑として譲らない。そういう不器用さも魅力的だし、とかく小粒な優等生タイプが増えてる(もてはやされてる)気がする昨今(サッカーの世界だけではなく、社会全般の傾向として)なだけに、余計に魅力的に感じられる。やっぱり、松田直樹は脳ミソにもハートにもガンガン容赦なく訴えてくる希有な存在で、だからこそこれからも目が離せないし、見れば見るほど好きになる。いろいろ回り道しちゃった部分もあるけど、だからこそすごく魅力的なプレーヤーになったんだと思うし、こういう選手がこれからどういうキャリアを重ねていくのかにもすごく興味があるし。
実は、ちょっと前に本人に話を聞いて写真を撮らせてもらう機会があったんだけど、一番印象的だったのは眼。眼力(めぢから)がメチャメチャ強くて。もちろん、メチャメチャオトコマエ(気が付いたらついつい 2GB 以上撮ってた。ひとりの人物を 2GB も撮ったのは初めて。被写体がカッコイイと、やっぱり、ついついシャッターを押しちゃう)なんだけど、それだけじゃなくて、眼の印象がメチャメチャ強烈で。撮ってるときも感じてたけど、撮った写真をあらためて見直してみても。もちろん、ひとつひとつの質問に悩みながらも真摯に答えてたことも印象的だったけど。仕事柄、会った人はついつい好きになっちゃうみたいなところは別にないんだけど、やっぱり、松田直樹は、すごく真直ぐで、なんかどっかチャーミングで、メチャメチャ愛すべき男だな、と。
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