2011/09/28

Never defeated. Live strong.

『ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』
 ヒクソン・グレイシー 著 ミゲール・リーヴァスミクー 構成
(ダイヤモンド社) ★★★☆☆ Link(s): Amazon.co.jp

表紙とタイトルを見ての通り、'400 戦無敗の男' ことヒクソン・グレイシーの著作。原著のライセンス・クレジット等が見当たらないので、どうも、日本企画というか、日本向けに書かれたっぽい(かなりビミョーな PV まであるし)。表紙にはサブ・タイトルなのか、"INVINCIBLE: Rickson Gracie's Path to Awareness and Becoming Unbreakable" なんて書いてある。

出版されたのは去年で、たしか出版時には来日してイベントとかもやってた記憶がある(行かなかったけど)。これまでにも『すべては敬愛するエリオのために ― グレイシー一族の真実』とか『ブラジリアン バーリトゥード』をレヴューしてるように、基本的にはブラジリアン / グレイシー柔術にはすごく興味があるし、当然、ヒクソンにも興味があるんで、出版された頃に読もうと思ってたんだけどちょっと忘れてて、ふとしたことから思い出したんで読んでみたって感じかな。

個人的な感想としては良くも悪くもすごく 'ヒクソンらしい' って印象かな。しかも、'良くも悪くも' のうち、どっちかっつうと、やや '悪くも' のほうが多めな感じで。内容としては、格闘技そのものや格闘家としてのキャリアについてではなく、あくまでも 1 人の人間としての '人生訓' みたいなモノなんだけど、個人的には、この部分が一番物足りなかったというか、期待とは違っていたんで。

実は、 一度だけヒクソンに会ったことがある。もう 10 年以上前のことだけど、高田延彦との二度目の対戦の前のプロモーション期間だったかな? 雑誌のインタヴューの通訳としてだったんだけど(もちろん、インタヴューはポルトガル語ではなく英語。ヒクソンは長い期間、アメリカを拠点にしてたので英語はすごく上手だった)、その時の印象は「良く言えばかなりクールでジェントル、悪く言えば面白みがない」って感じだった。インタヴュアーがけっこう挑発的な質問(例えば、ヒクソンについてはたびたび言われてることだけど、「無敗なのは勝てそうな相手を選んで闘っているからじゃないか?」等)をしたんだけど、終始冷静に、予め用意してあった(と思われる)当たり障りのない答えしか返ってこなくて。直情的な弟のホイスだったらもっと面白い答えをしてくれそうなもんだけど、ヒクソンはいくら挑発しても全然ノッてこない感じで。'らしい' って言えばすごくヒクソンらしいけど、まぁ、面白みは欠けるな、と。まぁ、そんなことを思いながら読んでたら、「インタビューを受けるときも、私は多くを語らないほうがいいと信じてきた。口にする言葉が少ないほど、人々の好奇心は増し、期待も膨らむ」なんて台詞が出てきたんだけど。

こんな台詞からも想像できるように、本書の印象もすごく似てて、そこが「良くも悪くもヒクソン・グレイシーらしい」「'良くも悪くも' のうち、どっちかっつうと、やや '悪くも' のほうが多め」って感想につながる。良く言えば手堅い内容なんだけど、同時に、当たり障りがないって印象も拭えないんで。

この本で、伝えたかったことは、私が歩んできた道や、残した足跡ではない。それは、多くの人が自分の可能性を眠らせたままにしているということだ。(中略) 何よりも伝えたかったのは、私がやり遂げたことは誰にでもできるという真実なのだ。

「はじめに」にはこんな言葉が書かれてるんだけど、この言葉がわりと内容を象徴してるかな。まぁ、何て言うか、ちょっと胡散臭い新書の自己啓発本っぽい感じというか。なんか、イマイチ抽象的な言い回しが多くて、読み進めていっても同じようなことがループしてるような感覚にとらわれるタイプ。個人的にそういう自己啓発的なモノってわりと苦手だったりするところもあって、イマイチ入り込めなかったかな。

それでも、まぁ、さすがにヒクソンなだけに、父・エリオのこととかグレイシー柔術のこととかブラジルという国についてのこととか、ちょこちょこと魅かれる部分はあるんだけど。

体が強くなくても、ちょっとした技術と、てこの原理があれば、誰にも負けないほど強くなれる。
体重はとりたてて重要な要素ではないし、強靭な身体も必要ない。力や体格はあまり関係なく、むしろ正確さやタイミング、安全に試合を進めること、反動を利用することが求められる。

例えば、グレイシー柔術について、こんなことを言ってる。特に「誰にも負けないほど」って部分が肝かな。ここがグレイシー柔術の最大の特徴であり、個人的に一番魅かれる部分だったりもするんで。他にも以下のような言葉がある。

柔術とは何か。私が説明するなら、自分自身を理解するシプルな方法で、基本的には負けない人間になれる術だと言うだろう。
勝つことを優先したことはない。何よりも大事なのは、生き残ることだ。
基本は、自分自身をいかに守るかを知ることだ。安全を確保することを第一に考え、攻撃的になってはいけない。むやみに攻撃する人間は、精神的に不安定な状態だからだ。暴力は不安な心から生まれる。臆病者の心から生まれる本当に力のある強い男は暴力になど頼らず、必要のない攻撃はしない。抑制がきき、穏やかで、自信に満ちている。
柔術のおもしろさは、相手を観察し、自分の特徴を生かして作戦を立てることにあると思う。
父は強靭な肉体の持ち主というわけではなかった。「試合に勝ちたければ、まず負けないことだ」と教えてくれたほどだ。父の教えはすべてこの考え方が基本にあり、そして私は負けない男になった。

個人的に(グレイシー)柔術にすごく魅かれる理由のひとつは、この '勝つことよりも負けないことを重視するポリシー' が、なんか、アフロ・アメリカン・ミュージックの精神に通じる部分があるような気がするから。まぁ、細かく書き出すと長くなるから止めとくけど、(1950 年代以降の、略奪された 'いわゆる' ロック的な価値観とは対照的に)'生き抜くこと' をプライオリティとするシンプルでプリミティヴな力強さに、何か相通じるモノがあるような気がして。もちろん、ここで言う 'アフロ・アメリカン・ミュージック' ってのは 'アフリカ系アメリカ(合衆国)人の音楽' を意味してるんだけど、言葉本来の意味を考えればアフロ・アメリカンってのはブラジルを含む南北アメリカ大陸全体を指すわけで、人種の融合が進んでるブラジルの文化に 'アフリカ系アメリカ人' 的な文化との共通点があってもおかしくないわけで。ジャンルや地域の違いを超えて共通する文化的特徴みたいな意味でもちょっと面白いなって思ったりもする。

そういう意味では、前からいろいろなところで何度か書いてるけど、日本から伝わった柔術が独自の進化を遂げつつ世界に伝播したことも、長い時を経て似て非なるモノに進化した文化の形態のひとつとしてすごく興味深い。サンボとかにも言えることだし、格闘技以外でも、それこそサッカー・カルチャーとかヒップ・ホップ・カルチャーなんかにも言えることだけど、同じ出自のモノが時代や環境によってどう変わり、どう変わらないのかってことはすごく興味深いし、柔術はすごく象徴的なサンプルだと思うんで。

あと、なんか、まだ感覚的な部分で何となく感じてるレベルなんだけど、'勝つことよりも負けないこと' 的なメンタリティって、すごく現代的っていうか、今後の社会において大事な考え方な気もしてるし。近代〜現代の欧米を中心とした社会は基本的に '相手を打ち負かす社会' だったけど、もういい加減、そうじゃないだろ、って。まだ、そういう感覚を何となく感じ取れてるヤツと感じ取れてないヤツがいるような、変化の過渡期にある気はするけど。

ハナシを本書に戻すと、なんかちょっと稚拙っていうか、誤解を含んでる感じのする武士道観を熱く説いてたりする(まぁ、ヒクソンに限らず、一般に語られがちな '武士道観' 自体、かなりビミョーだと思ってるけど)ところとか、むしろちょっとチャーミングに思えたり、離婚をしたときに前妻に財産のほとんどを渡してからは以前より質素なライフスタイルに変えたことを告白してたりとか、「父が 95 歳でこの世を去った。しかし父はその直前まで自分を老人だとは思っていなかった」というエリオは、道場で練習さえしてれば褒めてくれたらしく、欲しいモノがあるときは勉強を頑張るんじゃなくて道場で練習に打ち込んだなんてグレイシー家ならではの子供時代のエピソードを披露してたり、まぁ、それなりにツボな部分もあるんだけど、如何せん、'人生訓的ないいハナシ' に無難にまとめてる印象で、正直、期待してたような内容ではなかったかな。ヒクソンである時点でそれほどつまらなくはならないって意味で星を 3 つにしたけど、ヒクソンじゃなかったら 2 つでもいい感じ。むしろ、第 3 者的なライターが周辺取材をしてまとめたモノが読みたいかな。まぁ、本人はこんなことを言ってるんだけど。

本書を手に取った読者には、現代を生きる戦士としての自覚を持ってほしい。 


* Related Item(s):

近藤 隆夫『すべては敬愛するエリオのために ― グレイシー一族の真実』
Link(s): Previous review
元『ゴング格闘技』誌の編集長の著者がグレイシー一族に密着して、その歴史と真実を綴った力作。

伊賀 孝『ブラジリアン バーリトゥード』
 Link(s): Previous review
カメラマンであり格闘家でもある著者による '格闘技をめぐるブラジル紀行' で、とても見応え / 読み応えがある一冊

0 comment(s)::