『核のアメリカ ー トルーマンからオバマまで』吉田 文彦 著
(岩波書店) ★★☆☆☆ Link(s): Amazon.co.jp
ある意味、ここ最近の最もホットなトピックのひとつでありながら、実はメチャメチャ古いトピックでもあり、なおかつ、わりと意味不明なロジックが横行していながら、そこは何故か棚に上げて議論するのがコンセンサスになってる感のある「核」の問題について、ちょっとお勉強してみようかな、と思って読んでみた一冊。発売は去年の 7 月なんで、わりと新しい本って言えるのかな。何ヶ月か前に読んでてレヴューし忘れてたんだけど、8 月と言えばどうしても想いを馳せてしまう(そして、そうするべき)時期でもあるんで、アリなのかな、と。
なんで「今、ホットなトピック」なのかというと、その大きな要因は、もちろん、バラク・オバマのプラハでの演説とそれ以降の動き(いい意味でも悪い意味でも)。演説自体は、言うまでもなく、歴史的なものだったし、ちょっと感動的ですらあったけど、でも、ちょっと冷静に考えてみると、なかなかナゾが多いのが「核」の問題だったりもするんで。
著者は朝日新聞の論説委員で、本書は「核戦略と核軍備管理政策、核不拡散政策の相互連関 ー 米国歴代政権における政策選択の検証と分析」っていう、なかなかすごいタイトルの博士論文を大幅に加筆・修正したモノで、著者曰く、「学術書ではなく、一般書のスタイルで再編した」とのことなんだけど、まぁ、かなり学術論文な印象が強くて、ブッチャけたハナシ、読んでて面白い感じではないかな。
内容的には、本のタイトルと論文のタイトルの通りで、初めて「核問題」ってのを抱えたトルーマン以降の歴代アメリカ大統領が、その時々で採ってきた核政策の変遷とその要因、特にソ連の動向なんかについてまとめたモノ。まぁ、個人的には、別に核についてそれほど詳しいわけじゃなくて、ドキュメンタリーとか(特に冷戦のモノ)はわりと観るようにはしてるけど、知識的には、それこそ『沈黙の艦隊』レベルだったりするわけで、そういうレベルで、こういう学術的というか、政策寄りなハナシが続くのは正直ちょっとシンドイな、と(まぁ、『沈黙の艦隊』を読んでてよかったけど)。あと、内容的には多くのページを過去のことに割いてるのに表紙がオバマってのはどうなの? って思ったけど。ちょっと違う印象を与えそうな感じがするんで。
でも、まぁ、読んでて感じるのは、そうならざるを得ない側面もあるなってことだったりもする。だって、核兵器なんて言っても、世界の歴史の中で 2 回しか使われたことがない '兵器' なんだから(実験はたくさんあるけど)。それって、普通に考えて、'兵器' としてはマトモじゃないわけで。使うのがいい・悪いってレベルのハナシではなく。ほとんど使ったことがない '兵器' の使い方について、あーでもないこーでもないってひたすら考えてきたのが、言ってみればこれまでの「核戦略・核政策」なわけで。そりゃ、机上の空論っぽい政策論にもなるわな、と。まぁ、実際にはキューバ危機みたいに、あやうく使いかねなかった事態もあったりはしたけど。
まぁ、冷戦期は「MAD(相互確証破壊)」みたいな、ネーミングからして笑っちゃうようなことが大真面目に考えられてたりもしてたわけだけど、まぁ、今は CTBT(包括的核実験禁止条約)とか NPT(核拡散防止条約)を中心とした核不拡散が大きなテーマで、言わんとすることはわかるけど、でも、「そもそも」な疑問はあるわけで。だって、「オレは持つけど、これから持とうとするヤツは認めん」ってのが基本的な核保有国のロジックなわけで。そんなこと言われても、納得しないヤツがいることは容易に想像できる。まぁ、こんな意味不明なロジックがまかり通るところが国際政治のナゾな部分だったりするんだけど。
まぁ、情報としては、ブラジルは実は完成間近なんてハナシとか、インドとパキスタンのハナシとか、イラクのハナシとか、南アフリカのハナシとか、これまで知らなくて興味深いハナシも多かったりはしたんだけど。
あと、本書を読んでてちょっと印象的だったのは、ゴルバチョフが「チェルノブイリ原発事故が核軍縮を加速させたのか?」って質問に答えて言った「疑いもなくそうである。チェルノブイリがなかったら、レイキャビクはなかった。そしてレイキャビクがなかったら、核軍縮は進まなかっただろう。チェルノブイリがレイキャビクへの道を開き、レイキャビクは現実的な軍縮の道を開いたのである」・「広島・長崎の悲劇が次第に忘れられていたときに、この事故が起き、核の恐ろしさをえ改めて人類に思い起こさせたからである。放射能が飛んだ欧州の人々に、核兵器はどういうものであるか、核戦争が生じたら、どういう結果になりうるのかについて考えを新たにさせたのである」って言葉。いい意味でも、悪い意味でも。戦争じゃない行為から戦争に対する教訓を得たって意味もあるし、こういう経験をしないとリアリティが得られないって意味でもある(なんてバカなんだろう、人間って)し、「広島・長崎の悲劇が次第に忘れられていた」って聞き捨てならん(でも、真実なんだろうなぁ)って意味もあるし。いろんな意味で。ゴルバチョフにとって、チェルノブイリって相当ベヴィーな体験だったってのもすごく伝わってきたし。っつうか、ゴルバチョフって人物は、キチンと検証・評価しとくべきだよなってあらためて思ったりもしたし。まだ記憶が鮮明なうちに。
まぁ、核の話になると、どうしてもイスラエルが避けて通れなくなるし、これまでにも何度か触れてきたように、他のいろいろな問題と同様、一番厄介で掴みどころがないのがイスラエル(とそれを取り巻く状況)の問題だったりするんだけど、さすがにそろそろどうにかしようって動きにならないもんかな、って思ったりするけど。あれからもう 65 年も経ったんだし。いい加減、「フツーがなんだか気付けよ 人間」ってこと。
We're sおもtill in the Nuclear Age
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