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2011/06/18

The legendary bluesologist.

GILBERT 'GIL' SCOTT-HERON (Apr 1, 1949 - May 27, 2011) - Rest in peace, brother.

もうけっこう時間がたっちゃったけど、先月 27 日にギル・スコット・ヘロン(GIL SCOTT-HERON)の訃報が伝わってきた。

ギル・スコット・ヘロンといえば、アフロ・アメリカン・カルチャーを代表する詩人であり、作家であり、ミュージシャンであり、ある種のアクティヴィストであり、ラップに多大な影響を与えたことで知られてるアーティスト。訃報はまず Twitter で知り(最近、このパターンが多い)、その後、Google News で(主に英語ソースの)各種報道を併読して詳細を確認したところ、死亡した事実と人物紹介はされてるものの、どうも、詳しい死因は報じられてないっぽい。享年 62 歳。思ってた印象よりも若い。

個人的にはメチャメチャ好きなアーティストの 1 人なんで、そういう意味では、もちろん、すごくショックだし悲しいんだけど、一方で、死亡したって事実自体にはそれほど驚かなかったって面もあったりして(年齢を考えると、もちろん、若すぎるとは思うけど、そもそも、もっと年齢が上だと思ってたんで)、一見相反するような感情が共存するような、ちょっと変な気持ちだったりもしてる。

2011/04/10

Synphonic beauty.

『地球交響曲 第七番』龍村 仁 監督 (龍村仁事務所) ★  
 Link(s): Official Website

イギリスの生物物理学者、ジェームズ・ラブロック博士の唱えるガイア理論の「地球はそれ自体がひとつの生命体である」という考え方に基づき、龍村仁監督によって制作されたオムニバスのドキュメンタリー映画シリーズ、『地球交響曲(ガイア・シンフォニー)』の最新作で、2010 年の作品なんだけど、一般的な映画とは異なったカタチで制作・公開されてるので、実際に見たのは今年に入ってから。確か 1 月頃だったかな。単にレヴューし忘れてただけなんだけど、A311(勝手に作った造語です。もちろん、'after 3.11 ってこと。同様に 'B311' って表現もアリ)の今、いろいろ思うところが多い中でイメージがつながるところが多いというか、あらためて思い出すことが多かったんで。

前に監督の龍村仁氏の著書『地球(ガイア)のささやき』のレヴューでも触れた通り、第一番を大学時代に観て以来、観逃して後から観直したことがあったりはするけど、一応、全作品観てて、どれもすごく好きなんで(特に前に『サーフリアライゼーション』をレヴューしたジェリー・ロペスや登山家のラインホルト・メスナー、素潜りの記録保持者でリュック・ベッソン監督の映画『グラン・ブルー』のモデルにもなったジャック・マイヨール、写真家・エッセイストの星野道夫、前にレヴューした『星の航海師 - ナイノア・トンプソンの肖像』の主人公でカヌー航海者のナイノア・トンプソン、ダライ・ラマ法王なんかのエピソードがお気に入り)、今回もすごく楽しみにしてたんだけど、結論から言っちゃうと、期待を全く裏切らない出来映え。むしろ、A311 には、それまで以上に大きな意味合いを持つんじゃないかって思えちゃう。

2010/11/25

Fly me to the moon.

『ザ・ムーンデイヴィッド・シントン 監督 
 Link(s): Amazon.co.jp / iTunes Store

人類史上 12 人しか行ったことのない 38.4 万 km の旅。40 年以上前にアメリカが国の威信をかけて成功させたプロジェクト、アポロ計画について、NASA 秘蔵の貴重な映像をふんだんに使ってまとめた 2007 年制作のドキュメンタリー映画。まぁ、コンテンツ自体というか、映像だけで、もう、反則っつうか、面白くないわけがないんだけど、期待通りな内容で、やっぱりグイグイ引き込まれちゃう。

まぁ、映像として丸い地球の映像を見せられるだけで、もう、十分 OK だったりしちゃうんだけど(丸い地球の映像は ISS からでは見れないので)、宇宙好きとしては、1960 年代のテクノロジーで月まで行ったって、やっぱ想像を絶してる。まぁ、冷戦の産物であり、意地の張り合い的な感じでかなり強引に実現させたわけだし、ストーリーやエピソード自体はいろいろなところで見聞きしてきてるんだけど、そういうのを抜きにしても、やっぱり、普通に感動的。実際、アポロ計画以降、スペース・シャトルの時代になっても未だに月には行けてないわけで(ホントはこっそり行ってたりして?)、そういう意味でもすごく貴重だし。あと、この時の地球の映像が後のエコロジー思想の原点になったって意味では、すごくシンボリックでもある(素直な意味でも、シニカルな意味でも)。

2010/05/25

It's been (and still) too cold.

『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(上・下)』
 デイヴィッド・ハルバースタム 著
 山田 耕介・山田 侑平(文芸春秋)
 Links: Amazon.co.jp(上巻下巻


 


言わずと知れた歴史的なアメリカ人ジャーナリスト、デイヴィッド・ハルバースタムの遺作。原著は 2007 年発行の "The Coldest Winter: America and the Korean War" で、訳書の出版は 2009 年。出た頃から読みたいとは思ってたんだけど、それなりにヘヴィーな本なんで(量的も内容的も)読むのがちょっと遅くなっちゃったのが、ようやく読了。まぁ、感想としては、期待に違わぬ出来映えで、かなり読み応えのある 1 冊(っつうか、上下巻 2 冊)だったかな、と。

「読みたいとは思ってた」理由は 2 つあって、ひとつは単純に朝鮮戦争に興味があったから。そして、もうひとつはデイヴィッド・ハルバースタムの作品だから。まぁ、どちらかっていうと、前者が理由がメインで、後者の理由がダメ押しになった感じ。

2009/08/29

The century in motion.

NHK スペシャル 映像の世紀(NHKエンタープライズ)  

昨日のエントリーでレヴューした『ヨーロッパの 100 年』を読む上で、ベースというか、基礎知識のひとつ(しかも、かなり重要な)になったのが、この NHK スペシャルの『映像の世紀』ってシリーズ。もちろん、完全に同じ部分をカバーしてるわけではないんだけど、すごく参考になる。前から、ことあるごとに観てたんだけど、今回も、『ヨーロッパの 100 年』を読むに当たって、やっぱり観直したんで、あらためてレヴューを。

この
映像の世紀』は 1995 年 3 月から 1996 年 2 月までの 1 年間をかけて OA された NHK 放送開始 70 周年を記念したドキュメンタリー番組で、NHK とアメリカ・ABC との国際共同取材で制作された NHK スペシャルのシリーズ。もう 10 年以上前の作品だし、20 世紀全体を扱っていながら、OA 時期の関係で 20 世紀の最後の 5 年をカバーしてなかったりはするんだけど、まぁ、その点を差し引いても、今でも十分観るに値する内容で、さすがは NHK スペシャルって感じの仕上がり。上の写真とリンク先は、後に発売された DVD ボックスで、こういう形態での売り方自体には疑問を感じなくもないけど、そこに目をつぶれば、こういうカタチでキチンと手に入って、観れるってこと自体は悪いことじゃないなって思う。

2009/05/10

Art of change in public.

THIS DAY OF CHANGE Photo Exhibition 
(クーリエ・ジャポン編集部 / 講談社) 
 
COURRiER Japon 2009 年 3 月号』と写真集『ディス・デイ「希望の一日」』のレビューでも触れた写真展。'THIS DAY OF CHANGE' は、2009 年 1 月 20日、つまり、バラク・オバマの大統領就任という「希望の日」の世界の様子を、世界中の 100 名を超えるフォトグラファーが 'HOPE' をテーマに撮影するって企画で、雑誌特設サイト写真集とこの写真展で構成されてる。この写真展は 4 月 29 日から 5 月 31 日まで新宿高島屋 2F の JR 連絡口、ペデストリアン・デッキで写真展も開催されててて、オープン・スペースなのでもちろん入場無料。高島屋側と東急ハンズ側にそれぞれ告知があって、バラク・オバマとマーティン・ルーサー・キング Jr. の言葉がフィーチャーされてる(写真の黄色いテキスト)。一応、許可なしの写真撮影は NG ってことだったんで、写真は高島屋側の告知部分で。

2009/04/27

A change is gonna come.

ディス・デイ「希望の一日」クーリエ・ジャポン編集部 編 
(講談社) 

COURRiER Japon 2009 年 3 月号』のレビューでも触れた、この号の特集 'THIS DAY OF CHANGE' の写真集。雑誌の発売と同時に特設サイトが開設されて、そこに随時写真が追加されてたんだけど、ついにそれをまとめた写真集が発売された。

この 'THIS DAY OF CHANGE' は、2009 年 1 月 20日、つまり、バラク・オバマの大統領就任という「希望の日」の世界の様子を、世界中の 100 名を超えるフォトグラファーが 'HOPE' をテーマに撮影するという企画で、最終的に 1000 枚を超える写真が集まったという(テキストも寄せられている)。'CHANGE' の舞台となったワシントン DC やアメリカ国内各都市はもちろん、中東、アフリカ、アジア、南米、ヨーロッパまで、世代も性別も社会背景も思想も異なるフォトグラファーたちが、ある特別な 1 日の象徴的なシーンを写真に収め、それをまとめることでいろいろなことを示唆する極上のコンテンツに仕上がってる。あえて写真っていうシンプルなフォーマットなところも潔いし。あらためて写真の持つパワーをすごく感じさせてくれるし、見応え(読み応え)十分で、装丁デザインもすごくクール。

2009/01/08

The untold Bushonomic story.

偽りのホワイトハウス ー 元ブッシュ大統領報道官の証言

. :スコット・マクレラン著
. :水野 孝昭 監訳 朝日新聞出版)

前にレビューしたアップルを創った怪物 ー もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝で、アップルの創設者のひとりとして知られるスティーヴ・ウォズニアックが若き日に直面したベトナム戦争に関して、「気になったのは、戦争賛成派からは理にかなった説明がなく、ただ我々は正しいことをしているという言葉が繰り返されるだけだった点だ。ベトナムは民主主義を守る戦いだとしか言わなかった。(中略)大統領は真実とは逆のことを述べ、国民をだまして、戦争を支持すべきだと思わせていたんだ」と語ってた。

アメリカ史上最悪の泥沼と言われるベトナム戦争。アメリカの歴史の中の最大の汚点のひとつであり、今もなお、決して拭うことのできない負の遺産として、その影響はさまざまな面に現れている。そして、まったく同じストーリーは現在も繰り返されている。ここで語られているのもそのひとつ。ただ、ここで語られているストーリーが大きく異なってるのは、語っているのが政府の内部で常に大統領の近くにいた人物で、しかも、当該大統領の在任中に語ったという点だ。

著者のスコット・マクレランは、2000 年の大統領選挙キャンペーンでジョージ・W・ブッシュの遊説担当報道官を務めたのは皮切りに、ブッシュの大統領就任後は副報道官、さらに 2003 年以降は報道官としてブッシュに仕え、2006 年に辞職した人物。もともとブッシュと同郷のテキサス出身で、ブッシュとはテキサス時代からのつきあい。その流れで大統領の報道官という大役を務めることになったという。日本ではあまり馴染みがないけど、大統領報道官は、大統領に代わってホワイトハウスのスポークスマンとしてメディアに対応する役職。大統領・政府の考えの何をどう伝えるか(伝えないのか)を司る重要な役職で、一般国民の目に触れることの多く、特にメディア対応の重要度が高まる一方の近年は、政権を支える役職の中でも要職のひとつになっている。

内容自体は、まぁ、日本語タイトルの通りなんだけど(ちなみに、原題は "What Happened: Inside the Bush White House and Washington's Culture of Deception")、本書で大きな問題になったのはイラク戦争を巡るブッシュ政権内部の情報管理の問題。イラク戦争の根拠となった情報の信憑性に疑いがあることを政権内部の一部の人物(しかも、相当な重要人物)が認識していながらそれを隠していたこと、それが露見することを防ぐために意図的に別の国家機密を特定のメディアにリークしていたこと、そして、一部の当事者を除く政権のスタッフにもその情報を伝えず、結果として、マクレランは報道官として「国民に対してウソをつく」役割を強いられたこと(それは、もちろん、政権が国民にウソをついていたということ)を、当事者じゃなければ決して書くことができないカタチで赤裸々に語られている。しかも、ある程度の時間が経った後で「歴史として」回顧するのではなく、(すっかりレイムダックとはいえ)まだブッシュ政権が存続している中で出版されたことで、ある種の「暴露本」的な意味合いも含めて、大きな話題になった。
結局のところ、私が報道官の職を引き受けたのは、ブッシュが個人的に好きだったからであり、公共に仕えたいという強い気持ちがあったからであり、これは一生に一度の大チャンスだと考えたからだ。
前任者の辞任を受けて副報道官から報道官に就任するときの心境をこう語っているように、マクレラン自身はブッシュに心酔していた。それは、テキサス州知事としてのブッシュに、そして、テキサス時代からよく知るひとりの人間としてのブッシュのキャラクター(人柄)に、だった。だから、難しい時期に、この上なくハードな職であることを知っていながら、報道官の職を引き受けた。ただ、大統領としてのブッシュは、決して彼が知っていたブッシュ、彼が心酔していたブッシュではなく、だからこそ、耐え切れなくなったんだし、職を辞し、まだ政権存続中にあえてこの本を発表した、ということだ。

ブッチャけた言い方をすると、実際、ブッシュはたぶんそれほど悪いヤツじゃないような気がする。田舎の気のいいオッサンというか、素朴で単純な田舎のアメリカ人のいい面を持ってるというか、まぁ、たぶんそれほどイヤなヤツじゃないような、そんな印象。それに、ブッシュだって決して無能なわけじゃない。ときに「組織化された混沌」と称されるらしいけど、マクレランの言葉を借りれば「赤ん坊を抱いた状態で綱渡りをしているようなもので、1 分 1 秒たりとも気が抜けない日々が続く」のが大統領選挙キャンペーンで、あの長く激しいキャンペーンを勝ち抜いたヤツは、イヤでも鍛えられるし、無能なヤツを大統領にしちゃうほどアメリカの大統領選挙はヤワじゃない(その方式の賛否はともかくとして)。ただ、それを勝ち抜いたブッシュであっても、実際に世界最大の権力を持つアメリカの大統領としてどうなんだ? というと、それはまた別のハナシだ、というだけで。

マクレラン自身、そばで見ていた「大統領としての」ブッシュの印象を以下のように語っている。
ブッシュ大統領のそばで働くようになってから、彼は自分に都合の良いように物事を解釈しているのではないかと思い始めた。

ブッシュ大統領は、一貫して知的なリーダーというよりも直感的なリーダーだった。政策のあらゆる選択肢を徹底的に吟味してから決断を下すというタイプではない。むしろ本能と信念に基づいて決断する。イラクの場合もそうだった。

ブッシュを戦争へと駆り立てた最大の動機は、自由を広めることで中東を変革するという、ポスト 9.11 的な遠大な理想主義だった。この理想主義の基盤にあるのは、強制的な民主主義という考え方だ。


大統領ならだれでも、何か偉大なことを達成したいと願うものだ。しかし、実際に達成できる人はほとんどいない。戦時の大統領だけが偉大なことを達成できる。ブッシュがそう言うのを、私は聞いたことがある。

私は大統領を個人的によく知っているので、こう断言できる。もし大統領が、あの時点で戦争のコストを正確に予言する水晶玉を持っていたら、4000 人以上のアメリカ兵が戦死し、30000 人が負傷し、数えきれないほどのイラク国民が犠牲になるとわかっていたら、侵攻の決断を絶対に下さなかっただろう。
要するに、リーダーとして、特にアメリカ大統領としては思い込みが激しすぎたし短絡的すぎたってことなのかな。だからこそ、そこに付け入る隙があったし、実際に付け入ったヤツらがいた、と。まぁ、具体的にはチェイニー副大統領であり、ラムズフェルド国防長官であり、ウォルフォウィッツ国防副長官であり、カール・ローヴ政策担当次席補佐官であり、ってことなんだけど。また、「自分の手を汚さない」「自分の評判を守り抜こうとする手際がいい」というライス国務長官を重用したり、逆に孤立も厭わず自分の意見を直言したパウエル国務長官を外したり、そういう部分も含めて、ブッシュ政権がどんな政権だったのかがよくわかる。

その根底にあるのは「パーマネント・キャンペーン」と呼ばれる、ワシントンに深く巣食っている悪しき習慣。「パーマネント・キャンペーン」とは、現代のアメリカ政治を象徴する用語のひとつで、「選挙キャンペーン後も、キャンペーン中のように明けても暮れても国民の支持の源(ソース)を操作しようとする絶え間ないプロセス」のこと(カーター政権の頃から使われている言葉ということ)で、ブッシュ政権もまさにこの手法を全面的に採用してたということらしい。
ブッシュ政権には本当の意味での説明責任が欠けていたが、その主な理由は、ブッシュ自身が率直さを嫌い、政権を白日の下に晒すことを好まなかったことだ。論争が高まり混乱が起こると、秘密主義と情報の細分化を好むブッシュの性向は強まった。

チェイニー副大統領とブッシュ大統領の関係は、一貫してどこか謎に包まれていた。しかし、かなり親密な関係であったことは確かだ。二人だけのミーティングで膨大な時間を過ごし、そこで話された内容はだいたい二人だけの秘密だった。
まぁ、もちろん究極的には、一番の責任者はブッシュってことにはなるんだけど、まぁ、そんな風に問題を単純化しちゃうと、いろいろと見えてこない(隠れちゃう)問題が多いのも確かってことなんだろう。

考えてみれば、ブッシュの時代は 9.11 〜イラク戦争やハリケーン・カトリーナという未曾有の大事件が続いた時期であり、大統領としては対応がとても難しく、その成果がわかりやすく出やすい、良くも悪くも極端な結果しか出得ない時代だったとも言える。ブッシュ(及びその政権)がやったことが良かったかって言われれば、もちろん答えはノーだけど、その時代背景はやっぱりキチンと把握しとかないと、キチンと評価はできないな、と。
歴史的には、ほとんどのアメリカ人が、イラク侵攻の決断は最悪の戦略的失敗だったという判断をしたことになっているようだ。数十年後、この戦争がどのように評価されているかは、私を含めて誰にもわからない。ただはっきりしているのは、戦 争は必然性があるときに遂行されるべきであり、そしてイラク戦争に必然性はなかったという事実だけである。
マクレランはこんなことも語っている。マクレラン自身、決して悪いヤツではないんだろうし、ある程度の正義感を持ってるからこそこんな本をこんな時期に書いたんだとは思う。でも、「必然性がある戦争」なんて、基準がありそうで、実はかなり危ういモノを無条件で肯定してる感じとか、すごくアメリカ人っぽくて好きじゃなかったりもする。ただ、こういう本が政権存続中に出版されちゃう辺りは、さすがにアメリカのジャーナリズムも捨てたもんじゃないというか、やってることはいろいろ問題だらけなんだけど、それでも日本のことを考えたら恥ずかしくなってくるし、それに比べるとまだマシなのかな、とも思えたりもする。かなり低次元の争いだけど。

もともとこの本を知った(興味を持った)キッカケは朝日ニュースターの『ニュースの真相 Evolution』の 11/25 OA の回
に監訳者の水野孝昭氏がゲストとして出演していたのを観たからで、そこで概要をある程度聞いちゃってはいたし、巻末の監訳者の解説を読むと一部省かれてる部分があるらしい(日本の読者の関心が薄いと思われる、著者の生い立ちと政治改革の提案部分)んだけど、それを差し引いてもかなり読み応えがある一冊で、5 月の原書出版から数ヶ月で邦訳出版にこぎつけたことはありがたい限り。だって、「最大の(唯一の?)功績はオバマ政権を生んだこと」と言われるブッシュ政権が終わり、オバマの時代が始まる前に読んでおいたほうがいい一冊だと思うから。

2008/11/15

30 hours with Fidel.

コマンダンテ COMANDANTE

. :オリバー・ストーン 監督(TC エンタテインメント

プラトーン』や『7 月 4 日に生まれて』、『JFK』などの作品で、「社会派映画監督」として知られるオリバー・ストーンがキューバを訪れて、フィデル・カストロと 3 日間過ごして行った 30 時間に及ぶインタビューを編集した 2003 年公開のドキュメンタリー映画。自らがインタビュアーとして出演もしている。

ポスターや
DVD のパッケージには「アメリカが上映を拒絶した問題作」というキャッチ・コピーがあるけど、このコピーは間違いではないものの正確ではない。プレミア上映はアメリカのサンダンス映画祭だったので、まったく上映されなかったというわけではないんだけど、アメリカ在住のキューバ系ロビーの強い圧力で劇場公開はされなかった、ということ。まぁ、アメリカって国はそういう国だってこと。ちなみに、ヨーロッパ各国や日本では問題なく公開された。

カストロの映像というと、やっぱ
ゲリラ戦争当時の勇ましい姿とか、演説の壇上で熱く捲し立ててる姿の印象が強いので、ここで見られるちょっとリラックスした姿はけっこう新鮮(まぁ、このインタビューが撮影された 2002 年の時点で 70 歳を超えてるわけで、さすがに多少は丸くなってるっぽいけど)。もちろん、革命、ケネディや歴代大統領、キューバ危機、ソ連、ベトナム、チェ・ゲバラ、さらにはゴルバチョフについてや好きな映画・女優にまで及ぶ話の中で、演説さながらに熱くなったり、上手くはぐらかしたりするシーンはあるけど、全体から感じられるのはフィデル・カストロの人間としての魅力。キューバ国民の中のカストロ像って、一般的に報道されがちな「独裁者」ってイメージよりももっとカジュアルな、もっと身近な存在で、たぶん「親方」とかみたいなイメージのほうが近いってハナシを聞くけど、そういう理由がちょっと垣間見える気がする。ストイックでカリスマティックな部分と、ちょっと愛嬌がある部分と。そういう姿が見れるだけでもこの映画の価値はあるかな、と。どうしても情報が限られてるだけに。

個別のハナシに関しては、その政治的・歴史的背景を知らないと理解しにくいところもあるし、オリバー・ストーン自身もちょっと浅はかというか、いかにも(所詮は?)アメリカ人な質問をしたりもしてて、そういう意味では、せっかくの機会を活かしきれてない気もする(それにも理路整然と、真摯に余裕を持って対応してるカストロのほうが格が上だってことを際立たせてはいるけど)。個人的には、
プラトーン』はわりと好きだったけど、オリバー・ストーンって監督自体は特に好きってわけじゃなく、熱心に追いかけてるわけでも全部観てるわけでもないし、特に『ドアーズ』はちょっとガッカリしたりもしたんで、あまりいい印象があるわけじゃない。なんか、ビミョーにダサイっていうか、センスが悪いし(特に音楽の使い方とか)。この『コマンダンテ』に関しても、そういう部分がないことはないけど、まぁ、その部分を差し引いても十分楽しめるんじゃないかな、と。

ちなみに、観てない(まだ日本では公開されてない?)けど、ブッシュを描いたという最新作『W.』の予告編は、トーキング・ヘッズの "Once in a Lifetime" を使ってたりして、ちょっと面白い。

2008/11/01

Hybrid beauty.

『ブラジリアン バーリトゥード』 伊賀 孝 訳
(情報センター出版局  Link(s): Amazon.co.jp

表紙の写真があまりにも素晴らしいかったので、中身をよく確認せずに買ってみた一冊。それもそのはず、著者はカメラマンで、中で使われてる写真も素晴らしいし、とても見応え / 読み応えのある「格闘技をめぐるブラジル紀行」です。

内容は、自らも格闘技経験者(というか、現在もやっているらしい)というカメラマンの著者が、リオ・デ・ジャネイロを訪れ、ルタ・リーブリのトップ・ファイターのひとりである "ペケーニョ"・ノゲイラと 2 ヶ月間、寝食を共にしながら見たものを写真に収め、聞いたこと・感じたことを文字で綴った一冊。
いくつかのルタ・リーブリの道場を中心に、ブラジリアン・トップ・チームやシュート・ボクセといったメジャーどころまで、道場に足を運び、体感し、それを切り取ってる。実際に "ペケーニョ" の家に住み込んでたらしく、文字通り「寝食」を共にして、「懐に飛び込んだ」からこそ撮れた写真と書けた文章からは、息づかいまで伝わってくるような感じがする。文章に関しては、決して技巧的に優れているわけではないと思うけど、格闘技の描写はさすがに経験者のものだし、ベネズエラのエピソードとかも含めて、ライトで面白いので、どんどん読ませてくれる。あと、やっぱり写真がとにかく素晴らしい。臨場感があって、美しい。

2008/10/25

Will 2008 be like "1984"?

Naomi Klein "China's All-Seeing Eye" (from "Rolling Stone" Issue 1053)
(Rolling Stone) 

ナオミ・クラインが出演した『デモクラシー・ナウ』でのインタビューで知ったアメリカ版『Rolling Stone』誌 1053 号(今年の 5 月発売の号)に掲載された彼女の記事(同誌は日本版も出てるけど、この記事が掲載されたのかは未確認)。中国の公共セキュリティ対策とアメリカ企業の関係についてのなかなか読み応えのある興味深い記事で、サイトに記事の全文と補足的な Q&A写真も紹介されている。

内容としては、オリンピック開催を契機として中国政府がセキュリティ強化の必要性を理由に街中に膨大な数の監視カメラを設置、そのカメラを市民の監視に使っていて、その機器はアメリカの大企業から購入している、というハナシ。アメリカ(欧米)人がやたらと例に挙げるのが好きなジョージ・オーウェルの『1984 年』のビッグ・ブラザーと旧ソ連に象徴される社会主義体制下の監視国家のイメージを重ね合わせつつ、その「道具」となっているハード・ソフトをアメリカの電気・軍事関係企業が提供しているという点を指摘してる。



2008/08/18

What a unbalanced world.

『百年の愚行 ONE HUNDRED YEARS OF IDIOCY』 
(Think the Earth Project Links: Amazon.co.jp / Rakuten Books

100 枚の写真で、過去 100 年の人間の活動を振り返る、とてもシンプルな Think the Earth Project による写真集。まぁ、内容はタイトルの通り、とても強烈。いわゆる環境破壊のだけではなく、戦争や難民といった問題(これも広い意味では環境問題だけど)まで含めて、直視に耐えないくらい痛い現実を、1 枚のシンプルな写真がとても雄弁に語ってる。

思うところはたくさんあるけど、一番感じるのは「とても傲慢でアンバランスだ」ってこと。人間ってヤツは。傲慢で、バランス感覚が欠如してる。環境問題ってのは「地球に優しく」なんて上から目線で語ることじゃないのに。地球にとっては人間ごときに優しくされようがどーでもいいハナシで、自分勝手なことやってる人間って種がいなくなったって地球自体には何の関係もない、つまり、環境問題っつうのは、あくまでも人間って種が地球(=ガイアという生命体)の一部として生き残っていくためにはもっと利口で謙虚にならなきゃならない、っていう自己生存=サバイバルのハナシでしかないのに。そのことに気付けなかった結果が、ここに 100 枚の写真で紹介されてるようなバランスのとれてない状態を生んだんだし。まさに「愚行」。まぁ、残念ながらその傾向は全然変化してないみたいだけど。

2008/04/18

Business as usual.

ルポ 貧困大国 アメリカ
. :堤 未果 著 (岩波新書)
個人的には、朝日ニュースターの「デモクラシー・ナウ」や
ニュースの真相 evolution」でお馴染みなんだけど、世間的にはそうでもないらしく、ちょっと前の結婚報道でも旦那さんのほうにスポットライトが当たってて、彼女に関してはそれほど触れられてなかった。まぁ、旦那は国会議員で、ある種、「パブリック」な存在なのに対して、彼女は「ジャーナリスト」という、「ある程度の公共性はありつつも、必ずしも前面に出るべきではない」存在だから、当然と言えば当然だけど。この本も、実はかなり売れてるらしいんだけど、売れてる新書にありがちな(特に、彼女のように才色兼備ならなおさら)帯に写真をドーンと出して、みたいなデザインじゃないところも、好感が持てる。

新書らしく少ない情報量で読みやすくまとまっていつつも、内容自体はかなりヘビー。ある程度はいろいろなところで見聞きしていた情報ではあるけど、実例が挙げられていて、生の声が取り上げられてるだけに、やっぱりリアルで、それゆえにヘビー。まぁ、アメリカなんて国を信じられなくなって久しいけど、それはそれとして、その先にあるもの、つまり、決して対岸の火事ではなく、かといって、日本だけの問題だけでもなく、って部分まで気をつけとかないと。

2008/02/10

Truth is more interesting than fiction.

地球(ガイア)のささやき
:龍村 仁 著(角川ソフィア文庫
 

映画『地球交響曲(ガイア・シンフォニー)』の監督として知られる龍村仁氏が '95 年に出したエッセイ集。時期的には、『地球交響曲』の第一番〜第三番(厳密には第四番をつくりはじめる頃)に書かれたものをまとめたもので、当然、『地球交響曲』の内容ともダブっている部分が多く、『地球交響曲』を見ていたほうが楽しめる。

地球交響曲』は、大学時代に第三番まで劇場で観てて、最近、第一番〜第五番を収めた DVD ボックスを大人買いして観直して、第六番を去年、下高井戸で観たので、一応、全部観てることになる。大学時代に第一番〜第三番を観てえらく感動した記憶があったけど、10 年以上経って、オトナになって、あらためて観直しても感動は変わらず、より深くなった気がする。当時は、湾岸戦争があったりして、いわゆる「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」的なモノに違和感を感じはじめたりした時期だったんだけど、その傾向は間違いなくドンドンと大きくなってるし、リアルになってる。そんな中で、安易でお手軽に使われてるウサン臭い「エコ」とか「ロハス」とはまったく違う、もっと大事なモノが 10 年以上の時を超えて貫かれている、そんな力強さを感じる。

この『地球(ガイア)のささやき』は、地球交響曲』の制作・取材を通じて得たものや感じたことなどが、わりと読みやすいボリュームでまとまってるんだけど、やっぱりグッとくるハナシが多い。例えば、「ブッシュマンには動物・植物・人間といった概念の区別はなく、生命を分かち合うもの・生命を脅かすものって区別しかない。生命を分かち合うものの中では動物・植物・人間は区別されてない」ってハナシとか、フロリダの若い学者がイルカと名前を呼び合ったってハナシとか。あと、作り手(取材者)としての姿勢のハナシとして、「撮りたいと思ってる像が撮れなかった時は、その撮れなかった過程、どれほどの知恵とエネルギーを使って撮るための努力をしたかを撮れば、リアルな真実を描いた作品になる」ってハナシとか、やたら予定調和が過剰に求められて、その結果として蔓延してる中、すごく参考になるし勇気が出る(そう言えば、石川直樹くんと念願の初対面を果たした時、石川くんも同じようなことを言ってた)。あと、自転車派なところとか、親近感を抱いたり。

そんな中でもクライマックスと言えるのが、
地球交響曲』には反映されてない、世界的女優として知られるシャーリー・マクレーンと彼女の娘と日本人女性と一休としん女のハナシ。「事実は小説より奇なり」って言葉があるけど、まさにその通り。英語では「Truth is stranger than fiction.」って言うらしいけど、「strange」っていうよりも「interesting」で「mysterious」って言ったほうが相応しい、って思うほどの不思議なハナシ。これだけで 1 冊書けそうだし、しかもそこいらの小説なんかよりよっぽど面白いものになりそう。こんな体験してるから、地球交響曲』みたいな作品をつくり続けることができるんだなぁ、と感心しちゃった。そういう意味では、エッセイ集ってカタチでまとまっちゃってることが、ある意味ちょっと不満だったりする。

最後に、あとがきに書かれている「on the road」という感覚について。これは、日本人でありながら、アメリカに渡ってベトナム戦争に参戦して、地雷で片眼と手の指と片足を吹き飛ばされたという人物の言葉で、「目的地がはっきり見えているから旅に出るのではなく、まず旅に出て、その旅の一瞬一瞬をいかに旅するかによって、本当の旅の目的地が見えてくる」というもの。この言葉、この感覚には、なんかありそうな予感がする。

2008/01/30

Total communication.

PEACE BED アメリカ vs ジョン・レノン

. :デビッド・リーフ / ジョン・シャインフェルド 監督 ★★★☆

遅ればせながら観てきました、『PEACE BED アメリカ vs ジョン・レノン』(The U. S. vs John Lennon)。六本木ヒルズで上映されてるのがなんとなくイヤな感じで、行けてなかったんだけど(六本木ヒルズでジョン・レノンとか、違和感あり過ぎじゃね?)、吉祥寺のバウスシアターで演ってるとなれば俄然行く気にもなるってもんで。

映画自体は、ビートルズ後期〜グリーンカード取得までの、アメリカ政府によるジョンへの圧力を、当時のフィルム、その後に公開された FBI のいわゆる「レノン・ファイル」、関係者のインタビューで構成して描いたドキュメンタリーなんだけど、なんつったってジョン・レノンだからとにかく観とかなきゃ、なんて半分義務感(?)で観たんだけど、思いのほか面白かった。

その理由のひとつは、実はイマイチイメージが掴みにくかったテーマを、すごくリアリティのあるカタチでまとめてくれたドキュメンタリーだったってこと。なんとなく、「平和活動に傾倒して、アメリカ政府から盗聴されたりしてて大変だった」ってことは知ってたけど、その辺の「なんかサクッと流しちゃってた」部分を生々しく描いてくれてる。

あの頃=ベトナム戦争のアメリカ(特にニクソン政権)の酷さは今更言うまでもないけど、日本で、しかも追体験だとどうしても端折られがちな部分だし、イメージしにくかったから。

で、あらためて感じたのは、ジョンのメッセージの伝え方の上手さ。シンプルで、パワフルで、ユーモラスで。ヨーコさんが「それまでの平和活動家はインテリで、弱っちくて、読む気もしない小難しい冊子を配ってただけ」みたいなことを言ってたけど、まさにそういうこと。メッセージの伝え方に関するインスピレーションに満ちてる。バギズムで「トータル・コミュニケーション」なんて言ってたけど、ホントに今=インターネット時代に生きてたらどんなメディアの使い方をしたんだろう、って考えるだけでもすごく面白いし、そう考えることで、ヨーコさんの言ってた通り「ジョンは生きてる」ってことになるんだろう、なんて思ったりもした。

このドキュメンタリーがよかったもうひとつの理由は、映像作品としての質の高さ。過去の映像と過去の音源とインタビューしか素材がないにも関わらず、そういう制約を全然感じさせないのは構成と編集の素晴らしさ以外の何ものでもない。音と映像が有機的にシンクロしてるって意味では、本当の意味で AUDIOVISUAL だし、そこに歌詞の意味までシンクロしてる。すごくレベルが高いし、メチャメチャクリエイティヴ。映像作品としての質の高さは、日本の映像作家にも見習って欲しいもんだ(映画に限らず)。

ちなみに、アメリカ版のポスターと日本版のポスターの違いも比較すると面白い。片や既存の写真をそのまま使ってる日本版(すごくいい写真だけど)。片や「これだけで成立しちゃうの?」って感じのヒネリのあるクリエイティヴを見せるアメリカ版。この辺もレベルの違いかな。