2008/10/30

An alter-native lifestyle.

Spectator Vol. 19 (2008 Autumn & Winter issue) "Whole Pacific Northwest Life Catalog vol. 1"

(エディトリアル・デパートメント) 


Spectator』の最新号の特集は「Whole Pacific Northwest Life Catalog」。タイトルは 'Whole Earth Catalog' をイメージしてるのかな? 対象にしているエリアは北アメリカ大陸の太平洋沿岸地域で、具体的にはカナダのブリティッシュ・コロンビアとアラスカ(ちなみに、この号は第 1 弾で、第 2 弾もあるらしい)。緑と水に恵まれた地域に育まれているユニークでピースなカルチャーとライフスタイルはちょっと興味津々。特に強い興味があったわけじゃないんだけど、読んでみたらがぜん興味が出てきた。

個人的にツボだったのは、「労働時間を減らそう」と主張するワーク・レス・パーティ(Work Less Party)という政党のハナシ。'32 Hour Work Week Campaign' とか 'Alarm Clocks Kill Dreams' なんて書いてあったりして、個人的にメチャメチャ共感できるんで(なるべく目覚まし時計をかけない生活を目指してるもんで)。「政党」って意味で 'party' なんだけど、イベントの「パーティ」もやってたりして。ただ、記事で「ワーク・レス」じゃなくて「ワークレス・パーティ」って表記されてるのは、ちょっと違和感。だって、'workless' かと思ったから。'workless' と 'work less' では意味合いというか、ニュアンスというか、印象は違ってくる気がする。細かいことだけど、大事なこと。

ちょっとヒッピー臭が強すぎるところとかはピンとこないところもあるけど、福岡正信とかバンステルダムのハナシも興味深いし、自然自体も素晴らしいところだし、すごく行ってみたい気にはなってきた。ただ、バンクーバーでオリンピックをやるらしいから、いろいろウザくなるかもだけど。

Spectator』って雑誌自体について、前の号のレビューで「今ひとつポイントがつかめないというか、ツボが合わない感じ」って書いたんだけど、その印象自体は今でも変わってはない。ただ、最近、サイトを見て初めて知ったんだけど、編集長は元『バァフアウト!』の人なのね。それを知って妙に納得しました。わりと興味がニアミスする感じと、ビミョーにツボが合わない感じと、どっちも。なんか、そういうのって、そこはかとなく伝わってくるもんなんだなぁ、と。不思議なもんで。

Culture and role.

Google との闘い ― 文化の多様性を守るために

. :ジャン-ノエル・ジャンヌネー 著
. :佐々木 勉 訳(岩波書店

フランスの国立図書館の元館長で、ミッテラン政権の通商政務次官もと務めたという著者による、グーグルに象徴されるアメリカ(≒英語)主導のインターネット界のグローバリゼーションに関して、主に Google Book Search を例に挙げて、その裏に孕んでいる画一化の危険性に対して警鐘を鳴らしている一冊。原著("Quand Google défie l'Europe: Plaidoyer pour un sursaut")は 2005 年、訳書は 2007 年の出版で、ちなみに原題は「グーグルがヨーロッパに挑むとき ー 驚愕の理由」という意味だとか。

まぁ、言わんとしてることは解る。ある面で正しい。でも、簡単な問題でもない。グーグルに関するいろいろな本などを読む限り、Google Book Search の「過去に出版された書籍に含まれている膨大な量の情報をデジタル・データ化して検索可能にしたい」という欲求は、グーグルの創設者のふたりにはかなり昔から強くあると思われる。しかも、かなり純粋且つアカデミックなレベルで。たぶん、そこには悪意はない。ただ、悪意がなければいいのか、というとそうでもないのが難しいところ。その辺のことを指摘してるんだと思います。著者の立場は当然、フランス人であり、フランス語圏の人間であり、ヨーロッパ人である、というところ。「ヨーロッパは、市場のために重要なルールを都合よく曲げることさえ辞さないアメリカを理解するうえで、絶好の位置にある」と述べているように、インテリなアメリカ人特有の考え方や価値観がそのままグローバル・スタンダードになってしまうことに危惧を抱かざるを得ないという著者の立場は、英語圏どころかアルファベット圏でもない日本人なら容易に理解できるし、私企業であり、収益を広告に依存しているグーグルのビジネス・モデル自体が内在している危険性も理解できる(大企業に有利になりやすいし、ポピュリズム的な単純化の傾向を促進する可能性もある)。要するに、インターネットの世界(が本来持っていたはず)の公共性と多様性をどのように担保していくのか、ということなんだろうけど、これに関してはもちろん簡単なハナシじゃないし、単純でパーフェクトな解決策があるわけでもない。官と民のバランスと役割の問題でもある。これはグーグルに限らず、マイクロソフトなんかにも言えることだろうし、もっと言えば、インターネットの世界に限ったハナシでもない。政治・経済・文化等、あらゆる分野に言えることだし、「全世界アメリカ化」的な経済の動きが大きな破綻をきたしている今、なおさら強くそう感じるし、その傾向に大きな変化が生じる時なんじゃないかとも思ったりする。

本書を読んで強く感じたのは「それぞれの国や文化が持つ役割」ということ。新しいことを効率重視でドンドン推し進めちゃうのがアメリカの役割なら、ちょっとヒネくれた目でそれを注視して、違う見方を示すのはフランスの役割。アメリカには、アメリカという「若い」国が掲げる(ざるを得ない)理念という価値判断基準があるし、フランスには、アメリカにはない長い歴史の中で育まれたフランスならではの価値判断基準がある。アメリカっていろいろ面白いものを生み出してきた国ではある。でも、やっぱり歴史が短いし、国としてのベースが脆弱だから、どうしても理屈っぽくなったり、数値に頼りすぎるところがあると思うんだけど、それは必ずしも正解ではないと思うので。アメリカ人の考える「合理性」が、他の国の人にとって必ずしも「合理的」であるとは限らないので(「合理的」って「効率がいいこと」と同義語だと考えられがちだけど、本来は、文字通り「理性に合う」という意味なので。そして、「理性」は必ずしも「効率」と合致するとは限らない)。グーグルに代表されるシリコン・バレーに関しても、いい面もたくさんあるけど、足りない部分もいっぱいあると思うし。その点、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国には、理屈じゃないレベルでの価値判断基準、歴史と文化の中で育まれてきた価値判断基準があると思うし、フランスなんかはその筆頭だと思うので(その主張の強さも含めて)。どっちが正しいとかではなくて(著者もグーグルを全面的に批判しているわけではない)、こういう意見がキチンと主張されることだったり、それが考慮されうることってのは、とても大切だな、と。もちろん、ヨーロッパ以外の国でもそういうモノを持っている国はあるし、日本にも日本ならではの価値判断基準があるはずなんだけど、ホントは。まるで役立てられてない気がするけど。残念ながら。日本は逆に孤立化に向かっている気もするし。安易にグローバリズムに流れるのはどうかと思うけど、一方で、世界の多様性を見ずに狭い世界に閉じこもってそれがすべてであるかのように振る舞うのもまたとても危険なことなわけで。この辺は、肝に命じておかなければならない日本の重大な問題な気がする。

最後に、具体的な指摘で面白いかった点をいくつか。
  • まず「現在まで、書籍は(出版者自身の広告を除けば)広告を含まない唯一の情報媒体だったということを思い出して欲しい」ということ。言われてみれば当たり前だけど、これは書籍の特殊性を理解する上で忘れちゃいけないことかも。
  • 図書館員や書店の店員の重要性がなくなるどころか大きくなる、って指摘もすごく大事。アルゴリズムはそこまで万能ではない、と。これは、アマゾンの「おすすめ商品」とか iTunes Store の 'Just For You' あらため 'Genius サイドバー'(既に持っている曲の傾向に合わせた別の曲をお薦めしてくれる機能)のような、購入履歴等のデータを基にしたアルゴリズムを用いた「パーソナライズド・リコメンデーション」の精度を考えればわかる。悪くはないし、それなりに役には立つけど、例えば、行きつけのショップの店員とか、プロのコンシェルジェに敵わないわけで。専門的で幅広い知識を持った図書館員や書店の店員は、一流のコンシェルジェとして扱うべきだし、そうあって欲しい。あと、こういうハナシをするときにはハードのハナシに偏りがちなので、そういう意味でも重要なポイント。
  • 分散コンピューティング的な手法を取り入えることを提案していること。最近、すごくいろんなところで見る「分散コンピューティング」。やっぱり何かあるかもな、と。確かに、ある種の公共性を持つプロジェクトは、多国籍な NPO / NGO 的な団体がこういう手法でやることが相応しいような気がする。資金源やクリエイティビティの問題はあるけど。
  • 「本は全体として設計されたもので、連続的または蓄積的に読まれるべきものである」という指摘。これはとても大事なポイント。きっかけとして部分的に見れることは有益だけど、それだけで安易に「わかった気になる」ことはすごく危険だし、インターネットの世界では、この問題はすごく大きな問題だと思う。
  • 「読書を通じて己を磨くには、読むだけでは不十分だ。我々は本に書かれている社会に出ていかなければならない」というジュリアン・グラックの『偉大な道への切符』からの引用も重要なポイント。頭でっかちになるなよ、と。
トータルで考えると、現状ではグーグルがベストであるのは、たぶん間違いない。いろいろなサービスにおいて。でも、「現状では」ということと、グーグルがどういうものかということは、常に頭に入れといて、動向は見ておく必要はあるし、他の選択肢も持っておく必要もある、と。そういう当たり前の結論にしかならない。特にこの世界の「常識」なんて、アッという間に変わっちゃうから(検索はヤフーが「常識」だった時期もあるし)。一番危険なのは、盲目的・近視眼的になって与えられた情報を鵜呑みにすることだってこと。結局、得た情報を解釈するのは人間の仕事だから(残念ながら、アルゴリズムは「解釈」はしてくれないから)。

2008/10/29

Good, old things.

『智慧の実を食べよう。』
 糸井 重里 / 吉本 隆明 / 谷川 俊太郎 / 藤田 元司 / 詫摩 武俊 / 小野田 寛郎 著
(ぴあ)  Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books

『智慧の実を食べよう 学問は驚きだ。』
 糸井 重里 / 岩井 克人 / 川勝 平太 / 松井 孝典 / 山岸 俊男 著
(ぴあ)  Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books


だいぶ前に読んだ本だけど、最近読み返してみたら、やっぱりとても面白かったので、あらためて。

日本屈指のモンスター・サイト、ほぼ日刊イトイ新聞が主催したイベントの模様を収めた本。「出口の見えない時代だからこそ、長老の話を!!」というテーマで開催されたイベントで、講演した詫摩武俊(心理学者)、吉本隆明(詩人・文芸評論家)、藤田元司(野球解説者)、小野田寛郎(小野田自然塾理事長)、谷川俊太郎(詩人)の 5 人の合計年齢は 378 歳。6 時間に渡って行われた伝説のイベントなんだとか。その辺の事情は知らずに読んだんだけど、確かに内容はとても面白くて、示唆に富んでて、心に染みる。やっぱり伊達に年をとってるわけじゃないというか、年寄りの話は面白い。実際に話した口調をそのままテキスト化しているので、文体も柔らかくて読みやすい。人選の妙だけでなく、この辺のサジ加減の絶妙さはさすがに糸井重里かな、と。

2008/10/28

To the mountains.

Esquire 日本版 2008 年 12 月号 美しき日本の山々へ。
 (株式会社 エスクァイア マガジン ジャパン ★
 
こないだレビューした『BRUTUS』に続いて、『Esquire』も最新号の特集は「山」。やはり、そういうことになってきてるらしい。日本の山をメインにしつつ、第 2 特集としてスイスを取り上げた「ハイジの国の現代マウンテンライフ」。なかなかバランスのいい構成。

まず、「北穂高の山頂へ。」と題された加瀬亮 x ホンマタカシの記事の文中の小見出しがなかなか面白い(
このふたりについての予備知識も思い入れも特にないんだけど)。個人的には「日本の(登山)文化!?」「山はダサイ、のか。」が興味津々なテーマ。曰く、日本の登山の高齢化は、年長者が若いヤツにつらいことばっかりを伝える・若いヤツも年長者をリスペクトして教えてもらう習慣がない、だから、世代間に断絶があるし、若いヤツから見るとダサイイメージがある、と。一理あるなぁ。あと、同時に感じるのが、広い意味で、スポーツをやる環境と習慣の欠如。山に限らず。だから、「本気の人」と「やらない人」しかいなくて、その間がすっぽり抜けてて、しかも大きく断絶してる状態を生み出してるような気がする。その辺を埋める努力がまだまだ必要だ。

他にも、石川直樹の猪谷六合雄に関する記事とかマニアックだけどすごく面白いし、高山植物の花の写真のページも素晴らしい。富士山のページも、細かいウンチクに頼らずに、8 人の著名人のコメントと素晴らしい写真だけで構成してて面白い(石川くんの「そもそも行列ができる山なんて世界中探してもどこにもありません」ってのは名言!)。こういうところも含めて、やっぱり雑誌として安定してるというか、信頼できるというか、なんか安心して読めるから不思議。

2008/10/27

21st century Brasilian vibes.

"ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力"(東京都現代美術館) 

2008 年 10 月 22 日から 2009 年 1 月 12 日まで東京都現代美術館で開催されている企画展で、1990 年代以降のブラジルのアーティストの作品を集めたもの。サブ・タイトルは 'When Lives Become Form'。まぁ、そういうこと。英語じゃなくてポルトガル語のほうがいいと思うけど(たとえ伝わりにくくても)。

「トロピカリア(Tropicalia)」とは 1960 年代にブラジルで起こったムーヴメントで、欧米の文化的な束縛から脱して「熱帯に住む者の文化のオリジナリティ」を謳ったブラジル独自の文化の創造を目指したもの。このムーヴメントの、特に音楽面については、カルロス・カラード『トロピカリア』とクリストファー・ダン『トロピカーリア ー ブラジル音楽を変革した文化ムーヴメント』で詳しく紹介されているし、同名のコピレーションもリリースされてるけど、1960 年代に世界中で同時多発的に起こった多くのムーヴメントがそうであるように、トロピカリアも音楽だけではなく、アートや思想などを含む総合的なムーヴメントだったし、今、あらためて見てみても、とてもパワフルで興味深い。


Move as you like.

スマートモブズ ― "群がる" モバイル族の挑戦

. :ハワード・ラインゴールド 著
. :公文 俊平・会津 泉 監訳 (NTT 出版

タイトルになっている「スマート・モブズ(smart mobs)」とは、著者曰く「インターネットにリンクされたモバイルの通信機器、パーベイシブ・コンピューティング、及び集団行為を組織するための技術の使い方を知っている人々」とのことで、その着想は渋谷駅前のハチ公口・スクランブル交差点で携帯電話を片手に「通話」ではなく「操作」している日本人から得たんだとか。つまり、ちょっと言い方を変えると、スマート・モブズとは「ケータイ(単なる「携帯できる電話」という枠を超えているので、あえて「携帯電話」ではなく「ケータイ」と呼びます)や PDA、小型ゲーム機器等の通信機能付きモバイル機器をスマートに使いこなす人々」みたいな意味になるんだと思うけど、その特徴とそこに秘められた可能性及び危険性について考察した書籍ということ。

原書は 2002 年、訳書は 2003 年の出版なので、情報はちょっと古いし、いろいろと首をひねりたくなるところやピンとこない(ポイントがズレてる)ように感じるところはあるけど、様々な面から、世界中の事象から
検証していて、さすがにアメリカのベテラン・ジャーナリストの仕事といった感じ。因みに、著者のハワード・ラインゴールド氏は "Whole Earth Review" のエディターや "HotWired" のエグゼクティヴ・エディターを務めたことで知られ、『バーチャル・リアリティ』等、テクノロジー関連の著書も多い人なんだけど、個人的には著書のひとつ、『思考のための道具』の印象が強い。コンピュータが個人の道具になる(=パーソナル・コンピュータの発展)過程をとても広範且つ深くまとめていて、広い意味でパーソナル・コンピューティングについて語る時の基本事項を学び、その可能性について考える上ですごく参考になった一冊。その彼の書籍ということもあるし、iPhone を使い始めて以来、あらためてすごく関心が沸いてきたテーマでもあるので、興味を持って読んでみた。

著者が例に挙げているのは、ハチ公口・スクランブル交差点でケータイの「操作」に没頭する日本の若者たちだけでなく、ノ・ムヒョン政権成立に大きく寄与した韓国のエピソードや 2002 年のアメリカ大統領選挙、ブラジルでの SNS の大きな広がり、マニラの「ジェネレーション txt」による大統領罷免運動、ヘルシンキの若者、さらには、執筆当時に普及しつつあったブログまで、とても幅広い。そこにあるのは「ポケットに入れて持ち運べる機器が無線インターネットを通じて互いに交信するスーパー・コンピュータになったら人間の行動はどのように変化するのだろうか」という壮大な疑問。その根底にあるのは、突き詰めて言うと「協力」ということなのかな、と。

著者の挙げるスマート・モブズの特徴は、
  • たとえ互いを知らなくても強調して行動できること
  • コミュニケーションと情報処理の両方の能力を持つ端末を持ち歩いてるので、過去にできなかった方法で協力することができること
そこには、今までは掬い切れなかった膨大な量の「共通にプールされる資源= CPR(commom pool resources)」を活かすだけの力があり、具体的には、古くはタイム・シェアリング、現代では P2P や Folding@home のような分散コンピューティングのような仕組みに、パーソナル・コンピュータ以上にパーソナルで肌身離さず持ち歩いている携帯端末に位置情報が加わってできたネットワークの力は、まさに計り知れない。古くはバーコードがヴァーチャルとリアルの架け橋となったように、ヴァーチャルとリアルの親和性が高まれば、なおさらその力は大きくなる。しかも、インターネット自体がもともと「核戦争でも生き残れるように設計されてる」なんだから、その堅牢性も相当なものであるはず。こんな風に発想が飛躍していくのはとても自然なことだ。

また、著者がトム・スタンデージの『解放されたインターネット』から引用している「電話は電報と同じ回線を使用したために、最初は単に話ができる電報としか思われなかったが、実際にはまったく新しい別物に化けた」という言葉が示唆してるように、インターネットもケータイ(及び他の通信携帯端末)も、「単に」という当初の想定の枠を大きく超えて、まったく別物と言ってもいいものに「化け」ている。インターネットの爆発的な普及を促したのは、実は当初、オマケ的に余暇の中から生まれたメールだったことは有名だけど、著者が「これからのモバイル情報通信産業のキラー・アプリケーションはハードウェアやソフトウェアではなく社会的な慣行だ」と語る通り、モバイル情報通信産業に限らず、本当のキラー・アプリケーションは常に「社会的な慣行」だったりするわけで、そこには「技術をどのように使うか」ということだけではなく「技術を使うことで自分たちはどのような人間になってしまうのか」という問題も同時に存在するという指摘も理屈はわかるし、それ以上に、皮膚感覚の実感としてリアリティを感じる。

著者がスマート・モブ技術の潜在的な脅威として挙げているのは 3 点。
  • ジョージ・オーウェルの1984 年』的な管理社会に利用される危険性という「自由への脅威」。
  • 高度に自動化された情報社会での行動が、正気と礼節を蝕むより先に利便性をもたらしてくれるか定かではないという「生活の質への脅威」
  • 人間がより機械的に、非人間的になる危険性という「人間の尊厳への脅威」
基本的に、パーソナル・コンピューティングやインターネットの世界には、スティーブン・レビーが『ハッカーズ』で掲げた「ハッカー倫理」(「コンピュータへのアクセスは無制限且つ全面的でなければならない」「実地体験の要求を決して拒んではならない」「情報はすべて自由に利用できなければならない」「権威を信用するな ー 分権化を進めよう」というもの)やリチャード・ストールマンがフリー・ソフトウェア運動で唱えた「フリー」=「無料でなく自由」という感覚、誰もが自由に制作・閲覧・編集できることを意図したティム・バーナーズ・リーの描いた www 像などの精神があるはずだけど、その一方で「ソフトウェアは、ユーザーが引き出しに入れ、いろいろ手を加え、互いに分け合う公共財ではない。私有財産なのだ」と 1976 年に唱えたビル・ゲイツの例なんかもあるわけで、この問題は無視できない。

著者が引用してる発言で、もうひとつ面白いのが日本在住の認知学者、アンディ・クラークの発言。曰く、「人間は既に、かなり前からサイボーグになっている。単に肉体と電線を結びつけたという意味ではなく、その精神と自我が生物的な頭脳から非生物的な回路にまで及んでいる思考と推論のシステムという意味で。つまり、
人間は、もはや人間・技術の共生体なんだと。この感覚は、漠然とだけど、なんとなくシックリくるような感じがする。直感的且つ実感のレベルで。脳学者の茂木健一郎氏は前にガンダムの話の中で、(うる覚えなんで細かい言葉遣いや表現は正確ではないけど)車の運転をすることで自分の肉体が拡張されたように感じるように、モビルスーツで宇宙に出ればそういう感覚はあるはずだし、それこそ人間がニュータイプになれるってことだみたいなことを力説してたけど、似たような感覚はマックや iPhone を使って感じることはあるし。

ただ、
「技術をどのように使うか」ということだけではなく「技術を使うことで自分たちはどのような人間になってしまうのか」という問題に関して、インテリなアメリカ人の著者が感じてる危惧とはかなり違うレベルで危惧を感じてる「日本人として」の自分もいるのも事実。冒頭に、スマート・モブズとは「ケータイや PDA、小型ゲーム機器等の通信機能付きモバイル機器をスマートに使いこなす人々」みたいな意味になるって書いたけど、ポイントは「スマートに」ってところだと思ってて。

渋谷のスクランブル交差点の光景から韓国やフィリピンのエピソード、さらには P2P とか分散コンピューティングなんか想像できるインテリには思いもよらないようなレベルの問題。一心不乱にケータイを操作して「何をしてるのか」、そして「そんなことばかりしているとどんな人間になってしまうのか」。ここにポジティヴなイメージが浮かんでこない感覚は、きっと著者にはイメージできてないだろうなぁ、と。スマート・モブ技術とはまったく関係ない次元に存在する問題が、スマート・モブ技術によって増幅されている感じ。そういう意味では、奇しくもスマート・モブ技術の力を示しているとは言えるけど。ただ、スマート・モブ技術が必ずしも「スマートな」モブスを生み出しているわけではない、と。

あと、ウェアラブル・コンピューティングとか、クールタウンとか、正直、ちょっとピンとこない感じ。インテリが難しいことをたくさん考えて作ってたり、高いスーツ着たコンサルタントととかが会議室でまとめたアイデアみたいなビミョーな空気を感じる。頭でっかちな感じ。あと、この訳書の装丁デザインもどうかと思うけど。表紙が背表紙みたいだし、せっかくのシャープさやクールさが損なわれてる。この辺は日本サイドの制作・編集スタッフのセンスの問題だろうけど。ただ、その辺りの感覚のズレとかはありつつも、それを補うくらいの情報と示唆には富んだ一冊ではある。

2008/10/25

Will 2008 be like "1984"?

Naomi Klein "China's All-Seeing Eye" (from "Rolling Stone" Issue 1053)
(Rolling Stone) 

ナオミ・クラインが出演した『デモクラシー・ナウ』でのインタビューで知ったアメリカ版『Rolling Stone』誌 1053 号(今年の 5 月発売の号)に掲載された彼女の記事(同誌は日本版も出てるけど、この記事が掲載されたのかは未確認)。中国の公共セキュリティ対策とアメリカ企業の関係についてのなかなか読み応えのある興味深い記事で、サイトに記事の全文と補足的な Q&A写真も紹介されている。

内容としては、オリンピック開催を契機として中国政府がセキュリティ強化の必要性を理由に街中に膨大な数の監視カメラを設置、そのカメラを市民の監視に使っていて、その機器はアメリカの大企業から購入している、というハナシ。アメリカ(欧米)人がやたらと例に挙げるのが好きなジョージ・オーウェルの『1984 年』のビッグ・ブラザーと旧ソ連に象徴される社会主義体制下の監視国家のイメージを重ね合わせつつ、その「道具」となっているハード・ソフトをアメリカの電気・軍事関係企業が提供しているという点を指摘してる。



2008/10/23

On the planet earth.

『機動戦士ガンダム UC 6 重力の井戸の底で』
 矢立 肇 / 福井 晴敏 / 富野 由悠季 著(角川グループパブリッシング)  
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books

前にレビューした 4 巻5 巻に続いてテンポよく発売された福井晴敏による小説版ガンダム、「機動戦士ガンダム UC 」の最新刊。舞台はいよいよ「重力の井戸の底」こと地球へ。この辺の流れも、大きな意味ではガンダムのセオリー通り。こういう「お約束」はしっかり押さえてくれてる。

表紙に描かれている連邦のパイロット、リディの重すぎる因縁渦巻く「家」から、灼熱の砂漠の民と首都・ダカール、ブライトとロンドベル、そしてアッと驚く黒いユニコーン(!)と、様々な要素や因縁が地球の各所で絡み合う濃密な内容で、今後の展開を示唆するような「含み」が散りばめられてる(と思われる)。

2008/10/22

Past 100 years. Next 100 years.

"足跡のない道". GANGA ZUMBA(avex)  Link(s): iTunes Store

ザ・ブームとしても知られる宮沢和史率いる多国籍バンド、ガンガ・ズンバが「日伯移民 100 周年音楽事業テーマソング」として、これまでの 100 年と、これからの 100 年に思いを馳せて書き下ろし、リリースしたシングル(カップリングは公文の CM ソングとして使われた『きみはみらい』)。

この曲は 100 年前に笠戸丸でブラジルに渡り、2006 年に 100 歳を目前にして亡くなった日本人移民の最後のひとり、中川トミさんと実際に会い、話を聞いた上で彼女の人生をイメージして書いたという作品で、そのことが歌詞にストレートに反映されている。

2008/10/20

Natural paradox studies.

山と渓谷 2008 年 11 月号 山の環境読本

(山と溪谷社

創刊は 1930 年(!)という老舗山岳誌『山と渓谷』の最新号の特集は「山の環境読本」。個人的に最近とても気になっているタイムリーな内容なので即購入しました。

トレッキングをしてていつも感じるんだけど、「登山と環境」って、すごく親密であるような、でも実は相反するような、ある種の大きな「矛盾」を孕んでるトピックで、すごく深くて難しい問題。特集の冒頭のイントロダクション的な原稿で野口健氏は「環境問題は人間社会が問題なんだ」って言ってるけど、もっとキツイ言い方をすると「人間こそが問題」、厳密には「人間という変な活動をしてやがる動物の問題」なんだと思ってて。そこら辺の考え方がすごく難しいし、簡単に整理して結論が出せる問題じゃない。

この特集では、具体的に尾瀬や八甲田とかの具体的なケースを挙げて紹介してて、それぞれのハナシはもちろん大変な問題だし、取り組みが必要なんだけど、なんか頭からモヤモヤとしたモノが消えないのは何故なんだろう?

「地球に優しく」とか「環境に優しい」なんて言葉は勘違いヤローのゴーマンな物言い以外の何物でもないと思うけど、「ゴミは持ち帰る」とか「テント泊は決められた場所で」とか、「ルール」をいくら決めても本質的に解決にならないと感じたり。例えば、「テント泊は決められた場所で」とか徹底して、キャンプ場が混雑してるとかナンセンスだし。「テント泊というのはどういう行為で、どういう影響を及ぼすから、こういう場所でやると良くない / こういう場所なら問題ない」ということを教育せずに、ただ「テント泊は決められた場所で」なんて言ってるだけじゃ結局、その知識はいつまでたっても一部の専門家のモノでしかないわけで。で、こういう、いわゆる「山系」のメディアとかを見てると、「そんなことも知らないなんて…」的な発言をしてる専門家がけっこういるんだけど、逆に言うと告知(啓蒙・教育と言ってもいい)が徹底されてないってことなわけで。学校や会社などでの連絡事項と違って、宣伝や告知というのは不特定多数を相手にしていて、誰もが必ず目にしてるわけではないし、必ずしも積極的に知ろうとしているわけでもないのが当たり前で、だからこそ最低限のことは、常に繰り返し伝えるのが基本のはずなのに。それが足りてない(怠ってる)のを棚に上げて、「登山者のモラルが…」みたいな論調が出てくるのもどうかと思うし。結局、本当に必要なのは、盲目的にルールを守るよりも、キチンと学んで自分で判断する力なわけで、そういうことを学ぶ環境が整わない限り何の解決にもならないよなぁ、なんて思ったり(実際に整ってないと思うし)。

まぁ、この問題は、山に限った話ではなく、なかなか一筋縄にはいかない難しい問題なわけで、そんなことをいろいろ考えさせてくれる特集ではある。あと、そんな特集内容を反映してか、「山岳装備大全」というレギュラー・ページでフリースを取り上げてて、パタゴニアのフリース開発史を詳しく紹介されてて、これはなかなか読み応えがあって面白い。ただ、やっぱり、全体の印象としては、ちょっとズレてるというか、勉強にはなるけどイマイチしっくりこない、って感じも拭えない雑誌ではあるけど。

2008/10/18

Dive into gravity.

『機動戦士ガンダム MS IGLOO 2 - 重力戦線 - 1 あの死神を撃て!』 
 今西 隆志 監督(バンダイビジュアル
 Link(s): Amazon (DVD / Blu-ray) / Rakuten (DVD / Blu-ray)

クオリティの高いフル 3DCG と玄人好みの渋いエピソードを描いた 1 年戦争のサイド・ストーリーとして密かに熱い人気を誇る MS IGLOO シリーズのパート 2 となるこの「重力戦線」は、なんと連邦軍目線で描いた物語。前の「1 年戦争秘話」と「黙示録 0079」はジオン軍の熱く切ない話だっただけに、今作がどんな感じになるのか不安半分・期待半分だったけど、観た印象としては「やっぱりジオンだな」ってこと。

第 1 作目「あの死神を撃て!」の舞台は開戦から約 3 ヶ月が過ぎたヨーロッパ。開戦直後の先制攻撃から乾坤一擲のコロニー落しで地球に甚大なダメージを与えながらもジャブローを破壊できず、「秒殺」を果たせなかったジオン軍が地球降下作戦を敢行、撤退するしかない連邦軍を尻目に徐々に地球に拠点を築きつつある、という状況。モビルスーツの時代に完全に乗り遅れた連邦軍の兵士が前線で繰り広げる、まるでゲームの『オペレーション・トロイ』のような悲劇的なまでに劣勢な対ザク戦闘が描かれている。

2008/10/17

Less is more.

Apple Special Event October 2008 / Keynote Address (Apple Inc.)  

2008 年 10 月 14 日に開催されたアップルのスペシャル・イベントでのキーノート・アドレス(今回もアメリカのアップルのサイトで QuickTime のストリーミングで視聴することができ、ポッドキャストでも既に配信されている)。事前に配られていた招待状に「The spotlight turns to notebooks.」とあったように今回の主役はノートブック。ノートブックのラインが見た目も中身もフル・モデル・チェンジされた。

クラシックが BGM として流れる中で始まったキーノート・アドレスの冒頭にはまず COO のティム・クックが登場して、マックの現状について報告。Vista があまりにも出来が悪いおかげもあって(本当に「名誉ある撤退」説を信じたくなる)マックはとても好調なようで、リテイル・レベルのシェアは確実に増加中。もちろん、iPod や iPhone のおかげでもあるんだろうけど、ともあれとても良い傾向特に大学でのシェアの増加とか)。マックは確実に、ジワジワと、いい感じらしい

Trekking life.

BRUTUS 2008/11/1 山特集 ワンダーフォーゲル主義

(マガジンハウス

BRUTUS』の最新号は山特集。『BRUTUS』はたまに山の特集はやるんだけど、わりと海外、特にヨーロッパの山とかがメインのことが多い気して、イマイチしっくりこないこともあるんだけど、今回はわりとドンピシャ。若木信吾さんの撮ったジョン・ミューア・トレイルが素晴らしい。これだけでも「買い」かな、と。

内容的には、ジョン・ミューア・トレイルだけじゃなく、60 年代のヨセミテ(に集った人々)の素晴らしい写真とか、『アルプ』のこととか、山の本のリストとか、『山と渓谷』とかとは一味違う、『BRUTUS』らしい切り口で楽しめる。

「ワンダーフォーゲル」なんて言っちゃうあたり、どうも『BRUTUS』はヨーロッパのアルピニズム的な方向なのかなと思いつつ(たぶん、それほどハードなイメージではない、ってことなんだろうけど)、今回はジョン・ミューア・トレイルだったりして、イマイチよくわかんないけど、『山と渓谷』的なモノでも野外フェスティバル好きの延長的なものでもないカタチで、こういうカタチで山が取り上げられることは嬉しい限り。『Spectator Vol. 16』なんかもそうだったけど。なんか、もうちょっと違うカタチのものも欲しいような、ちょっとまだスキマがあるような気がするけどね、山の世界には。まだまだ可能性がある気がするし。

2008/10/14

Atmospheric touch of moods.

Bloom
icon

(Opal Ltd) 

アンビエント・ミュージックの第一人者として知られるブライアン・イーノが、ミュージシャンでソフトウェア・デザイナーのピーター・チルヴァースと共につくった iPhone / iPod touch 用のソフトウェアで、アンビエント・ミュージック・ジェネレーター兼プレーヤー。iTunes Store で ¥450 で販売されている。

ソフトウェアのオフィシャル・サイトでイーノ自身が「Bloom はエンドレス・ミュージック・マシンで、21 世紀のミュージック・ボックス(オルゴール)だ。演奏することもできるし、見て楽しむこともできる」と語っているように、難しい理屈抜きにすぐに美しいサウンドとヴィジュアルが楽しめる。ソフトを起動すると「Listen」か「Create」を選ぶダイアログが表示され、「Listen」を選ぶと自動再生がスタート。ミニマルで美しいグラフィックとサウンドがエンドレスで再生され(左の写真の丸いグラフィックが音に合わせて波紋のように広がる)、再生中にスクリーンをタッチすると音を加えることもできる。「Create」を選ぶと、無音(厳密には薄らとアンビエンスが鳴ってる)の状態からスクリーンをタッチすることで音と映像を自分で自由にプレイすることができ、そのフレーズがエンドレスで再生される(オフィシャルじゃないけど、この YouTube の映像がわかりやすい:「Listen」モード / 「Create」モード)。

最大のポイントは、何と言っても「美しい」こと。音も映像も。イーノらしいアトモスフェリックなサウンドと、シンプルでカラフルなグラフィックはすっと見てて / 聴いてても飽きがこない。やっていることはとてもミニマルなんだけど、ミニマルであるが故に無限のバリエーションを永遠に生み出せる。そんなシンプルで奥の深い世界はとても新鮮。いい加減にタッチしただけなのに、それがループされると音楽として成り立ってるから不思議です。

アイデアもいいし、サウンドもグラフィクもいいし、iPhone / iPod touch 用のアプリケーションとしてはベストの部類に入ると思うけど、強いて不満な点を挙げると、これを普通に「音楽として」、iTunes の音楽のように聴いていたいのに、それができないこと。つまり、「Listen」モードで電車の中とかでフツーに音だけ聴いていたいな、って。別に録音はできなくてもいい(同じモノが 2 度と聴けないっては、ちょっと面白い)気がするけど、フツーに聴きながらメールやブラウズができてもいいよな、って。それができれば ★ x 5。他のアプリの操作でも音が変化したりすると面白いかも、とも思ったけど、それはちょっとやりすぎかな。逆に言うと、不満な点はそのくらいっていうほどアプリケーションとしての完成度は高いし、サウンドも素晴らしい。仕事中とか、フツーに鳴らしっぱなしにしてるし。

2008/10/10

Brasilian beat, Brasilian life.

COURRiER Japon 2008 年 11 月号

(講談社

2005 年に創刊された雑誌『COURRiER Japon』は、フランスの週刊誌 "Courrier International"(クーリエ・アンテルナショナル)と提携し、海外の 1500 メディアのニュースを配信する「国際ニュースの 'セレクト・ショップ'」というのがキャッチ・コピーの月刊誌。情報化の加速に逆行するように情報が単純化・狭小化・偏向化している感じのする昨今の日本のマス・メディアにあって、読み応えのある数少ない雑誌のひとつかな、と思ってます(特にアメリカ偏重じゃないところが個人的には好きです)。

最新号は宮沢和史責任編集のブラジル特集。このわかりやすくて素晴らしい表紙だけで「買い」です、もちろん。内容はというと、宮沢氏のロング・インタビューを皮切りに、音楽だけではなく、経済、環境、そして 100 周年を迎えた日系移民と、さすがの内容で、読み応え十分。特に、宮沢氏の新バンド、ガンガ・ズンバの『足跡のない道』を聴きながら日系移民の記事を読んだりすると、かなりグッときちゃう。

全体的に感じられるのは「生きる力」みたいなモノ。これはブラジルに行ったときにもすごく感じたんだけど、いろいろ問題はありつつも、物事の価値を測る基準として、数字じゃない基準を持っている気がする。打算で導き出される客観的なつまんない基準じゃなくて、もっと直感的でプリミティヴな価値基準。ブラジルの魅力はサッカーや音楽、格闘技、食べ物等、メチャメチャたくさんあるけど、たぶんその根底にあるのはそれなんだと思う。だからこそ、何十年も前から(それこそ『未来の国 ブラジル』に書いてあったように)未来の国だったんだし、そこを見誤って表面だけ見ていると、見逃しちゃうものが、きっと多い。

The shapes of future to come.

アップルとグーグル

. :小川 浩・林 信行 著(インプレス R&D

タイトルの通り、とてもキャッチーで、テクノロジー業界で光ってるふたつの企業の特徴を、共通点・類似点と相違点を挙げながらまとめた著作。結論を先に言っちゃうと、タイトルを見てちょっと興味を持った人なら読んでみてもいい内容だし、あまりグッと(ピンと)こない人は別に読まなくてもいい、そういう感じの一冊。ただ、文体自体は読みやすいし、難解な表現や過度に専門的な部分はほとんどないので、あまり詳しくなくても興味があれば苦労せずに読めちゃうと思うので、そういう意味ではよく考えられている気がする。

構想段階のアイデアのヒントのひとつとしてあったのが、EPIC 2014(及びその続編の EPIC 2005。その内容の詳細に関しては『INTERNET magazine』のこの記事が詳しい)に登場する 'Googlezon'(「グーグルとアマゾンが合併して、よりパーソナライズされたサービスを提供する」という近未来予測)だっということで、'Googlezon' ならぬ 'Googplepple' って感じのイメージらしい。このネーミング(というか造語)はどうなの? って気がするけど(個人的には、'Googlapple' のほうがいいな。グラップラーっぽくて。ホントはスペルは 'grapple' だけど、わざとちょっと間違えるんもまたアリかな、と)、まぁ、気持ちはとてもわかる。

わかるが故に考え方や捉え方的には相容れない部分も多いけど(つまり、個人的にもすごく気になってて、それなりにチェックしてたり調べたりしてるので、必ずしも同じような結論には至ってない、ということ)、それを差し引いても、個別の事例とか検証とかは勉強になるし、知らなかったり忘れてたネタは豊富。キレイに印刷するためにはコストがかかることを承知でスティーヴ・ジョブズが 6 色のロゴマークを採用したハナシとか、2007 年 2 月に発表した "Thoughts on Music" ってオープン・レターとか、「アップルの製品の裏面は、他社製品の正面より美しい」ってジョブズの言葉(いい言葉だ!)なんてその代表的なモノだし、2001 年にラリー・ペイジが日本で行ったプレゼンテーションで語られた「グーグルを成功に導いた 6 つの教訓」(1. 何よりも製品が大事 2. まずはポテンシャルを試せ 3. マーケティングは不要!? 4. 明快な目標と焦点の絞り込み 5. 人々の暮らしに影響を与えよ 6. 大きなマーケットに狙いを定める)なんて知らなかったし。小ネタとしては、アキバが好きなブリンとサーゲイに対して、骨董通りが好きで富山の窯元に通うジョブズなんてハナシもあったりして。

あと、なんとなくわかってた気になってたことを、キチンとわかりやすく整理してくれている。例えば、アップルはモノを売る会社だけど、グーグルはモノを売らない会社であることとか。つまり、ユーザーとの関係性の違い。例えば、設立時期の違い。インターネット以前に設立されたアップルと、インターネット以降に設立されたグーグル。まぁ、言われてみれば当たり前なんだけど、ついつい忘れちゃいがちで、でも、キチンと理解するためには、曖昧にしとくと論点がズレちゃう原因になりがちなところだったりするので。アップルと Mac と iPod の区別をキチンとしてる(言葉を使い分けられてる)人ってほとんどいないと思うけど、それと似てるかな。

この本自体は今年の 4 月発売(当然、執筆はそれより前)なので、iPhone 3G に関する事実は反映できてないんだけど、そのことを差し引いても、ケータイにまつわる部分は、これからを見ていく上で頭に入れといていいことかも。特に、Android も採用してる WebKit についてとか。iPhone と Android を対立するものではなく、 WebKit ベースのケータイ用ブラウザーを共に広めていくって視点で見てるところとか、ちょっと面白い(しかも、今では Chrome もあるし)。未だに iPhone の本当の意味や価値を理解できずにいる(メーカー的にもユーザー的にも)鎖国状態の孤島を尻目に、って感じだけど(個人的には、Android なんかより、グーグルには端末代金・通話料が完全無料で広告ありのグーグル・ケータイとか出して、日本のケータイ業界を完全に壊滅するくらいのことをして欲しいんだけど)。

個人的には、やっぱりアップルのほうが思い入れがあるし、どっちも決して安泰ではないと思ってるけど(アップルはやっぱりジョブズ以降が心配だし、グーグルは、まぁ、もともと諸手を挙げてって感じではないし、これからはけっこう難しい部分も出てきそう。ある意味、インフラと化してるから。マイクロソフトがそうであるように、単なる一私企業がインフラになっちゃうと、ディフェンスの部分が多くなると思うんで、ラディカルさが保ちにくくなる)、この本が出てから半年の間でも iPhone 3G だの Chrome だの、新しいモノを出してたりするし、やっぱりこの 2 社の動向から目は離せないのは間違いない。

ただ、本自体の結論として、ついつい「この 2 社から学び、日本の企業に活かすには」云々的なハナシになっちゃうところは、どうなんだろう? お約束のようにそういう方向にハナシをまとめた瞬間に、ウサン臭く感じちゃう(仕方ないのかもしれないかも)。

最後に、一番気に入ったエピソードを。iPhone に搭載されてる Google Maps のビューアー・ソフトはアップルのエンジニアが作ってて、その仕上がりの美しさにグーグルのエンジニアが感動してたとか。Google Maps なんてソフトを作っちゃうグーグルと、ついつい美しく仕上げちゃうアップル。とても象徴的で、いいハナシだな、と。

2008/10/09

Nice & smooth.

スープに入れるお餅(無印良品) 

前にレビューした『シェルパ斉藤のワンバーナー簡単クッキング』 を読んで以来、トレッキング時の食事のクリエイティヴィティにすごく魅かれてて、いろいろと使えるモノを探しているんだけど、この無印良品の「スープに入れるお餅」はなかなかのヒット。

単に、小さく薄くカットされてるお餅なんだけど、そこがポイント。調理時間が短くて済むし、腹持ちもいいのでアウトドアには最適。お餅自体はとてもシンプルでプレーンな食材なので、洋風でも和風でも合うので応用範囲が広い。個人的にアウトドアでスープは欠かせないので、とても重宝しそう。

2008/10/07

Think in 3D.

『宇宙兄弟 3 巻 小山 宙哉 著(講談社)  
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books 

以前に 1 巻と 2 巻をまとめてレビューした『モーニング』に連載中の宇宙兄弟の最新刊が早くも登場。いいペースでコンスタントに発行されていい感じ。

今回の舞台は閉鎖環境実験のモジュール。SF モノには必ず登場するお決まりのハナシではあるけど、人間性のディープな部分を描くにはもってこいな環境なわけで、やっぱり欠かせないシチュエーション。相変わらず、適度に笑いを交えつつも、揺れ動く部分と揺るがない部分の狭間でもがく姿に、けっこうグッときちゃいます。

個人的には、せりかさんの名前にまつわるエピソードと、3 次元アリのハナシがすごくツボで、ちょっと素っ頓狂なところも含めて、この先がますます楽しみになった。


* 関連アイテム:

2008/10/06

Power to the people.

ブログ 世界を変える個人メディア

. :ダン・ギルモア 著
. :平 和博 訳(朝日新聞社

だいぶ前に買って、ちょこちょことつまみ読みはしてたんだけど、あらためて通して読みました。アメリカのジャーナリストによる、メディア / ジャーナリズムとしてのインターネットとブログの可能性と危険性の両面について、インターネットとブログに対してポジティヴな姿勢で記したもの。原書の出版元は、今ではすっかり懐かしい言葉になった 'Web 2.0' という言葉の生みの親、ティム・オライリーのオライリー・メディア(O'Reilly Media)。クオリティの高い書籍で知られる会社だけあって、なかなか読み応えのある内容でした。

ただ、
オライリー・ジャパン技術系の書籍をメインにしてるのか、読み物系の本書の日本語版は朝日新聞社からの発売。"We the Media" という原題も微妙なタイトルに変えられてて、ニュアンスが台無しにされてたり、2005 年 8 月の発売(原書の出版は 2004 年)という時期もあってか、帯にホリエモンの顔写真と推薦表記があったりして(画像は帯のないモノを使いました)、これまた微妙な装丁デザインも含めて(原書の装丁が決してカッコいいわけではないけど)、書店で目にしても手に取る気が失せること甚だしい、そういう意味ではとても不幸な一冊です。

原書のタイトルになっている "We the Media" ってタイトルは、アメリカ合衆国憲法前文の書き出しの部分、'We the people'(我々人民は)から取られているようだけど、名は体を表すという言葉があるように、根底にあるのは「誰もがジャーナリストになれる」インターネットとブログの時代のジャーナリズムの在り方を、とても注意深く、でも、すごくポジティヴに捉えるという、ある意味とてもリベラルなアメリカ人インテリらしい姿勢。日本でインターネットに触れているとなかなか感じられない、すごくポジティヴで建設的にインターネットとブログを捉えてて、なんか、ちょっと、読んでて元気が出ました(本当はそういう類いの本ではないとは思いますが)。インターネットの世界ってすごく混沌としてて、ある意味アナーキー(だからこそ、面白かったりもする)で、その社会の実情を(面識がなかったり、匿名だったりするが故に実社会以上に)如実に(赤裸々に)映し出す鏡のようなモノだと思うんだけど、全てに諸手を挙げて賛成なわけではないものの、こういう本が出ること自体、アメリカという社会の良い面の表れだと思うし、その本をこのタイトルで、帯に変な写真を載せて、この装丁で出してしまうのが日本の大手新聞社というのも、また、日本の社会の表れなのかな、と。悲しいかな。

2008/10/03

Public sharing.

net print

(Fuji Xerox
)

「セブン・イレブンのマルチコピー機が、あなたのプリンターに」というキャッチ・コピーがすべてを物語っているセブン・イレブンと富士ゼロックスのサービス。インターネット経由でアップロードしたファイルをセブン・イレブンの端末で呼び出してプリント・アウトできる。ユーザー登録は無料で、使用可能フォルダは 10MB でひとつのファイルの最大容量は 2MB まで。プリントの仕上がりもなかなかキレイで、もちろん 24 時間使用可能。仕様上はマック未対応ってことになってるけど、Mac OS(Leopard)+ Safari(3.0.4)で問題なく使えています。

個人的には、PDF しか印刷してない(どんなソフトを使っても最終的には印刷用の PDF を書き出してる)んだけど、Office なんかはそのままプリントアウト可能。ただ、グラデーションとかにはちょっと弱いらしく、複雑なグラフィック・デザイン等には不向きらしいのがちょっと難点。他のコンビニにも似たようなサービスはあるみたいだけど、データをネット経由でアップできる点で、これが一番便利っぽい。あと、もちろん、家から一番近いコンビニがセブン・イレブンだっていうのも大きい。

あと、地図やカレンダーといった汎用性の高いファイルが使えるコンテンツギャラリーなんてサービスもあって、山岳地図があるらしいので今度のトレッキングでは使ってみようかな、と。

実は家にちょっと古いデジタル複合機があるんだけど、印刷のキレイさは全然違うし、こういうシステムだとプリントアウトする前にキチンとファイルを確認するから、結果としてムヤミ(=ムダ)に印刷しない点もいい。もちろん、使用頻度がそれほど高くないからこそ便利なんだけど、フリーランスや小規模な SOHO 向きだし、あまり使わないモノはわざわざ買わなくてもいいって考え方もすごくいいな、と。「自家用車よりレンタカー」というか、「所有よりもシェア」ってのはすごく正しい流れだと思うので。あと、案外ありがたがられてない(キチンと評価されてない)けど、こういうことが何気なく実現されてるってすごく日本っぽい(他にこんなこと実現してる国、あるのか?)し、(まだまだ改善の余地はあるけど)実はすごくいいシステムなんじゃないかと密かに思ってます。