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2011/09/16

Heart 2 heart. Love 2 love.

"LA ♥ JPN ♥ LA Vol. 1 / Vol. 2" (disques corde)  ★★★★☆ 
 Link(s): iTunes Store (Vol. 1 / Vol. 2)


この "LA ♥ JPN ♥ LA" シリーズは、LA 界隈のアンダーグラウンド・シーンが中心になってコンパイルされた 311 のチャリティ・コンピレーション。ヴォリューム 1 は 7 月に、ヴォリューム 2 は今月リリースされてて、LA 界隈のアーティストだけでなく、日本人アーティストの音源も収録されてる。あと、それぞれ 25 曲以上収録されてて価格は ¥900 なのでかなりユーザー・フレンドリー。売り上げはすべて日本赤十字社シヴィック・フォース(Civic Force)に寄付されるという。

具体的に参加してるアーティストは、ヴォリューム 1 はラス・G(Ras G)やダム・ファンク(Dam-Funk)、カルロス・ニーニョ(Carlos Nino)、ミゲル・アットウッド・ファーガソン(Miguel Atwood-Ferguson)、ギャビー・ヘルナンデス(Gaby Hernandez)等、ヴォリューム 2 はトキモンスタ(Tokimonsta)、ライフ・フォース・トリオ(The Life Force Trio)、フリー・ザ・ロボッツ(Free the Robots)等、LA 界隈のシーンを代表するアーティストたちがトラックを提供してる。

また、日本からも DJ ミツ・ザ・ビーツ(DJ MITSU THE BEATS)やブン(Bun)、インナー・サイエンス(Inner Science)らが参加してて、まぁ、間違いないっつうか、かなり聴き応えのある内容に仕上がってる。

2011/07/13

Hackers' delight.

『ウィキリークス アサンジの戦争』
 デヴィッド・リー / ルーク・ハーディング
 月沢 李歌子・島田 楓子 訳 (講談社) ★★★★☆ 
 Link(s): Amazon.co.jp

2007 年にイラク駐留アメリカ軍ヘリコプターがイラク市民・ロイターの記者を銃撃・殺傷した様子が映っている動画、いわゆる 'アパッチ・ヴィデオ' を 2010 年 4 月に公開したこと一躍、世界中の注目を集め、その後のアメリカの外交公電の公開や逮捕劇など、瞬く間に世界情勢に大きな影響を与える存在となったウィキリークス(WikiLeaks)とその創設者のジュリアン・アサンジ(Julian Assange)について、ウィキリークスともっとも親密な(でも、決して馴れ合いではない)関係を築いてきたイギリスの新聞『ガーディアン(The Guardian)』紙の記者が綴ったモノで、出版は原著("WikiLeaks: Inside Julian Assange's War on Secrecy")・訳書ともに 2011 年。今年に入ってからたくさん出版されてるウィキリークス関連の書籍のひとつってことになる。

最大のポイントは、著者が他のメディアに先んじてウィキリークスと協力体制を築いてた『ガーディアン』の記者である点。当然、他メディアでは知り得ないような記述が多くて読み応えは十分。アサンジの生い立ちやキャラクターから始まって、ウィキリークスの設立過程や一連の 'アパッチ・ヴィデオ' 〜 'ケーブル・ゲート' と呼ばれるアメリカ外交公電の公開〜逮捕劇に至るまでの流れをカヴァーしつつ、ウィキリークスが果たした役割や課題、'ウィキリークス以後' の世界でのメディア・個人の在り方みたいな部分まで触れられているんで、バランス良く概要を掴むのにももってこい。読み物としても適度に客観的でありながら、著者(たち)自身がプレーヤーでもあるので、適度にドラマチックに、'読ませる' 感じにまとまってて、決して軽いわけじゃないんだけど、思いの外、すんなりと読めちゃった印象かな。読み物として普通に面白いというか。

2011/02/19

Stay wired. So weird.

サイバービア 電脳郊外が "あなた" を変える』 ジェイムス・ハーキン 著 吉田 晋治 訳
(NHK 出版)  Link(s): Amazon.co.jp

どっかの書店の店頭で見かけたのかな? タイトルに魅かれて読んでみた一冊(造語の語感は好きじゃないけど)。タイトルの 'サイバービア' は、'サイバー(cyber)+ サバービア(suburbia)'って意味の造語で、サブ・タイトルにある通り、'電脳郊外' みたいな意味。このタイトルを見て真っ先に思い出すのは「サバービアの憂鬱」って言葉だったりするんだけど、ロジカルな意味ではなくて、まず直感的なレベルでピンとくるというか、つながる感覚は、確かにある。

サバービアの憂鬱』ってのは大場正明氏が 1993 年に出した本で、'憂鬱' っていう通り、豊かな社会のある種の象徴的なイメージだったはずの '郊外' (インナー・シティやゲットーと対比した意味合いで)の '病んだ' 部分について、アメリカ社会の '郊外=サバービア' の発展過程やそこで生じている諸問題を多角的に検証して綴ったモノだったはず(だいぶ前に読んだんで、記憶にはイマイチ自信がないけど…)。でも、リアルタイムで観たり聴いたりしてきた映画や音楽等なんかのことを思い出せばその通りだったし、その裏返しがヒップ・ホップに代表されるアフロ・アメリカン・カルチャーだったりもする。しかも、今にして思うと、それはアメリカ社会に限られたハナシじゃなくて、(ちょっと形態は違うけど)自分がまさにリアルタイムで経験してきた日本社会においても十分リアリティがあったりする。今回、あらためて調べてみたら、ウェブサイトで全文(+ 追加テキスト)が公開されてたりするんで、読み直してみようと思ってるけど、まぁ、今回はそのハナシではないんで。

2010/12/10

Deeper understandings. Shallower understandings.

ネット・バカ』 ニコラス・G・カー 著 篠儀 直子 訳(青土社)  
 Link(s): Amazon.co.jp  / Rakuten Books 

前にレヴューした『クラウド化する世界』の著者の新刊で、サブ・タイトルは「インターネットがわたしたちの脳にしていること」。原著は今年発行された "The Shallows: What the Internet Is Doing to Our Brains" なので、サブ・タイトルはほぼ直訳だけど、タイトルは相当な意訳。『クラウド化する世界』のレヴューでも書いたけど、けっこう悪質というか、正直、ヒドイ邦題だと思う(ちなみに、『クラウド化する世界』の原題は "The Big Switch: Rewiring the World, from Edison to Google")。

一応、本書の基になったのが "Is Google Making Us Stupid?"(「グーグルは我々をどんどんバカにしているのか?」って感じかな)って論文だからってエクスキューズが付いてるけど、それにしてもかなり印象が違うし、実際の内容とも違ってるし。せっかく、内容はわりと面白いのに。まぁ、著者や訳者じゃなくて編集社(編集者)がやってることだってのは解ってるけど、それにしてもセンス(と常識)を疑いたくなるし、単純に、こういうのって、なんか、すごいイヤな気分になる。

2009/07/24

Cloudy (is my sunny mood).

クラウドの衝撃

. :城田 真琴 著(東洋経済新報社)

こないだレヴューした『クラウド化する世界』に続いて、クラウドモノをもうひとつ。別にそれほど興味があったわけじゃないんだけど、
クラウド化する世界』は外人が書いた本だったんで、日本人が書いたモノも読んでみたほうがいいかな、と。いろいろ、ニュアンスとか捉え方が違ってて面白いんで。いい意味でも、悪い意味でも。この本を選んだ理由は装丁の印象だったりするんだけど。

アマゾン見ると著者名が「野村総合研究所 城田 真琴」ってなっててちょっと(っつうか、かなり)ビックリしたんだけど、まぁ、その通り、著者は野村総合研究所の技術調査部の主任研究員の城田真琴氏。そうは言っても、別に知ってるわけじゃないんで、特に何ってわけじゃないけど。ただ、そこをそんなに強調したいのか?! って思っただけで。まぁ、読んでみたら、なんで今まで知らなかったのか、わかったような気もしたけど。

どういうことかっていうと、個人的にはあまり面白くなかったから。あぁ、こういう感じだったら、これまでに接点がなくても不思議じゃないな、って。わりと著名な人らしいんだけど。アマゾンのカスタマーレヴューを見ると、けっこう評判がいいっぽくてビックリしたんだけど、個人的には全然グッとこなくて、前半はともかく、中盤くらいからは読んでてドンドンテンションが下がってくのが自分で感じたくらい。一応、せっかくだから最後まで読もうと思って読んだけど、最後のほうは「早く読み終わっちゃわねぇかなぁ」って思いながら読んでた気がする。そこまでして読まなくてもよくね? って思ったりもするけど。我ながら。

「IT 史上最大の創造的破壊が始まった」って表紙には(サブ・タイトルとして?)書いてあるんだけど、読み終わった後にそんな印象は全然、受けなかったし。内容的には、主にアメリカのエンタープライズ市場での動きについて、グーグルアマゾンセールスフォース・ドット・コム等、いくつかの「クラウド・ネイティヴ」な事例を挙げながら、クラウド・コンピューティングの概要と主立った動きを説明してるんだけど、図が多かったり文章量が少なめだったり、なんかあんまり面白くない新書を読んでるような印象で。実際、すぐに読み終わっちゃったし。可もなく不可もなくっていうか、なんか、そういう印象しか残ってない。

なんだろう? ハナシ的に、わりとエンタープライズ的な視点のハナシに終始してるからなのかな。ちょっと狭いところを見て「スゴイスゴイ」って言ってるんだけど、つまんないロジックとデータを駆使するだけで、全然スゴイことを話してるようなエキサイティングな部分が伝わってこない感じ?
『クラウド化する世界』のレビューでも書いた通り、個人的にはクラウドって、もちろん大きな動きではあるとは思うけど、多様性と可能性が広がって選択肢が増える以上のことではないと思ってるんで。「IT 史上最大の創造的破壊」って言われて納得できるような説得力は全然感じられなくて。

逆に、どんな人がこれを読んで満足するんだろう? って考えてみても、やっぱり新書的なモノを求めてる人なのかな、と。概要だけツルっと一通り押さえたい(わかったような気になりたい)人っていうか。別にビックリするようなことが書いてあるわけではないし、実際に運用するにしても、技術的な面でも、先のヴィジョンを描くって面でも、特にインスピレーションに富んでる感じはしないし。なんか、個人的には薄っぺらな印象は否めないかな。

2009/07/19

Above the clouds.

クラウド化する世界
. :ニコラス・G・カー 著. :村上 彩 訳(翔泳社)

ちょっと前に流行ったビジネス書なのかな? けっこう売れてたっぽい。まぁ、正直、ちょっと恥ずかしい感じもなきにしもあらずなんだけど、テーマ自体は興味がないわけではないんで、ちょっと読んでみようかな、と。

著者は『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌の上級編集者を務めてたビジネス・ライターで、日本でも『IT にお金を使うのは、もうおやめなさい』が出版されてる。
なんか、印象としては、ちょっと胡散臭いビジネス臭がして、正直、ちょっと抵抗を感じてたんだけど(サブ・タイトルに「ビジネスモデル構築の大転換」なんて付いてるし)、原タイトルは "The Big Switch: Rewiring the World, from Edison to Google" だったりして、そういわれるとちょっと印象が違ってきたりする。ちなみに、IT にお金を使うのは、もうおやめなさい』の原タイトルは "Does It Matter?: Information Technology and the Corrosion of Competitive Advantage" で、これは著者が『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に発表した論文 "IT Doesn't Matter"('IT' が大文字なところが大事。日本語版は「もはや IT に戦略的価値はない」)が大きな議論を呼んだことを受けて、その "IT Doesn't Matter"、それに対する反論、そしてそれに対する再反論をまとめたものらしい(読んでないけど)

周辺情報としてはこんな感じなんで、思ったほど胡散臭いビジネス書ではないっぽいとは思いつつ(やっぱり邦題の付け方って大事だな、と。まぁ、そういう風に見せたほうが売れるんだろうけど。悲しいかな)、まぁ、やっぱり、こういうのに対してはついつい一定の警戒心は感じちゃうんで、わりと冷めた感じで読んだんだけど、結論から先に言っちゃうと、思ったよりも楽しめたかな。別に感動したりとか、今まで見えなかったものが見えたりとかしたわけじゃないけど、いろんなことがわりとスッキリする感じ。

内容としては、前半では電力発電と情報産業と比較するカタチで、発電が発明された当初は各事業所が発電機を購入・導入してた(発電機を販売して儲けてた会社があった)のが、大規模発電と安定した送電網が確立されるとともに発電所から購入したほうが安価になった(=電力がコモディティ化した)ように、情報産業もインフラの整備が整うとともに SaaS(Software as a Service)が可能になり、アマゾンやグーグルに代表されるようなクラウド・コンピューティング / ユーティリティ・コンピューティングが実現しつつあり(企業のレベルだけでなく、むしろ個人のレベルにこそ起こってる)、そして、さらにはワールドワイド・ウェブがワールドワイド・コンピューティングになる方向に向かうってことについて、後半ではそういう環境がもたらす人間社会の変化について、いろんなデータやさまざまな人物の発言、事例などを用いながらわかりやすく述べられてて、それほど専門知識がない人でもわりとすんなり理解できちゃう感じ。たぶん、前半部には
IT にお金を使うのは、もうおやめなさい』の内容も含まれてるんだと思うし。

まぁ、これを読むと、グーグルがなんで独自ブラウザの Chrome を開発したか、そして、さらに最近発表された Chrome OS って流れになるかってことはすごく腑に落ちたりはする。まぁ、要するに、一連のグーグルのサービス(そして最大の収入源である広告)って全部インターネットありきなわけで、それを使うインターフェースはブラウザだから、それに特化したブラウザがあれば OS なんて何でもいいってこと。
Chrome ってのはそのためのブラウザであり、同時に、ワールドワイド・コンピューティング(≒グーグル)に最適化された並列コンピューティング環境のプラットフォームでもあって、OS ってのは Chrome さえキチンと動作すれば OK だ(だから、そのために余計なコストをかけなくていいように無料の OS = Chrome OS を用意した)、と。こんな感じなんじゃないかな、と。まぁ、Chrome OS については、まだ詳細はわかんないから、あくまでも憶測だけど。でも、グーグルはインターネットを単なるデータベースじゃなくて AI 化しようとしてるわけで、そのために着々と動いてやがってて、そういう流れも確かにあるよな、と。ユーザーとしての実感のレベルでも。

ただ、個人的には、クラウドに関しては、それこそ iPhone 3G について「10 年くらい前にイメージした未来のデジタル携帯デヴァイス」った感じたことと似てるんだけど、同じ頃から「近いうちにクラウド的な状況が来るかもなぁ」なんて感じてた(もちろん「クラウド」なんて用語はなかったけど)りもしたんで、わりとリアルな実感はありつつも、同時に、何とも言えないモヤモヤ感もあって、それほど楽観的じゃなかったりもしてるんだけど。もちろん、いい面がたくさんあることは認め(そして、その恩恵を享受し)つつも、クラウド・オンリーとか、クラウドがメインみたいな状況に関しては、かなり疑問を感じてたりするんで。まぁ、これに関しては書き出すと長くなるから止めるけど(実際、ちょっと手を着けてみようと思ったらスゲェ大変で、それこそ論文とか本にでもなっちゃいそうなんで止めた)。
社会とか国家とか歴史とかのハナシになってくるんで。
ルイス・マンフォードは『権力のペンタゴン』で、テクノロジーに我々をコントロールさせるのではなく、我々人間がテクノロジーをコントロールできると述べた が、それは間違いだ。なぜなら、それは我々の選択ではなく、我々の力が及ばない経済的な力による帰結だからだ。テクノロジーには容赦のないロジックがある。我々は一個人としては、テクノロジーの命令に疑問を呈したり、抵抗もできるかもしれないが、この種の行為は常に孤独であり、結局は無駄である。経済的取引が支配する社会においては、テクノロジーの規範は、まさに規範なのである。個人的選択が関係する余地はほとんどない。
これは本書からの引用なんだけど、まぁ、一理ある。それでも抵抗したくなっちゃうヒネクレ者だったりするんで、いろいろ面倒だったりもしてるんだけど。あと、関連して、興味深い指摘としては「産業革命初頭から始まった富の集中を加速させたのは配電網の整備だった」って点もあるんだけど、確かに、似たような傾向があるかもしれないなぁ、と。けっこう笑えないハナシとして。「ウェブ・ベースの無報酬の貢献・労働を価値・サービスに変える企業へ富が集中し、格差をドンドン広げてる」って指摘とも関連して。これも、個人的にも利用もしてるし、恩恵も享受しつつも、同時に迷惑なハナシでもあったりして。著者は「その打撃を受けるのは企業でもユーザーでもなく、個人のプロフェッショナル」って言ってて、実際、ライター業とかってその影響をモロに受けてる分野のひとつだったりするんだけど、でも、それだけじゃなくて、それはイコール情報の信頼性の下降とかクオリティの劣化にもつながると思うんで、最終的にはユーザーに対しても打撃だと思うし。もちろん、欧米のリベラルなインテリの定番になってる感がある(もちろん、これもメチャメチャ一理ある懸念ではあるんだけど)ジョージ・オーウェルの『1984 年』のビッグ・ブラザー的な「管理社会」に対する懸念も強まるだろうし(実際、大企業とかそうなってるように見えるし)、まぁ、全然楽観的にはなれないな、と。

あと、ちょっとハナシはズレるけど、もっとヒドイ状況として、福井晴敏の『ガンダム UC』みたいに無線通信なんて危険すぎてできない(ネットワークはすべて有線)ような社会ってのも考えられなくはないし。まぁ、ミノフスキー粒子ありきのハナシだし、クラウドとは直接関係ないけど、今の無線天国みたいな状況が果たして本当にベストで、今後も続いてくのかってことはちょっと疑ってかかってみてもいいのかも? とは思ったりもするし、そうなると、クラウドはもちろん、コンピューティングとネットワーキング自体の質とか意味も変わってきそうだし。まぁ、これはかなり飛躍した想像(妄想?)だけど。

まぁ、クラウド・コンピューティングがある程度、実用的になって、ますます発展することで、今まで胡散臭いことで儲けてやがったヤツら(ナンチャラ・インテグレーターとか、そんなヤツね。ちょっとウェブ屋に似てる胡散臭さを漂わせてる。まぁ、もちろん、全員が、ってハナシではないけど)が喰いっぱぐれたりとか、胡散臭いヤツらに騙されてオーバー・スペックなモノを売りつけられてた企業 / 事業者が救われたりするのはいいことだな、って純粋に思ったりするけど。それだけでも十分意味がある気がするし。

もちろん、アップルも巨大なデータ・センターを作ってるなんてニュースを聞くと、iTunes Store / App Store みたいなオンラインの事業を支える設備投資の面もあるんだろうけど、製品マトリクスから MacBook が(実質的に)消えてるだけに、クラウド絡みの何かがあるのかな(たぶん、中途半端なモノじゃないと思う)、なんて勘繰りたくはなっちゃうし、まぁ、グーグルとかマイクロソフトの動向も含めて、いろいろ注目すべきことが多い分野であることは確かだとは思うけど、天変地異というか、社会がひっくり返るようなハナシではないってのが個人的な印象かな(ある狭い世界では天変地異クラスの衝撃なのかもしれないけど)。社会をひっくり返すようなモノでも何でもなくて、単に多様性が広がって、選択肢が増えただけのハナシかな、とも思うし。だって、どれだけ環境が整ってもクラウドだけですべて OK とは思えないし(いろんな理由で。これを述べると長くなる)、365 日・24 時間、いつでもどこでもオンラインなんて社会はそれ自体どうかと思うし、個人的には「クラウド」より「同期(synch)」って思ってたりもしてるし。

まぁ、この
クラウド化する世界』に関しては、具体的にクラウドの導入云々みたいなことよりも、もっと大きな枠で現在のこととこれからのことを考えるのにいい参考書って印象。特に、ビジネスだけじゃなく、個人の生活とか社会も含めてって意味で。

あと、個人的には、クラウドの根幹を成す技術のひとつの「仮想化(virtualization)」って考え方は、具体的な技術のハナシだけじゃなく、いろいろなことに応用できそうな考え方のような気がしてて、ちょっと興味がある。「仮想化」・'virtualization' って言葉は、個人的にはどっちもイマイチシックリきてないけど、考え方としては面白いなって。何かありそう。

BGM はポール・ウェラーの "Above The Coulds" を。もちろん、内容とはまったく無関係だけど。ただの 'cloud' つながり。でも、それだけじゃないかも。たぶん、'above the coulds' な何かをイメージしていかないといけないな、とか思ったりもするんで。


PAUL WELLER "Above The Clouds" (From "Paul Weller")







2009/06/28

A whole new world.

Barack Obama’s Speech in Cairo: A New Beginning (on June 4th, 2009) 
(BarackObama.com) 

ちょっと前のエントリーの WWDC 2009 のキーノート・アドレスに続いて、だいぶ時間が経っちゃったけど、やっぱり無視できないっていうか、個人的には衝撃的で、感動的でもあるような、歴史的な演説だと思うんで、備忘も兼ねて(時系列的には順番が前後しちゃってるけど)。なんか、聞けば聞くほど(観れば観るほど / 読めば読むほど)、そして考えれば考えるほど、いろいろなことが絡んでるように思えてきて、時間がかかっちゃったけど。

2009/04/27

A change is gonna come.

ディス・デイ「希望の一日」クーリエ・ジャポン編集部 編 
(講談社) 

COURRiER Japon 2009 年 3 月号』のレビューでも触れた、この号の特集 'THIS DAY OF CHANGE' の写真集。雑誌の発売と同時に特設サイトが開設されて、そこに随時写真が追加されてたんだけど、ついにそれをまとめた写真集が発売された。

この 'THIS DAY OF CHANGE' は、2009 年 1 月 20日、つまり、バラク・オバマの大統領就任という「希望の日」の世界の様子を、世界中の 100 名を超えるフォトグラファーが 'HOPE' をテーマに撮影するという企画で、最終的に 1000 枚を超える写真が集まったという(テキストも寄せられている)。'CHANGE' の舞台となったワシントン DC やアメリカ国内各都市はもちろん、中東、アフリカ、アジア、南米、ヨーロッパまで、世代も性別も社会背景も思想も異なるフォトグラファーたちが、ある特別な 1 日の象徴的なシーンを写真に収め、それをまとめることでいろいろなことを示唆する極上のコンテンツに仕上がってる。あえて写真っていうシンプルなフォーマットなところも潔いし。あらためて写真の持つパワーをすごく感じさせてくれるし、見応え(読み応え)十分で、装丁デザインもすごくクール。

2009/01/21

The dawn of the new era.

44th US President BARACK H. OBAMA: Inaugural Address on January 20th, 2009 (US Presidential Inauguration 2009) 



第 44 代アメリカ大統領、バラク・フセイン・オバマが 2009 年 1 月 20 日(現地時間)の大統領就任式で行った就任演説。もちろん、初のアフロ・アメリカンの大統領でもあるし、これまでに 11 月 4 日の勝利演説 "Yes We Can" のベースになったニュー・ハンプシャーでの演説など、名演説の多いオバマなだけに過去にないほどの注目を集め、日本でも地上波 TV で生放送してたり(しかも、NHK だけじゃなかった)してたけど、ウェブで生放送してたのが今回の大統領就任を象徴してるような気がしたので、あえて Joost で観てみた(回線の混雑が心配だったけど、思ったより普通に観れた)。

2009/01/09

1 decade to come. 29 more to go.

プラネット・グーグルランダル・ストロス 著 吉田 晋治 訳 
日本放送出版協会)
 
ニュー・ヨーク・タイムズ紙のコラム等で知られるランダル・ストロスが、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してきた、でも、最近はちょっとスロー・ダウンしてる感もあるグーグルの最初の 10 年についてまとめた著作で、珍しく(そして、ありがたいことに)日米同時発売(原著は "Planet Google")。

飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してきた時期のグーグルを取り上げた本は多かったけど(例えば、読んだことがあるモノだけでも『グーグル誕生 — ガレージで生まれたサーチ・モンスター』とか『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』とか『NHK スペシャル グーグル革命の衝撃』とか『アップルとグーグル』とか)、そういった本が書かれた時期と比べると、グーグルを取り巻く状況はけっこう変わってて、必ずしも順風満帆ではなくなってきてたりするので(少なくとも以前に比べて)、その辺をカバーしてる本って意味でなかなか面白い。

2008/12/19

Time for hope.

"TIME (Vol. 172 No. 26 / Dec 29, 2008) Person of the Year 2008
(Time Inc.) ★★

アメリカの "TIME" 誌が毎年行っている 'Person of the Year' 特集号。表紙を見ての通り+大方の予想通り、バラク・オバマが選ばれてる。そのこと自体は何の驚きもないんだけど、内容というか、その取り上げ方や使ってる素材のクオリティがとても素晴らしい。ちなみに、ここで取り上げるのは実際の雑誌ではなく、ウェブ版。純粋にウェブ・コンテンツとしてのクオリティがとても高いと思うので。

まず、カバー・アートワークを手掛けてるのはオベイ(OBEY)でお馴染みのフランク・シェパード・フェアリー。1 月の時点で 'HOPE' をモチーフにしたアートワークを手掛けていることも考えると不思議なことではないんだけど、ストリート系のアーティストが "TIME"の 'Person of the Year' のカバー・アートワークを手掛けるなんて、ちょっと感慨深かったりもする(フランクのビデオ・インタビューがサイトで見れる)。

2008/10/30

Culture and role.

Google との闘い ― 文化の多様性を守るために

. :ジャン-ノエル・ジャンヌネー 著
. :佐々木 勉 訳(岩波書店

フランスの国立図書館の元館長で、ミッテラン政権の通商政務次官もと務めたという著者による、グーグルに象徴されるアメリカ(≒英語)主導のインターネット界のグローバリゼーションに関して、主に Google Book Search を例に挙げて、その裏に孕んでいる画一化の危険性に対して警鐘を鳴らしている一冊。原著("Quand Google défie l'Europe: Plaidoyer pour un sursaut")は 2005 年、訳書は 2007 年の出版で、ちなみに原題は「グーグルがヨーロッパに挑むとき ー 驚愕の理由」という意味だとか。

まぁ、言わんとしてることは解る。ある面で正しい。でも、簡単な問題でもない。グーグルに関するいろいろな本などを読む限り、Google Book Search の「過去に出版された書籍に含まれている膨大な量の情報をデジタル・データ化して検索可能にしたい」という欲求は、グーグルの創設者のふたりにはかなり昔から強くあると思われる。しかも、かなり純粋且つアカデミックなレベルで。たぶん、そこには悪意はない。ただ、悪意がなければいいのか、というとそうでもないのが難しいところ。その辺のことを指摘してるんだと思います。著者の立場は当然、フランス人であり、フランス語圏の人間であり、ヨーロッパ人である、というところ。「ヨーロッパは、市場のために重要なルールを都合よく曲げることさえ辞さないアメリカを理解するうえで、絶好の位置にある」と述べているように、インテリなアメリカ人特有の考え方や価値観がそのままグローバル・スタンダードになってしまうことに危惧を抱かざるを得ないという著者の立場は、英語圏どころかアルファベット圏でもない日本人なら容易に理解できるし、私企業であり、収益を広告に依存しているグーグルのビジネス・モデル自体が内在している危険性も理解できる(大企業に有利になりやすいし、ポピュリズム的な単純化の傾向を促進する可能性もある)。要するに、インターネットの世界(が本来持っていたはず)の公共性と多様性をどのように担保していくのか、ということなんだろうけど、これに関してはもちろん簡単なハナシじゃないし、単純でパーフェクトな解決策があるわけでもない。官と民のバランスと役割の問題でもある。これはグーグルに限らず、マイクロソフトなんかにも言えることだろうし、もっと言えば、インターネットの世界に限ったハナシでもない。政治・経済・文化等、あらゆる分野に言えることだし、「全世界アメリカ化」的な経済の動きが大きな破綻をきたしている今、なおさら強くそう感じるし、その傾向に大きな変化が生じる時なんじゃないかとも思ったりする。

本書を読んで強く感じたのは「それぞれの国や文化が持つ役割」ということ。新しいことを効率重視でドンドン推し進めちゃうのがアメリカの役割なら、ちょっとヒネくれた目でそれを注視して、違う見方を示すのはフランスの役割。アメリカには、アメリカという「若い」国が掲げる(ざるを得ない)理念という価値判断基準があるし、フランスには、アメリカにはない長い歴史の中で育まれたフランスならではの価値判断基準がある。アメリカっていろいろ面白いものを生み出してきた国ではある。でも、やっぱり歴史が短いし、国としてのベースが脆弱だから、どうしても理屈っぽくなったり、数値に頼りすぎるところがあると思うんだけど、それは必ずしも正解ではないと思うので。アメリカ人の考える「合理性」が、他の国の人にとって必ずしも「合理的」であるとは限らないので(「合理的」って「効率がいいこと」と同義語だと考えられがちだけど、本来は、文字通り「理性に合う」という意味なので。そして、「理性」は必ずしも「効率」と合致するとは限らない)。グーグルに代表されるシリコン・バレーに関しても、いい面もたくさんあるけど、足りない部分もいっぱいあると思うし。その点、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国には、理屈じゃないレベルでの価値判断基準、歴史と文化の中で育まれてきた価値判断基準があると思うし、フランスなんかはその筆頭だと思うので(その主張の強さも含めて)。どっちが正しいとかではなくて(著者もグーグルを全面的に批判しているわけではない)、こういう意見がキチンと主張されることだったり、それが考慮されうることってのは、とても大切だな、と。もちろん、ヨーロッパ以外の国でもそういうモノを持っている国はあるし、日本にも日本ならではの価値判断基準があるはずなんだけど、ホントは。まるで役立てられてない気がするけど。残念ながら。日本は逆に孤立化に向かっている気もするし。安易にグローバリズムに流れるのはどうかと思うけど、一方で、世界の多様性を見ずに狭い世界に閉じこもってそれがすべてであるかのように振る舞うのもまたとても危険なことなわけで。この辺は、肝に命じておかなければならない日本の重大な問題な気がする。

最後に、具体的な指摘で面白いかった点をいくつか。
  • まず「現在まで、書籍は(出版者自身の広告を除けば)広告を含まない唯一の情報媒体だったということを思い出して欲しい」ということ。言われてみれば当たり前だけど、これは書籍の特殊性を理解する上で忘れちゃいけないことかも。
  • 図書館員や書店の店員の重要性がなくなるどころか大きくなる、って指摘もすごく大事。アルゴリズムはそこまで万能ではない、と。これは、アマゾンの「おすすめ商品」とか iTunes Store の 'Just For You' あらため 'Genius サイドバー'(既に持っている曲の傾向に合わせた別の曲をお薦めしてくれる機能)のような、購入履歴等のデータを基にしたアルゴリズムを用いた「パーソナライズド・リコメンデーション」の精度を考えればわかる。悪くはないし、それなりに役には立つけど、例えば、行きつけのショップの店員とか、プロのコンシェルジェに敵わないわけで。専門的で幅広い知識を持った図書館員や書店の店員は、一流のコンシェルジェとして扱うべきだし、そうあって欲しい。あと、こういうハナシをするときにはハードのハナシに偏りがちなので、そういう意味でも重要なポイント。
  • 分散コンピューティング的な手法を取り入えることを提案していること。最近、すごくいろんなところで見る「分散コンピューティング」。やっぱり何かあるかもな、と。確かに、ある種の公共性を持つプロジェクトは、多国籍な NPO / NGO 的な団体がこういう手法でやることが相応しいような気がする。資金源やクリエイティビティの問題はあるけど。
  • 「本は全体として設計されたもので、連続的または蓄積的に読まれるべきものである」という指摘。これはとても大事なポイント。きっかけとして部分的に見れることは有益だけど、それだけで安易に「わかった気になる」ことはすごく危険だし、インターネットの世界では、この問題はすごく大きな問題だと思う。
  • 「読書を通じて己を磨くには、読むだけでは不十分だ。我々は本に書かれている社会に出ていかなければならない」というジュリアン・グラックの『偉大な道への切符』からの引用も重要なポイント。頭でっかちになるなよ、と。
トータルで考えると、現状ではグーグルがベストであるのは、たぶん間違いない。いろいろなサービスにおいて。でも、「現状では」ということと、グーグルがどういうものかということは、常に頭に入れといて、動向は見ておく必要はあるし、他の選択肢も持っておく必要もある、と。そういう当たり前の結論にしかならない。特にこの世界の「常識」なんて、アッという間に変わっちゃうから(検索はヤフーが「常識」だった時期もあるし)。一番危険なのは、盲目的・近視眼的になって与えられた情報を鵜呑みにすることだってこと。結局、得た情報を解釈するのは人間の仕事だから(残念ながら、アルゴリズムは「解釈」はしてくれないから)。

2008/10/27

Move as you like.

スマートモブズ ― "群がる" モバイル族の挑戦

. :ハワード・ラインゴールド 著
. :公文 俊平・会津 泉 監訳 (NTT 出版

タイトルになっている「スマート・モブズ(smart mobs)」とは、著者曰く「インターネットにリンクされたモバイルの通信機器、パーベイシブ・コンピューティング、及び集団行為を組織するための技術の使い方を知っている人々」とのことで、その着想は渋谷駅前のハチ公口・スクランブル交差点で携帯電話を片手に「通話」ではなく「操作」している日本人から得たんだとか。つまり、ちょっと言い方を変えると、スマート・モブズとは「ケータイ(単なる「携帯できる電話」という枠を超えているので、あえて「携帯電話」ではなく「ケータイ」と呼びます)や PDA、小型ゲーム機器等の通信機能付きモバイル機器をスマートに使いこなす人々」みたいな意味になるんだと思うけど、その特徴とそこに秘められた可能性及び危険性について考察した書籍ということ。

原書は 2002 年、訳書は 2003 年の出版なので、情報はちょっと古いし、いろいろと首をひねりたくなるところやピンとこない(ポイントがズレてる)ように感じるところはあるけど、様々な面から、世界中の事象から
検証していて、さすがにアメリカのベテラン・ジャーナリストの仕事といった感じ。因みに、著者のハワード・ラインゴールド氏は "Whole Earth Review" のエディターや "HotWired" のエグゼクティヴ・エディターを務めたことで知られ、『バーチャル・リアリティ』等、テクノロジー関連の著書も多い人なんだけど、個人的には著書のひとつ、『思考のための道具』の印象が強い。コンピュータが個人の道具になる(=パーソナル・コンピュータの発展)過程をとても広範且つ深くまとめていて、広い意味でパーソナル・コンピューティングについて語る時の基本事項を学び、その可能性について考える上ですごく参考になった一冊。その彼の書籍ということもあるし、iPhone を使い始めて以来、あらためてすごく関心が沸いてきたテーマでもあるので、興味を持って読んでみた。

著者が例に挙げているのは、ハチ公口・スクランブル交差点でケータイの「操作」に没頭する日本の若者たちだけでなく、ノ・ムヒョン政権成立に大きく寄与した韓国のエピソードや 2002 年のアメリカ大統領選挙、ブラジルでの SNS の大きな広がり、マニラの「ジェネレーション txt」による大統領罷免運動、ヘルシンキの若者、さらには、執筆当時に普及しつつあったブログまで、とても幅広い。そこにあるのは「ポケットに入れて持ち運べる機器が無線インターネットを通じて互いに交信するスーパー・コンピュータになったら人間の行動はどのように変化するのだろうか」という壮大な疑問。その根底にあるのは、突き詰めて言うと「協力」ということなのかな、と。

著者の挙げるスマート・モブズの特徴は、
  • たとえ互いを知らなくても強調して行動できること
  • コミュニケーションと情報処理の両方の能力を持つ端末を持ち歩いてるので、過去にできなかった方法で協力することができること
そこには、今までは掬い切れなかった膨大な量の「共通にプールされる資源= CPR(commom pool resources)」を活かすだけの力があり、具体的には、古くはタイム・シェアリング、現代では P2P や Folding@home のような分散コンピューティングのような仕組みに、パーソナル・コンピュータ以上にパーソナルで肌身離さず持ち歩いている携帯端末に位置情報が加わってできたネットワークの力は、まさに計り知れない。古くはバーコードがヴァーチャルとリアルの架け橋となったように、ヴァーチャルとリアルの親和性が高まれば、なおさらその力は大きくなる。しかも、インターネット自体がもともと「核戦争でも生き残れるように設計されてる」なんだから、その堅牢性も相当なものであるはず。こんな風に発想が飛躍していくのはとても自然なことだ。

また、著者がトム・スタンデージの『解放されたインターネット』から引用している「電話は電報と同じ回線を使用したために、最初は単に話ができる電報としか思われなかったが、実際にはまったく新しい別物に化けた」という言葉が示唆してるように、インターネットもケータイ(及び他の通信携帯端末)も、「単に」という当初の想定の枠を大きく超えて、まったく別物と言ってもいいものに「化け」ている。インターネットの爆発的な普及を促したのは、実は当初、オマケ的に余暇の中から生まれたメールだったことは有名だけど、著者が「これからのモバイル情報通信産業のキラー・アプリケーションはハードウェアやソフトウェアではなく社会的な慣行だ」と語る通り、モバイル情報通信産業に限らず、本当のキラー・アプリケーションは常に「社会的な慣行」だったりするわけで、そこには「技術をどのように使うか」ということだけではなく「技術を使うことで自分たちはどのような人間になってしまうのか」という問題も同時に存在するという指摘も理屈はわかるし、それ以上に、皮膚感覚の実感としてリアリティを感じる。

著者がスマート・モブ技術の潜在的な脅威として挙げているのは 3 点。
  • ジョージ・オーウェルの1984 年』的な管理社会に利用される危険性という「自由への脅威」。
  • 高度に自動化された情報社会での行動が、正気と礼節を蝕むより先に利便性をもたらしてくれるか定かではないという「生活の質への脅威」
  • 人間がより機械的に、非人間的になる危険性という「人間の尊厳への脅威」
基本的に、パーソナル・コンピューティングやインターネットの世界には、スティーブン・レビーが『ハッカーズ』で掲げた「ハッカー倫理」(「コンピュータへのアクセスは無制限且つ全面的でなければならない」「実地体験の要求を決して拒んではならない」「情報はすべて自由に利用できなければならない」「権威を信用するな ー 分権化を進めよう」というもの)やリチャード・ストールマンがフリー・ソフトウェア運動で唱えた「フリー」=「無料でなく自由」という感覚、誰もが自由に制作・閲覧・編集できることを意図したティム・バーナーズ・リーの描いた www 像などの精神があるはずだけど、その一方で「ソフトウェアは、ユーザーが引き出しに入れ、いろいろ手を加え、互いに分け合う公共財ではない。私有財産なのだ」と 1976 年に唱えたビル・ゲイツの例なんかもあるわけで、この問題は無視できない。

著者が引用してる発言で、もうひとつ面白いのが日本在住の認知学者、アンディ・クラークの発言。曰く、「人間は既に、かなり前からサイボーグになっている。単に肉体と電線を結びつけたという意味ではなく、その精神と自我が生物的な頭脳から非生物的な回路にまで及んでいる思考と推論のシステムという意味で。つまり、
人間は、もはや人間・技術の共生体なんだと。この感覚は、漠然とだけど、なんとなくシックリくるような感じがする。直感的且つ実感のレベルで。脳学者の茂木健一郎氏は前にガンダムの話の中で、(うる覚えなんで細かい言葉遣いや表現は正確ではないけど)車の運転をすることで自分の肉体が拡張されたように感じるように、モビルスーツで宇宙に出ればそういう感覚はあるはずだし、それこそ人間がニュータイプになれるってことだみたいなことを力説してたけど、似たような感覚はマックや iPhone を使って感じることはあるし。

ただ、
「技術をどのように使うか」ということだけではなく「技術を使うことで自分たちはどのような人間になってしまうのか」という問題に関して、インテリなアメリカ人の著者が感じてる危惧とはかなり違うレベルで危惧を感じてる「日本人として」の自分もいるのも事実。冒頭に、スマート・モブズとは「ケータイや PDA、小型ゲーム機器等の通信機能付きモバイル機器をスマートに使いこなす人々」みたいな意味になるって書いたけど、ポイントは「スマートに」ってところだと思ってて。

渋谷のスクランブル交差点の光景から韓国やフィリピンのエピソード、さらには P2P とか分散コンピューティングなんか想像できるインテリには思いもよらないようなレベルの問題。一心不乱にケータイを操作して「何をしてるのか」、そして「そんなことばかりしているとどんな人間になってしまうのか」。ここにポジティヴなイメージが浮かんでこない感覚は、きっと著者にはイメージできてないだろうなぁ、と。スマート・モブ技術とはまったく関係ない次元に存在する問題が、スマート・モブ技術によって増幅されている感じ。そういう意味では、奇しくもスマート・モブ技術の力を示しているとは言えるけど。ただ、スマート・モブ技術が必ずしも「スマートな」モブスを生み出しているわけではない、と。

あと、ウェアラブル・コンピューティングとか、クールタウンとか、正直、ちょっとピンとこない感じ。インテリが難しいことをたくさん考えて作ってたり、高いスーツ着たコンサルタントととかが会議室でまとめたアイデアみたいなビミョーな空気を感じる。頭でっかちな感じ。あと、この訳書の装丁デザインもどうかと思うけど。表紙が背表紙みたいだし、せっかくのシャープさやクールさが損なわれてる。この辺は日本サイドの制作・編集スタッフのセンスの問題だろうけど。ただ、その辺りの感覚のズレとかはありつつも、それを補うくらいの情報と示唆には富んだ一冊ではある。

2008/10/10

The shapes of future to come.

アップルとグーグル

. :小川 浩・林 信行 著(インプレス R&D

タイトルの通り、とてもキャッチーで、テクノロジー業界で光ってるふたつの企業の特徴を、共通点・類似点と相違点を挙げながらまとめた著作。結論を先に言っちゃうと、タイトルを見てちょっと興味を持った人なら読んでみてもいい内容だし、あまりグッと(ピンと)こない人は別に読まなくてもいい、そういう感じの一冊。ただ、文体自体は読みやすいし、難解な表現や過度に専門的な部分はほとんどないので、あまり詳しくなくても興味があれば苦労せずに読めちゃうと思うので、そういう意味ではよく考えられている気がする。

構想段階のアイデアのヒントのひとつとしてあったのが、EPIC 2014(及びその続編の EPIC 2005。その内容の詳細に関しては『INTERNET magazine』のこの記事が詳しい)に登場する 'Googlezon'(「グーグルとアマゾンが合併して、よりパーソナライズされたサービスを提供する」という近未来予測)だっということで、'Googlezon' ならぬ 'Googplepple' って感じのイメージらしい。このネーミング(というか造語)はどうなの? って気がするけど(個人的には、'Googlapple' のほうがいいな。グラップラーっぽくて。ホントはスペルは 'grapple' だけど、わざとちょっと間違えるんもまたアリかな、と)、まぁ、気持ちはとてもわかる。

わかるが故に考え方や捉え方的には相容れない部分も多いけど(つまり、個人的にもすごく気になってて、それなりにチェックしてたり調べたりしてるので、必ずしも同じような結論には至ってない、ということ)、それを差し引いても、個別の事例とか検証とかは勉強になるし、知らなかったり忘れてたネタは豊富。キレイに印刷するためにはコストがかかることを承知でスティーヴ・ジョブズが 6 色のロゴマークを採用したハナシとか、2007 年 2 月に発表した "Thoughts on Music" ってオープン・レターとか、「アップルの製品の裏面は、他社製品の正面より美しい」ってジョブズの言葉(いい言葉だ!)なんてその代表的なモノだし、2001 年にラリー・ペイジが日本で行ったプレゼンテーションで語られた「グーグルを成功に導いた 6 つの教訓」(1. 何よりも製品が大事 2. まずはポテンシャルを試せ 3. マーケティングは不要!? 4. 明快な目標と焦点の絞り込み 5. 人々の暮らしに影響を与えよ 6. 大きなマーケットに狙いを定める)なんて知らなかったし。小ネタとしては、アキバが好きなブリンとサーゲイに対して、骨董通りが好きで富山の窯元に通うジョブズなんてハナシもあったりして。

あと、なんとなくわかってた気になってたことを、キチンとわかりやすく整理してくれている。例えば、アップルはモノを売る会社だけど、グーグルはモノを売らない会社であることとか。つまり、ユーザーとの関係性の違い。例えば、設立時期の違い。インターネット以前に設立されたアップルと、インターネット以降に設立されたグーグル。まぁ、言われてみれば当たり前なんだけど、ついつい忘れちゃいがちで、でも、キチンと理解するためには、曖昧にしとくと論点がズレちゃう原因になりがちなところだったりするので。アップルと Mac と iPod の区別をキチンとしてる(言葉を使い分けられてる)人ってほとんどいないと思うけど、それと似てるかな。

この本自体は今年の 4 月発売(当然、執筆はそれより前)なので、iPhone 3G に関する事実は反映できてないんだけど、そのことを差し引いても、ケータイにまつわる部分は、これからを見ていく上で頭に入れといていいことかも。特に、Android も採用してる WebKit についてとか。iPhone と Android を対立するものではなく、 WebKit ベースのケータイ用ブラウザーを共に広めていくって視点で見てるところとか、ちょっと面白い(しかも、今では Chrome もあるし)。未だに iPhone の本当の意味や価値を理解できずにいる(メーカー的にもユーザー的にも)鎖国状態の孤島を尻目に、って感じだけど(個人的には、Android なんかより、グーグルには端末代金・通話料が完全無料で広告ありのグーグル・ケータイとか出して、日本のケータイ業界を完全に壊滅するくらいのことをして欲しいんだけど)。

個人的には、やっぱりアップルのほうが思い入れがあるし、どっちも決して安泰ではないと思ってるけど(アップルはやっぱりジョブズ以降が心配だし、グーグルは、まぁ、もともと諸手を挙げてって感じではないし、これからはけっこう難しい部分も出てきそう。ある意味、インフラと化してるから。マイクロソフトがそうであるように、単なる一私企業がインフラになっちゃうと、ディフェンスの部分が多くなると思うんで、ラディカルさが保ちにくくなる)、この本が出てから半年の間でも iPhone 3G だの Chrome だの、新しいモノを出してたりするし、やっぱりこの 2 社の動向から目は離せないのは間違いない。

ただ、本自体の結論として、ついつい「この 2 社から学び、日本の企業に活かすには」云々的なハナシになっちゃうところは、どうなんだろう? お約束のようにそういう方向にハナシをまとめた瞬間に、ウサン臭く感じちゃう(仕方ないのかもしれないかも)。

最後に、一番気に入ったエピソードを。iPhone に搭載されてる Google Maps のビューアー・ソフトはアップルのエンジニアが作ってて、その仕上がりの美しさにグーグルのエンジニアが感動してたとか。Google Maps なんてソフトを作っちゃうグーグルと、ついつい美しく仕上げちゃうアップル。とても象徴的で、いいハナシだな、と。

2008/10/06

Power to the people.

ブログ 世界を変える個人メディア

. :ダン・ギルモア 著
. :平 和博 訳(朝日新聞社

だいぶ前に買って、ちょこちょことつまみ読みはしてたんだけど、あらためて通して読みました。アメリカのジャーナリストによる、メディア / ジャーナリズムとしてのインターネットとブログの可能性と危険性の両面について、インターネットとブログに対してポジティヴな姿勢で記したもの。原書の出版元は、今ではすっかり懐かしい言葉になった 'Web 2.0' という言葉の生みの親、ティム・オライリーのオライリー・メディア(O'Reilly Media)。クオリティの高い書籍で知られる会社だけあって、なかなか読み応えのある内容でした。

ただ、
オライリー・ジャパン技術系の書籍をメインにしてるのか、読み物系の本書の日本語版は朝日新聞社からの発売。"We the Media" という原題も微妙なタイトルに変えられてて、ニュアンスが台無しにされてたり、2005 年 8 月の発売(原書の出版は 2004 年)という時期もあってか、帯にホリエモンの顔写真と推薦表記があったりして(画像は帯のないモノを使いました)、これまた微妙な装丁デザインも含めて(原書の装丁が決してカッコいいわけではないけど)、書店で目にしても手に取る気が失せること甚だしい、そういう意味ではとても不幸な一冊です。

原書のタイトルになっている "We the Media" ってタイトルは、アメリカ合衆国憲法前文の書き出しの部分、'We the people'(我々人民は)から取られているようだけど、名は体を表すという言葉があるように、根底にあるのは「誰もがジャーナリストになれる」インターネットとブログの時代のジャーナリズムの在り方を、とても注意深く、でも、すごくポジティヴに捉えるという、ある意味とてもリベラルなアメリカ人インテリらしい姿勢。日本でインターネットに触れているとなかなか感じられない、すごくポジティヴで建設的にインターネットとブログを捉えてて、なんか、ちょっと、読んでて元気が出ました(本当はそういう類いの本ではないとは思いますが)。インターネットの世界ってすごく混沌としてて、ある意味アナーキー(だからこそ、面白かったりもする)で、その社会の実情を(面識がなかったり、匿名だったりするが故に実社会以上に)如実に(赤裸々に)映し出す鏡のようなモノだと思うんだけど、全てに諸手を挙げて賛成なわけではないものの、こういう本が出ること自体、アメリカという社会の良い面の表れだと思うし、その本をこのタイトルで、帯に変な写真を載せて、この装丁で出してしまうのが日本の大手新聞社というのも、また、日本の社会の表れなのかな、と。悲しいかな。

2008/07/29

The future is right here.

iPhone 3G

(Apple Inc.) 


遂に日本でも発売され、地上波 TV のニュースやワイドショーでまで紹介されてしまったアップルの iPhone 3G。巷の報道では、その実体についてほとんど伝わってないことも発売後の混乱に拍車をかけた気がするけど、たしかにちょっとわかりにくい部分があるのも事実。だからみんな「携帯電話」とか「PDA」とか「スマートフォン」とか、一件似ているように見えるモノで、自分のヴォキャブラリーの中にあるモノと比較してなんとか理解しようとしてる(理解してるふりをしてる)けど、本当にキチンと理解していると思われる紹介や記事やほぼ皆無っていうのが残念ながら現状かな、と。

iPhone については、アメリカで発売された初代 iPhone をジェイルブレイクして使ってた印象を関心空間の日記に書いてある(「未来まであと 1 ヶ月」と「未来まであと半月」)ので、それを参照してもらえればという感じなんだけど、実際に発売された iPhone 3G は、やっぱり「とても優れた携帯通信デバイス」でした。特に、マックをメイン・パーソナル・コンピュータ(本当の意味で「パーソナルな」コンピュータとして、という意味で)として使ってて、.mac 改め MobileMe を使ってる人にとっては。xxxxxxx@mac.com(または xxxxxx@me.com)宛のメールはケータイメールのようにプッシュされるので、わざわざふたつのアドレスを使い分ける煩わしさはないし。あと、iPhone の大きな特徴であり、最大の魅力は何と言っても「優れたビューワ」であることで、ウェブサイトであれ画像=写真であれ動画であれ文字であれ、美しい表示で見ることができるというのが、他の追随を許さない部分だし、日本のケータイ業界でもっとも軽視されてる部分でもある。

タッチパネルの操作性とか、ソフトウェア的な部分は、やっぱりアップルなのでもちろん素晴らしく、マック・ユーザーなら何の違和感もなく使える。「マック・ユーザーなら」って時点でかなり範囲を狭めてるって感じる人もいるかもしれないけど、iPhone はあくまでも「(通信・通話機能付き)マック子機」と捉えるのが正しいと思うので、iPod もそうであるように、一件類似・競合するように見える他社機種と比較して考えようとすること自体が間違い。まったく新しいモノとしてキチンと考えて、自分のライフスタイルを鑑みつつ考えないと、上手く活かせない。とりあえずオモチャとして買うには、決して安いモノではないしね(発売直後に飛びついた人の多くは何も考えずに買っちゃってるっぽいけど。セカンド・マシンとして使うって声も多いし。みんな、どれだけケータイ業界に金使うのが好きなんだ?)。

機能的にはいくつか満足できない点もあるけど(コピー & ペーストができない点等)、その多くはソフトウェアのアップデートで対応できる(使いながらブラッシュ・アップしていったほうが精度は上がるので)ので、現状で星 5 つではないものの、まぁ、現段階での完成度としては概ね満足。ユーザーが任意で(有料・無料の)ソフトウェアをインストールできるとか、明らかにケータイらしからぬ魅力も備えているし。

ともあれ、長らく世界とは隔絶された鎖国状態の中で独自に進化してきた奇形のケータイ業界に訪れた黒船だし、「優れた携帯通信デバイス」だし、PDA 萌芽期に夢見た「未来のケータイ像」(というか、総合的なモバイル通信ツール)にとても近い、未来が目の前にやってきたようなデバイスであることは間違いない。

2008/06/13

Language and education

英語より日本語を学べ

. :竹村 健一 / 齋藤 孝 著(太陽企画出版)

某大手チェーン古本店で ¥105 で売っていたので思わず購入。親子ほども世代が違うふたりの対談はちょっと興味があるし、何よりも、小学校での英語の義務教育化のニュースを見て、このタイトルとまったく同じことを思ってたから。

内容としては、主に齋藤氏が進行して竹村氏が答えるような、どちらかというと齋藤氏主導な感じで、なおかつ、英語のハナシだけをしているわけではなく、齋藤氏が実践してるいろいろな手法(身体感覚の話とか)を、竹村氏の知識や経験のハナシを交えながら紹介してるようなものになっていて、個人的には、タイトル通りもっと英語教育の問題に突っ込んでもらいたかったな、と。

というのは、英語の義務教育化はとても疑問で、その前に日本語力の低下をどうにかしたほうがいいだろ、と思っているから(自省を込めて)。もちろん、日本の英語教育にまったく問題がないとは言わないけど、日本語っていうメチャメチャ難易度の高い言語を母国語にしてる以上、母国語の能力なしに外国語が身に付くわけがないと思うから。母国語と違って、外国語はどうしても母国語との比較で考えざるを得ないわけで、母国語をキチンと理解していないってことは、比較の基準が定まっていない、ってことになると思うので。

個人的に引っかかったのは、「体得」って言葉。体験ではなく、体得することの重要性を説いてるんだけど、これは、まさに、目から鱗というか、激しく同意しちゃった。体験は豊富だけど、何も体得してないって、ちょっと気を許すと陥りそうな落とし穴だし、カッコよくないよね、そんなの。

2008/06/08

(I Can't Get No) Satisfaction.

察知力

. :中村 俊輔 著(幻冬舎)

まるでウサン臭いビジネス系新書みたいなタイトルの中村俊輔の著書。高原の『病とフットボール』といい(読んでないけど)、最近はフットボーラーは新書を出すのが流行なのか? まぁ、出来の悪いアイドル本みたいなのもどうかと思うけど、この傾向もあんまり歓迎すべき傾向じゃないなぁ。安易でお手軽な感が否めない。スポーツ選手に限らず、有名人のこの手の新書がどういうプロセスで製作されてる(制作ではなく)かは、だいたい想像がつくからそれほど期待してなかったんだけど。案の定、あっという間に読み終えちゃったし。

そうは言いつつも、我がマリノス出身のシュンスケは、まぁ、言ってみれば「親戚ん家の子」みたいな目で見続けてる存在なわけで(本当の親戚の人には失礼な言い方だけど)、ついつい気になっちゃって買っちゃったわけだけど。彼のオタッキーなまでのサッカーに対する真摯な姿勢と相当に強烈な M としての資質(もちろん褒め言葉)は伝わってくる。全然、満足できないらしい。前から、イチローとシュンスケは日本が世界に誇るべきメイド・イン・ジャパンのオタクだと思ってたんだけど(たまたまジャンルがスポーツだっただけで、気質的にはオタクだろ、と)、それを再認識させてくれるような内容ではある。

今回、この本で、あらためて人間的な部分というか、サッカーの技術や戦術じゃない部分で成長しているなぁ、というのは感じられた(技術や戦術に関しては心配してない。だって、オタクだから)。やっぱ、J リーグである程度、やれるようになっちゃったときの停滞感・閉塞感みたいなものは、今の J リーグを観ててもよく感じるんで、この辺りは今後、日本サッカー界が考えていかなきゃいけない部分だな、と。あと、もうひとつ、いい指摘だと思ったのは、ベテラン選手の重要性について。シュンスケ自身ももう決して若くはないわけで、自然にそういうことも意識するようになってきたんだろうけど、日本ではメチャメチャ軽視されてる部分なので、シュンスケのような存在がそういうことをキチンと考えてることはちょっといいことだな、と。プロ・フットボーラーとしてかなり成熟してきた印象。将来、監督になりたいっていうのは一瞬意外な気もしたけど、考えてみたらオタクだからそっちのほうがアリなのかも、とも思ったり。まぁ、もうちょっと先のハナシだろうけど。

とりあえずは、帰国〜マリノス復帰も気になるところだし、代表で真剣にプレーするとやっぱり別格な存在感なわけで、そんな彼が今後のキャリアをどういう風に考えてるのか、とても興味があるところではある。ちょうど、最近、彼のここ数年のキャリアと発言で、プロ・フットボーラーのキャリアについて、あらためて考えさせられたところだったし。

2008/03/01

Sync sync sync.

Spanning Sync

(Spanning Sync Inc.) 


Spanning Sync は Mac OS X の iCal と Google Calendar のデータを同期(シンク)してくれるソフトウェア。両方を使ってないと便利じゃない(つまり、必然的に Mac ユーザーのみ)、かなりニッチな製品ですが、両方使ってる人にはなかなか便利。

iCal のデータを書き出して Google Calendar で読み込むことはできたけど、そうすると iCal は使わずに Google Calendar に一本化しなきゃいけなかったけど、iCal は iPod にシンクできたりして、それはそれで便利だったりする(特に iPhone や iPod touch を PDA 的に使ってればなおさら)し、Google Calendar も便利なんだけど、所詮はオンライン・ツールだからオフラインでは役に立たず、モバイラーには不十分。

そういう意味で、どっちも完璧じゃない中で、それぞれをシンクさせることでお互いの不満点を補い合う、まぁ、ベストじゃないまでもベターな環境を提供してくれます。たぶん、これを読んでピンとこない人には要らないけど、すぐに「いいじゃん!」って思った人にはオススメ。

2008/02/05

Creative politics.

will.i.am "Yes We Can"  Link(s): dipdive
 
1 月 8 日にニュー・ハンプシャーで行ったバラク・オバマの演説にインスパイアされたブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムが、バラク・オバマの大統領選挙をサポートするために作った曲。しかも、ただの応援ソングじゃなくて、その演説をそのまま引用してリリックにするカタチで曲に仕上げてて、 2 月 2 日に(このために開設した?)Dipdive というサイトと YouTube でビデオとしてリリースされた。

コモンやハービー・ハンコックやカリーム・アブドゥル・ジャバーやジョン・レジェンドやスカーレット・ヨハンソンやケイト・ウォルシュなどなど、書ききれないほど多くの豪華ゲストが参加していて、ビデオの監督はボブ・ディランの息子のジェシー・ディラン(ちなみに、バラク・オバマ陣営はこのプロダクションには直接関与はしていないとのこと)。